第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その6


 呼吸を整えたあとで、オレは走り始める。少しだけ休めたよ。一人の騎士が叫ぶ。黒毛の馬に乗った男だった。


「怯むな!!『魔王』は、疲れ果てているッ!!」


 ヤツが指揮官の一人か……あの灰色の鳥の紋章は、国境警備隊。兜飾りが豪華なところと、ヒゲに白いモノが混じっている年齢から察するに、コイツが隊長か?


 元々、ここを守って来た男だな?……ふむ、遠征部隊の連中は、予想していた通りに『後退』したか。そりゃそうだ、拠点を守ろうとして動いたはずだからな。


 なにせ、あそこには『アーバンの厳律修道会』もいるんだ。『VIPの娘さまたち』も医療ボランティアとして大勢いるわけだし、修道会そのものからして帝国議会にも影響力を与えられる組織だからな?


 たいそう、丁寧に扱われるはずだよ。騎士道や人道的理由以上の戦力を割いてでも、彼女たちを退避させる必要はある。おかげさまで、前線の人数が少なくなっているのさ……ありがたいことに。


 ホント、シスター・アビゲイルたちは、オレたちの『仲間』だよ。おかげで、戦闘が楽に進めているね。


 ……しかし、国境警備隊ってのが、冷や飯食いってのはマジらしい。お嬢さまたちの退避っていう『楽しい仕事』よりも、最前線でオレたちみたいなモンと戦うことを選ばされるんだからよ?


「怯むな!!ヤツの顔を見ろ、流れた血で赤く染まっているぞッ!!手傷を負い、体力を大きく失っている証だッ!!仕留められるぞッ!!」


 ふん。槍がかすっただけの軽い傷さ。頭皮ってのは出血しやすいってだけだよ。オレはそう言いながら加速する。なあ、騎士サマよ?オレを見ているかい?……でも、ダメだぜ?


 オレだけじゃない。


 ここには、シアン・ヴァティがやって来ているんだぞ?オレだけを見ていると、背後から殺されちまうぜ?


 ……ほーら、耳をすませよ?彼女の『狩り』は、もう始まっているのさ。魔眼が、疾走する彼女を見ていた。オレに気を取られた帝国兵どもを背後から、なでるように切り裂きながら駆け抜けている。


 『瞬間の赤熱/ピンポイント・シャープネス』を帯びた業物の刃、それで、脚や腕を削ぎ落とすように切りつけながら、真の二刀流は戦場を走り回っていたよ。


 さすがは『虎姫』、残酷なもんだ。殺す慈悲を捨てて、戦闘力を奪った無力な兵士を量産していく。戦う力を失い、戦場に放置されるなんてね?そりゃ、痛み以上に不安で叫ぶのも分かる。


 敵は自分たちの悲鳴で気づいたよ、あまりに次々と近くで悲鳴が上がるもんだから。彼らは思い知らされたのさ、シアン・ヴァティの脅威をね。


 だから?


 眼前に迫るオレへの集中力までもが揺らいでしまう。まあ、そうなるようにシアンがさせているわけだ。シアンは、あえて殺さないことで悲鳴を上げさせ、自分を囮にしてくれているんだぜ?


 クールな彼女が見せるオレへの健気な忠誠?……それもあるが、オレと『狩り』を楽しみたいっていう欲求からさ。


 オレと彼女で、敵の群れを前後から喰らい尽くす。そいつをやりたくて、シアンは張り切ってくれているんだよ。


 ならば、オレも彼女の壮絶さに応えてやらなければな?


 シアン・ヴァティが百人殺す?……それなら、オレは、最低でも百一人は殺さないと―――彼女に失望されてしまうだろうから。それは本意ではない。


 さーて、憧れの二刀流タイムは終わってしまったが、その『遺産』はオレにもあるんだよ。そいつは何かって?普段よりも体力を使うような突撃だったけど、二刀流のあいだは魔力を使うことは、ほとんどなかったんだ。


 『竜の焔演』を放つことで大量に失われた魔力が……今では、かなり回復してきているってわけさ。だから、体力よりも魔力に頼るぜ。オレは敵兵の群れに突入する直前で、急停止する。


「なに!?」


「来ない……のか!?」


「臆したか、魔王!!」


 好き勝手に言えばいい。オレは、必要なことを叫ぶぜ。


「シアン!!爆撃してやるッ!!音と土煙に紛れて、もっと殺せッ!!」


 シアン・ヴァティはオレの大声にリアクションを示さない。


 しかたないさ。殺すことと敵陣を斬りつけながら走り抜けることに集中しているからね。でも、理解しているぞ。彼女は、『長』の声は聞くし、戦場での感性は、オレに最も近い。


 オレのすることが、分かるさのさ。


 オレがシアンのしたいことを、悟れるようにね?


「こ、来ないのなら、こちらから行くぞ!!」


「魔王を殺せッ!!賞金を、もらうんだッ!!」


 兵士たちがオレに近づこうとする。引っかかってくれたな。馬に乗る国境警備隊の隊長らしき男は、さすがに気づいたらしいね。目を見開いているな―――オレの魔力が高まっているのに気づいたよ。


 もしかして、オレが『魔剣』を使うことを知っているのかね?……そうかもしれない。彼は判断に迷うような貌を浮かべているぞ。たしかに、ここは考え時だろう。


 部下たちのやる気を削ぐことは致命的だ。なにせ、オレを討たねば、戦は止まらないから。


 兵士の誰かが、オレを殺さない限り、この混乱した戦場に帝国軍の安らぎは来ないのさ。突如として攻撃してきたハイランド王国軍の一部と、それに呼応した難民の軍勢に囲まれている。


 ……なによりも、オレとシアンが合流寸前って意味はね?帝国軍の総崩れが始まる予兆ということさ。


 オレの後ろには勢いづいた『勇者たち』がついて来ているし、シアンの後ろには『虎』の群れが彼女のことを追いかけてくるぞ?『牙』は君らに深々と刺さった。食い千切るための動力は、もうすぐやって来る。


 帝国軍は窮地に追い込まれつつあるわけだ。数のアドバンテージが崩壊寸前なことに、指揮官ならば気づいているだろう。陣形が貫かれたんぞ?しかも前後から挟まれるようにしてな。蹴散らされるのは時間の問題だよ。


 それゆえに、帝国軍としては、どんな犠牲を払ったとしても、絶対に殺すべきだぜ、このオレをな?


 『勇者たち』における最強の戦士にして、帝国兵士の心が『恐怖』として認識している存在を。オレを討ち取れば、『勇者たち』の士気は下がるだろう。攻撃が緩むぞ。わずかながらに正気が見える。


 ……そうでなければ、殺されるのは君らだぜ?


 国境警備隊の隊長殿は、理解しておられる。だからこそ葛藤しているのさ。あきらかに強烈な魔術を放つ予兆があるオレに……兵士を突撃させていいものか?だが、彼は選択していた。


 ここが、この戦の勝負の分かれ目だと判断し、起死回生の勝機にかけることを選んでいた。


「あの男だッ!!どれだけ被害が出ても構わないッ!!魔王を、殺せえええええッ!!」


「イエス・サー!!」


 オレ目掛けて敵が殺到してくる。なるほど、悪くはない。状況を変えるために、被害を容認したな?こと隊長殿の勝負勘は優れている。まだ戦況の不利を理解してもいない、この弱兵どもよりは、はるかにマシな軍人だ。


 だが?


 オレの威力を侮っているぜ。


 竜太刀には黄金色の逆巻く劫火の螺旋が宿っている。『氷の魔石』を除去したおかげで、真の竜の炎を宿しているんだぞ?……オレは竜太刀を両手持ちにして構える。大上段の構えさ、アーレスの魔力だけでなく、オレの魔力も竜太刀に注ぐよ。


 黄金色の劫火が、魔力を喰らい―――戦場の闇を消し去るほどの光を放つ。容赦のない火力を前に、オレへ向かってきていたはずの兵士たちが足を止める。


 そりゃあ、止まるさ。自分を殺す炎に対して、どれだけの兵士が向かっていける?ここには、一人もいなかった。指揮官殿のせっかくの好判断であったが、兵士がこれでは戦略もクソもない。


 どうせ死ぬのなら、オレにプレッシャーの一つでも与えてから死ぬべきだというのにな。残念な結末ではある。国境警備隊の隊長は、歯ぎしりしている。彼が、兵士に守られていなければ?


 もっと若く、前線にいたならば……その覚悟と共に、オレへ向かって走れただろうに。残念だよ、勇気のない君たちは、ただの犬死にを選んだ。よりマシな死に様を選べたはずなのだがね。


 アーレスが、憎き帝国兵の魂を、早く喰わせろと主張する。こちらの制御をも無視するように、刃に踊る炎が暴れ、髪が焦げるにおいを鼻に嗅ぐ。いいぜ?オレも帝国の豚どもは嫌いだ。


 侵略者どもを焼き払うのに、躊躇いなどあるものかよ。


「―――『魔剣』ッ!!『バースト・ザッパー』ぁああああああああああああッッ!!」


 殺意と怒りと報復の劫火が、天を焼くほどに巨大化し……帝国の豚どもの絶望に硬直する貌を金色の灼熱で照らしていた。劫火を帯びた竜太刀が、大地を穿つッ!!


 ドガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッッ!!!


 殺戮の炎が大地を破裂させ、大地の破片が弾け飛んだ!!灼熱を帯びた爆風が、帝国軍へと容赦なく降り注いでいくッ!!


 臆病者どもは、ただ悲鳴を残しながら、爆風にその身を吹き飛ばされ、あるいは大地の破片に串刺しになり、灼熱に全身を焼かれていった。


 戦場は血を焼く黒い香りに充ちていく。爆ぜて散った帝国の豚どもは、空から燃える血肉と臓物の破片の雨となっていた。威力と、この残酷なる光景と……そして、被害の多さに帝国軍は絶句する。


 活力を失ったのが分かるほどだ。そうだ、『恐怖』は一線を越えた。『絶望』がやって来る。自分たちの命の終わりを自覚させられ、落ち込む兵士たちの武器持つ指が震えていた。


 だが、容赦はしない。侵略者とは、情けをかけるべき存在ではない。たとえ、君たち自身が始めた戦ではないことぐらい知っているが、ファリス帝国の軍旗のもとに在る男たちなどに……ストラウス家の当主として、くれてやれる感情は殺意のみ。


 生き残った敵兵目掛けて、走り始める。


 オレを見て来るが、戦おうとしない。いいや、それどころか、ひとりの兵士は叫び声を上げると、オレから逃れようと背中まで見せた。全力で逃げようと走るのさ。だが、仲間にぶつかり、臆病者の逃走劇が止まる。


「え、え……!?」


 魔王を見た後に、彼は『虎姫』を知ることにもなった。不幸な彼は戦場に君臨する、最も強い猟兵どもに挟まれているという地獄にいるわけだ。


「……あ、あ……ッ」


「た、たしゅけ、て……っ」


 その立ったままの兵士は、仲間である臆病者に助けを求めて手を伸ばす。その兵士は、ただその場に立っているわけではなよ。その腹と胸からは、大型の刃が二つ、『生えて』いた。彼はそれに気づき、泣いた。


 もちろん、シアン・ヴァティの仕業だよ。シアンは爆音に膠着する敵兵どもを、次々と襲っていたのさ。背後から敵を殺す。『虎』は静かな殺戮を好む。


 騎士道ではなく、獣じみた哲学の持ち主だよ。強者たる『虎』は、獲物を『狩る』のが好きなんだ。そして、残酷だね。


「が、あああああああああああああああああッッ!?」


 シアンに背後から双刀の牙を突き刺されていた兵士が、叫んでいた。シアンが乱暴にその刃を抜いたんだ。腎臓を穿っていたからね。出血が激しくなり、兵士は痛みに青ざめながら、その場に崩れ落ちたよ。


 まだ死んでいないが、もうすぐ死ぬ。


「……そ、そんなあっ」


 臆病者は、倒れた仲間の後ろに、シアンの姿を見る。激しい戦の中心で、殺戮者としての本能を満たしたその姿は、返り血に赤黒く染まっている。琥珀の瞳はクールな無感情さ。


 まるで戦の女神。うつくしく冷酷で、無慈悲……何よりも、圧倒的なほどに強い。


 シアンは怯えた兵士のアゴ先を、刀で打った。下あごの骨を斬られながら、兵士の頭が乱暴に大きく揺れて、脳震とうの作る夢の世界へと意識を旅立たせていく。


 オレはニヤリとしながら走り、彼女に背後から斬りかかろうとしていた兵士に、竜太刀の一撃を加えるのさ!!……どうだ、シアン?君の背中を守ってやったぞ?


 シアンは……その兵士の死を見届けることもなく、オレの笑みさえ無視した。ただ猛然と敵兵へと向かう。ズルいぜ?……抜け駆けはナシだ!!


 オレも急いで方向を変えるぞ、シアンに追いつこうと必死に走る。まあ、スピードが違うから、がんばっても追いつくのはムリだけどなあ!!


「う、うわああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「こ、来ないでえええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 心を砕かれつつある帝国の豚どもからは、敵前逃亡が起き始める。だが、『虎姫』は逃げる敵も背後から斬り捨てたし、逃げずに向かって来る敵も殺すよ。


 狩りには獲物の主張は反映されない。ただひたすらに、義務のように殺すんだ。絶大なる技巧を宿した、戦女神の狂暴さでな。長い黒髪が、夜空に踊る。血潮の雨を切り裂きなが、双刀の舞いは残酷で綺麗だった。


 槍の突きならばかいくぐりながら腕を切り落とす。剣ならば、双刀の連打で制圧してから、頭部の一撃で仕留めた。斧使いは彼女のスピードの前では、何も出来ないさ。


 シアン・ヴァティは声一つなく、まるでそうすることが義務であるように、死者を量産していく。そこに、オレの足はようやく追いついた。アレだけ見せつけられたら、黙ってはいられない。


 『パンジャール猟兵団』で最強なのは、ソルジェ・ストラウスだと決まっているのだ!!


「ま、魔王だあああああああああああああああああああああッッ!!」


「ああ、そうだ、魔王さまだよ!!そして、これが、オレの剣舞!!ストラウスの嵐だッ!!」


 竜太刀とひとつになって、ストラウスの剣鬼は踊るのさ!!スピード重視の二刀流のそれとは違い、破壊力と精度を帯びた、圧倒的な剣の舞だ!!臆病者も勇敢なる者も、どっちだって構わない。


 圧倒的な力の前には、全てが平等。斬られた血肉は赤を弾けさせる。砕かれた骨の欠片は暗む夜空に散るだけさ。刃が帝国の豚の血と脂に汚れて、星の光を反射させていく。


 指に掴むよ、命を壊しまくっているという実感をね?


 だからこそ、復讐者の心は満たされる。


 だからこそ、剣士としての本能は歓喜に奮える。


 血が燃えるよ、魂が歌う。


 そうなれば、オレたちの剣舞はさらに残酷になり、冷酷になり、血に彩られて……切り裂く敵から放たれる命の輝きに、惹かれちまった刃は走る。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「し、死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


「たすけてえええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 断末魔の歌を全身に浴びながら、『魔王』と『虎姫』の剣舞はシンクロする。


 殺せ、殺せ、殺せ!!


 その哲学だけを、鋼に表現させるのさ!!またたく間に死体の山が出来ていく。あふれて流れた血が戦場の土を湿らせていくぜ。鉄臭い。鋼が折れて砕かれ、命から放たれた血潮もまた、鉄の気配を帯びている。


 ああ、最高の瞬間だ。


 やはり、オレたちは『パンジャール猟兵団』のなかでも、一番と二番の剣士だよ。


 帝国軍の心が、折れる音を聞く。ボロボロと戦闘意欲が崩れていくのさ。豚どもが、オレたちから逃げようとする、隊列を崩して、方々に逃げていくぞ?……でも。忘れてはならない。


 オレたちは群れで最強の存在であるが―――あくまでも尖兵。オレたちの背後に、誰がいるのかを忘れちゃいないかい?

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