第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その8


 ―――ジーロウ・カーンは走っていた、帝国兵を手斧で裂きながら!!


 ああ、もう少し、ダイエットしておけば良かった。


 『螺旋寺』を出てから、すぐ『白虎』に入って、それからは自堕落な日々だった。


 ヴァンの兄貴に―――いや、ヴァンのヤツが、全ての元凶だぜ!!




 ―――オレはもう目が覚めたんだ!!今後は、真の『虎』として生きる!!


 シアン姉ちゃんみたいに、誰よりも強い『虎』を目指して、戦い抜くんだ!!


 心に誓いながら、ジーロウはその太めの巨体で斧を振る!!


 帝国の剣で?帝国の槍で?……『虎』の豪腕から放たれるそれらは止まらない。




 ―――鋼がへし折れ、兵士たちの頭が砕かれる……。


 そのときのジーロウは、壊した命の味を舐めるかのように、口元に舌を這わす。


 運命は彼に味方したようだった、二流のダメ『虎』は、すでに目を覚ました。


 シアンのおかげさ、シアンと共に、たった100人で大軍勢に向かって走ったから。




 ―――彼の師匠である、イー・パールは、ジーロウの実力は認めていた。


 でも、心は認めていなかった……本当にギリギリで『虎』に選ばれたけれど。


 きっと、今のジーロウなら、師匠は迷うことなく『虎』と呼ぶだろう。


 『須弥山』の文化は独特だけど、強者を尊ぶ分かりやすさはあるんだよね。




 ―――ジーロウは敵を切り裂きながら、考える……兄貴分のことさ。


 シアン姉ちゃんも赤毛野郎も、ヴァンのヤツの野心を見抜いたようだ。


 でも、どーしてだろうか?オレにはまだ分からない。


 考えたくないけれど、オレは……やはり馬鹿なのだろうか?




 ―――持論だけれど、己を馬鹿と疑える人物であるのなら、それはきっと馬鹿でない。


 ジーロウは……結局のところ、フーレン族としては優しすぎるところがある。


 フーレン族の絆は、『力』だ。


 強ければ愛されるし、弱ければ関心を向けられることさえないだろう。




 ―――ジーロウがシアンに蹴られたのも、ある意味では評価ゆえのこと。


 強いはずの者が、弱さを晒すことを、フーレンは許せない。


 寺での鍛錬は、ジーロウの性格に合ってはいたが……フーレンの社会には合わなかった。


 ダメな『虎』と軽んじられ、名誉も士官先も無かった……。




 ―――そんな『虎』を、ヴァン・カーリーは利用した。


 孤独を癒やしてやれば、容易く信頼を築けることを、マフィアの彼は知っていた。


 腐るジーロウに酒をおごり、『白虎』へと導いていったのさ。


 自分の道具にするためにね?でも、ジーロウは優しいから、それを善意だと信じでいた。




 ―――ジーロウを始め、若い『虎』を『白虎』は……ヴァンは集めている。


 古い『虎』は、どちらかと言えばシアンに近く、強さしか求めず、群れることを恥じる。


 若い『虎』なら、欲も強く、雑念も多いから、いくらでもコントロールが出来たのさ。


 ヴァンが求めるのは、クーデター用の戦力……長老衆を仕留めるだけの力さ。




 ―――『虎』たちを集めて、従わせれば、その力は手に入る……。


 あとは……ストーリーと名誉、それだけがあればヴァン・カーリーは完成していた。


 『弟分への復讐』と『戦場での勝利』さ、それを用意できれば、『虎』は服従しただろう。


 ジーロウは他の『虎』と比較され、一番いらないヤツだから、生け贄に決定したのさ。




 ―――ジーロウは、そんなことには気づけなかった……。


 だから、数時間前までヴァンの弟分でいることに、居心地の良さを覚えていたのさ。


 でも……それから数時間で、彼の世界は大きく変わっている。


 不思議なことだと、ジーロウは考えていたよ。




 ―――ヴァン・カーリーは、オレの裏切り者で、今のオレは難民たちの仲間かい。


 自堕落で、とても居心地の良かった『白虎』での暮らしが、ニセモノに見える。


 何もかもが、たった数時間で変わってしまった。


 不思議なモンだよ……ヒトってのは、こんな簡単に変わっちまうんだなあ。




 ―――それでも……これが乱世ってモンかもしれねえ。


 『呪い尾』だぜ?……子供を生け贄にして作る、呪いのヒットマンさ。


 アレはきっと、シアン姉ちゃんや、あの赤毛野郎がいないと倒せなかった。


 オレたちは、あのとき殺されるハズだった。




 ―――でも、不幸と一緒にやって来た、あの二人のおかげで命が助かったんだ。


 だから、良しとしようか?……そうじゃないと、オレは欲張り過ぎるかも。


 ……『呪い尾』にされた子供に比べれば、オレは生きているもんなあ……。


 ……しかし……しかしよ、ヴァン・カーリー?




 ―――アンタは、どんな子を『呪い尾』に使ったんだろうか……?


 帝国兵を斧で割りながら、やさしいジーロウ・カーンはその貌を『虎』にさせる。


 帝国兵たちが怯えていたよ、ジーロウ・カーンの怒りにね。


 そうだ……本質的に、彼はやさしい。




 ―――今の彼は、自分が裏切られたことよりも……メフィー・ファールの死を悼む。


 ヴァン・カーリーは……大きな間違いをたくさんしていたけれど。


 この『虎』を怒らせたことも、大きな間違いたちの一つになるだろう。


 彼を『生け贄』なんかに選ばなければ、良かったのにね?




 ―――ムカつくぜ……なんだか、よく分からないが……腹が立つ!!


 正直、オレはどうしてこんなことになっているのかは、分からない。


 難民と一緒にヴァンから『逃げる』はずが、どうして『戦っている』んだろうな?


 あの赤毛が何かを思いついたからだが、シアン姉ちゃんが認めた、オレに文句はない。




 ―――赤毛は、オレよりヴァンのことを憎んでいるらしい。


 変な野郎だな、『呪い尾』のことで、怒っていやがるみたいだ。


 あの『呪い尾』は、ヤツだって殺そうとしたじゃないか?


 標的は、オレたち『ヴァンの部下』とイーライの旦那だったらしいが……。




 ―――ヤツだって、巻き込まれたっていうのによ……?


 ヤツはさ……知ってるぞ、あの子を、抱きしめて『価値がある』って、叫んでた。


 それで怒って……この戦は、ヴァンへの『いやがらせ』みたいなモンなのか?


 まあ、もっと多くの意味があるんだろうけど、オレはバカだからよく分かんねえ。




 ―――なんだかよう……あの赤毛、オレよりバカな気がするぜ。


 自分を殺そうとした見知らぬガキのことで、怒ってやがるのかよ?


 それで、戦まで起こして……ヴァンのヤツから、何かを奪おうとしているのか。


 ……認めたいわけじゃないぜ……?それでもよう、なんだか……悪くねえ。




 ―――そうさ、オレは、オレを殴ったアイツが嫌いだ。


 絶対に、意地でも、認めるわけにはいかないね?


 『虎』なら、きっと、そうするもんだから。


 だから……アイツのやっているコレが、気に入っているのはよう?




 ―――オレの知らない白い尾のガキのことを、『呪い尾』にしたヴァンが嫌いだからだ。


 ヴァン・カーリー、オレは、アンタをブン殴る。


 だって、今のオレは真の『虎』なんだ。


 アンタのことは、もう怖くもないんだ。




 ―――逃げないね、アンタのことをブン殴る……オレはね、恩もあるからそれだけさ。


 でも……赤毛もシアン姉ちゃんも、それで済ませるわけはない。


 きっと……アンタを殺すよ。


 オレは、それを止めることは出来ない、するつもりもないし、その力もない。




 ―――というか、多分、オレはアンタが死ぬところを見て、笑うと思う。


 『虎』の本性なのかもしれないよ、オレは、もう別人になっているんだよ……。


 アンタも、『白虎』も、何一つ、怖くなくなっている。


 オレが、今、恐れることは……また『虎』ではなくなることだけだよ。




 ―――ホンモノの『虎』でいることは、とても嬉しいことなのさ。


 ……なあ?そうだろう、お前らも、同じだろう?


 ジーロウは、王国軍から離反して来た3000の『虎』たちを見ていた。


 ずいぶん、数は減っているし、皆が負傷している。




 ―――それでも敵の群れへと向かい、怯まない。


 へへへ、オレよりヘタレで、オレより武術の腕はからっきし。


 そんな連中ばかりなのによう?どうだい、『白虎』で肥え太らされた『虎』よりも?


 顔の入れ墨の無い、お前たちの方がよう?よっぽど、怖くて、『虎』じゃないか!




 ―――ジーロウは、雄叫びを歌うんだ。


 そうしたいと感じたから、歌いながら、豪腕に技巧を伝わせる。


 その太い脚の丸太のような筋肉に、鍛錬した舞踏を思い出させるのさ。


 『斧虎』イー・パール、師より受け継いだ、無双の突撃技を放つんだ!!




 ―――大地を蹴った巨体が飛んで、斧の刃が『炎』を宿す!!


 威力を極めた、その一撃!二つの腕が持つ斧の肉厚の刃が、騎兵を両断する!!


 そうさ、馬ごとだよ!!


 かなりの威力だ、体格ゆえの威力を、その斧はしっかりと表現した。




 ―――『虎』に伝わる、一つの奥義さ。


 とても乱暴でがさつだけど、何よりの魅力はその威力だから。


 ジーロウの強さと歌に、『虎』となったハイランド王国軍の兵士たちが続いた!!


 それぞれの技巧を鋼の牙に乗せて、『虎』たちは勇猛果敢に敵を襲う!!




 ―――そうさ、その感覚は、『虎』にとっては至高の快楽である。


 強い獣であることを、フーレン族は愛しているのだから。


 長い尻尾を風に揺らして、ジーロウとその仲間たちは、戦場を駆けた。


 目指すのは、はるかな高みにいる『虎姫』の道。




 ―――シアン・ヴァティが開けた道を、彼らは走りながら、敵を殲滅した。


 ああ、あちこち傷をもらっているよ、肺が痛むぜ、ゼエハアと!!


 それでもよう?……この『虎』でいられる時間は最高だ!!


 オレたちはさ、きっと勝手なことをしているんだぜ!!




 ―――王さまの命令でも、軍隊の命令でも、『白虎』の命令でもなく。


 なんでか、オレたちは戦をしている。


 理由はそれぞれだろうけど、共通しているのは、一つあるんだよなあ?


 知っているぜ、オレみたいなバカでも、一つだけ分かるんだあ。




 ―――帝国だか、何だか、知らねえが……オレたちの生き方に文句つけた?


 誰がこの国を通っていいとか、いけねえだとか?


 なーんで、お前たちの言うこと聞かなきゃいけねえんだっつーのッッ!!


 そもそも、オレさまたちは、亜人種だ!!お前らが嫌いまくっている亜人種だ!!




 ―――仲良くやれるワケがねえッ!!そんなモンと組んで、稼いだ金の奴隷かよッ!!


 下らねえ!!『虎』なら、そんな金はいらねえはずだ!!


 そんな『弱さ』で出来た金なんぞ、オレたちの魂を腐らせちまうッ!!


 なあ、オレたちは、もうそんな金なんぞ、いらねえぜッ!!


 



 ―――オレさまたちをいつか殺して、剥製にでもしてやるつもりだろう?


 オレさまたちが捕まえた難民ども、たくさん殺してること、知っているよ!!


 ああ……オレさまたちも、クソだった……クソだったからこそ、今は変わりたい!!


 『虎』っていう生き様を、知ってしまった今ならば、それを死ぬまで貫きたい!!




 ―――帝国の豚どもを、追い出してやるぜえええええええええええええッッ!!


 ここは、この国は、オレたちのもんだああああああああああああああああああッッ!!


 ムカつくヤツらが、注文つけて来るんじゃねええええええええええええええッッ!!


 オレたちが、誰と仲良くしようが、誰を嫌おうが!!オレたちの勝手だぞッ!!




 ―――オレたちの船が、『何』を乗せて、『何処』に運ぶかも、オレたちの勝手だッ!!


 勝手に、決めてんじゃねえッ!!


 何が、帝国だ!!何が、お得意様だッ!!下らねえッ!!


 オレたちのヴァールナ川に浮かぶ船に、乗っていいヤツを決めるのはオレたちだッ!!




 ―――ボロボロで、小汚くたって、オレたちが乗っていいぜって、言ったんだろうが!!


 帝国にいたら殺されるから、西に行きたいって言ったから、いいぜって言ったんだ!!


 みじめに死ぬのがイヤだから、必死に、生きたいって足掻いていたから、乗せたんだ!!


 それで、いいんだ!!そうじゃなくちゃいけないんだッ!!




 ―――オレたちが船に乗せていいのは、帝国に売りつけるための麻薬じゃねえよ!!


 『須弥山』を牛耳る『白虎』のための、商品じゃねえよ!!


 もっと、素直に、オレさまたちが喜べるモンのが、いいに決まってるじゃねえか!!


 オレたちの船は、もっと美味いモンを運ぶぞ!!




 ―――美味いモンを一杯に乗せて、ついでに小汚いけど必死なヤツらを乗せてやる!!


 いいじゃねえか!!この国は、来たいヤツがあつまって、勝手に作った国だろう!!


 オレたちは、そういう国なんだ!!


 だからよう、もういいんだよ!!小汚くて必死なヤツらよ、オレの作る船に、いくらでも乗りやがれッ!!




「それを、テメーらが許せねえっつーなら!!オレさまが、テメーらを許さねえ!!帝国軍なんざ、ぶっ殺してやるんだ!!……オレさまは、決めたぞ!!イーライの旦那、ピエトロ!!オレさまは、お前らとつるむぜ!!」





 ―――そうさ、その叫びと共に、『虎』の群れが帝国兵の群れを突破していた。


 ちょうど、『バガボンド』たちもたどり着いていたよ。


 『虎姫』と『魔王』が君臨する、殺戮の現場にね!!


 『虎』が敵の死体の山を見て、称えるために歌声を放った!!

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