第五話 『悪鬼たちの夜』 その5


「……いいか。あそこにも、隠れている……そうだ、木の裏だ」


「ふむ。なるほど、いい眼だな、相変わらず」


「まあな……とりあえず、敵はそれだけ」


 オレとリエルは素早く敵の配置を確認したよ。リエルも敵の魔力を感じ取ったり、聴覚を使うことでも敵の場所を悟れるが―――魔眼の情報はかなり頼りになる。


 敵の情報を共有する。当たり前のことだが、こうすることはかなり有効。オレは、若手たちの顔を見る。オレの説明が、ちょっと猟兵式で早すぎたか?目をパチクリさせている。


 不理解を印象させるツラをしているが……まあ、いいさ。ピエトロにはリエルがついているし、ジーロウにはオレがついている……ジーロウの体型は太く暗殺には向かないが、もしも敵に見つかったとき『白虎』であると嘘をつくことも可能さ。


 顔面に入れられた獣のシマを模した入れ墨が、相手に一瞬の誤認を与えるだろう。そして、一瞬あれば?オレかジーロウのどちらかが、『そいつ』を殺すはずだ。


 そう。ジーロウはバレても誤魔化せる可能性があるんだよ?だから、連れて行く。そして、オレの装備を見てくれよ……?


 アイリス・パナージュが用意してくれた『帝国兵の鎧』を装備している……コレは、彼女が尋問した『密輸に関与していた二等兵』の鎧だ。また二等兵かよ?……ってなるけど、今回はいい選択さ。


 見つかったとき、密輸の『ルーキー』を気取れるかもしれんからな。


 もちろん、この『変装』も完璧ではない。なにせ、左の腕だけ『竜爪の篭手』をはめているもの。けどね、人間族だから、もしも敵に見つかったら帝国兵のマネをすれば、いいかもしれないだろう。


 とくに、『虎』であり、元・『白虎』であるジーロウと行動を共にしていることで、一瞬は誤魔化せるかもしれないって自信はあるよ。


 帝国兵と『虎』のコンビだもんね?……この密輸に関わる者たちしか、基本的に『そのコンビ』はありえないだろうしな。もちろん、見つからなければ、それにこしたコトは無いんだ―――戦場ってのは、カオスだ。


 どんなことと出くわすか、分かったものじゃない。想像になかった『良いモノ』と出会えるのなら最高だけど?


 ……おおむね、『悪いモノ』との遭遇が多いのが、世の中が見せる残酷な側面なんだよな?


 さて……ここで考えていても始まらない。オレは若手たちに声をかける。もちろん、小さな声でだぜ?数十メートル先には、敵がいるんだからな。たった四十人、『パンジャール猟兵団』なら力ずくで、どうとでもなる戦力だけど?


 今夜はジーロウとピエトロだからな……とくに、ピエトロの能力は、『虎』と戦える水準とは言えない。慎重に行動すべきだな。


「……いいな。いつもの通りだ。静かに行くぞ。接近し、オレが合図を出せば、リエルよ、オレの目前の敵を射殺してくれると助かる」


「うむ。わかった。ピエトロと同時に射撃するぞ」


「よ、よろしく、お願いいたします、リエルさん」


「ああ。こちらこそな。落ち着いて狙え?戦闘中ではないヒトを狙うのは、ウサギを狩ることの四倍は楽なことだ」


「……はいっ」


 リエルはいい先輩面しているな。同族にはやさしいのかも?……そういう感覚ってのは、どうしたってあるよね?同郷、同族であることに、無条件的な親しみを覚えるということは。


 それに、なんだかんだで基本的に、女子って面倒見いいしな?ピエトロはリエルちゃんに任せておけば大丈夫だろうよ。結束に関しては、問題ない。


 結束については……どちらかと言うと、オレたち『フロント・チーム/前線組』のほうが不安は全開だな。ジーロウとは、友情を築けていない気がしているよ。第一印象がお互いに悪いからね。


 とはいえ、彼も武術の道に生きて、軍隊という集団を経験した男。戦場では、指揮官の言葉に従うだろう、そう期待するさ。


「さて……オレたちも行くぜ?ジーロウ?」


「お、おう。このロープで、この崖を降りちまおうってコトだな?」


 オレの指示通りに、林の木にロープを結びつけていた青年フーレンは主張する。


 ふむ……木に結ばれたロープを、オレの指が掴み、引っ張る。うむ、満点だ。ビクともしないな。コイツは、船乗りたちがよくする縛り方だ。


 ジーロウめ、船乗りのバイトでもしていたのか?……それとも、『白虎』で船ばかり乗っていた時期があるのかね……?


 ジーロウのキャリア、そいつはどうでもいい。とにかく、このロープを信じられるということが大切さ。この高い崖を、この細いロープだけを頼りにして、降りなければならないのだからね。


 そうだ……オレとジーロウは、ここからロープを伝って崖を降りていく。高さにして10メートルほど。そこまで高くはないが、慎重に降下したい気持ちにはなる。


「ジーロウ、オレが先に降りる。後からついて来い?いいな?」


「お、おお」


「……さて……ん?待て、ジーロウ、動くな」


「……っ」


 ジーロウも戦闘にまつわる命令ならば、オレの言葉だって聞くのかね?いいことだよ、ムチャな暴走とかしてくれるよりはマシだ。


 そうさ、今は冷静になることが必要とされているのだよ。なにせ、近くに敵がやって来た。まあ、近くと言っても、50メートル離れた場所だ。こことよく似た高台さ。


 ヤツら、お喋りしながら、そこにやって来たぞ?


 二人とも帝国の兵士の姿だ。帝国軍の雑兵に間違いないぜ、尻尾は揺れちゃいないからな。


 連中は立ち止まり、タバコを口にくわえる。マッチでその先に火を点けた。喫煙タイムか?


 ……リラックスして気を抜いてくれるのは、こちらとしては大歓迎だ。しかし、あそこにいてもらっては、こちらの作戦がスタート出来ない。


 まったく、場所が悪いぜ。あそこからなら、ロープで降りる光景をガッツリと見られてしまう可能性が高い。リラックスしていたとしても、さすがに、怪しまれるだろう。だから―――。


「……おい、ソルジェ団長」


 正妻エルフさんが『団長』をつけて、オレを呼ぶ。こういうときは、ビジネス・モードさ。彼女は仕事を従っている。そうだ、オレも今まさにリエル・ハーヴェルに頼むところだったよ。


 『パンジャール猟兵団』の弓姫にね。


「……リエル。命令するぞ」


「うむ。それで、なんだ?」


 理解しているくせに、そう訊いてくれるんだよね?団長への敬意を表現しているのかもしれない。だが、オレは無言で目線を動かす。タバコをふかす二人組にだよ。


「……了解だ」


 静かにそう答える。リエルは弓に矢をつがえる。たった、50メートル程度の狙撃。リエルならば目隠しをしていてもヤツらの頭を射抜く。


 しかし、敵は二人組だ。


 いくら弓術の天才でも、二人組を同時に射抜けるわけではないからね?


 彼女は、さっそくアシスタントに命じるよ。


「左に見える連中を……北の崖の二人を狙うぞ?行けるな?」


 ピエトロは、いい緊張感を保ったまま、うなずいていたよ。きっと、やさしく勇敢な彼の心は『殺した数より、多く救う』と祈りを捧げているのだろう。


 そうさ、今夜は、まさに、そんな戦いだ。お前の正義は穢れない。見せつけてやれ、ピエトロ・モルドーよ。お前の力をな。


「……わかりました。リエルさんは、どっちを?」


「こちらから右側に見える男だな、ヒゲ面で、夜空にタバコの煙を吐いた男だ」


「了解です、ぼくは左側の方ですね?こちらに背中を向けている……」


「うむ。帝国軍の歩兵。その連中の背中は、鉄の守りがない。心臓を射抜けるぞ」


 そうだ。鎧は高級品だから、帝国軍の地位が低いお歴々は、ああいう貧弱な装備をつかまされるのさ。数が多いということの不利だよね。


 雑魚にまでは、高品質の装備を渡せない。鉄は貴重品だからな。品薄を起こせば、経済活動の色々なところに破綻を来すだろう。それぐらいなら、いくらでもいる雑兵の命など、まったくもって安い存在だ。


 そんなことを考えているあいだにも、射手たちは集中を始める。リエルは星空に顔を向けて風を読む……。


「崖に誘われて、北北東から降りてくる風だが、手前は崖を登る風がある……矢の軌道は高さは関係ない、ほんのわずか、およそ50センチ……矢は無風よりも左にずれる」


「はい、分かります……っ」


 リエルと同じように片膝を地面につけたまま、弓を構える若手は返事した。集中した貌さ。オレは、そういう戦士を信じるよ。


「……それでは、同時に射るぞ?私が放った直後に、放て」


「はい……っ」


 射手たちが集中し、オレとジーロウは呼吸音を消しながら、見守るよ。リエルは風が弱まる瞬間を見抜いて―――矢を放った。


 次いで、ピエトロも同じことをしたな。


 矢が闇夜を切り裂くように走り……タバコが好きな男たちの頭と、背中を貫いていた。リエルに頭を射抜かれた男は、当然ながら即死だよ。


 ピエトロの矢も、肋骨を貫いて……心臓を穿つ。ほぼ、即死だったぜ。血反吐を吐いただけで、悲鳴を放てはしなかったよ。


「……いい働きだ、二人とも。最高だったぞ」


「ふん……距離が近すぎるし、相手は動きが少ない。簡単すぎる仕事だ。褒められるようなことではない」


「え、ええ」


 ピエトロは殺人には怯えちゃいないな。良い傾向だ。彼はもう一人前の戦士のように見えた。


 さーて、二人の芸術的な殺人を見せられたら、オレたちの時間だ。


「行くぞ、ジーロウ。オレにつづけ」


「おう」


 オレはロープに指と脚を絡ませ、夜空に飛ぶのさ。


 ロープを滑り落ちていき、地面直前では減速する。手のひらを覆ってくれている皮革が、一瞬、熱を帯びすぎて焼けるような香りを放つ画、一瞬のことだ。


 オレは音もなく着地していた。


 ジーロウが、つづいて降りてくる。


 彼が地面を叩きすぎないように、親切なオレは、台地に彼の大きな足が到着する直前に、『風隠れ/インビジブル』の魔術を彼にかけていた。


 結果的には、必要がないほどの音しか立てなかったが―――無音でないところに、少しだけ不満は残る。


 オレがフーレン族の『虎』でなくては、良かったな?


 未熟なお前の顔面に『最強の証』が入れ墨されたことを、シアンが許せなかった理由が分かったかもしれない。能力があるが、それを使いこなせない者を見るのは、なんだかモヤモヤするものさ。


 さて……オレは、走り始めていた。


 ジーロウの巨体もオレにつづく。今度は、完全な無音走法だったよ。『螺旋寺』で修行したのは本当ってことだな。


 才能はある、鍛錬もある……あとは、研ぎ澄ませれば、強者に至る。なあ、ピエトロは最高の技巧を見せたんだぜ?ジーロウ・カーンよ、お前もその顔の入れ墨に負けない仕事を見せてくれ。


 真の『虎』とは何であるかを、この闇のなかで、偽りの『虎』、マフィアみたいな狡いクズどもを血祭りにして、証明しろ。

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