第五話 『悪鬼たちの夜』 その11


 ジーロウ・カーンめ。楽しみやがってよ?


 ……それに比べて、オレは目の前の敵をあまり楽しめていないな。細身でスマートなクール野郎と考えていた、ギー・ウェルガーは……まさかの『蟲使い』だったよ。


 『蟲使い』とは、初めて戦うのだが……気持ち悪いなあ。


 オレが竜太刀で切り裂いた腕からは、血は出ていなかった。出ているのは、粘液質で白く濁っている『体液』かよ?……オレの知っている人間族というか、ヒト全般の解剖学的特徴ってヤツからは、あまりにもかけ離れている。


「……初対面のヒトに、こんなことを訊くのは失礼かもしれないが……君は、『何』だ?」


「……ギー・ウェルガーさ」


 そう言いながら、ギー・ウェルガーの斬られた腕が再生するよ。断面から、うごめく蟲があふれるように這い出て、それらの脚やら何やらがお互いを絡みつけることで、腕の形を模倣する―――。


 人間業とは思えない。とんでもない呪いだ。


 オレは、こんな呪いをかけられるぐらいならば、吸血鬼や狼男にでもなる方がマシだよ。


 ああ、もちろん、カミラとジャンの苦悩を軽んじるつもりではないが……おそらく、二人に聞いても、オレと同じ意見を持つのではないだろうか?


 オレだって男の子だ。夏に昆虫を捕まえて遊んだ思い出だってあるよ?昼寝しているアーレスの耳のなかに、セミを投げ込んだことだってある―――死ぬほど怒られたけど。


 虫と触れ合った楽しい思い出を、それなりに持っているつもりなのだが?


 ……アレはない。


 己の肉体を、無数の蟲で構成するなんて?かーなり気合いの入った昆虫学者さんでも、ムリなんじゃないかな。


「……『蟲使い』の一族が、帝国の南東部に住んでいるという噂を聞いたことがある……それでいいのか?お前を、そういうモノだと認識して?」


「……ああ。その通り。私は、『ゴルゴホ』の一員……帝国の闇に巣くう、醜き蟲だ」


「これまでイケメンの自虐は嘲笑してきたオレだが、君の自虐については笑えんよ」


「笑わせるつもりはない」


「だろうね。質問をしていいか?」


「答える義務はないと思うが?」


 まあ、そうだけど?


 さすがに気になってしょうがないよ。


「何故、そんなことをしている?……呪術で、その身にどれだけの蟲を宿している?お前は、それをして、何を得た?」


「……我々の祖は、医学者の集団だったと伝え聞く」


「たしかに、寄生虫を健康法に使ったり、人体改造に使うという民族ってのは、世界の所々で聞くね」


 グラーセス王国にも聖なる蟲使いがいたからな。蟲へと至る呪術もあった。


「『ゴルゴホ』は、その『先』にある存在だ」


「先か……たしかに。オレは腕を落としだつもりだが、君は『再生』しているようだな」


「ああ。魔力で統制できる蟲たちだよ……私の全身の65%は、これらが補ってくれている……」


 ここまで生理的な嫌悪感を抱かせるイケメンは珍しい。男からすれば、細身のイケメンなんてヤツらは、基本的に嫉妬から来る感情をぶつけたくなる存在だけどよ?……コイツは、そんな甘いイケメンじゃない。


「体の過半数が、蟲なのかよ……どうにも想像するだけで、体がゾワゾワする」


「私を醜いと思うか?」


「当然な。もちろん嫌悪感を抱く。だからこそ、理由があるのなら知りたい。君はオレに剣を向けた敵だから、憎悪と軽蔑を向けるに値する立場だが……もしも、善良な『ゴルゴホ』と出会った時は、彼らを理解してやるべき理由があるかもしれん」


 『ゴルゴホ』の青年は無口だ。無視されるが、オレはつづける。


「……『医療用』なのか?……『ゴルゴホ』の祖は、医学集団と言ったな?君の体の過半数を埋め尽くす、そのうごめく蟲の群れは……君の生命を支えているというのか?」


「……察しがいいな」


 当たりか。ふむ、命のために、『アレ』を受け入れる―――なかなか究極の選択かもしれないが、たしかに死ぬよりはマシかもしれん。


 闇のなかで、クールなイケメンは蟲により編まれた腕を見下ろしながら、オレに説明をしてくれる。


「この白い蟲は『骨接ぎ蟲』、骨を再生してくれる。この紅く美しい虫は『肉縫い蟲』、その名のとおり、筋肉を独自の繊維で縫い合わせるのさ。体液を加工した特殊な糸で。そして、緑色の長い蟲は『脊髄回し』……神経系に寄生し、長い尻尾を、脊髄にまで伸ばす」


「……脊髄にまで伸ばして、どうする?」


「脊髄が損傷した部位と、それから先の末梢神経を繋ぐのさ」


「……脊髄の損傷さえも、治癒できるというのか?」


「治癒ではない。寄生させた蟲の神経系が……断たれた脊髄と肉のあいだを橋渡しするだけだ」


「……それは、すごいな。医学界に激震が走る。オレの知る医学のレベルを、たしかにそいつは超えているぞ」


「……不完全だがな」


「代償が大きいってことか?」


 『奇跡』にはつきもののハナシだ。それだけの『奇跡』なら……大きな代償が用意されていそうな予感だ。


「多くの患者には、拒絶反応が起きる。フツーは、蟲に肉体を食い荒らされるだけで、死んでしまう。蟲との共生を果たす者は、とても少ないんだよ」


「……百人に入れて、受け入れられる者は、どれぐらいだ?」


「万に一人も、見つかりはしない。短時間で抜かなければ、やがて腹を空かせた蟲に食われる」


「そうか……だろうな。蟲とヒト、あまりに生命としての形が違い過ぎるだろ?」


 だが……その万に一つよりも少ない数の人々からすれば?その蟲との共存は、大いなる健康を創り上げるというコトか。


「『ゴルゴホ』っていう連中は、大病を患った者が……『ゴルゴホ』の『医術』に救われて、その組織に合流し行くことで出来たのか?」


「ああ。戦場や、疫病で死ぬ寸前だった者たちに、『ゴルゴホ』は『機会』を与える」


「あきらめて死ぬか、あまりにも低い可能性だが……蟲との共生を試すか?賭けになるが、ある意味では救いだな」


「そうだ。そして、多くが蟲にエサとして消費され……わずかな者たちが、この私のように『ゴルゴホ』の一員となるのだ」


「なるほど。君以外の『ゴルゴホ』を遭遇しても、可能な限り嫌悪は抱かないようにするよ」


「……そうしてくれると、一族は喜ぶ。理解者は少ないからな」


「ああ。生きるために必死な者を、嘲笑う趣味はない……だが、君は、別だ」


「……そうだな」


「君のそれは、医療用とは言えないだろう?キッカケは、医療行為だったのかもしれないが……君は、それを戦闘用にまで洗練している。同情の余地は無いな。君も『力』に取り憑かれてしまった者の一人に過ぎない」


 ちがうかな?


 無口な青年は反論してこない。


 ということは、こちらの指摘が正しいってことの証明だろうよ。


 その攻撃的な蟲たちは、医療行為と呼ぶには、あまりにも激しいのだ。医療用などではない蟲も、多くその身に宿しているのさ。


「……知恵が回る男だな。私を、そこまで分析する者は、あまりいない」


「好奇心がある方でね。君のような理解しかねる存在にも、ある種の好奇心がくすぐられてしまう。その蟲を武器にまで使い、君は帝国に仕えているのか」


「ああ……帝国の侵略戦争は、私たちの同胞を集める作業に、多くの機会を与えてくれるのだ……」


「おい。それを、まさか……『生殖行為』の代替として考えているのか?君らは、願望として同類を増やしたいのだろうが……おそらく、自前の『子作り』で、『蟲使い』を量産するのは難があるだろうしな」


 そうだ。彼の言葉を聞けば分かる。『蟲使い』とは後天的な才能。一万分の一の確率は低すぎる。『蟲使い』のご両親から産まれた子は、他の子より可能性が高いかもしれないだろうが……その確率が百倍になったところで、どうにもならない。


 『蟲使い』を増やすには、他人に多く蟲を植え込んでいくしかないのさ。というか、そもそも子作りできる体なのだろうか……余計なお世話か。


「……ああ。私の血を引いた近親者でさえ、おそらく蟲との共存を果たす存在は、いないだろう」


「なるほど。ならば、『ゴルゴホ』とは孤独な一族だな」


 全員が、ギー・ウェルガーほどの『蟲使い』ではないのかもしれないが……彼らが自分たち以外の存在から受け入れられる可能性は低そうだ。亜人種びいきのオレでさえ、ここまで引いてるんだからな。


「ソルジェ・ストラウスよ」


「なんだ?」


「お前の言う通りかもしれない。私たちは、ヒトを救う気持ちもあるが……実験をしたいという願望や……同類を確保したいという切なる望みもある」


「……同類でなければ、君たちを真に理解してやれることは出来なさそうだからな。意外とさみしがり屋なのか?」


 この言葉に、首を縦に振ってくれるようであるのなら、オレはこのギー・ウェルガーという奇妙な帝国軍人に愛着を持てたのだがな。


 彼は首を振らなかった。


 昆虫のように、何を考えているのか分からない顔をしている。クールなイケメンの表情のままさ。


 おそらく、この男は邪悪だ。だが、マジメでもあるのだ。自分の『被害者』たちを、嘲笑することは彼のマジメさが許さないのだろう。この男は、理解している。自分の行いの邪悪さをな?


 そして、邪悪だと理解しておきながら、もしかしたら、心のなかで謝罪しながらも……この国境沿いに生まれた無法地帯で、好き勝手にして来たんだろうね。


「―――ギー・ウェルガーよ。君は、この土地で……一体、どれだけ多くの難民たちを、君の『好奇心』の『犠牲』にしてしまったんだ?」


「……被験者の数は、正確に覚えているよ。蟲を寄生させた者たちは753名。十二時間後の生存率は、0%だった。期待外れの成績だ。おそらくだが、健康状態の悪さが、災いしたのかもしれない」


 その言葉にも感情は宿ってはいなかった。彼は淡々と述べるよ。自分の非道な人体実験の成績をね。アルコールを浴びて、寒いぐらいに冷えていたはずの肌が……今は、焦げ付くように熱いよ。


 怒りはね、熱量を持つのさ。オレは、このクソ外道に、怒りを覚えている。


「……だが」


「……まだ、言いたい言葉があるのか?」


 そして。その言葉の続きを、何故か待ってしまうオレがいる。この蟲野郎を、竜太刀で切り刻んでやりたいという怒りとは別に、オレにも邪悪な好奇心があるからかもしれん。


 いいや、そうじゃないと自己弁護させてくれよ。


 オレは真実を知りたいのさ。真実を知り、蟲に喰われた753名もの命がヤツに抱いた殺意を、この竜太刀に込めて振り抜きたいと願っている。復讐とは、オレにとって神聖なものだ。精確さを要求したいんだよ。


「……肉縫い蟲での外科手術は……気味悪がられたが、助けられた命はいたよ」


「……ほう」


「実験したいという欲望もある。そして、同類を増やしたくもある……まるで、普通の生物の生殖本能のように、同類を増やして、知識と文化を伝えたい……そして、君には理解してもらえないかもしれないが。苦しみ、死にかけている者には……『機会』を与えたい。私は、それらの全てを否定できない」


「……自分の所業を肯定するのか?」


「いいや。そこまで傲慢にはなれない。罪悪感もある。たしかに、人道的ではない側面を持つ行いだ。罪に問われるならば、私は罪人だ。だが……ここは帝国の土地。私に、法的な罪は発生しない」


「ほう……で?」


「……なんだ?私は、これでも帝国の諜報員。何でもしゃべるつもりはないが?」


「ビジネスの質問じゃねえよ。プライベートなハナシだ。なあ、ギー・ウェルガーよ?お前、『盲虎』には、何をしたんだ?」


 コレは勘なんだ。いつもの手法だよ。分析するほどの情報が無いときは、洞察に基づく勘で問いかける。そのリアクションを、分析のための材料にしたいんでね。


 盲目の『虎』と、『仲が良い』コイツ。この狂気の『医者』は……『ゴルゴホ』のギーくんは、彼に何かをしてやりたくなるのではないか?『両目を失った存在』は、『実験台』として適しているのではないか?


「……何も、させてはくれなかった」


「……断られたのか?お前の人体実験……いや、治療を?」


「ああ。彼の部下たちの大ケガを肉縫い蟲で縫ってやったことは、何度もあるが……『盲虎』は、私の治療を拒んだ。彼には、敵に傷つけられた傷さえも、『誇り』らしい。そこに蟲がたかるのは、彼の哲学と合わないそうだ」


「……なるほど。ヤツの哲学を、尊重してやったのか。交遊関係は狭そうだが、友情には厚いか」


「そうなのかもしれない。まあ……『盲虎』は、私の造る麻酔薬を好んではいたがな」


「麻酔薬?……ああ、なるほど。つまり、麻薬か」


 このイケメンくんからは、きな臭い言葉ばかりが飛び出して来やがるぜ。人体実験に、麻薬か。


「人肉を食む『ゴルゴホの蟲』たちは、宿主と共生を果たせなかった悲しみから、『涙』を分泌する。慈悲深い涙だ。それは、痛みを忘れさえ、肉を食われる激痛さえも、快楽の振動に変えてしまう。至高の麻薬だ。帝国貴族の多くに、愛用者がいる」


「……嫌悪すべき麻薬だな」


「そうかもしれない。だが、知れば多くの者が、容易く依存する」


 『盲虎』が彼と仲が良いのは、そういう裏があるわけか。


 『ゴルゴホ』の人体実験は……副産物として、高級な麻薬、『蟲の涙』を作り出す。そいつを出荷することで、『白虎』には金がたんまり入るのか……ここは、帝国領とハイランド王国領を貫く密輸の道……。


 おそらくギー・ウェルガーは、ここの難民だけでなく、ハイランド王国で『白虎』に搾取された弱者たちにも……蟲を『移植』して来たのだろう。肉縫い蟲で、『盲虎』の部下たちを手術したと言ったんだぞ?一朝一夕の付き合いとは思えない。


「……質問は、終わりなのか?」


 帝国軍のスパイは、静かにそう語る。オレは、もちろん、うなずくよ。


 コイツは、ぶっ殺さなくちゃならねえ、クソ外道だよ。これ以上の罪過を聞いたところで、オレは心のやさしいイースさまに仕える尼僧ではない。懺悔に、慈悲で応える趣味は持たん。


「……ああ。ぶっ殺してやるぞ、貴様の蟲に喰われた命が放つ、怒りの熱を知れ」


 アーレスの竜太刀は、とっくに激怒の熱を帯びていた。

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