第五話 『悪鬼たちの夜』 その6


 オレは敵の気配を感じ、労働者用の薄汚い小屋の壁に背を当てる。ジーロウもオレに倣った。敵は、二人連れだ……魔力の質から分かるが人間族……つまり帝国兵士だな。


 何やら会話中だ。殺したがっている『虎』野郎を左手で制しながら、オレは連中の会話に耳をすませる。情報収集は大切だよ。


「……まさか……難民どもに蹴散らされるとは……」


「連中が情けないだけさ?……オレも含めて、こんな辺境に飛ばされるのに、マトモな兵士はいやしねえよ?」


「たしかにな?」


「……しかし。いい商売だったんだが、これでお終いか」


「お前は、どれだけ稼いだんだ?」


「帝都に家を建てられるぐらいはな?……闇の商売ってのは、ボロいだろ?税金もかからねえしな?マトモな商売してたら、同じ量を運んでも、四分の一も儲からん」


「へへへ。帝国軍の輸送隊に運ばせるから、運送代もかからないしなあ……」


「そういうことさ。護衛も雇わなくていい、保険にも入らなくていい。関所の薄汚いケチ野郎どもに、賄賂を配らなくてもいい……サイコーの仕事だ」


「……マトモな商売に、オレ、戻れなくなるかも?」


「だろうよ……じゃあ、帝都に戻ったらオレと詐欺師でもやるか?」


「詐欺師か……難しそうだ。ただ、荷を運ぶだけの仕事じゃないよな?」


「詐欺なんて、簡単だよ。一番、頭が悪いヤツらがやる仕事さ」


「そうなのか?」


「ケケケ。ヒトが騙されるのは、『巧みな嘘』を聞かされて、事実を誤解させられているわけじゃないんだ」


「え?……ちがうのかよ?」


「違う。『美味しい餌』に、引っかかるだけさ」


「エサに、引っかかる?」


「ああ……詐欺の被害者だって、疑っていないわけじゃないさ。でも?『美味しい餌』があるから、手を出すしかない。金が無くて追い込まれた男たちがいる、そいつらに胡散臭い儲け話を用意すれば?」


「……たくさん、引っかかりそうだな!」


「そうさ。引っかかるよ。詐欺ってのは、理性の勝負じゃない。欲望を考慮しただけの、つまらん嘘さ。だから、詐欺師はバカでいい。頭なんて使わない。良い笑顔と、キレイな身なり……とびきりバカげた儲け話。それだけで、いくらでもヒトは騙せる」


「おお。スゲー……なんか、オレ、お前と組んだらイケそう!!」


 ……今まさに『詐欺』に引っかけられていると思わないのが、彼の限界だろうな。彼は詐欺師にカモにされるタイプだろう。詐欺師界への転身はやめておいた方がいいな。


 だが……もう片方。


 流暢な長話を聞かせてくれる、この密輸もこなせる詐欺師野郎は……情報源になるかもしれないな。おしゃべりさんは好きだよ。


「……ジーロウ、オレは『手前のヤツ』を確保する。情報源にするんだ、お前は後ろのヤツを頼むぞ」


 『虎』はうなずく。いい貌している。絶対に殺してやるって貌。そうだ、そっちの情報に疎そうなヤツはどうでもいい。殺せばいい。でも、こっちの胡散臭いヤツからは、情報を吐かしてから殺そう。


 オレたちは行動を開始する。ジーロウは音を立てずに小屋へと上る。そのまま猫のように四肢をついて、屋根の上を歩いているようだな。そして?屋根のふちにたどり着き……。


 影のように音も無く屋根から滑り落ちて、『後ろのヤツ』をその体重で潰しちまうのさ。潰しながら、クビを捻って殺す。いい技巧だ。


「……な」


 オレはもう走っているぞ?そして、詐欺師くんを背後から襲って、その首に右腕を回していた。背後から首と腕を拘束し、オレは詐欺師に語りかける。


「静かにしゃべれ。騒ぐと、殺すぞ?」


「あ、ああ……」


「……なあ、詐欺野郎?……オレが誰か、分かるか?」


「……わ、わかんねえ……そ、その虎の連れか?『白虎』なのか?」


「……いいや。『白虎』を潰そうとしている組織のものさ」


「……な、なんだって?……あんたら……ハイランド王国軍かよ?」


 いい情報を得た。ハイランド王国軍も『白虎』を潰そうとしているヤツがいるらしい。詐欺師を詐欺にかけるのは楽しいね。オレ、ハイランド王国軍のフリをしよう。その方が、コイツ、ビビってくれそうだもん。


 さて……ハッタリを仕掛けてみるか。


「……オレたちの身分を、理解したようだな。だから、聞きたいことが分かるな?」


「……な、なにを聞きたい?……オレは、話すぜ。我が身が可愛いからよ?」


「―――オレが最も欲しい情報を、吐け」


「え?な、なんだよそ―――っ」


 オレは首を絞める腕に、力を込めるのさ。詐欺師が力なく暴れる。だが、気を失う直前で解放してやった。はあ、はあ、と荒れた呼吸をしている。死にかけたからね。


「……吐け。オレを満足させるに足る情報をな。吐かないなら、殺す。オレたちは、殺すことが嫌いじゃないって、知ってるだろ?」


「は、はい……は、話します……あ、あのコトですか?……麻薬は、もう運び終えてしまいました……上物ですから……最初に確保しないと」


「それだけか?」


 また首を絞める腕に力を加える。詐欺師は首を振る。


「あ、『あいつ』のことですかい?」


 『あいつ』。ハイランド王国軍が探している、『あいつ』?


「へ、へへ……やっぱり、それですかい?」


 まいったね、好奇心が刺激されたのが、バレちゃったよ?……詐欺師なんかに心を見透かされるのは恥ずかしいけど。たしかに、知りたくなるぜ、『あいつ』さんの正体がな。


「……言え。情報の価値は、オレが決める」


 首の骨に圧をかけてやりながら、オレは訊いたよ、詐欺師くんが、オレを舐めないようにね?


 暴力で怯えさせてやるんだ、その方が、きっと嘘の少ない言葉を、なめらかに吐くだろう、その口は?君は、そういうタイプの人物だと思う。


「わ、わかりました……ッ。『ハント』の野郎は……まだ、運び出しちゃいません」


 『ハント』?


 もちろん、誰だか分からない。重要人物か?……オレは、太った『虎』野郎を見る。鼻ピアスのジーロウは表情を、引きつらせているな。なるほど、ハイランド王国軍が探したくなるほどの人物かい。


「……どこにいる?」


「……あ、赤い馬車だ……ッ。縛って、捕まえてある……」


「嘘じゃないな?」


「ああ!嘘じゃない!」


 そう言った彼の魂からは、怯えに冷え切った青い感情があふれていた。オレの不思議な目玉、魔眼の力さ。戦場でヒトが抱く、強い負の感情を、色で見れる時がある。コイツは、嘘を口にしちゃいない。


 でも、ひそかにお前は、自分の腰裏に偲ばせているナイフに指を伸ばした。だから、命を助けることはない。


「そうか。なら、礼をしなくちゃな」


 ナイフに伸びる指が止まる。助けてもらえると期待しているな。楽天家だ、だから犯罪者なんかに、なっちまうんだろうよ?現実は厳しいんだ。それに、ちゃんと向き合わなかったから、お前は、罪に穢れた。


「……見逃して、くれるか?」


「いいや。苦しませずに殺してやる」


 そう言いながら、オレは両腕に力を込めて、抱きしめるようにしながら彼を地獄に送ったよ。骨が折れて、折れた骨が生命を司る延髄を切り裂いたのさ。すぐに、死んだよ。


 オレは死を呼んだ抱擁を解除した。その詐欺師の死体は力なく地面に倒れ込む。


「……やるじゃねえか」


「ああ。情報を聞き出せた。で。ジーロウよ?」


「なんだい?」


「『ハント』ってのは、どこのどいつだ?」


「おそらく、『ハディー・ハント』さ」


「……大物だよな?」


 頭の悪そうなお前がフルネームで知っているぐらいだ。『白虎』御用達の酒場で話題になっている、『面白い芸人』とかじゃなければいいんだがね?


「ああ……大物だよ」


「どんなヤツだ?」


 なんだ、そのドヤ顔?コイツ……ジーロウは、オレに質問されるのが、頼られるのが嬉しいって貌をしていやがる。優越感にひたれるからか?……なんかムカつくが、この際、ガマンしておくことにする。


「……教えてやるよ、『ハディー・ハント』ってのは、オレたちハイランド王国の王族の一人でな……王国軍では、上級の軍人……大佐さまさ」


「……おいおい。そいつは、大物だな」


「ああ。オレも、ちょっとビビったぜ?」


 ジーロウ・カーンはその大きな肩をすくめてみせる。その長い尻尾も、ビュンビュンとせわしなく動いて、興奮だか衝撃を表現しているようだった。


 まあ、分からなくはないぜ。


 『王族』で、『王国軍の大佐』……そういう男を、『白虎』は捕らえて、敵に売ろうとしていたわけか……?


 そりゃあ、詐欺師くん。君の予想のとおり、ハイランド王国軍が探しに来るはずだよね。


 だって、その人物は、まちがいなく、ハイランド王国のVIPだ……『白虎』は、そいつを帝国に売り渡すことで、『帝国との良好な関係』を保とうとしたのか?


 くくく。


 なるほど、『白虎』も、いよいよ追い詰められているようだな。ムチャが過ぎる。オレたちが起こした戦は、連中にとっても致命的な力学を作りあげたらしいね。


 現実は複雑だが、ハイランド王国軍の一部が、帝国軍と戦ったことは事実ではある。ハイランド王国を牛耳る、親帝国派のマフィア・『白虎』は帝国からの信頼を失い……そして、王国軍や民衆からのプレッシャーにも晒される。


 帝国を嫌う民衆も、この亜人種だらけの国には多いからな。


 戦となれば、民衆の多くが反帝国の戦意に燃える。そうなれば、親帝国派の『白虎』に対する反抗は、今の何倍も強くなるだろう……民衆を脅せなくなれば?マフィアは滅びる。


 だから?


 こんな密貿易のルートを用いて、取っ捕まえた『ハディー・ハント』を、ここから帝国に『出荷』するつもりだったのかよ……?


 まったく、帝国のご機嫌を取るのに必死だな?


 まあ……『白虎』が民衆から『見逃してもらうため』には、民衆に利益を還元しなければならない。ファリス帝国との貿易……それで栄えたのだからな。それを再開すれば?


 かつてのように、この政治をあきらめた国家の民たちも、マフィアの支配を許してくれるかもしれない。


 この国の民の多くは、誇りより金を選ぶとアイリス・パナージュは語っていたな?


 帝国がハイランド人に、再び多額の利益をもたらすようになれば?……ハイランド人は『白虎』を再び受け入れる。『白虎』は、そう信じているんだろうな……。


 まあ、それで実際に支配を成していたわけだし、アイリスの分析も同じ方向性を示している。となれば、なかなか個人的には理解しがたいが……本当に、そうなるのかもしれないね?


 それが、ハイランドという国家の流儀なのだろう。暴力の崇拝と、拝金主義……ああ、こう言っては失礼なのかもしれないが、フーレン族っぽいよ。


「しかし……VIPを『人質』として提供することで、国家間の平和を維持するか……?」


 帝国へのアピールとしては、弱い気もするな。


 ハディー・ハントが国際的な知名度を誇る人物ならともかく、そういうわけではないし……そもそも、ハイランドの王家は、『白虎』の傀儡。実権は無いのだ。


 もしかして……『白虎』どもは、『クーデターを予防した』のか?


 『王族』であり、『軍人』でもあるハディー・ハントを……この男による、クーデターを防ぐために、こんなムチャなことをしたのかね?……つまり、この『出荷』は?


 ……ただ殺すだけでは、勿体ないから?帝国に差し出してみようということかよ?マフィアってのは、商売人だな。商品がえげつないだけで。


「……なあ、ジーロウ?」


「どうした?」


「ハディー・ハントは、人望のある男か?」


「……ああ。王族は、この国では、『白虎』の言いなりだけど、ハントの野郎はそうじゃない。だからこそ、『白虎』からは嫌われていたが―――」


「―――『民衆』や『軍』からの支持は、それなりに高い男というわけだな?」


「……ああ、そんなカンジだよ。長いものに巻かれない男ってのを、フーレン族は好むんだよなあ……皆、長いものに巻かれるのが好きなのに……?」


「どこも似たようなモンさ」


 なるほどね。土壇場で放置していたら……『白虎』をも崩しかねない男というわけかい。ホント、いい道具を手に入れられそうだよ。



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