第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その9


 ああ、『勇者』たちの忠誠が、オレを喜ばせる。『虎』たちの歌が、心地よい。全身傷だらけの血まみれになった甲斐というものがあるなあ……?


 シアンもさすがに肩で息をしているな。オレもだよ、そりゃあ、そうさ?ずいぶん、ぶっ殺したもんなッ!!


 周囲を見回すぜ。オレと太刀をぶつけ合わせていたはずの、兵士が右を見て、左を見ている。血走った目をしている、呼吸がさっきよりも早いな、戦いのための呼吸を作れていないな。


 不安そうに、『勇者』と『虎』の群れを見つめている。どうなっているのか?それを問いたいのだろうが、誰に訊くべき言葉なのかも、彼は理解出来ちゃいないのではないか―――。


 口を開いて、歯が空気を何度も甘噛みしているな。まだ戦闘意欲は消滅していない、さすがだな。あれだけ仲間たちを殺されても、あきらめずに、オレと打ち合えていた。オレが疲れて消耗しているからだが……君の闘争心は今まで、よく持っていた。


 マジメそうな若い瞳が、今ここになって震える。敗北を理解したのだな。まあ、オレに突破された時点で、八割方勝負は決まり、シアンにまで突破されたことで、君らは終わりだった。


 陣形に入った裂け目は、どんな戦でも致命的だ。ヒトの本質だろうよ、突破されて行く仲間を見れば、逃走してでも命を守ろうとするものさ……よほどの意地っ張り以外はな。


「……な、なんでだ……っ」


 ふむ。幼稚な言葉だが、オレと戦い、命をここまで長らえたことを称えて、教えてやろう。


「君は……信じていたのだな。ファリス帝国軍は、敗北などしないと。だが、現実の戦では、こういうものさ。大国であろうとも、動揺し崩されては、多勢の利を活かすことなど出来ぬまま、たやすく負けてしまう」


「していない!!……帝国は、敗北なんてしていないぞ、魔王めえッ!!」


 闘志は消えていない。だが、体力が限界だ。オレは竜太刀を振って、彼の指が握る大剣を弾き飛ばしていたよ。


「け、剣が……ッ!?」


 竜太刀をノド元に突きつけている。オレは、機嫌がいいし、疲れている。それに、君らは、いい『商品』なんだ。無意味な殺戮は好まない。暴れてくれないと、助かるんだがな。


「動くなよ?ノドを切られて死ぬ男の気持ちなど、知りたくはあるまい?」


「……ッ」


 口惜しそうな顔?いいや、嫌悪だな。そうさ、彼は……ファリス帝国における愛国者だ。政治思想、哲学、宗教……どれが、君の心を強化してくれているのかな。


「……なんでだ、ソルジェ・ストラウスッ!!お前は、お前は、僕たちと同じく、人間だろう!?……人間族のはずだ、その剣の魔力を浴びた、僕には分かるッ!!」


「そうか。いい腕と『センス/感覚』だな。そうだ、たしかにオレは人間だよ」


 竜が混じって、死霊と話せて?『聖隷蟲』なんていう蟲のバケモノが知り合いにいるけどね?


「で?……オレが人間だからといって、どうかしたのか?」


「なぜだッ!!そ、それだけ『強い』のにッ!!どうして、帝国の……人間の敵になるんだッ!?」


「……『正義』は『強い』とでも習ったか?」


「そうだ!!正しいから、強いんだッ!!ちがうのかよ!?」


「違うね」


「……ッ!?」


 幼い理想主義者は、いつだって潔癖なものだが……彼もそんな人物であるようだな。まあ、彼も頭に血が上っているのだろうさ。混乱し、取り乱している。感情的な正義なんて、狂暴なだけの戯言に過ぎない。


「どこの誰に教わってしまったのかは知らないが、『強さ』と『正しさ』は別だ。それを混同しては、負けた時の罪悪感に、君は壊されてしまうぞ?」


 愚かなハナシだが。


 ヒトは戦に『正義』なんぞを重ねてしまうことがある。善なるものが強い?……そうではない、より大きな暴力を組織した者が強いだけだ。


「……帝国は……負けてない」


「そうだ。『まだ』な」


「……ッッッ!!!」


 彼は……その言葉に、今までになく強い反応を示したよ?知っているさ。彼は母国を愛しすぎている。愛国者たろうとしている姿は、いつも依存者の狂気を感じさせるよ。


 君の正義は、誰の受け売りだ?


 入れ知恵された正義などに……真の強さなど、宿らないとオレは思うけどね。


「……永遠の勝利などはない。全てに終わりがあるのだ。帝国であろうとも、その終わりは来る……いいや、オレが滅ぼす」


「に、人間の世界を!!……人間の世界を、終わらせるつもりかあ!?」


「……いいや。皆が、必要最低限でしか、お互いを拒絶せずに済む世界を創る」


「き、詭弁を言うな……っ。人間が、主導しない世界に、僕たち人間の栄華などが訪れるわけがないだろう!?」


「世界を識ることだな」


「……ッ!?」


「世界の広さと可能性を認識できるほどに、その足で歩いてみるといい」


「そ、そんなことをして、何になる!?」


「君は自分の正義を、より深く理解できるようになるだろうね―――いつか、もう少し、その幼さが消えちまった時に、決着をつけに来い」


 オレはそのガンコな若者の首に、竜太刀の腹で打撃を浴びせた。若者は首を痛めながら、脳震とう起こし、そのまま地面に倒れていた。


「……ああ。そうだ、オレが彼らの仲間なのは、彼らがオレを仲間と受け入れてくれているからだ。その価値の前には、人種など……些細なことは気にならない」


 聞こえていたのか、聞こえていないのか?


 とりあえず、シアン・ヴァティが琥珀の瞳をオレに向けている。ダメ出しされないところを見ると、『長』の言葉として、受け入れがたい言葉ではなかったのだろう。


 さて。厄介な潔癖症の愛国青年もいなくなった。あとは、ビジネスの時間だろうよ?


「いいか!!よく聞け、帝国の豚どもよッ!!我々は、すでに君らを捕らえている。殺そうと思えば、このまま全員を殺すことも可能だ。抵抗はするな、すれば、竜の炎に焼き払われるだろう!!おい、ゼファー!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーの歌が空へと響き、天を焦がすような勢いで、炎の息が明るくなり始めた夜空を走った。間違いないね、うちの『マージェ』が、絶対にゼファーの背の上で、ドヤ顔している。見なくても分かるさ、愛し合ってるんだからね?


 さて、ファリスの豚どもが縮こまっているぜ。


「選べ!!焼かれて死ぬか、虜囚となってでも、生きるか!!オレは、ガルーナ人だ!!貴様らが焼いた、我が祖国のように、貴様らを焼き払うのは、一向に構わない!!だが、貴様らが武器を捨て、虜囚になると言うのなら……命を助けてやろう!!」


 帝国軍どもに動きはない。


「なるほど。良いだろう、では、殲滅してやろう―――」


「―――ま、まて!!お、オレは、降伏するぞ!!」


 そうだ。そういう自分を愛している男の出現を待っていた。一人の兵士が、足下に剣を置いた。


「よかろう。貴様は助けてやる、他は死ぬんだな?」


「いいや、待て!!お、オレもだ!!」


「こ、降伏させてくれ!!」


 最初の男が呼び水となってくれたな。帝国の兵士たちが次々と武装を捨て始める。そうだ……命の使い方は、人それぞれあってもいいだろう?この場で死ぬことを選ばなくても、君らの女神イースは、怒ることはないだろうさ?


 皇帝ユアンダートは怒るかもしれいないが、オレはヤツが怒る姿を見ると心が癒やされるからね?いいぜ、オレが認めてやる。降伏するがいい、帝国人の若者どもよ。


 うむ。好調だ、少なくない数が武器を捨てていくぞ。


「いいぞ!!武器を捨てた者は、その場で腹ばいになっておけ!!いいか?その動作以外をすれば死ぬぞ?……いいか、イーライ・モルドー!!抵抗の兆しを見つけ次第、射殺せ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 エルフの弓兵たちは弓に矢を番えて、帝国兵どもをにらみつけながら応えてくれた。あとは?


「……シアン」


「うむ。『虎』たちよ!!無抵抗な降伏者以外を、斬り殺す準備をしておけ!!」


「了解です、『虎姫』よ!!」


 血気盛んな『虎』たちも、シアン・ヴァティ姐さんの言葉なら聞いてくれる。いい脅しになったな。武装解除に従う連中が増えてくれる。


 さて、他の連中は、オレたちの殲滅を受け入れるつもりだろうか?


 『取引』の材料としては、もう少し人数がいてくれた方が好ましくはある。抵抗する兵士があまり多くても、こちら側の死者を増やすことになるしな―――この軍勢を、消耗させたくはない。


 まだ、すべき戦が残っているのだからな?


 さあて?経営者スキル、交渉術の出番だぜ?……そうだな、そろそろ義理は果たしたはずだよ。なあ、アンタの愛国心は、どんな形をしているのかな。


「……おい。そこのお前」


 オレは帝国軍の兵士たちに中にいる、ひとりの男へと話しかけていた。この群れを統率していた男だよ……そうさ、おそらく、この土地を長らく守り続けてきた男。


「……お前が、国境警備隊の隊長か?」


 その質問に、彼は数秒の沈黙を用いたものの、静かにうなずいた。落ち着きのある態度だったな、彼は、もちろん武装解除に従ってはいない。それが帝国軍人の矜持なのかもしれないね?


 しかし。


 君に問うべきだろう?


「……君は、若者たちの命を軽んじることを、愛国心だと信じているのか?」


「……なに?」


「このまま、敗軍の将として、兵士たちを犬死にさせるつもりかと訊いている。それが、君の愛国心とやらか?」


「……それは―――」


「若者たちを解放してやれ。この戦は君らの負けだ。それを覆すことは、どうやっても出来ない。お前の言葉で、確実に救える命があるぞ!!」


 さあて。


 どう答える、貴様の誇りを……見せてくれるか?帝国の国境を守って来た、古強者よ?


「……ソルジェ・ストラウスよ」


「なんだ?」


「……降伏した部下の命は、ちゃんと救ってくれるのだな?」


「当然だ。オレは、『救うべき命』を知っている」


「……なるほどな。我々を人質につかい……『連中』を取り戻すか」


 ふむ。いい知恵をしているではないか。それだけ理解してくれているのなら、お前はオレの言葉を信じられるだろう。


「そうだ。それゆえに、殺さない命があるということを、理解してもらえるだろう?」


「……ああ」


「で?……それを理解した上で、貴様は選ばなければならんぞ?……部下の命を、どれだけ犬死にさせるかを、貴様が決めろ」


 その問いには、返答のために30秒をくれてやるつもりだった。それを過ぎれば、オレはシアンとイーライに、帝国兵の殲滅を指示するぞ?


 オレ直々に、その殺戮には参加してやるさ……。


 25秒ほど、オレが数えたとき―――国境警備隊の隊長が、その口を開いた。


「全員、私の言葉を聞け!!……帝国軍人として、君たちの命を預かる将として、最後の命令をする!!」


 さあ、どちらだ?


 玉砕を命じてくれても、構わんぞ?


 少々、痛みを覚えることになるが―――帝国の豚を殺すことは、オレにとって至上の快楽だからな。


 それとも、貴様の愛国心は……軍人としての矜持は、オレが見込んだ通りの父性を宿しているのだろうかな。


「……降伏も、許可する!!これ以上の戦闘行為の継続は、犬死にするだけだ!!君らの命を預かる将として……これ以上の無益な戦闘は、許可できない!!……それでも、敵の手に落ちたくない者だけが、武器を離すな!!自由を、与える!!生きたければ生きろ!!死にたい者だけが……私と共に、剣を構えろ!!」


 ……アンタは死ぬ気か。


 まあ、それもいいさ。その美学には、オレが直々に応えてやるよ。


 兵士たちは、次々に武器を捨てていく。おそらくは、国境警備隊のメンバーだろうな。泣きながら、武器を捨てていく。彼らは、きっと、このアゴ髭に白いものが混じり始めた彼のことを、嫌いではなかったのだろう。


 降伏しなかったのは、取り囲んだ4000人の中で、せいぜい600人ほどになったよ。朝陽が昇る。うむ……死ぬにはいい頃合いだろう。


「これ以上の猶予はあたえん。殲滅を開始する。イーライ!!矢を放て!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 そして、正確無比なエルフの矢が放たれて、地に伏せることを拒んでいた兵士たちを射殺していく。矢の洗礼が終わると、シアン・ヴァティが叫んだ。


「行くぞ、『虎』ども!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 シアンを含め、フーレン族の『虎』たちが、歌を一つに合わせながら、矢を生き残り、まだ立っている兵士たちの元に向かった。敵兵たちも矜持を絞めそうと、武器を構えてそれに応じるだろう。生き残れる者はいないがね。


 ……さて。オレも、行かねばならないな。


 この戦を計画した男として……将として、敵将たる男を屠る、義務がある。


 オレは歩いた、竜太刀を構える。


 国境警備隊の隊長殿も、剣を抜き、オレに向かって歩いてきた。


 お互いの間合いに入る。


「いざ―――」


「―――勝負してやるよッ!!」


 お互いの鉄靴が大地を踏み込んで、加速した刃が衝突する!!鋼の歌を響かせながら、刃と刃が火花を散らしていく。オレたちはお互いをにらみつけ、笑っている。


「いい腕だ、若いの!!」


「ああ、アンタも、ベテランの割りには、いいカンジだぜ!!」


 そして、刃は離れて、じゃれ合うように何度かぶつかり―――オレは彼の剣を竜太刀で弾き飛ばした。それでも、彼は闘志を失わず、腰裏からナイフを抜いて、オレに襲いかかってくる。そうさ、彼は美学を全うするつもだ。


 降伏しなかった部下たちのために、死ぬ気なのか?―――いいや、そんな甘いことじゃないよ。殺気を帯びているぜ。彼は、本当にオレを殺す気だよ。勝つ気でいるんだ、犬死にした部下たちに、魔王を殺した伝説を捧げたいんだよ。


 これだけの技巧の持ち主を、舐めていれば、オレの方が殺される。


 手加減はしない。オレは、生きて成さねばならないことがあるのだからな。オレは、斬撃を放ち、ナイフをもつ右手を切り落とす。それでも、彼は前に進む。左手にも、ナイフを隠し持っていた。いいね、その殺気、アンタは真の戦士だ!!


 だから?……オレはアーレスの竜太刀で、彼を貫いた。心臓を刃がかすめたよ。彼は、ようやく動きを止める。


「……いい勝負だった。紙一重ってカンジだな」


「……気の利いた言葉を、くれるじゃないか―――」


「死ぬ前に、名前を教えてくれ。オレは、ソルジェ・ストラウス」


「……私は、トーマス・アールバ……この地を……守る…………」


 そして、トーマス・アールバの物語は終わるんだ。オレは竜太刀を彼から抜いた。大勢の部下の命を救ったその男のことを、左腕で支えてやりながら、ゆっくりと大地に眠らせてやる。


 彼が大地に眠る頃……朝焼けの世界は、殺戮の赤に満ちていた。


「……捕虜を拘束するぞ!!」


 オレは、その命令を出すよ。そうだ、オレたちは勝利したのさ。




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