第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その4


「噂の通りに、いいえ、それ以上に……強いのね、サー・ストラウス」


 槍を構えた女エルフが、オレの隣に寄って来ながら話しかける。敵陣に向かって走りながらでも、オレたち、おしゃべりさ。


「まあね。君も、その槍がずいぶんと血にまみれている。いい働きをしたみたいだな」


「ええ。うちの旦那も頑張っているはずよ?」


「そうか。ぜひ見たいところだ……ところで、アイリス。あそこのひとかたまりになって壁になっている連中を、突破したい……魔術を頼めるか?」


「ええ。でも、竜と貴方のエルフのお姫さまは?」


「戦場を幅広くカバーしている。あちこちを爆撃することで、混乱させているのさ」


「なるほど。いいパートナーね、貴方の妻らしいわ。じゃあ、女スパイのお姉さんが、敵のど真ん中に風穴開けてあげる。そこから後は、後ろの仲間たちの影に回るわよ?魔力切れで、使い物にならなくなる」


「ああ。それでいいさ。頼む」


「ええ……『冥府の昏き岩山に棲む、炎の大蛇よ。我が血の魔力を捧げる、現世に這い出て、卵となれ』!!……『カーゾ・ラーヴァ』ッッ!!」


 アイリス・パナージュが、エルフ族の魔力を解禁するのさ。さすがは、ルード王国の凄腕スパイさんってところだ。とんでもない魔力だ。猟兵に準ずるレベルと評価しても間違いではない。


 バカみたいに強力な『炎』の魔力……そいつを緻密に練り上げた球体型の立体紋章。リエルが見たら感心するだろうな?


 もちろんだが、魔力の総量では、どうしたってリエルには劣る―――でも、魔力を編み、『術を形成する能力』だけならば?


 アイリス・パナージュは、リエル・ハーヴェルにも劣ることはないだろうさ。


 むしろ、やや上なのだろうな……なるほど、大したものだよ。さすがは、リエルの二倍以上、エルフさんをやっているだけはあるなぁ。


 ああ。この感想だけは、絶対、口には出さない。オレだって命は欲しいし、ムダ過ぎる血を流すのは好まない。いい竜騎士さんだ。『お姉さん』の繊細な乙女心を傷つけるような残酷は出来ない。


 その直後に、オレ自身に残酷が降りかかりそうだしな。あの強烈な『炎』の『卵』から孵化する、『炎』の大蛇とやらによってね?アレは、敵に向かうべき暴力だよ。


 そうだ。『カーゾ・ラーヴァ』は『卵』から始まる。


 彼女の左手に収束されていた、魔力の層。まるで、食通年鑑に載ってたミルフィーユみたいな緻密さだ。あの緻密極まる魔力の回路で、彼女は『疑似的な生命』を発生させている。


 あの中にいるのは、自動的に敵の生命へと喰らいつく、極めて狂暴な存在だよ?魔力の塊でしかないが、あれはアイリス・パナージュのためにのみ活動し、忠誠を尽くす。その鋼の鉄則に縛られて行動する魔力の『獣』。


 おそろしいね。


 とんでもない発想と、技巧だよ。オレでは、この領域の魔術を使うことは、百年後でもムリだろう。威力だけなら『魔剣』を使えば同等以上の威力をいくらでも出せるんだが、これだけ少ない魔力で、あれだけの『複雑さ』を組み上げるのは、とてもムリだ。


 折りたたまれ、数千の層に別れた呪文の羅列から……『鼓動』が生まれた。いつでも孵化しそうだったよ。


「出来たわよ?いい卵ちゃんがね!!」


「投げろよ?爆弾だろ?」



「そうね!まあ、もっと良いものだけど?……行きなさい、敵を焼き尽くしながら進撃するのよ、『カーゾ・ラーヴァ』あああああああああああああああああッッ!!」


 アイリス・パナージュが左手から『卵』を放った。投げたんじゃない。『卵』が勝手に飛翔したよ。敵意のある帝国兵の足下目掛けて、そいつは飛んだ。そうだ。この『卵』、大地に触れると『孵化』するらしい―――ほら、爆炎が生まれたぞ。


 ドガガガガガガガガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


 大地が爆ぜて、そこから赤くうねる『大蛇』が出てくる。いいや、血肉を持つ存在ではないな。螺旋に渦巻きながら、敵の群れの間を狂ったように暴れ回る炎で構成された大蛇か―――。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「ま、また、また、火だあああああああああああああああああああッッ!!」


「りゅ、竜は、ど、どこから、撃ってきたんだああああッッ!?」


 炎に呑まれて、十数人が焼け死んでいく。中々に強烈な『炎』だな。アイリス・パナージ。アンタほど多くの引き出しを隠し持っている『お姉さん』は初めてだ。


 でも?


 君はどうしてか不服そうだな?


「なにか、失敗したのか?いい魔術に思えるが?」


「いいえ。失敗はしていないわ。ただ……」


「ただ?」


「……ゼファーちゃんの手柄になっているのが、口惜しいのよ?」


「スパイは影に潜むものだろう?」


「あら、目立つことで、槍働きを認められたいのよ。引退後の資金は、いくらあったとしも、困ることはないじゃないの?」


「……引退するには、まだ、ずいぶんと早い」


 まだリエルちゃんの二倍しか生きていないんだぞ?……その言葉は言わない。


「引退時期は、けっきょくのところ貴方次第ね」


「はあ?」


「早く、世界を『自由』にしてきてくれる?」


「……アイリス?」


「……ファリス帝国を打ち破ってよ。『魔王』の哲学を世界に、力ずくで、刻みつけて」


「ああ。君が、素敵な宿屋経営を出来るようにね?」


「ええ。世界中に、イーダの酒場を作りたいわ?……ルード以外にも、あった方がいいでしょう?全ての人種が飲んだくれてもいい素敵な酒場がね!」


「ククク!そうだな!」


 そして……アイリス・パナージュの顔色が青ざめる。重傷を負っていたのか?と本気で心配するが、彼女は口元を抑える。


「うぷ……っ。私、魔力を使い過ぎると、なんか胃腸がおかしくなるの……あと、任せる」


 そう言って、冥府から炎の大蛇を呼んできた凄腕スパイさんは、その場に停止する。


 背後から走ってくる『勇者』たちの群れに吸収されるね。うん。上手く隠れたよ。ああやって、体力と魔力と胃袋の調子が整うまで、影に潜むのだろう。


 なかなか、面白い人物だな。オレは、いつか……世界中を巡りながら、どこにでもあるイーダの酒場で、酒を呑み回りたいものだよ。


 そのためにも……帝国の豚どもよ?


「……死んでもらうぞ」


 オレはアイリス・パナージュが焼き払った場所を駆け抜けていく。


 ここが、敵を貫くためには丁度良い。陣形ってのは、面での攻撃のことを言う。隊伍を組んで、無欠の壁となって並んだ時だけに、戦術的な価値を発揮出来る。


 だから?……とにかく陣形を崩したければ、その面を小さくすることだ。具体的に言えば、敵陣を突破し、分断すればいいのさ。意味を持たされて作られている陣形は、刻まれて分断されるとすぐさま機能が回らなくなる。


 オレは体中に熱を浴びながら、炎に焼かれる大地を走り、敵陣のあいだを駆けていく。そして、シアン・ヴァティの気配を察知するのだ。ああ、それほど近くはないが、この先だ。ならば、行くのみだ!!


 彼女の踊る場所を目掛けて、敵の群れに躊躇なく飛び込んだ。もちろん、ストラウスの嵐をまとってな!!


 斬撃が、敵を斬り、刻み、殺す!!


 血潮が爆ぜて、その赤い雨の下で、オレは剣舞を踊る。残酷なる威力を宿した竜太刀に、殺意を込めて。


 赤に染まり、血の熱を嗅ぐ。鎧の鋼をも、『瞬間の赤熱』を帯びた竜太刀で力ずくで裂いていくッ!!


 どうだい、こいつが魔王の行進だッ!!


 誰が止められるんだ!?たしかに敵の数は多いが、夜の闇のなか、『虎』に怯えてて、竜にも怯えた貴様らなどに……天地の恐怖に集中力を喰われた貴様らなどに、オレさまの殺戮の行進が、止められるわけがないだろうッ!!


「ハハハハハハハハハハッ!!」


 笑いながら、オレは牙を見せながら『爪』をも見せるぞ!!


 そうさ、この『左の指』……『竜爪の篭手』から生える、魔法金属の『爪』さ!!わずかな魔力を喰わせるだけで、コイツはうつくしくも残忍な爪を生やしてくれる。


 オレの指に合わせて動く、オレの肉体の延長線上に在る『爪』だよ。


 ガルフよ。シスター・アビゲイル経由で伝わった、アンタの『遊ぶ剣』。そいつをオレは今から使うぞ?


 今じゃないとダメだからな。


 シスター・アビゲイルの剣舞の残像が、精緻なまでに心に宿った今でなくてはならない。『竜の焔演』を発動して、あまりにも疲労してしまった今でなくてはならない。


 ……疲れていないとね。不器用なオレは、剛の剣を捨て去り、柔の剣を使うことが出来ない。


 そうさ。


 オレは竜騎士に、『上乗せ』するんだ。


 右手で竜太刀を振り回し、左手では獣のように竜の『爪』を暴れさせる。そして……『それ以上』を見せてやるぞ!!『二つの技巧』を、混ぜるぜ!今までは、別々にしか使えていなかった技巧を、今このとき、混ぜる!!


 さーて、見てろ、ガルフ?アンタが死んじまってからも、あちこち旅して来たこのオレが、どれだけ技巧に『自由』を帯びたのか、見せつけてやるぜ!!


「そ、ソルジェ・ストラウスだああああああああああああああああああああッッ!!」


 オレが『何』なのかを理解したらしい。怯えた目で敵兵がオレを見ている。いいぜ?その心に生まれた『恐怖』を……現実のモノにしてやるよ!!


 その落馬した騎士は剣を構える。鼻血を垂らしながら、オレの襲撃に備えている。受けるか避けるか、考えている。可能な限り接近し、それらのどちらかを選ぼうとしているのさ。


 でも、竜太刀を見過ぎだぜ?


「……え?」


 オレが何もしないまま間合いに飛び込むのを、彼は不思議に思っていた。それは、そうさ?意味がある行動には思えないのだろう。まるで不用意な自殺行為にも見えたのかもしれない。


 なにせ、竜太刀を上げていないからね。あえて無防備を晒しているぞ?……ほら、どうする?


「う、うおおおッ!?」


 そうだ、攻撃してくるべきだ。


 攻撃してくるべきだが―――竜太刀ばかり見過ぎているから、竜爪を見逃してしまう。『爪』が、お前の剣をもつ指に迫っているんだよ。


 ザクリ。


「ぐああッ!?」


 そうだ、『爪』は静かに刺さり、だが、致命的な破綻をもたらしていく。繊細な指にこんなものが突き刺さるんだぜ?……しかも、その直後、こうやって乱暴に引き千切られたら!?君は指を壊されながら、剣を奪い取られてしまうな。


「ぎゃあああああああああああああああああああッ!?」


 指を『爪』で切り裂かれ君は、痛みに悲鳴をあげてしまう。仕方が無いことだ。指は神経の多い敏感な場所だからな。


 すまないな、だが、これが戦だ。暴力で、全てを奪われる。君たち侵略者が、かつてオレからそうしたように……。


 さーて。『爪』を戻せば?オレに左手の中に、君の剣があるぞ?これが欲しかった。オレは左右の指が掴む刃のことを。


「に、二刀流!?」


「ああ。じつは、オレは左腕でも竜太刀を振るう鍛錬を積んでいるのさ」


 片目を奪われたあの日から。


 いつか利き腕が切り裂かれてしまうなんて日を考えて、修行していた。オレは、こっそりだけど、左腕でも竜太刀を振り回して来たよ。


 でも、竜太刀ってのはデカいんだ。このサイズを使うには、全身を使う必要があったんだよ。だから、竜太刀を握ったままでの二刀流では、重心が揺れすぎてしまい、いまいち攻撃がぶれてしまっていた―――『かつて』はな?


 だが、26才になった。


 筋力は強まり、技巧も高まった。肉体的にも、技術的にも、今が間違いなくオレのピークさ。


 今ならば、オレは二刀流の極地に達することが出来そうなんだよ……ていうか、今できなきゃ、永遠に出来ない。覚えるとしたら、今しかねえんだわ。


 ガルフやシスター・アビゲイルにガッカリされる?……そいつは、どうにも腹が立つんでな。だから、覚えるぜ、二刀流をな!!



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