第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その11


 勝ち鬨が朝焼けの空を揺らす。そうだ、オレたちは勝利した。大勢を殺し、負傷させて、捕虜に取ったからな。


 戦闘のために心と体にため込んでいた熱量を解放するように、ノドを揺らして歌にする。虐殺された仲間の血を浴びて、伏せた帝国の兵士どもは、空よりも明白に震えていた。歯が叩き合わされる、ガチガチという音を聞く。


 コイツらは、二度と戦士にはなれないだろう。殺される恐怖を知りすぎてしまったからな。その精神的なトラウマは深かろう?死にまつわる悪夢は、なかなか貴様らを解放しないぞ?何年もな、あるいは一生な―――怯えきった弱者は、従順に歩いて行く。仕事がはかどり、嬉しいよ。


 さあて?


 オレは魔眼を使い、ゼファーと連絡を取る。南はともかく、北は少し気になるからな?血の気の多いフーレン族だ、反応が少し読めなくはある。『白虎』の支配力や混乱具合によっては、リアクションが変わってくるはずだ―――探らなくてはならん。


 なあ。ゼファー、北はどうだ?ハイランド王国軍に動きはあるか?


 ―――ううん。ないよ、まよっているみたい、でも、うごかない。


 だろうな。末端の兵士たちは、帝国軍に自分たちの砦を襲撃されたと信じている―――真相は、ヴァン・カーリーの手による行為なだけだが―――それに激怒し、帝国軍と一戦を交える覚悟で結集したのさ。


 でも?


 ハイランド王国軍を牛耳る、『白虎』の腑抜けた拝金主義のマフィアどもは、帝国軍との戦闘を回避したがった。だから、命じている。『攻めるな、待機しろ』とな。


 その結果、彼らは停止している。上官の命令を聞けないほど血の気の多い連中は、シアン・ヴァティに吸収されてしまっているしな……おかげさまで、疲れた息を整える時間はありそうだよ。


 ハイランド王国軍に追いかけられて、原初の森林目掛けて、命がけの逃亡劇をしなくて済むのは幸いだ。


 ただ指をくわえて見守るだけ。ああ。連中は、いいカンジに混乱しているな?『白虎』どもの支配力は、かなり揺らいでいるんだろう。そして、今ごろ、ヴァン・カーリーのヤツは、オレにしたいことを奪われて、気分が悪くなっているだろう。


 さて、あのクズ野郎は、どう反応してくるかな?


 英雄になれなかったお前には、後ろめたい事実と……その事実を知る証言者が残っているぞ?……他に用意している策を使うタイミングでもあるし、国外逃亡を選ぶタイミングでもある。


 だけど?……無理やり戦を起こしてでも、野心の達成を目論むお前だ。追い詰められたとき、選ぶのは?守ることではなく―――攻めることだよなあ?


 お前は、間違いなく強硬な手段を選ぶだろうさ。目撃者の暗殺ではなく……直接、『そこ』を攻めるんじゃないかね?一度外れた策は、選ばない。もっとシンプルで確実な策を頼るだろう?神経質で、不安を抱えている男ならば。


 くくく。


 ああ、見物だよ。お前が作るであろうその混乱に乗じて、オレたちも戦わねばなるまいさ。


 これだけ引っ掻き回したら?……頼るべき手段は少なくなる。不安に陥ると、起死回生のために『最良』を目指すようになるのがヒトってものさ。ヴァン・カーリーも……そして、オレたちもな。


 そうだ、デカい混乱の渦に、オレたちも、難民たちも、ハイランド王国軍も、『白虎』も、帝国軍も……全員が巻き込まれてしまっている。


 ここにいる『虎』たちも、状況をよく理解はしていないだろう?


 元々あった、帝国への憎悪や怒り、そして愛国心……何よりも、『虎』としてのプライド。そういうモノに衝動されて、戦場に引きずり出されてしまっただけだからね?そう、悪く言えば勢いに任せて暴走した兵士だよ。


 とんでもなく酷い大混乱が、この地の表と裏で渦巻いている。


 皆が、自分の立ち位置と、アイデンティティーさえも見失いかけているのさ。


 だから?……勝利と……そして、この勝ち鬨で、『一つ』になれるんだよ。


 戦場なんてトコロは、そもそもが混沌としている空間だ。敵と味方の境目を見つけるのにも苦労することがあるほどに。


 それゆえに、本能じみた歌が、ヒトの心を結束させることがある。オレたちは『一つ』だと伝えるのさ。共通の敵と一緒に戦い、その敵を駆逐し、勝利を手にした同胞なのだと理解させる必要がある。


 それをすれば、戦友になれるんだよ。


 政治屋どもの汚れた金を巡る、薄汚い権力構造……そいつが軋みながらも現場に押し付けてくる『迷い』よりもさ?……戦場で築いた戦友同士の血の香りを放つ絆の方が、シンプルだけど信じられるに決まっているだろう?


 オレたちは猟兵と『虎』と『勇者たち』だ……根っからの戦士であり、そして『自由』を求めて戦えるという共通項がある。それらの事実こそが、オレたちを一つにしてくれているのさ。


 勝ち鬨を共に空へと放ち、震える敵兵を捕縛していく―――そうだ、身近に集まり、同じ作業をして笑え。いいカンジだぜ、ピエトロ。お前のまっすぐな瞳と言動は、『虎』の心にも素直に響く。


 笑顔で共にいる、いい外交をしているぞ。


 さーて、その作業も終盤を迎える頃に……『虎』がオレと並ぶシアンのもとへと駆け寄ってきた。『虎』たちのボスが誰なのか、分かる行動だな。


「『虎姫』さま!!帝国人どもの拘束が、完了しました!!」


「……早い仕事だ。さすがは、私の『虎』だ」


「あ、ありがとうございます!!……そ、それで……コイツらを、どこに連行すれば?北へ、でしょうか?」


「……おい。ソルジェ・ストラウス……我が『長』よ?『南』でいいのだな?」


「ああ。もちろん、『南』でいいよ」


「……だそうだ。仲間に伝えろ。我々は、『南』に向かう」


「み、南に?」


「……不満なのか?」


「い、いいえ!?ですが……あそこには帝国軍の残党がおります―――北も、軍の命令を破ってしまった我々に……戻る場所など、王国軍にもありませんが……」


「なあ、君。『南』は大丈夫だぞ。残りの帝国兵は、退却を開始している」


「ほ、本当ですか!?」


「……ああ。竜の眼をもつ男を信じてくれ。オレの目は、あの黒い翼とつながっている」


 『虎』の兵士は、オレが指差した上空へ、ゆっくりと視線を向けた。そこにはゼファーがいる。戦場の上空に君臨しながら、帝国軍を威圧し、オレたちを鼓舞するために、悠々と朝露を孕んだ、清廉な空を楽しんでいるよ。


「……なあ、ゼファー?『南』の……帝国軍の拠点にいる連中は、大慌てで逃げていくだろう?」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 オレの問いかけに呼応して、ゼファーが再び空を揺らした。


 『虎』が、おお!!と驚愕してくれる。いいリアクションを取る男だな。なかなか気に入ってしまう。宴の夜が楽しみだ。


「し、しかし!?一体、どういうことでしょうか!?サー・ストラウス!?」


「あそこにはゲストがいる。『アーバンの厳律修道会』という政治力の強く、良い血筋のお嬢さま方だよ?……彼女たちを逃さなければならない。それに、残存兵力の多くは、拘束されたり、毒薬で深い眠りに入ったままさ。オレたちを迎撃するほどの人手はない」


「……もし、迎撃されれば、蹴散らせばよいだけのこと。『虎』よ?理解しているな……貴様らと難民は、もはや運命共同体。仲間だ」


「イエス・マムッ!!」


「……うむ。いい返事だ。今後しらばらくの間は、この男、ソルジェ・ストラウスが貴様らの『長』となる……私の『長』でもある、刃向かわず、従え」


「わ、わかりました!!」


 脅すような目線だったな。まあ、それで結束してくれるなら、別に構わん。『虎』が仲間の『虎』に向けて叫んで伝える。


「いいか!!我々は、もうハイランド王国軍には戻れない!!『虎姫』、シアン・ヴァティさまと、その『長』である、サー・ストラウスの指揮下に入るぞ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「『虎姫』さま、万歳いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「赤毛の竜騎士よ、新たな戦場に、我らを導けええええええええええええッッッ!!!」


 結束の歌が響いた。オレも信任されたらしい。戦闘終結の直後に、『新たな戦場に導け』か?……なかなか、迫力のある服従の言葉で、オレは感動しちゃっているよ。


「任せろッ!!敵の命を、たらふく喰わせてやるッ!!!名誉と、『自由』と、勝利を、貴様たち飢えた『虎』に、くれてやるぞッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 虎が歌い、その太い足で、大地を踏み成らした。いいねえ、こういう荒々しいノリ。そうだよ、戦場に必要なのはクールな戦略と、熱い勢いだ。


「行くぞ、野郎どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!南下して、ファリス帝国の豚どもの拠点を、奪うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 戦士たちが行進を開始するのさ。


 南に向けて歩き出す。両腕を捕縛した捕虜を連れたままね?捕虜どもの顔は死の恐怖に怯えて、その歯をカタカタと打ち鳴らしている。


 それはそうさ。


 オレたちが気の迷いを起こせば?


 いつだって君らを好きなだけ殺すことが出来るからな。


 オレたちは国家も法も持たない無法集団……帝国とのあいだに守る条約は一つだって無いんだぜ?……オレたちを結びつけているのは、『自由』を求める心のみさ。


 さーて……。


 そんな根無し草なオレたちには、名前が必要だよなあ?


 うむ……根無し草ね。漂泊の存在……ああ、いいねえ。


「おい、イーライ・モルドー?」


 いつの間にやらオレのそばにやって来ていた『勇者たち』のリーダーに、オレは問いかけていた。彼は、ジーロウたちに殴られた腫れが、まだ引かない顔で返事をくれる。


「なんでしょうかな、サー・ストラウス?」


「じつは、オレたちの名前を思いついたんだ」


「名前、ですか?……我々……つまり、難民とハイランド王国軍の離反兵の?」


「そうだ。それがあったほうが、結束は高まりゃしないかってね?」


「……ふむ。たしかに。我々は、もはや難民でも兵士でもない」


「そうさ、『自由』のために戦い抜くだけの、漂泊するアウトロー」


「そうですなあ。そういう存在ですね」


「だろう?……だから、『バガボンド/漂泊の勇者』ってのは、どうだ?」


「良いと思います」


「……勢いだけで、決めちまおうとしているが、いいカンジか?」


「この瞬間に、貴方が名付けること。それに意味があるのですよ」


「くくく。オレを喜ばせる言葉だよ……なあ、ピエトロ?」


「は、はい!!」


 イーライの背後を歩いていた、若いエルフの弓兵に訊いてみるのさ。オレの大ファンを自称する彼に、問うのは……なんか底意地が悪いかな?でも、オレだって支持者が欲しいんだよ。


「『バガボンド』……これでいいか?」


「ええ!!良いと思います!!濁点が多くて、なんか、迫力がありますよ!!」


「たしかに、濁点が多いと、カッコいいよな?」


「はい!!それに、『漂泊の勇者』って、すごく正直で、いいと思いますッ!!」


「くくく!!たしかに、正直だぜ。よーし、いいか、テメーら!!!今日から、オレたちの名前は、『バガボンド』ッッ!!『自由』を求めて、荒野をさすらう、カッコいい荒くれ武装集団だッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「『バガボンド』、万歳いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「我々は、『自由』のための、戦士だあああああああああああああああああッッッ!!!」


 鬨の声をあげる。やかましいほどにね?


 ああ、群れを作るのなんて、簡単だな。共通の敵をぶっ殺して、戦に勝って、その勢いで一つになればいい。苦労と極限で結ばれた結束は、強いのさ―――。


 そうさ、このクソッタレな世界に聞かせてやろうぜ?


 オレたちの存在と、オレたちの強さをなッッ!!


 いいか、この群れの名は、『バガボンド』だッッ!! 



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