第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その12
―――ゼファーと『バガボンド』の歌が、空へと響くとき。
巫女戦士は己の拘束を魔術で破壊していた、そうさ、ルチア・アレッサンドラさ。
ミアに盛られたエルフの秘薬は、彼女に数時間の意識の喪失を与えた。
副作用はないが、彼女は自分自身に歯がゆさを覚える―――。
―――なんたる失態か!!女神イースさま、私の無様な敗北をお許し下さい!!
心で信仰する女神に許しを請いながら、彼女は己を拘束する魔獣の革を焼き切っていた。
おいしそうな香り?……モンスターの革なのに?
モンスターは美味しそうなのか、そんな疑念が一瞬わくが……。
―――女神に仕える自分を冒涜した男への復讐心が、下らぬ好奇心を打ち消した。
ズレた眼鏡の位置を直して、炎の髪を怒りに揺らすルチアは動き始める。
テントに置かれたその机からは、教皇への報告書が消えていた。
困ったことだけど、構わない……それよりも目立ったのは、置き手紙。
―――乱雑で、粗暴な文字の殴り書き……彼の文字か。
ソルジェ・ストラウス、ガルーナの竜騎士の……。
ルチアは目を細めながら、その文字を読んでいくのだ。
『オレの部下になる男を、返してもらうぞ』……。
―――どう解釈すべきかしら?……私が拷問を施した『彼』は……。
『グレイ・ヴァンガルズでは無かった?』……彼になりすました、ハーフ・エルフ?
……ルード王国軍の諜報員だったと、考えるべきなのでしょうか。
それとも、傲慢な貴方は、私にそう思わせたいのですか?サー・ストラウス?
―――そうです、貴方は、とても傲慢ですよ……。
私の首を絞めながら、肉体の抗いを奪ったなかで、一方的に告げるなんて……。
死ではヒトを救えない……?それは、宗教家である私には、異端な言葉です。
貴方の言葉にも信念が宿っているのでしょうが……私は、異端審問官。
―――異端なる声を、信じるわけには行きません。
私がすべきは……維持するべき秩序は、聖なる安らぎへ至る信徒たちの祈り。
それだけなのですよ、ソルジェ・ストラウス。
私は……貴方を信じません……。
―――女神イースへの教えだけを胸に、彼女は『剣』に手を伸ばす。
『カール・メアー』で授けられた業物さ、ミアは盗まなかったよ。
イヤな予感を感じて、それに触れることを躊躇っていた。
良い判断だ、その剣は巫女戦士たちの呪術を帯びている、危ない剣さ。
―――『聖剣』を腰に差し、彼女はソルジェを追いかけ外に出た。
テントの外では、大騒ぎが起きていた。
帝国軍の兵士たちが、走り回っている。
何事です!?……異端審問官は兵士に訊いた。
―――あ、ああ、アレッサンドラさま……ま、魔王に、我が軍が敗北を喫しました!!
『魔王』……ソルジェ・ストラウスですか?
は、はい……ヤツが軍勢を率いて……我々を襲ったのです。
軍勢?……ハイランド王国軍ですか?
―――そ、それが……その……。
口ごもる兵士に、巫女戦士は苛立っていた。
異端審問官さまが眉間にシワを寄せるものだから、彼は怯えてしまったよ。
言いにくい、不名誉な言葉でさえも、彼は躊躇を捨てて話すしかなかった。
―――な、難民どもであります!!
え……難民の方々が、どうなさったと言うのですか!?
『魔王』は難民どもを懐柔し、どこからか用意した武器で武装させ、我らを襲った!!
その言葉は巫女戦士にも想定外であった……この地の難民は、彼女が救う存在だ。
―――無慈悲なる現世から、逃れるように『楽園』に旅立つ存在……。
イースさまの元へと旅立つ、定めを持った人々……。
難民の皆さまを……戦に駆り立て……救ったというのですか?
戦で勝利させ、無理やりに、救ったと……?
―――ソルジェ・ストラウス、やはり貴方は傲慢です……。
苦しみしか持ち得ない生を……長引かせてしまうなんて……。
楽園でイースさまの寵愛を注がれる人々を、戦の返り血で穢すなんて……。
その行為は……あまりにも傲慢です……一時の勝利など、解決策にはなりません。
―――押し黙り、思索に耽るルチア・アレッサンドラに、兵士は語る。
……アレッサンドラさまも、お早く撤退を……ッ!!
もうすぐ『魔王』が、ここにやって来ますッ!!
……貴方は、戦わないのですか?
―――その言葉に、兵士は首を振っていたよ、横にね。
我々は、深刻なほどに破壊されています……魔王は、この拠点をも蹂躙していた。
兵士の数が足りません、魔王の進軍を、これでは受け止められないのです。
我々は修道会の一般人を保護して、退却しなくてはなりません。
―――ルチア・アレッサンドラは、その兵士の言葉に『嘘』はないと本能的に悟る。
……分かりました、任務を果たして下さい、ご武運を。
はい!!アレッサンドラさまも、お早く!!我々は南西の砦に後退します!!
……ええ、そのうちに、私も向かいます。
―――そうだ、すぐには向かわない。
彼女は異端審問官として、確かめなければならないことがある……。
あのとき、自分が拷問した『男』……彼が、誰なのか。
女神イースさまに、『嘘』をついていた男は、本当にルード王国のスパイなのか?
―――それとも、私の直感の通りに、アレはヴァンガルズ氏、本人では?
証拠は無い……証拠は無いが、スパイが自身の所属を素直に語ることは不自然だ。
眼鏡の下の瞳が、魔王に蹂躙されたという帝国軍の拠点を見回した。
蹂躙……破壊工作?戦のための行為……それだけでしょうか、魔王よ?
―――貴方は、とても異端な男性です。
常識の裏に、何かを隠す……そうです、剣のフェイントのような技巧を使う。
何を、隠したのでしょうか……『私を殺さなかった』。
それにも、『意味がある』のでしょう?
―――あのまま、いくらでも殺せたハズ。
生かしたのは……『仕事をさせる』ため?
ならば……私は、『仕事をすれば』……真実に近づけるのでしょうか?
貴方の描いたシナリオに、踊らされることを選べば?
―――この状況で、私がすべきこと……逃したあの男の正体を究明すること。
どうするべきか?情報を再鑑定する……答えに疑義があるのならば、すべきことです。
……完全に黙秘した彼からではなく、彼の周囲から得た情報もある。
『グレイ・ヴァンガルズ』らしき人物は、至極、マジメな行動を取っていた。
―――職務に忠実で、向上心も高く……派遣されて来て日が浅いのに、信頼されていた。
非の打ち所がない、エリート……。
どこまでもマジメな職務だと、誰もが証言をしていた……。
引っかかるところは、無かった…………いいえ。
―――いいえ、一つだけありますわ。
彼の副官だった兵士は、証言してくれました。
彼が何度か、『アーバンの厳律修道会』に足を運んでいたと……。
その理由を訊ねても、決して答えてはくれなかったと―――。
―――そうです、彼が『グレイ・ヴァンガルズ』であったとしても。
その人物に化けた、ルード王国軍のスパイだったとしても。
なぜ、『アーバンの厳律修道会』に接触していたのかは、問うべきでしょう。
……僧兵武術の大家、シスター・アビゲイル……お答え頂きたいものです。
―――異端審問官は、やさしい美貌に狩人の目を宿して、走っていた。
深い眠りの毒薬……それを盛られた兵士たちは、眠りから覚めていなかった。
眠れる兵士たちを、兵士たちは荷車に乗せて運ぶつもりだ。
……なるほど、死体なら、あきらめた。
―――『殺さないことに、意味があった』。
生きているから見捨てられもせず、助けるために作業をさせられている。
ならば……やはり私もなのですか、ソルジェ・ストラウス?
踊らされている気がしてなりませんが、これも聖なる職務です。
―――探求せねば、なりませんね。
貴方に利用される可能性に、怯えながらも……。
私は、真実を探らなければなりません……。
さあ……見えましたよ、あのシャトーが……彼女たちの拠点です。
―――魔王、ソルジェ・ストラウス。
貴方が私にさせたい仕事は、何でしょう?
傲慢で、異端な貴方のことです……おしつけがましい独善を、見せてくれるのですか?
……ああ、女神イースさま、私の信仰を試したいのですか、あの魔王の甘言をもって?
―――私は、疑いません。
この世界から、女神イースさまへの『嘘』の言葉を無くすことが、至高の救済なのだと!!
現世の苦しみの果てに、楽園でイースさまの加護を受ける。
そのためには……『嘘』を無くし、イースさまのお与え下さった現世での定めを全うする。
―――それが、イースさまの信徒として、あるべき姿です……っ。
暴力で、瞬間的に勝ち取った勝利などで……イースさまの救済を翳らすことは……っ。
欺瞞ですよ……魔王よ……。
そうではないと言うのなら……可能性を、示して下さいッ!!
―――この世界を支配する、大きな力に……現世にあまねくヒトを縛る強い業に!!
弱者が、生きて立ち向かう力が、本当にあるというのなら!!
私が掲げる救済への道が、間違っているというのなら!!
偽りではない希望が他にあるというのなら……見せて下さい、ソルジェ・ストラウス!!
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