第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その2
オレは一瞬だけ死霊になっていた、ジーロウ・カーンの言葉を思い出す。忘れてはいない。『洞窟』の奥の連中を助けてやれって言っていたよな?死にかけているのは、お前の方だってのによ。
そうかい……それならば、オレが代わりに行ってやるさ。
坑道のなかに入って行く。そうだ、正確には坑道であり洞窟ではないのだが……たしかに、洞窟っぽいと言われれば、そうだなあと納得するしかない。
オレはその通路に点々と落ちているジーロウのもの血の跡を追いかけたよ。それほどに、時間はかからなかったな。少しだけ地下へと降りたその場所に、命は満ちていた。狭い檻のなかにある暗がり。そこには、たくさんの瞳が見える。
彼らは、じっと押し黙り、オレを見極めようとしているようだった。
ああ、そうか……オレが帝国兵の格好をしちまっているからだろうな……あるいは、人間族だからかもしれない。彼らからすれば、オレは敵の見た目をしているんだ。
「ついさっきだと思うが……ジーロウが……ちょっと太ったデカい『虎』がね、さっきここに来たかな?そいつは、オレの仲間なんだけどさ」
信用されずに無視されるかと思ったが、しばらくすると小さな影が返事してくれた。ああ、小さいミアがいる!?……ケットシーの少女であった。10才ぐらいかな?思わずテンションが上がっちまうよ。
ロリコンではない。シスコンゆえにだ。
「あの『虎』さんの仲間なの?」
「うん。そうだよ、彼に言われて、君たちを助けに来たんだよ」
檻の前に行き、竜太刀を抜く。
アーレスが義憤に燃えているのだろう。早く出してやれと言わんばかりに、その刀身を構成する『生きた鋼』を漆黒に染める。
「……ちょっと下がってな、お嬢ちゃん。この檻を、ぶっ壊してやるからさ」
「う、うん!!」
少女と、そして難民たちが、檻から離れるように後ろに向かう……小さな檻のなかに、何十人も入れられている。まったく、劣悪な環境にさらされていたものだぜ。
だけど……もう安心してくれよ。
このオレが、ジーロウ・カーンの仲間の、ソルジェ・ストラウスが、ヤツに代わって助けてやるからな!!
「はああああッ!!」
斬撃を放つ!!漆黒を帯びた竜太刀に『一瞬の赤熱』を宿らせて、難民たちを閉じ込める、その冷たく無慈悲な鋼を切り裂くのさ。ジーロウの爪に代わってね。ヤツは、君らを助けてやれと言ったからな……。
鋼が断ち切られていたよ。甲高い解放の音を、このせまくて湿った空間に響かせながら。ジーロウ・カーンの祈りをアーレスが代弁することで、囚われた難民たちの解放は成ったんだよ。
「……さあて。難民諸君。オレと一緒に行こうじゃないか!」
このガルーナの竜騎士であるオレにもビビることのない、勇敢なケットシーの娘が、最初の一歩を踏んだ娘となる。
こっちに歩いてきた少女は、オレをその空みたいに青い瞳で見上げながら、質問するんだよ。好奇心と希望に満ちた声でね。
「……どこに行くの?」
「ここから西にだ。そこに君らの仲間と、ハイランド王国軍から離反して―――」
少女の首が横に傾く。
そりゃ、そうだ。離反とか意味が分からない。分かるように言えばいいか。
「―――君たちのことを守りたいってヤツらがね、ハイランド王国軍の兵士たちの中にもいるんだよ」
「さっきの、お兄ちゃんみたいな?」
「……ああ。さっきの、お兄ちゃんみたいな連中がいてね?……そういう連中と、難民とが集まって、『バガボンド/漂泊の勇者たち』っていう軍隊を創った。彼らは、君たちみたいな難民を守るための集団だよ」
「バガボンド?」
「そうだ。オレがつけたんだ、いい名前かな?」
「うーん。ビミョー」
子供は素直だ。
オレは苦笑するしかなかった。世界を彷徨いながらも、『自由』を求めるカッコいい集団なんだって表現したかったんだが―――思いつきでつけた名前なんて、そんなものかもな?
まあ、いいよ。
名前が多少ダサくても?行いが素晴らしければ……歴史に輝く組織になるのさ。
「……さーて。君らは、このまま、ここを脱出してくれるか。ちょっと歩いてもらうことになるんだが、大丈夫か?」
「うん。みんな、元気な人が多い。根暗で気持ち悪い帝国軍の兵士がね、ときどきケガを治してくれたの」
なるほどね、ギー・ウェルガーの言葉に嘘をはなかった。彼は医者としての側面を全うしていたわけか……むろん、マフィアのためにヒトから『蟲の涙』という麻薬を精製するという悪行も、しっかりと、この場でしていたのだろうがな……。
二面性のある男か。どちらが真のお前だったのか、問わないでおこう。
「そうか。それで……ここにいるのは、君たちだけか?」
大人のドワーフが返事した。グラーセス王国でドワーフたちに出会いすぎたせいか、親近感を覚えるよ。まあ、グラーセス王国の『貴族戦士』でもあるオレとすれば、ドワーフに愛着を持つのは当然だが?
「赤毛の騎士さまよ……ワシについて来てくれ。他の仲間が閉じ込められているところまで、案内する。その厳つい剣で、檻を斬ってやれ!」
「わかった。案内してくれ。ああ、動けて元気な連中は、ここの物資を略奪しろよ。金目のモノも食糧も、あらゆるものを盗んじまえ!!」
「おう!!慰謝料代わりに、かっぱらうぜ!!」
「おおおお!!食い物を確保しろ!!」
「武器もだ!!二度と、捕まるようなヘマはしない!!オレは、もと軍属だ!!」
「くくく、元気でいいじゃねえか!!さあて、仕事にかかるとしようじゃないか。全員でここを抜ける!!『自由』を、今度こそ、その指でつかんでみせろ!!」
「おおおおおおお!!」
「オレたちは、自由だあああああああッ!!」
難民たちが、動き始める。
自分たちを閉じ込めて来た、この薄暗くて閉塞的な空間から、皆が脱出していく。
あるものは食糧を盗み、あるものは自衛のための武器を手に取り……疲弊した者を担いでやる者もいれば、このドワーフみたいにオレを手伝ってくれる連中もいたよ。
せまい坑内を駆け抜けて、オレは難民たちの捕らえられた檻を切り裂いていく。ああ、かなりの数だ。皆が『魔銀の首かせ』をつけられて、奴隷のような扱いを受けてきたのさ。
どんな目に遭わされてきたのを、オレは考えたくはない。
だが……闇のなかに浮かぶ瞳たちが帯びていた絶望、それが、檻を切り裂くことで、解放を喜ぶ仲間たちの歌を聞くことで、ゆっくりと見開かれていく光景が……希望を見つけて驚愕するその様子が―――ここで彼らが味わった絶望の深さを物語る。
だけどよ?
それも、今、終わるんだ。
連れ出してやるよ、こんな暗くて、狭い、じめじめした洞窟みたいな場所からよ。君たちが目指した場所は、それぞれに違うのかもしれない。世の中は、あまりにも残酷で無慈悲なものだから……。
願う全員に、祝福が与えられないことも多いさ。
誰もが幸せになれるわけじゃない。
ここを出ても、望んだ『未来』に辿り着けることは無いかもしれないだろう。
それでもね?
これは、一歩になる。
命がけで、走って来たんだろう?
欲しい『未来』があるから、そこに近づくために、指を切られた足でも大地を踏みしめて。幼い者も、老いた者さえも……より心のなかに在る、理想の日々を求めて。君たちは祖国でもあり、君たちを裏切った帝国を捨てたんだ。
いいぜ。
どこまでも一緒に抗おうじゃないか?
君たちの絶望の闇が満ちていた、この邪悪な洞窟のなかで誓うよ。
「聞け!!囚われた者たちよ!!オレの戦いは、今日から、今この瞬間から、君たちのための戦いでもある。オレは仲間は見捨てない。君らのために、命がけで戦う!!」
オレの名前は、ソルジェ・ストラウスという。
ガルーナという山深い、さほど大きくはない国に生まれ育った。
どこにでもいる竜騎士さ。
まあ、時代の流れのせいで、ちょっと珍しい存在になっちまったけれどね。そのうち、竜をたくさん見つけて、竜騎士団だって再建するから、見てろよ。ガルーナを奪い返して、オレは、その国の王になるぞ!!
だからよ。
もしも、君らがその山深い国でもいいっていうのなら?いつか、移住しに来てくれて構わない。オレの創るガルーナは……いいや、オレが取り戻し、この指に抱く真のガルーナは……。
魔王と竜が守る……あらゆる人種が生きていていい国だ。忘れないぞ、エルフの婆さんがいた頼りになる薬屋も。年若く未熟なドワーフが鉄を打つ鍛冶屋のことも。妖精が遊ぶ森のことも。オレたち人間も、そこでは君らと平等だったぜ。
それが、オレのガルーナだ!!
オレが取り戻す、オレの理想の国家だ!!
移住まではしたくなくてもよ?……いつか、気楽に遊びに来てくれよ。いい国なんだよ、ちょっと山深いところにあるけれど。自然は豊かで、崖は険しいが……ああ、オオカミも多いけど、大丈夫さ。
きっと、素晴らしい国になっているよ。
そうしてみせるさ……誰をも受け入れる国が、この世界にそう無いというのなら。オレのガルーナが、そうなればいい。オレの国は、移民で創る!!世界に居場所が無いって言うのなら……オレと一緒に、いつか、オレのガルーナで暮らせばいい。
そういう『未来』を創るよ。
ファリス帝国を倒して、君らのための居場所も用意する。
だから……そのためにも、希望を失うことなく、あがき続けてくれ。世界は残酷で容赦がないけれど、いつか……希望は形になると信じて、生き抜いてくれ。
戦うことを生き様としてくれ。
その過酷な人生を、あきらめることなく駆け抜けろ。
戦うことでしか、勝利することでしか、変わらぬ現実があるというのなら……その相手が、たとえ世界最大の覇権国家であろうとも。オレたちは、勝つしかないのだから、勝利するまで戦うのみだ―――。
どれだけ多くの血を流そうとも……どれだけ多くの仲間を失おうとも、あきらめることなく、迷わず戦え。その戦いには、命を捧げる価値があると知れ。
「『自由』を求める、我の同胞たちよ!!我の名は、ソルジェ・ストラウス!!やがてガルーナの『魔王』となる男だッ!!……旅立ちの時だッ!!この狭く重苦しく粘る闇が満ちた洞窟から、この絶望の闇を斬り裂き、打ち砕いて……『自由』を求めて、世界へと走れッッ!!」
―――そして、ソルジェは解放していくよ、ここにいたのは2200人の難民たち。
多くが健康体だったよ、様々な人種がいる。
彼らはね、君の歌を聞いたよ、坑道のなかを駆け抜ける君の歌を。
君の魂は、とんでもない熱量を持っているからね、ヒトに分け与えることが出来る。
―――彼らはもう戦士になっていたよ、『自由』を求めて戦う戦士になっていた。
『魔王』、ソルジェ・ストラウスと共に戦う、最高の戦士たちさ。
今後、彼らの多くは長らく『バガボンド』の戦士として生きていく。
そして?……『バガボンド』は『未来』において、ガルーナ王国軍の礎となるのさ。
―――それはまだ遠い先の物語……でもね。
ソルジェ、君は、君の王国を共に守る、偉大なる仲間たちをその手で助けている。
君の歌が、君の祈りが、君の剣が、君の戦いは。
いつだって、未来に続いているんだよ……さあて、ソルジェ。
―――敵の馬車を奪い、敵の密輸品を強奪し……2200人の仲間を連れて!!
『バガボンド』に合流しよう!そこにはゼファーもカミラも戻っているよ。
意識をどうにか取り戻したジーロウに、ここで死ねたら伝説だったのにな?
なんていう皮肉を言いながら、君らを乗せた馬車は、深夜遅くに帰還したよ。
そうさ……ソルジェ。油断しないでね?『呪い尾』が、来るよ。悲しい子供たちを兵器に変えた、とても悲しいその獣たちが―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます