第五話 『悪鬼たちの夜』 その7


 ハイランド王国の王族であられる、『ハディー・ハント大佐』ね……?そんな『目玉商品』まであるとは、さすが密輸ルートの閉店セールか。


「……それで、ソルジェ・ストラウス。ハントを助けるのか?」


「……ああ。当然だ。利用出来るヤツは、絶対に確保するぜ……くくく!」


 おやおや、オレの口元さんが、また悪党みたいに笑っているぜ。元・マフィアの鼻ピアスがオレに感心してる。


「おお。さすが、魔王だぜ!……悪人みたいな顔で笑うな」


「……まあな」


 こんなマフィア崩れに『悪人みたい』か……オレ、もっと爽やかなスマイルを浮かべているつもりなのにな?


「じゃあ……さっそく、あの赤い馬車を確保しておくかい?」


「……あせるな。すぐには出発しない」


「ホントか?……ハントの野郎を、逃すのはマズくないのか?」


「マズいさ。だが……当初のプランも実行するつもりだ」


「二兎を追う者は一兎をも得ず―――イー・パール師は、そう言っていたぜ?」


「……名言だな。だが、一兎を得たところで、オレたちの『未来』は好転しない」


 そうだ。『戦力』がいるんだ。


 この鉱山で強制労働されている、『難民たち』……その連中を解放して、ここにある密輸品を満載した『馬車』さえも、奪いたいんだよね……。


 全部が、欲しい。『ハディー・ハント』を含めてな。


「……まあ、連中も、すぐには出発しないから余裕はる」


「どうして断言できる?」


「こいつらが『密輸』をしているからだ」


「……なるほど。たしかに、オレも深夜にコッソリやっていた」


 どこの悪党も考えることなんて同じだな。闇に紛れ、皆が寝静まった頃に、動き始めるものさ。


「それに……今夜は『店じまいセール』。その取引のサイズは、派手なんじゃないか?ハントもだが、『商品になるモノ』は、全部持って行きたいはず」


「……なるほど。そりゃそうだよな。他の馬車が荷物で一杯になるまで、出発するはずがねえ」


「二度、三度に分かれても出発はしないだろうからか……移動するのなら、全員で、一度にだ」


「なるほど、見つかる確率を減らすってか……?」


「ああ……何を、ニヤニヤしている?」


「……いやあ、テメーも、したことあるんだろ?『密輸』?」


 人聞きの悪いことを言うなよ?……と、否定したいが。たしかに、オレは『密輸』をしたことはあるぜ?……まあ、帝国軍に封鎖されたルード王国に、食糧と医薬品を運んだだけのことで……。


「オレのは、正義の行いだったさ」


「……はいはい。犯罪者は、みーんな、そう言うんだよなあ」


 ジーロウは、とても楽しそうだ。コイツ、オレにブン殴られて惨めに負け散らかしたことを、まだ根に持っているのかもしれない。


 小悪党ごときに悪人あつかいされるとはな……大きな屈辱を覚えるが、まあ、いいさ。


「……とにかく。当初のプランから変更はない。見張りの数を、減らしていくぞ」


「おうよ」


 にやけた顔のままだが、ジーロウ・カーンは返事をしてくれる。オレは……その赤い馬車を一瞬だけ見て……『保険』はかけたよ。


 あとは、可能な限り、速やかに……そして気づかれることなく、敵を排除しなくてはならない。何故かって?……敵にバレたら、難民たちを人質に取られるかもしれないからだ。


 おそらく坑道内部に監禁されているであろう難民たちには、巨人奴隷たちでお馴染みの、『魔銀の首かせ』が付けられているだろう。呪文一つで、頸椎をへし折り、窒息死させることも出来るあの邪悪な処刑装置がな。


 ……厄介な状況なのさ。気づかれたら、その呪文を唱えられて、オレが仲間にしたいと願っている彼らの命は永遠に失われるかもしれない。それは、あまりにも後味が悪すぎる。


 ホント、厄介な状況だ。


 だが……オレたちなら、任務を遂行できるという確信がある。敵は、数が多くないせいで、『ツーマン・セル/二人組』を単位に行動しているようだ。とくに、外側にいる帝国軍の兵士はな……。


 なんで、帝国兵士が外側に多くいるのか?


 ここが帝国領だからだ。『白虎』の……つまり、フーレン族を目撃されたら?密輸をしていることに言い逃れが出来ないだろう?……だから、今までも今夜も、外側の見張りは帝国兵士が担当してきたというわけだ。


 ……しかし。


「……『白虎』どもめ、鉱山の『中』から、荷物を運び出してくるぞ……?なんでわざわざ深くに荷物を隠しているんだ?」


「……そりゃあ、おそらく……鉱山を掘ったんだ」


「……おい、まさか?」


「帝国とのあいだに『抜け道』の『トンネル』を掘ったんだろうよ」


「元々の坑道を利用したとしても、追加で、かなりの距離の岩盤を掘ることになるんじゃないか?」


「ああ、掘らせたんだろうよ。ハイランド側からと……主に、こちら側から」


「……なるほど。難民たちという『労働力』もいるからな……ッ」


 たった数週間のあいだに、坑道を拡張しただと?


 なんていう過酷な労働を課せられていたのか?……確実に死人が出る過酷な労働だ。


 まったく!!帝国軍にしろ、『白虎』にしろ……オレの怒りの炎に、燃料をガンガン投下してきやがるぜ。


 だが!!


 今は……冷静になれ。


 『明鏡止水』だ。オレは怒りを噛み殺し、その素敵な四文字熟語を心で唱えていた。精神を研ぎ澄ます。怒りという、この任務に不必要な感情を削ぎ落として、オレは冷たい鋼の殺意だけをまとうのさ。


「……っ!?」


 鼻ピアスの『虎』が、オレを見て身震いを起こしていた。また、悪党みたいな貌をしていたのかね?……オレは、冷静でいるつもりなのだがな……。


「いいか……全員を、片付けるぞ。気づかれることなく、全員を殺す」


「……お、おう」


 ……さて。闇に紛れた殺人を継続していくぞ。


 この作戦は、静かに敵の群れを周囲から溶かすように崩していく行いだ。


 隠密襲撃の基本じゃあるな。外から殺していくことで、敵が襲撃されていることを自覚するまでの時間を、可能な限り遅らせるのだ。


 つまり、今夜は帝国兵士から、狩ることになる。


 ツーマン・セルの連中だ。オレとジーロウが、物陰から同時に飛びかかり、即死させれば問題ないという、極めて簡単なお仕事さ。


 しかも、崖の上からはリエル・ハーヴェルとピエトロ・モルドーのエルフの弓使いが精密な狙撃で、サポートまでしてくれるのだからな……。


 オレたちはまたたく間に、死体の山を築いたよ。すぐに生きて動いている帝国兵の見張りは全滅さ。


 まだ……気づかれちゃいない。だが、慎重になり過ぎたあまり、時間がかかり過ぎたかもしれないな。気づけば、『白虎』どもが作業を終えてしまっていた。


 積み荷を積んだ馬車たちの隣で、フーレン族が焚き火を起こし、そこで労働に疲れた身体を休め始めている……何かを焼いているな。携帯していた食料か。まあ、それはいい。


 その数は……八人。全員が、顔にシマの入れ墨をいれてやがるな。つまり、全員がフーレン族の上級戦士である、『虎』ということか……。


「……おい。どーする?……あれだけ集まられると、気づかれずに殺すとか……ムリだろ?」


「ああ……作業も終わっちまったようだしな。連中、とてもリラックスしていやがる。お前も落ち着け」


「落ち着いている場合かよ!?」


「……ああ。落ち着く場合なのさ。ジーロウ・カーン……ほら、連中の声を聞いてろ。彼らの油断が分かるというものだ。多弁な『虎』は、緩んでいる」


 オレは『風』を操り、『白虎』どもの会話を盗み聞きし始めるのさ。


「―――疲れたぜ。でも、これで、終わりだなあ」


「―――ボロい商売だったが……まあ、いいさ」


「―――帝国の人間族とも、しばらくお別れか」


「―――なあに……オレたちの『大佐殿』が、上手く取り計らってくれるって?」


「―――ヒャハハ!……ああ、密貿易ルートの再開は、そう遠くねえさ」


「―――『ギー殿』も味方だからなあ?」


「―――しかし、『ギー殿』も、『隊長』も、坑道の奥で何をしてんだ?」


「―――積もる話もあるんだろ?……オレたち下っ端とは、違うのさ」


「―――まあなあ、大幹部の『盲虎』サマと、帝国軍の敏腕スパイさまだもんな」


 ほう。面白い情報を聞いてしまったな。


 『ギー殿』とやらが、帝国の『敏腕スパイ』なのかは、オレには疑問だが……悪知恵が働くだけの小悪党って身分じゃなさそうだ。


 そうだよなあ……あの『赤い馬車』は……帝国貴族の紋章が入っている。帝国軍の検問も、止められることなくスルー出来るって噂のね。


 それに、『ハディー・ハント大佐』を帝国軍に献上するルートも必要だ。雑兵たちのまとめ役ごときでは、そんなルートを持ってはいないだろう。


 ……本当に、『ギー殿』とやらは、『敏腕スパイ』なのかもしれないな。捕らえることが出来たら、情報源になりそうな気もするが―――いいや。殺そう。これ以上、状況を複雑化させるのは、良さそうだ。手に余る。


 仕事の出来る帝国軍人を、一人処分したってハナシで十分、満足するとしようじゃないか。


 さて。ジーロウくんよ、どうした?その嬉しそうな顔はよ?


「……『盲虎』……かよ……ッ」


「知っているようだな」


「当たり前だ。『白虎』の幹部だぞ?……イー・パール師の弟子で、つまりはオレの兄弟子」


「ほう。強いのか?」


「……めっぽう強い。オレは、勝ったことが……無かった」


 ほう。良い成長をしているようだな?そんな強い兄弟子を相手に?


「……そいつと、戦いたいのか、ジーロウよ」


「え?」


「オレは『ギー殿』だろうが、『盲虎』だろうが……どちらでもいい。全員殺す以外に、ここでの勝利は無いからな?……で?どうしたいんだ?」


「……オレは」


 ああ。シアン・ヴァティがここにいたら、きっと喜んでいるぞ?


 返答を聞くまでもない。なにせ、フーレン族のあの長い尻尾が?力強く唸るように波打ったあとで、ピンと立っているんだから。


 『虎』とは、強者を愛しているのだな。その偏愛は、敬意というよりは『食欲』に近しい。強い敵を喰らうことで、己の強さを認識したいという衝動があるのだろう。


 シアンがときおりオレに向ける凶暴性……あのとき感じる気配に、今のお前がまとった空気は、とてもよく似ている。戦いたいんだな?そして、そいつを殺して……己の強さを誇りたいのか。


 いいねえ、『虎』の哲学……なかなか熱くて、ストラウス的な美学に類似を感じるよ。強い敵を殺したい。その衝動を隠せないのが、真の『虎』か……。


「―――オレは、ギー殿とやらでガマンしてやるとしようか」


「……おう。ソルジェ・ストラウス。『盲虎』は、オレに殺させろ」


「そうだな。オレのような他人に殺されるよりは、弟弟子に殺された方が、供養になるだろうさ」


 さーて。対戦カードは決まりだ。面白い仕事をするその前に……邪魔な雑魚どもを一掃するとしようかね。


 オレは……策を見つけているぞ。


 ふざけた犯罪現場らしく、すぐそこの木箱の上に置かれている『飲みかけの酒瓶』。さっき殺したヤツらの誰かの遺品だな。さて、コイツを使うとしようか、前団長さまである、ガルフ・コルテスに倣ってな。

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