第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その10


 ―――ソルジェたちの戦は完璧だったよ、北から『虎』の群れがプレッシャーをかけて。


 南からは『バガボンド』が、ソルジェで突破する歩兵隊と、機動力のある弓隊に別れた。


 帝国軍の動きは緩慢だった、士官たちが統率しきれていなかったからね。


 ほとんど、本能的な動きに終始してしまったから、結局、取り囲まれていた。




 ―――『虎』たちを囲んだことが全ての始まりだね、その形に誘導できたのが始まりだ。


 南西から現れた『バガボンド』に、帝国軍は素直に反応した。


 速度のある部隊が、反応して南下したよ、つまり軽装騎兵と軽装歩兵。


 その二つの兵種は、素早いフーレン族に対応した兵士たちだね。




 ―――フーレンの奇襲の際には、彼らが現場に駆けつけるのが約束さ。


 イーライとアイリスの情報から、ソルジェはそれらが南の対応に出ることを読んでいた。


 南下してくる彼らに、待ち構えていたのが、誘い込んでからの集中射撃が得意技の連中さ。


 アインウルフが得意とした戦術で、それを熟知しているのがイーライだよね。




 ―――無敗の将軍を支えた弓兵隊での経験値、それをイーライは十分に発揮したね。


 軽装騎兵と軽装歩兵の弱点は、この弓兵隊だもの、両者とも速度重視で鎧が薄い。


 闇の中、的確に射られて、囲まれた。


 騎馬隊の進軍はあっさりと止められ、またたく間に射殺された。




 ―――シアンたちの最初の突撃が狙ったのも、軽装騎兵さ、『虎姫』は強者から狩りに行ったわけさ。


 シアンと、シアンに応えた『虎』たちが血祭りにして、軽装騎兵の数は半減していた。


 ハイランド王国軍も、さすがに昼間なら軽装騎兵の高さと機動力に手こずっただろうけど。


 ここもやはり、夜の闇が幸いしたね?フーレン族は夜目が利く。




 ―――『虎』に半壊させられていた軽装騎兵たちは、イーライの弓兵隊の前にあっさりと沈んだ。


 ゼファーとリエルの火力にも、圧倒されてね?焼かれて、射られて、敵側最強の戦力は壊滅したのさ。


 その報復に出ようとして、イーライたちを追いかけた軽装歩兵に、ソルジェが突撃した。


 戦闘意欲と身体能力のある、個体として最強の戦士たち……それをソルジェが潰したんだよ。




 ―――つまり帝国軍側は、最強のカードを早々に失ってしまっていたんだよね。


 そして、ヴァン・カーリーの酒や麻薬、ルチア・アレッサンドラのプレッシャー。


 そういうものに悪影響され、寄せ集められた部下の統率に気の回らない士官がいた。


 彼らの無能な統率力が、ありがたいことに戦闘を楽に運ばせたよ。




 ―――練度の高い最強部隊を失った帝国軍は、戦術をシンプルにするしかなかった。


 もともと寄せ集めだ、ベースはトーマス・アールバの冴えない国境警備隊だけど。


 難民狩りのために、増員されて派遣された兵士と、未熟な指揮官たちが混じったよ。


 そうさ、彼らは元々、強くはなかったよ、未熟で混乱し練度は低く、結束は揺らいでいた。




 ―――熱心な人間第一主義者の若者が多かったのは、彼らが難民狩りを望んだからさ。


 亜人種たちの反抗を許さない、そんな若手でなければ、難民狩りを喜べないだろ?


 だから、そういう連中も多く派遣されていて、国境警備隊とは仲良くやれてなかった。


 これは名誉なき閑職さ、それに張り切る若手なんて、不気味で気持ち悪いじゃない?




 ―――さて、シンプルな作戦を採るしかない不出来な彼らを、戦巧者たちは操ったよ。


 縦に伸びすぎていた帝国軍を、ソルジェたちは斜めに切り裂いた。


 そうなると、被害が大きくなりすぎて、帝国兵たちの半数は後退して集まろうとした。


 半数は被害の大きさも知らずに、ただただ敵を止めようと前線に集まった。




 ―――結果として、帝国軍は南北の敵を受け止める『壁』をつくり。


 中央には、逃げ集まった『本陣』を作る形になったのさ。


 そして、その壁をソルジェとシアンは突破した……。


 その穴から雪崩込むこちら側の戦士を、どうにか止めようと敵は無意味に集まってくれたのさ。




 ―――それが失策の理由はね、結果的に『側面』からの打撃を喰らうからだよ。


 ヒトは横からの攻撃に対応出来ないのにね?穴を走る戦士を止めようと闇雲に集まれば?


 後続の戦士たちに、側面から潰される形になるよね?


 そうなれば、簡単に駆逐されてしまうんだ、陣形を突破されることの恐怖だよね。




 ―――対応しなければ、さらに深く陣形を切り刻まれることになる。


 本来ならば、慎重に各部隊長が、前もって決められていた役割を果たすところ。


 でも、ここの士官たちは、細かなミーティングも出来ていなかったよね。


 異端審問官が、有能なグレイを逮捕しちゃったおかげもあったよ。




 ―――グレイは守備が要求される戦況を、訓練された近衛騎士だったからね。


 本当は、こういう戦の時、彼が兵士を統率する役目を任されていた。


 緊急事態の『専門家』はいない、現場の指揮官たちは精神的に参っている、だから、対応出来なかった。


 ソルジェたちは、そこにつけ込んだのさ。




 ―――ソルジェもシアンも、もちろん闇雲に突破したわけじゃなくてね。


 ソルジェは北東に向け、シアンは南西に向けて敵陣を切り裂いたんだ。


 そして、軽装ゆえに脚の速いイーライの弓隊は、東に走って北上してる。


 強いけど鈍足なピアノの旦那の巨人隊は、西の位置から北北東に上がっていたよ。




 ―――リエルとゼファーは、あちこちを無差別に強襲したわけじゃない。


 最初は東に向かう弓隊をカバーし、後半は北上する巨人隊をカバーしてた。


 戦線が東西に広がらないように、コントロールしてたんだ。


 横に伸び過ぎちゃうと、囲めないじゃない?




 ―――ミアと妖精たちは、弓隊をカバーしつつ、東に走り北上した。


 リエルとゼファーが追い回して、本体と離れた兵士たちを狩り殺していたのさ。


 その理由は東側から、本陣に帝国兵が戻りすぎてしまわないようにだね。


 そして、北上する弓隊に、各個撃破で被害少なく敵を削らせるためでもある。




 ―――最終的には、妖精たちと弓兵隊は帝国軍の東側に陣取るよ。


 脚が速いから、『虎』たちを追いかけて来る連中を側面から殺しながら本陣を目指す。


 体力には劣るけど、『虎』と最も長い時間戦い続け、しかも鎧を着て走った敵だよ?


 しかも、闇の中さ、目隠しされてるようなもの!妖精や細身のエルフでも、格闘戦で彼らにだって勝てるんだよ。




 ―――西はリエル・ゼファーにせき止められて、北上する巨人隊に駆逐される。


 『虎』を追いかけようとする敵兵を、リエル・ゼファーは抑えてもいたね。


 これで、東西は封鎖されて、敵の負傷者は本陣を目指して逃げていく。


 南北は主力が閉じるように押しつぶしたわけさ……これで、4000人を包囲したよ。




 ―――暗がりの守護を得たからこその、亜人種の連合軍ならではの戦だね。


 きっと、ガンダラは褒めてくれるよ、あまりに準備期間が少ないけれど。


 シアンが3000人も呼べなければ、みんなで西に逃げるプランもあった。


 それは消極的すぎるけど、国境の川さえ渡れば、帝国軍は止まるしかない。




 ―――そういう守備的な戦術だって、ソルジェが計画していたよ。


 その事実を、彼の第二夫人のロロカは褒めてくれるだろうね?


 彼女はソルジェに激甘採点が基本だろうけどね、惚れた弱みのせいで。


 それでも……本当に、見事な作戦、相手が『弱い』から出来た戦術だけど……。




 ―――それでも、最高の戦績を上げたじゃないか?


 1500の被害だけど、あちらは10000が戦闘不能、3400人の捕虜を取れた。


 そもそもあった敵の混乱と、闇夜に守られたからとはいえ……この戦果は素晴らしい。


 ソルジェ、君は『夜戦』の天才とも呼ばれることになるんだよ?




 ―――そして、君が達成したこの奇襲攻撃のノウハウを、ルード王国は出荷する。


 この情報を手土産にして、エルフや妖精族の国家や、ゲリラ組織と手を組むよ。


 有効な戦術は、侵略による滅びの危機に瀕した彼らが求める最高の宝物だから。


 この夜の勝利は、この夜明けの戦は、ソルジェ・ストラウスの名を広めるよ。




 ―――僕たちは情報戦で、君をサポートする。


 君の名声が、亜人種との同盟に役立つと信じているからね?


 そして、君の『強さ』が、帝国軍人の心に『恐怖』として刻まれることを望む。


 『恐怖』で敵をも操るのが、君の戦術だからね!




 ―――事実、この日の勝利は、帝国の末端部である、兵士たちの『恐怖』を強める。


 侵略戦争の最中に、君が現れたわけじゃないからね。


 あるときどこからか現れて、いきなり軍隊を組織し……圧倒するんだ。


 こんなに恐ろしいことが、他にあるかい?




 ―――竜に乗り、『魔王』はどこからでも現れる。


 その突然の襲撃に晒されれば、狩り殺される。


 その事実に、帝国の兵士たちは怯え始めるんだよ……。


 いつ誰が標的にされるか、分からない……これが、帝国兵の心を苛むのさ。




 ―――そして、亜人種たちは忘れないだろう。


 見捨てられた者たちを、君が救ってしまったという事実をね。


 この日、君は傭兵ではなくなっていたよ……もっと大きな存在になっていた。


 『魔王』、亜人種たちの守護者として、君は認識されることになる。




 ―――ああ、とても誇らしい朝だよ。


 君の道は、この大地みたいに血塗られているけれど……。


 人種を越えて、共存しようとしている者たちからは、太陽みたいに輝いている。


 さあ、ソルジェ……勝利を祝して、空へと歌おう!!鬨の声を放つんだ!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る