第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その7


 ―――『魔王』ソルジェ・ストラウスと、『虎姫』シアン・ヴァティ。


 彼らの剣舞は壮絶だ、敵が死ぬことがまるで決められているかのように一方的。


 そこには数百人の兵士がいたはずなのに、たった二人に呑まれてしまう。


 二人は競うように殺すから、殺すほどに速くなり、剣の切れ味は増していく。




 ―――『パンジャール猟兵団』のいつもの戦さ、『恐怖』で敵を呑み込んでしまう。


 そうだよ、帝国の兵士たちは、もう心の強さを保てやしない。


 あの二人を前にして、どうして生き残れるなんて考えられる?


 そこら中に、二人の犠牲者が転がり、散らばっているのにね……?




 ―――帝国軍は3000の『虎』たちの襲撃で、一時崩壊しかけた。


 でも、数だけは一万四千もいるからね、どうにか立て直せたんだ。


 だけど、難民たち……『漂泊の勇者たち/バガボンド』と呼ばれる彼らがいた。


 武装して、竜と共に突撃してきた勇者たちは、帝国軍よりも精強なのさ。




 ―――素人とケガ人も多いけど、イーライ・モルドーみたいな戦闘の達人もいたからね。


 モチベーションも高かった、帝国軍への恨みは強い、復讐者の強さはよく知っている。


 夜という環境も少数に味方をしてくれる、帝国兵たちは矢を撃てなかった。


 だけど、『音』でも敵を狙えるエルフの弓兵には、この闇は絶好の鎧であったのさ。




 ―――なにせ、敵の数は多いから、撃てば当たるという状況も幸いだったね?


 そして、リエルの『風』で強化されたゼファーが放つ炎の息。


 これが地上ごと帝国軍を焼いて、この炎に照らされた敵兵は闇に浮かび標的となった。


 エルフ以外のバガボンドの弓兵でも、十分に敵を殺せたのさ。




 ―――闇に守護されて、竜に導かれた弓隊は、大いなる強さを発揮する。


 そして、帝国軍の動き方を熟知している、イーライの指揮も冴えていたよ。


 弓兵に攻撃された帝国歩兵は、木製の盾を装備した男たちを並べて『壁』を作る。


 矢を防ぐ護衛に、歩兵隊を先導させるというわけさ。




 ―――イーライはその隊列が完成するのを見計らった後で、エルフの魔笛を吹いたよ。


 リエルの耳はその音を聞き届け、ゼファーと共に急行した。


 ゼファーの竜の眼は闇でも視力を失わない、アーレスの魔眼と同じだから。


 ゼファーは選りすぐるように、盾持つ兵士が並ぶ場所へと炎を吐いたのさ。




 ―――木製の盾だからといって、別に燃えやすいってことはない。


 でも、竜の炎の前では何の役にも立ちはしない、瞬時に焼け死んでいくのさ……。


 それに、燃える大地に置かれると、木製の盾もしばらくすれば炎で燃えた。


 矢を防ぐ大盾の数が減るほどに、イーライは自由に敵を射殺せたよ。




 ―――帝国軍を知り尽くすイーライは、この戦のキーマンだったのさ。


 矢が尽きかけて来た時、彼は大胆な策を使う。


 弓隊を二つに分けて、一方に矢を集めた。


 もう一方は弓だけ持たせたよ、そして、矢の無い部隊を囮に使った。




 ―――妖精族を中心にした身軽な部隊をね、護衛についていたのはミアさ。


 イーライは、ミアとその矢の無いチームを囮に使う。


 囮は敵の歩兵に追いかけられるが、身軽な部隊に武装した歩兵は追いつけない。


 ミアが絶妙なペース・メーカーとなったよ、故意にゆっくりと走らせる。




 ―――完全に逃げ切れば、追ってこないだろう?


 ギリギリで追いつけるか、追いつけないかで休まず走らせるのがコツだった。


 鎧を着けての短距離走の繰り返しは、かなり辛いものだからね!


 そして……誘導地点に妖精チームは、疲れ果てた帝国兵を連れて来た。




 ―――その帝国兵の右手側から、イーライたちが射撃を放つ。


 右手側なことには、理由があるよ、武器をもつ利き手だからね?


 矢を防ぐ盾は左手に装備するのが、帝国軍の基本訓練。


 疲れ果てた兵士たちは、無防備な右側から射抜かれたのさ!!




 ―――射殺された兵士たちに、ミアが反応する!!


 『みんな、そいつらの武器を盗んじゃえ!!』


 傭兵隊は歩兵の装備を奪うんだ、槍や剣をね。


 ちなみに身軽でいなくちゃならないから、盾は持っていかなかったんだ。




 ―――イーライは弓兵の苦手な敵である『盾持つ歩兵』を、竜と囮で克服したよ。


 イーライは常に部隊を時計回りに動かして、歩兵の多いこの戦場でも弓兵の強さを保つ。


 盾を躱して、射殺すよ……敵を知る男は頼りになるよね、弱点さえも克服していく。


 ミアは感心したよ、そして、ミアもがんばるんだ、猟兵の誇りが疼いてた。




 ―――闇と混乱は、暗殺妖精に味方するのさ。


 ミアは単独で『獲物』を狩りに走るんだ、正面突破には向かないけれど。


 密かな暗殺ならば、お手の物。


 群れを離れて一人旅、敵の小隊を見つけると気配を消して地に伏せた。




 ―――やーらーれーたー、そんな悪ふざけは口にしない。


 死体のように、あるいは百年前から、そこにある岩のように。


 呼吸を止めて、敵の通過を見計らう。


 目を閉じて、音で探るのさ、足音から兵士たちの人数と、会話から殺すべき獲物を。




 ―――小隊の指揮官だけを、狙っているんだよ。


 頭脳のない兵士は役に立たない、群れとしての統率を欠けば、闇雲に戦うだけ。


 死体のマネをしていたミアの目が開く、蘇ったミアは、敵兵の背後から強襲する。


 一撃離脱が暗殺のコツさ、リーダーと思しき者へと走っていき、飛びかかり、ナイフを刺した。




 ―――死体と一緒に大地に転び、ナイフを引き抜くと、低い姿勢で走って逃げるのさ。


 指揮官が殺されたと理解した彼らは、報復しようとミアを追いかける。


 だが、ミアは本気を出すと誰にも、捕まることはない。


 もしも、ミアに追いついたとすれば?罠だから気をつけよう。




 ―――ミアはいきなり反転し、最も脚の速いそいつに向かって鉄のつぶてをぶっ放す!


 スリングショットさ、手加減して走りながらだよ、弾ぐらい装填できるのさ。


 『風』を使えば、その優秀極まる猫耳で、獲物の体格も位置も丸分かり。


 撃つべき角度は最初から知っていた、あとは振り返り、鉄のつぶてで頭の骨を砕くだけさ。




 ―――隊伍は組むべきだよね、じゃないとミアに各個撃破されてしまう。


 狙撃の連射で、何人もコツコツ殺していくよ、脚の速さは人それぞれ、各個撃破のいい的だ。


 戦場の中心地点に突撃していく力こそないけれど、戦場に単独で潜むミアは無敵なのさ。


 ミアは影の存在となって、帝国兵を次から次に暗殺していく……彼女はこの晩、48名を仕留めたよ。




 ―――ピアノの旦那もがんばっていたよ?彼は暗殺には向かないけれど。


 戦士としても一級品、あの指が自在に操れるのは、楽器だけじゃないのさ。


 『チャージ/雷』をまとい、巨人族の体躯で振り回す槍は、やはり圧巻だよ。


 敵兵を4、5人、まとめてぶっ飛ばすことが出来るからね?




 ―――ピアノの旦那は巨人さんだから、騎兵さえも、容易く倒す。


 槍と蜘蛛みたいに長い腕と脚、それらが作るリーチは馬上の兵士をも軽々と貫くからさ。


 彼は『バガボンド』の歩兵たちの守護神だ、彼を超える敵は、この戦場にはいない。


 ピアノを教えた師匠としては、彼の活躍が誇らしいよね!!




 ―――旦那の活躍を拍手で褒めながら、アイリス・パナージュも合流するよ。


 魔力はすっかりと回復していたね、だから?


 また、大きな魔術を使うんだよ。


 旦那に守られ、前列へと踊り出て、再び炎の大蛇を召喚したよ!!




 ―――帝国兵たちが燃えていき、『バガボンド』の戦士たちは走るんだ!!


 ソルジェが切り開いた道から、戦士たちは雪崩込み、その傷口を開いていく。


 帝国兵らの陣形は、取り返しのつかない形に崩壊するのさ。


 陣形を崩された軍団は脆いよ、指揮系統が混乱し、同時に動くことが出来ないからね。




 ―――ソルジェに切り裂かれ、ピアノの旦那とアイリスに導かれ、弓隊に後押しされて。


 『バガボンド』の戦士たちが帝国兵を、粉砕していく。


 この戦士たちは元・帝国軍の亜人戦士と、自由を求める巨人の奴隷が中心だから。


 能力でも意志でも、帝国の兵士たちより上なのさ。




 ―――巨人族の『壁』が、ゆっくりと進みながら、混乱する帝国兵を血祭りにする。


 難民の戦士たちも復讐心が強いからね、怯むことは無かったんだよ。


 北上していきながら、『バガボンド』は帝国兵を殲滅し始めていた。


 そのとき……イーライは、感動していたのさ、彼は息子と同じような目になっている。




 ―――まさか、疲れ果てた難民の戦士たちで、これだけのことが出来るとは?


 たしかに好条件は重なっている、まず、夜の闇に我々は守られている。


 それに、10分ほど、我々は後から戦に入った。


 フーレンたちが戦い始めてから、10分……わずかな差だが、有効だった。




 ―――フーレンの急襲に混乱して、戦場を右往左往した帝国兵士。


 そのスタミナの消費は、普段の三倍かもしれない。


 極度に緊張し慌てた10分、集中力も消費しただろう。


 陣形を完成させ、フーレンを取り囲んだとき、我々が南から現れた。




 ―――フーレンたちと我々に挟まれて、帝国軍はさらに焦ってしまった。


 偵察も評価も行わないまま、我々を無力だと勘違いし、騎兵で蹂躙出来ると突撃させたのも失敗だな。


 まさか正面にいるのが弓兵ばかりとは、気づかなかったか?


 昼間なら気づかれていただろう……夜だからか、そして取り囲まれた焦りゆえか。




 ―――『さっさと片付けてやろう』と、思慮乏しくも騎兵での蹂躙を選択して、我々の矢に崩された。


 まったく、サー・ストラウスは敵の心理を、あの不思議な瞳で見抜くのだろうか?


 それとも、戦場での経験値ゆえのことなのか?


 面白い将だ……そして、何よりも、戦士としての優秀さが、この状況を作った。




 ―――混乱する軍隊を、正面から突破していく?


 更なる混乱をもたらすため、敵の指揮系統と士気を挫くため……敵軍最強の兵士を狩り殺していく。


 そのムチャクチャな突撃が成功したからこそ、我々は個の強さを活かせている。


 我々のような上の下の戦士を止めるべき強者が、すでに彼に殺されているのだから。




 ―――理屈は分かるが、それを成せる力があることが驚異的だ。


 竜との契約が、力をくれているのだろうか?


 我々エルフが、森や大地から力を分けてもらえるように……?


 ……そうだとしても、ほぼ単独で敵の中心へと走り込むなんて……。




 ―――『魔王』……そうだな、まさに、そう呼ぶに相応しいのかもしれない。


 『強さ』で敵軍を威圧し、『数』の不利を覆してしまった……。


 なんていうことだ、この強さを目の当たりにしてしまうと……。


 期待せずにはいられなくなる、我々を包む、この熱狂と闘争本能の高まり。




 ―――これが、ソルジェ・ストラウスの戦か……。


 なるほど……いつか、あのお方ならば、本当に帝国をも打倒するかもしれないな。


 低い可能性だと、理性が釘を刺そうとして来るが……。


 本能が、理性を駆逐してしまうね……私たちの本能が求めるのは、勝利。




 ―――『数』をも『力』でねじ伏せる、その論理にこそ、我々は希望を抱くのだ。


 そうだな……我々は、あきらめてはいなかったのだということに気づかされる。


 祖国を追われ、難民というみじめに苦しみ、ハイランドの『白虎』に搾取された。


 誇りを失い、苦しみ、それでも生きたかったのは……希望を捨てていなかったからか。




 ―――撃ち抜いてみたくなる、この苦しみに暗む現状を……私の矢で。


 サー・ストラウスよ……我らに命じてくれるとありがたい。


 我らは、すでに魔王の軍。


 貴方が我らを救うと願うのならば、我らの誇りは、魔王と共に戦うことだ!!




 ―――そして、『バガボンド』たちは魔王のもとにたどり着く。


 世界は赤に沈み、敵兵たちは、たった二人に怯えていたよ。


 ソルジェ・ストラウスと、シアン・ヴァティ……その、たった二人にね。


 イーライ・モルドーは、魔王に叫ぶのさ。




「サー・ストラウス!!到着いたしました!!何なりと、ご命令を!!」


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