第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その5


 元々、生まれながらの馬鹿力だったがな。それでも、竜太刀というモノは重たくてね。だから、竜太刀の二刀流の計画は、オレがガキの頃に失敗したよ。


 ガキのオレに対しても、まったく手加減をすることも無かった、意地の悪い兄貴たちがいてね?……その赤い髪の三大悪人どもに、どうしても勝ちたかった。


 だから、思いついたが……竜太刀を片腕で振り回すには、ガキの体では難しかった。筋力も体格も体重も……そして、もちろん技巧も足りていなかったのさ。


 さあて?月日が流れて、オレは手に入れているぜ。


 筋力も、体格も、体重も、技巧も。


 そして……長年、左でも鍛錬してきた経験というものをな。オレは敵に包囲されながらも、静かに目を閉じる。そして、両手に持つ鋼の重さを確かめるのさ。


 もちろん、右手の竜太刀のほうが、はるかに重たい。そして、左手が持つこの大剣はそれなりの重さしかない。重心が、やや右に傾きがちになる。それを理解する。


 ニヤリと笑う。


 計算が、感覚と一致した。その実感を得たからだ。オレは二刀流を扱うべき重心を、把握したのさ―――ゆっくりと目を開く。青い右目も、金色を宿す左眼も。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「死ねやああああああああああああああああああああッッ!!」


 左右から、挟み込むように帝国兵士たちが襲いかかる。二人とも槍。なるほど、丁度いい。『遊ぶ剣』、スタートだよ……まずは、『君』の技を真似るぜ、ギュスターブ・リコッド?


 自分に迫る槍を感じながらも、落ち着いたもんさ。戦場への慣れが、オレから殺気を浴びることへの恐怖を消している。


 オレは体を揺らし、重心を振るんだよ。ステップを刻み、前後に揺れるのさ。ああ、リズムを作っている……ギュスターブの剣は、こうやっていた。


 見えないほどに僅かにだが、リズミカルに揺れていたのさ。


 そうだよ、揺れる重心に竜太刀と剣の重心を連動させる。威力と速度をつなげるためにね。


 大地を蹴って、鉄靴の底を大地に噛ませて―――さーて、これで竜巻に化ける準備は完了だよ。


 そして?左側のヤツの方が近いから。左側から斬るために、この竜巻は反時計回りに決定さ。


 オレは、竜巻になっていた。


 大地をステップで踏み荒らしながら、竜巻を作るんだよ。左の大剣で槍の柄を切り裂いて、右の竜太刀で右から来ていたヤツの槍を断つ。


「なッ!!」


「槍を、一瞬で―――」


「―――いいや。槍だけじゃ、すまさないさ!!」


 ギュスターブ・リコッドよ。お前の技巧は、お前よりも脚がずっと長く重心が高いオレにはね、一瞬で出せる威力ではどうしたって負けるんだよ。


 だから?……考えていたよ、グラーセスの王城で君の竜巻を見た、あの瞬間から。


 君のそれを超えて、口惜しがらせる方法をな。


 ……見つけたのは、単純なことでね。君よりも身軽いオレは……『連続』でスピン出来るぜ?いいか、オレの『竜巻』は左回転の後に、右回転を放つという時間差の『連続剣舞』だ。


 ズガ、ガシュウウッッ!!


 逆回転の竜巻が、兵士たちの首と頭を直撃していたよ。回る世界のなかでも、オレは見えていた。自分の放った剣舞の軌道ぐらいは、見えるもんさ。


 剣戟と怒号と悲鳴が混じるこの場所で、オレは今、胴体だけになった死体たちが倒れ込む様子を見ている。即死だったな、遺言も悲鳴も残すことはなかった。


 いいカンジさ。全く狙っていた通りの軌道を走っていたぞ。実戦でこれだけ使えたのなら合格だな。オレは……やっぱり、天才。二刀流の才もあるようだ。


 ……ちなみに、このスピン技は、始まりと終わりで立っている場所が、かなりズレている。攻撃を躱すことにもつながるということさ。攻防一体。隙が多くなりがちな、二刀流の欠点を、補うための仕組みだな―――。


 まったく。ギュスターブ・リコッドめ。いい技を作りやがったぜ。おそらく、シャナン王あたりに何度も負けて、思いついたのかもしれないな。


「く、黒い、竜巻だ……ッ」


 名も知らぬ雑兵が、オレの動きをそう語る。なるほど、たしかにね。『竜鱗の鎧』は漆黒の色をしているからな。


 だから、闇にも混じり、君は、今のオレをほとんど見えなかったんじゃないか?


「え?」


 ……そうだ。オレはしゃがみながら走り、発声した敵兵に接近している。今夜はオレの戦術には、ガルフ・コルテスが宿っているんだ。虚を突く戦い方。それを極めた男の戦術を用いろと、魂が訴えてきている。


 『この程度の強さで、足りるのかい?』


 シスター・アビゲイルの言葉が、頭のなかで響いていく。そうだ、足りるとは思っていない。オレは、もっと強くなりたいのさ。だから、みんなの技巧を借りる。竜騎士の強さに、足していくんだよ。


 シアンの使った、沈んで消える走り方の亜種さ。


 オレの股関節では、そこまでは沈めないが―――重心を低く落とすことで、初速を生み出すための踏み込みを強めることは出来る。予備動作少なめで、いきなり走った。そこそこ背を低くしてね。


 闇を借りても完璧とはほど遠い『正面からの奇襲』。なんとも未熟を感じるが、この加速で得たスピードで、君の防御を崩す気でいるぞ。


 君はオレの殺意と接近に気づき、あわてて剣を構え直すが……遅い。


 それよりも先に、オレの左の突きが彼の右腕を突いていたよ。これで君の利き腕は死んだな。命のほうは、もうすぐだ。


「ぐうっ!?」


「―――悪いな、せめて……一撃で仕留めてやろう」


 次の瞬間には、竜太刀を胸部へ叩き込み、鎧の鋼を曲げて引き千切りながら、彼の心臓をも打ち砕いていた。そうだ。失敗している。鎧を曲げてしまったな。いつもなら、もっと素直に切り裂いてしまうのだが……。


 それでも、命を壊す力はあるのさ。あの回転剣舞を『竜巻』と呼んだ、どこかオレと似た感性を有していた青年はこの一撃で絶命する。


 ……しかし。


「……ふむ。『課題』がハッキリしてしまったよ」


 『二刀流』。その欠陥じみた技巧にはね、メリットとデメリットが共にある。まずは悪いところが気になる。まあ、経営者ってのは、おおむね、そんな性格をしているものだろうよ。


 『ピンポイント・シャープネス』……あの極めて精緻なタイミングを要する、その技巧を使うことが出来なかった。


 慣れれば使えるかもしれんが、さすがに二刀を扱うだけはあり、一刀を振るときよりも、技巧の精度が落ちるのさ……。


 そいつが、デメリット。かなり致命的ではある。


 やはり、これは『強いヤツ』に使うべきスタイルじゃないね。ギュスターブくんが、オレと試合をしたとき。この二刀流を選ばなかった理由が、よーく分かる。


 あまりにも隙が大きいのさ。スピードとパワーで圧倒出来ている相手にしか、使ってはダメだってことだよ……当然と言えば、当然。


 メリットは―――くくく、見ろよ?


 この圧倒的な手数をよッ!!


 オレは、とっくの昔に新たな敵に飛びかかっていたぞ。とにかく、敵の隊列を崩し、敵の奥へと進むのさ。後ろは、仲間たちに任せれば良い。オレは陣形の面を崩壊させ、敵を混乱させる係だ。


 とにかく、敵へと襲いかかり、より多くを斬り殺さなければならないのさ!!


「く、くそ!!」


「なんで、あんな大剣を、これほどまでに速く振り回してこれるんだッ!!」


 二刀流によるラッシュ……それに追い込まれていく兵士たちが、視界の中にいる。剣と斧を装備した兵士たちが、巨熊の張り手のような威力に、その動きを封じ込められているんだよ。


「片腕で、この力が出せるのかよッ!?」


「距離を……距離を取るぞ、こ、このままでは、懐に『入られる』―――っ」


 そうだ。だんだん、分かってきているぜ。二刀流の戦い方がな。ラッシュで圧倒し、押し込むように間合いへと侵入して……剣舞を放つッ!!


 体力と筋力にモノを言わせ、彼らの防御を崩したオレは、左右の刃で彼らを切り裂いていく!!そうさ、ストラウスの嵐。敵陣に切り込み、今までの倍の斬撃で、敵を圧倒しているぞッ!!


 ……くくく!そうだよ、二刀流の極意ってヤツを、オレは理解している。


 シアン・ヴァティの『動き』、ギュスターブ・リコッドの『竜巻』、そして、『ミストラル』の『手数』……彼らの動きを見ているから、よく分かっているぞ。


 スピードだ。


 ただただ、コレに尽きるぜ。


 オレはそいつを捻出するために戦場を走るよ。ああ、色々と見えてくる。もっと重心が不安定になると思っていたが、鍛錬というのは恐ろしい。左で素振りしていたことが効いたのか?……それとも、達人たちとの戦いのおかげなのか?


 夢に見るほどに、惚れ込んでしまった技巧の数々。そいつが、オレの体には、ちゃんと融けて一つになっていたのさ。完全には再現できちゃいないが……そこは例の『遊ぶ剣』の発想がある。


 不完全なら?


 たくさん同時に使って、補ってやればいい。他の誰かにはなれないが、他から学んだ力を、技を、オレのモノとしていけばいい。


 囚われることなく、ただ強くなるために……柔も剛も一体。攻防も一体。ただ『自由』を帯びた戦術を、作ってしまえばいいだけさ。


 ……『竜騎士のための二刀流』とは、どうあるべきか?


 シアンのように『走る』。ギュスターブのように『回転して仕留める』。『ミストラル』のように『手数で圧倒する』。


 元々、オレにある素質、『馬鹿力』……そして、『竜騎士の剣術』であるストラウスの嵐―――そういうものを一つに合わせていけばいい。


 オレの脚が、いつになく軽い。オレはスピードを時に威力に、時に手数へと変換していきながら、敵陣を切り裂きまくっていくッ!!


 スピードと威力を調整する『コツ』かい?……とても、簡単。肘の位置と角度で調整出来るよ?……そこらは、いつもの剣術と一緒さ。速く動く腕は、閉じれば更に加速するものだろう?それを使って、ヒトは素早く防御を作れる。


 ああ、二刀流ってのは、ほとんどスピードで切り裂いているのさ。筋力は、この高速の戦闘行為を破綻させないための維持に使っている感覚だよ。


 攻め込まれたら、回転しながらガードに引き込む。剣で相手の武器を絡め取り、脚を引っかけて、こかしてやるのさ。背中からの攻撃と前方からの攻撃を、二刀でそれぞれを打ち払うことでも止める。ああ、慣れてきているぜ。


 火花が散るよ、夜の闇の冷えた空気のなかに、赤くて儚く、うつくしい刹那の光をこぼすのさ。鋼が鳴くような声を上げ、打ち合う鋼はオレを時に傷つけ、相手さまには死を与えた。いいレートさ。傷と死。オレは圧倒的に有利な取引を行っている。


 体を弾ませるようなエネルギーを発揮させながら、オレは敵陣を突破していく。動きは良い感じにまとまっている、殺しまくっているぜ?


 こっちもいくらかの手傷はもらっちまっているが―――二刀流効果か、よりいいペースでは殺せている。


 問題は無さそうか?……いいや、『大問題』が一つだけあるね。アーレスの竜太刀はともかく、この左手に握っている剣が、もうすぐ限界そうなんだ。オレの馬鹿力で、敵の鋼ごと体を打つ。歪んで、今にも折れてしまいそうだったな。


 ……二刀流か。


 最大の課題は、オレの力に耐える剣が存在していないってことだ。アーレスの竜太刀並みの剣など、そうあるワケがないからな?……さあて、楽しい時間をありがとう。短い間だが、よく働いてくれたぞ。


 折れてしまう前に、左の剣を敵の群れに向かって投げつける。


「なんだ、こんなもの!!」


 ガギイイインッ!!


 敵の一人が『それ』を剣で叩き落としていた。まあ、別にいいのさ。そいつを当てたかったワケじゃない。その必要も無いよ。一瞬だけ、間を作ればいいんだ―――。


 敵が、二刀流を止めたオレを見て、喜んでいる?ここまで突破して来たオレの息は、さすがに上がっている。脚は止めているよ。呼吸を整え、『これから』に備えるために。


 しかし、よく笑っていやがるな?まさか、剣を持てないほどに、疲れてしまったとでも思っているのか……?


 ……だとすると、大きな間違いだ。そこまでではない。


 こいつは『合図』だ。君らをオレに引きつけたいだけさ。ほーら、成功したよ。多くの敵意と、攻撃性にあふれる視線を浴びている―――同時に多方向から攻めて、殺しにかかろうという魂胆か。


 だが……敵陣を突破してきたのが、オレだけだと思うか?たしかに、オレの後を追いかけてくる『勇者たち』は、まだここまで来ちゃいない。だが……『彼女』は、やはり来た。


 猟兵の『長』として、これからの狩りを喜ばないわけにはいかない。白い牙を見せるよ。なにせ、嬉しいのだからな。オレと『彼女』で、挟撃か?……なんて、楽しみなのだろう。どちらが多くを殺すか、競うぞ……?


「―――行くぞ、シアンッ!!」


「―――ああ、殲滅するぞ、ソルジェ・ストラウスッ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る