第五話 『悪鬼たちの夜』 その18


 ハーディ・ハント大佐を、オレは馬車の中から引きずり出してやるのさ。


「王族で、大佐殿でもあるアンタを、地べたに寝かせてすまないが……なかなか、オッサンのくせに鍛えてて、重たいからな……歩けるようなら、自分で歩いてもらうぞ?」


 彼のことを地面に寝かせると、オレは腰裏に隠し持っているナイフを素早く取り出して、彼を縛りつけているロープを切り裂いていたよ。


 後ろ手に縛られていた両手と、両足首の縛り。そして、口に噛まされていた猿ぐつわも外してやる。まったく、縛りすぎだぜ?……それだけ『大事』に扱われていたのか?


 アンタは、『白虎』どもにとって、『最高のカード』の一つじゃあるんだろうからな。世にも珍しい、『蟲使い』まで護送任務につけていたぐらいだ。帝国側も乗り気のトレードだったのかもしれないな。


 それとも、『盲虎』とギー・ウェルガーの友情ゆえにか?……まあ、どうでもいい。大事なのは、オレにとっても『最高のカード』になるってことで―――?


「……ソルジェよ、その御仁、震えているな?……というか、痙攣している?」


「……マズい、毒を飲まされていたのか!?」


 オレはハント大佐を仰向けにする。彼の筋肉は、ビクビクと不穏な痙攣を繰り返している……なるほど、警備が手薄なわけだ。とっくの昔に毒入りか……。


「マズった。この毒に詳しいハズのギー・ウェルガーを、粉々に吹っ飛ばしてしまっているぞ!?」


 クソ。遺体を調べることも出来ねえ!!粉々に燃やし尽くしてしまった。参ったな、毒の種類が分からなければ……リエルにも手のうちどころが無いだろう。


「……おい、大佐!!大佐、しゃべれ!!何を打たれた!?どんな毒だ!?」


「あが、っがああああっ」


「ろれつが回っていないぞ!!ソルジェ、どけ!!」


 リエルがオレを押しのけるようにして、大佐の口の中に猿ぐつわを噛ませる。なるほど、痙攣するアゴに、舌を噛み切らせないためか?


 やるな。さすがはオレの正妻エルフさんだ。


「舌を噛まないように、私がこの男の口を押さえておく。ソルジェ!魔眼で、何かを見つけられないのか!?ピエトロ!!なんでもいいから、探せ!!」


「おう!!動け、ピエトロ!!」


「は、はい!!な、なにかを!!さがします!!」


 ピエトロがリエルの無茶なオーダーに従っていた。気の良い彼は、この人物を救いたいと必死なのだ。しかし、彼に何が見つけられるかは、分からない。


 ……アーレスよ、頼むぜ。



 オレは魔眼に頼ることにした。まずは、大佐の体を調べる。何か無いのか?魔力と血が体から漏れているのが分かる。この、これ見よがしにキレイな軍服の下は、拷問の傷だらけのようだな。


 『白虎』のクズ野郎め。これだから犯罪結社なんて嫌いだ。商品のラッピングは丁寧というのもな……彼をモノ扱いしているようなもんだ。


 幸い、傷は深くない。あちこちの骨にヒビぐらい入っているし、呼吸するだけで全身が痛むだろうが、たかだかその程度でしかない。致命傷ではないんだ。一つ安心したぞ、これは出血性のショックじゃない。


 でも、他の何かだ。毒か?……毒なら、魔力に変異が出るもんだがなあ……見つけられん。


 それとも、何か持病を持ってでもいるのか……?


 いいや……ダメだ。何も分からんな……いいや。待てよ?筋肉の発作的な痙攣?筋肉を司っているのは、神経だ。神経に制御されているはずだぞ?


 ならば、毒がそこを冒している?違う、魔力は正常なんだ毒じゃないはずた……そうだ、『蟲使い』に拘束されていたんだぞ、この男は……それなら。


「リエル、大佐をうつ伏せにするぞ」


「ぬ?気道の確保がしにくくなるぞ?」


「……魔力の変化がない。これは『蟲使い』の仕業かもしれん。毒ではなく―――」


「―――なるほど、あの蟲に、寄生されているのか!?」


「あれは魔眼からも隠れる。魔力が弱いんだよ。直接、首の裏を見るぞ」


「うむ!ほら、いくぞ、せーの!!」


 オレとリエルは痙攣する大佐をひっくり返す。


 ……あったよ。ナイフで大佐の軍服を切り裂いて、首筋を露わにする。小さな穴みたいな傷痕があるね。アイスピックでも刺さったような傷痕だ。


「……これは、蟲の入った痕跡か?」


「そうだろうな。ちょっと、指で押してみる」


「大丈夫か?……か、噛まれるなよ、変な蟲だ。卵を産み付けられるかも」


「怖い発想だな。あとで、全員、エルフの虫下しを飲んどこうな?」


「うむ」


 さて、勇気を出して救命作業だよ。右手の革手袋を指でくわえて外した後で、武骨な指で触診さ。ああ、一瞬で分かった。いやがるぜ。蟲だ。つまり、『脊髄回し』。


「いやがるな」


「どうする?そもそも、助かるのか?」


「……共生すると、一万人のうち、9999人は『死ぬ』と言っていた。つまり、コイツは共生しているわけじゃない。逃げたときの、トラップ……あるいは、逃げられないための脅しか」


「だな。この御仁は『人質』だろ、殺したくはないはずだ」


「そうだ、神経の枝を脊髄にまで伸ばされているわけでなく……つまり、蟲が、ただ暴れているだけか」


「暴れる?……なるほど、主の魔力が消えて、制御を失ったのか?そういう術も作れるぞ」


「くそ!……オレがギー・ウェルガーを殺したからかよ。エサである魔力が送られて来なくなって……ガマン出来なくなり、彼を補食しようとしているのか……」


 なるほど。これなら、ギーから逃げられないな。魔力が届かない範囲に逃げればアウト?あるいは、定期的なエサやりを怠れば、食い殺されるのか。


 まったく。趣味の悪いハナシだぜ。『魔銀の首かせ』あたりでいいじゃねえか?なんで、こうも痛めつけたがる?嫌われているのか……ギー・ウェルガーではなく、『白虎』側の誰かに。


「……ならば。ソルジェ。『釣れ』!!」


「ん?」


「『釣れ』ばいいではないか。『人間族の魔力をエサにして来た蟲』だろう?……私たち亜人種の魔力よりも、お前の魔力ならば、より普段のエサに近い」


「いい発想だッ!!」


 オレはナイフで人さし指を切るよ。そして?指からあふれた血を、大佐の首の『穴』の周りに塗りつけた。


 ああ、迅速な行動だ。オレもだけど、蟲さんもな。


「うお。出て来ている……っ!?ぐ、ぐろいな、ソルジェ……っ!?」


 猟兵とはいえ乙女だからな。リエルはグロい蟲とか好きじゃないんだよ。


「……ああ。オレもドン引きだ。こんなデケー蟲が、入っているのか?」


 あまり深く考えたくないコトが、目の前で起きている。血まみれになった十センチぐらいの蟲が、大佐の首の穴から這い出てきた。結構、デカい。オレは、大佐から離れる。すると、『脊髄回し』の野郎は、オレについてくる。


 ギイイイイイ!!って鳴いてる。オレはギーじゃねえんだ。リエルがドン引きした顔で、あっちを向いた。


「ふ、踏みつぶせ!!」


「おう。死ね、蟲が!!」


 オレはうるさく鳴く蟲を鉄靴で踏みつぶしていた。いやな感触が靴底から伝わり、鳴き声が止む。


 リエルは、素早く行動していたよ。大佐を仰向けにひっくり返していた。


 さて。もう蟲はいないのか……?こんなサイズの蟲を、何匹も体には入れられないよな?そう期待している。痙攣は止んだ。痙攣は止んだが……。


「まずい、呼吸も止まりかけているぞ!!」


「……くそ、他の毒もあるのか?」


 まさかの二段構えか?蟲と『毒』で、彼を拘束するのか。蟲が『毒』を無効化しているとか?……ホント、そこまでされたら、逃げにくいねえ。ある意味、スペシャル過ぎるVIP待遇だよ、ホント!!


「さ、サー・ストラウスっ!!」


「なんだ、ピエトロ!?」


 ピエトロが大佐を覗き込むオレたちのとなりに、慌ただしく座ってきた。彼は、その小瓶を見せる。


「……こ、これ!!さっきの……この馬車を操っていたゾンビの服から、み、見つけたんです!!」


「……まだ、中身が濡れている?使ったばかりか?」


「ソルジェ、貸してくれ!」


「おう。頼む」


 リエルがその小瓶をじっと見つめる。においも嗅ぐが……顔をしかめる。


「ダメだな。無臭だ」


「無臭の毒は、どれぐらいある?……ここらの植生で作れるものは?」


「いくつもある。当てずっぽうでは、解毒するのはムリだぞ……」


「……くそ、どうする?この毒に詳しいのは……」


「……そ、そうだ!!」


 ピエトロが明るい顔をしている。


「ジーロウ・カーンですよ!!彼は、元々『白虎』だ!!」


「なるほど、詳しそうだ。少なくとも、オレたちよりはずっとな」


「ソルジェ。ジーロウを連れてこい、あのハゲを斬り殺して、あのデブを連れて来い!!」


「わかった!!待ってろ!!」


「―――その必要は、ねえよ……っ!」


 VIPが死にそうなんで混乱しちまっているオレたちの前に、いつの間にやらジーロウ・カーンが立っていた。


 おおお。このデブ、なんてカッコいいタイミングで来やがるんだ!!オレはジーロウ・カーンの見せたタイミングの良さに、感動を覚えていた。背中に、電気が走るぜ!!


 血まみれで深い傷だらけだが、その巨漢の『虎』は、生きていた。


「勝ったのか!!」


「ああ、ど、どーにかな……そ、それより……その毒は……こ、これで」


 ジーロウが震える右手を出してくる。ああ、右手まで血まみれだ。ピエトロが素早く立ち上がり、ジーロウの手から、その紙包みを回収する。


「そ、その……薬で、大丈夫なハズだ……大佐に、飲ませてやれ」


「……でかした!!ジーロウよ、いい仕事だ!!」


 オレはピエトロに腕を伸ばす。ピエトロは、オレの手の平にその薬を置く。


「これか……粉薬だな」


「任せろ、ソルジェ。お前は水を」


「わかった」


 薬のことは、薬のプロに任せよう。オレはリエルの手にそれを渡す。リエルは落ち着いて指の動きで、それを開封していく。


 オレは腰裏のパックの中から水筒を取り出した。


 気を失い、白目をむいている大佐の口に、リエルが粉薬を注ぎ、オレは大佐の上半身を抱きかかえるようにして起こす。そして、水筒の先を彼の口にあてがう。


「ほら。飲め……大佐、飲み込むんだ」


「……大丈夫、反射は生きているぞ。このまま水を注げば、舌の上にある薬の粉を……ちゃんと喉の奥に運ぶはずだ」


 リエルの冷静な解説と予測は、すぐに現実となるのさ。


 大佐のノドがゴクリと鳴って、オレとリエルとピエトロは喜んだ。


 ジーロウ・カーンの『声』が聞こえる。


『……それでいいのさ。しばらくすれば、目が覚める。だからよう……そいつよりも、あの『洞窟』の奥の連中を、助けてやってくれ……じゃないと、オレは―――』


「洞窟ではない、坑道だ!」


「ソルジェ?何を言っている?」


「はあ?いや、ジーロウが言っただろう?」


「何も聞こえなかったが?」


「はい。サー・ストラウス。ジーロウは、何も……っ」


 そして?


 オレは自分の呪われた力を思い出す。


 見えるのさ、聞こえるんだ。


 9年前もそうだったろ?……セシルの叫びを聞いたじゃないか。


 ―――あにさま、たすけて!!あついよう、あついよう!!


 それと同じだ。ジーロウ・カーンが、オレたちのすぐ側で倒れていた。魔眼が告げる。心臓が止まっている。そうさ、オレは死者の声を聞いていた―――いや。違う!!死なせん!!


「リエル!!『造血の秘薬』を、ありったけだ!!」


「ああ!!」


「ピエトロ!!ジーロウを仰向けにしろ、気道の確保だ!!」


「は、はい!!」


 さて。考えろ!!殺すな!!コイツを殺すな!!どうにかしろ、何かを考えろ、思いつけ!!間に合うはずだ、さっきまで、生きていたんだぞッ!!


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