第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その3


 『竜の焔演』は続く。この場所にいる連中だけは、危険なのさ。若く、自信にあふれ、野心的……そして、確かに強いのだよ。


 オレの圧倒的な力を前にしても、怯えないのさ。ちゃんと理解している。逃げれば?オレだけではなく、オレの背後にいる『勇者』たちに後ろから追いかけられると理解している。


 ヒトはね、背後から攻撃されたら、弱いよ。


 戦場での闘争で研磨された猟兵ならば、それに対する技巧も知識も有しているが、君らは、そうじゃないだろう?


 君らは、まだ本当の戦場を知らないのではないか?


 手に武器を持たない難民たちを、追いかけ回すことは……戦ではない。戦とは、もっと君らにとって恐ろしいものだ。



 一瞬で命を奪われるが……それを惜しまれることさえ少ない。君らの命がもつ価値が、どこまでも暴落した空間。そこが戦場だよ。


「ま、負けるかああああああああああああああああああああッ!!」


 正面から来る。ふむ、この男は、腕に『チャージ』を帯びているな。その上で、走りながら槍を突いて来る。いい強さだ。でもな?君が、巨人族であるガンダラほどの体格ならば、それはオレの脅威になりえたが―――。


 人間族の体躯では、オレよりも細い腕では……とてもではないが、『竜の焔演』の威力を超えられるとは思わないな。


 突きが放たれる。いい動きだ。『雷』と体重を帯びた、まっすぐな強力な突きだ。速さも十分だよ。だが、どうにも威力が足りない。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 アーレスの竜太刀が、その突き技ごと槍を破壊する。


「や、槍が……ッ!!ど、ドワーフに、打たせたんだぞッ!?」


「いい槍だからこそ、ここまで破壊することが出来た。二流の品なら、砕ける前に、弱々しく折れた―――いいぜ、お前の突きは、今夜見た中では一番だった。じゃあな」


「ま、負けたく……ねえええええッ!?」


 破れかぶれさ。追い詰められたこの帝国人は、それでも負けず嫌いが挫けなかった。ナイフを抜いて、飛びかかって来る。それは、おそらく道場では習わなかったのだろう。


 サブ・ウェポンの使い方ぐらいは、熟知しておくべきだ。オレは容赦なく斬擊を放ち、ナイフで襲いかかってくる男を斬っていた。


「ぐふぅッ!?」


 ……君が、あの自慢の槍から得ていた感情は自信ではなく、依存だったのかもしれないな。失ったことで、そこまで弱さを露呈してしまうところを見ると。


「―――強い武具をまとうときは、己の身の丈にあっているかを選べ。強すぎる武器の味を知れば……それに依存し、他の道が見えなくなる」


「……うる、せえ―――よ」


 斬撃を浴びて、鎧ごと彼の肉体は切り裂かれていた。致命傷を負ったが、彼はわずかに身を捻り、即死を免れてみせたよ。なかなかの強者、そう認めざるをえないだろう。


 オレが彼の師匠ならば、戦場に行く日を一年か、二年、遅らせたはずだ。


 それだけの期間を、より技巧の錬磨に捧げていれば、君は本当に厄介な戦士へと化けていたはずだったのさ。だが、君からは傲慢さも感じた。


 きっと、師の言葉を疑いにかかったかもしれないな。お師匠は自分よりも出世されるのがイヤで、戦場に行くのは早いと言っている……そう未熟な君は感じたかもしれない。


 どうあれ、惜しい男だ。


 達人への道に、初めの一歩を刻みつけたばかりで―――戦場に出てくるべきじゃなかったよ。彼は倒れて、ゆっくりと死んでいくことになる。


 残念だが、オレにはトドメを刺してやるヒマがないんだよ。敵はウジャウジャいるからな。君の体から、少しでも早く血と共に命が抜け出しまうことを祈るだけだ。


 オレは暴れた。鋼の嵐のように。ストラウスの剣鬼とは、そういう獣だからな。


 斬って、斬って、殺しまくっていくよ。返り血を突破するように走り込み、竜太刀の切れ味を敵の若い体に叩き込んでいく。


「こ、コイツ!?」


「どうなっているんだ!?オレたちが、い、一方的に殺されるだけなんて!?」


「ありえないだろ!?」


「―――己の目の前で起きている現実を、拒絶するのは、あまりにも良くない行為だ。戦場では、どんなことでも起きる……ありえるのだ。武術を学んだ君らをも、またたく間に呑み込んでしまうほどの『強さ』がな」


 この三人は隊伍を組むぞ。違う流派か……いいや、そうじゃない。槍、斧、刀と、それぞれに得意な得物が違うだけだが―――感じ取れる『哲学』は同じ。



 それぞれが、お互いをカバーするために、連携せよ。そういった哲学になるんだ。


 なるほどな……知っているぞ。


「ガスターニュの流派だな」


「そ、そうだ!!」


「オレたちは、アントリーさまの弟子!!」


「アントリーさまは、オレたちに兄弟たれと教えて下さった!!」


 なるほど。たしかに、その連携は……友情よりも深い絆を感じるね。


「同郷ならば……幼なじみか」


「だったら、悪いか!?」


「悪いことはない。共に生きて、共に死ぬ。いい関係だ。なあ、その連携は……攻めるためのものか?守るためのものか?」


「……ま、守るためのものだ」


 どこか、ばつが悪そうに言ったが、それほど気に病むことじゃない。倒すことを望まないのも、戦略としては正しい。君らが、オレを受け止める時間が長くなるのなら?……オレは他の兵士を殺せない。


 そうなれば?


 時間の経過と共に、オレは防げるはずだった被害を、防げなくなる。それはオレを討てなくても、オレの威力を封じたという意味では、価値の大きい行いだな。


「みんな、耐えるぜ?……なあ、魔王さんよ……?そ、それほどの強力な奥義だ。き、きっと、制限もあるはずだよな?……時間制限、とかな……?」


「よく分析しているな、アントリーさまの教えか?」


「い、いや!?か、勘だ。勘だったけど……当たったな!?」


「へへへ。そうか……そんなムチャな技が、いつもでも続くことはねえよなあ?」


「二人とも、身を固めろ。『岩の熊』の連携で、時間を潰すぞ」


 ガスターニュの剣士たちが、お互いを確かめるように、ゆっくりと動いている。ふむ。悪くない敵だ―――そこそこ知恵も利くようだ。


 おしゃべりを楽しみたくもあるが、オレは、オレの仲間を殺すであろう敵を、もっと斬らなくちゃならないんでね?


 殺させてもらおう。君らを生かしておくと、オレの仲間の脅威になり得る。


「さて。行くぞ。君らがお互いを守りたいように……オレも、守らなくちゃならない命を背負っている」


「こ、この、人間の裏切り者めッ!!」


「そうだ、亜人びいきをしている!!」


「そんな愚かなことをして、イースさまがお許しになるわけがない!!」


「―――イースさまは、亜人種も『狭間』も許してくれるよ?……あの婆さまが、あそこで生きたことが、何よりの証拠さ」


 ……そうだろ?シスター・アビゲイル?


「イースさまは、オレと同じさ。人間も亜人種も、同じヒトだと分かっておられるようだ。オレはその証拠みたいな元気なババアを知っている。だから、断言できるんだよ」


「な、なにを言っているんだ!?」


「穢れた亜人族を、イースさまがお認めになるはずがない!!」


「そうだ、オレたちの教会では、そう教えて頂いた!!」


 ふむ。一つの宗教にも、色々な側面があるものだな。


 ガスターニュは……そうだな、皇帝ユアンダートの后であるマリーダの出身地さ。皇帝の支援は手厚く……それゆえに、帝国第一主義は強く根付いているのだろう。


 ユアンダートに媚びて教義を歪める聖職者たちか……ユアンダートに利用されていても、己の信仰を曲げていないルチア・アレッサンドラよ。


 ……そういう僧侶たちは、異端者ではないのかい?


 一体どれが、本当の女神イースさまのお言葉なのかは、まったく分からない。どれかなのかもしれないし、もしかしたら、どれもが外れているのかもしれん。


 だが……オレの生き様は、敵を殺すことで味方を守ることだけ。ただ、それだけのシンプルなお仕事だよ。すべきことをしよう、コイツらをぶっ殺すんだ。


 宗教についても、女神さまについても―――考えてもキリはないからな。オレは……この無駄話の間、溜めていた魔力を解放しようと思う。『風』を呼ぶ。


 血と武具が放った鉄の香りが漂うその空間に、そよ風が吹いて……オレは消える。


「―――え」


「な、なに?」


「消えた、のか?」


「―――いいや。そうじゃないよ」


「……くっ!?」


 槍持つ男に声をかけ、振り向いた彼のことを竜太刀の尖端が荒々しく貫いた。


 腹を貫通した竜太刀を捻りながら抜いていく、乱暴にね?その方が、内臓がより壊れて、早く相手を殺せるよ。鎧と刃がこすれて火花散ったが、これぐらい『生きた鋼』が啜った血で修復するはずだよな?


 ……まったく、より、オレ好みの剣へと化けてくれたじゃないか。


「……たすけ、て……し、師匠……」


「そんな甘えた言葉を吐くぐらいならば、師のそばから離れるべきではなかったぞ」


 失血死の昏倒に落ちていく兵士を無視して、オレは二人の男たちに飛びかかる。彼らはパニックになっていた。さっきの、ドワーフ製の槍を操る男よりも、まだ未熟だったな。


 ご自慢の連携が、崩れたままだ。あるはずだろう?たとえ一人を失っても、動くための手段が?習ったはずだぞ、君らの師匠に。まったく、強い敵と戦うぐらいで、あきらめてはいけない。


 あきらめても、助かるとは限らない。今夜のように、ただ、殺されて、永遠の闇に沈んでしまう夜もあるのさ。


 崩れた連携に若干の失望を覚えながらも、オレは駆け抜けたよ。


 赤を帯びたストラウスの嵐が、たった二人の獲物の間をすり抜ける。肉を裂き、骨を断った感触を指は手にしているぜ。


「そうか……ほ、『炎』で、幻覚を見せていたのか―――」


 斬られた斧使いは、そう呟きながら大地に沈んだ。謎が解けて、良かったな。


「で、でも……『声』は、あの位置から……聞こえていたのに―――」


 三人目は、謎を残したまま、死んだ。


 だから?


 せめてもの手向けであろう。オレは、トリックの一つを教えるのさ。


「声はね『風』で曲げたよ……動いていない時は、『炎』も『風』もダダ漏れでね?色々と、小細工が出来る……声も姿も、その位置や角度を誤認させることぐらいなら、難しくはないんだよ」


 そうだ、竜太刀か放たれる揺らぐ炎でつくった『幻影』、その炎の輝きを、じっくりと強めるのさ。


「この闇の中だ、君らは輝きを増した『幻影』に、勝手に視線を集めていた。だから、それを消しながら作った闇へと走った。そんなオレのことを……君らは見失ってしまったのさ」


 オレの言葉は届いていたか?


 分からないな。


 さて……どうしても殺しておきたい一級品の戦士たちは、殺せたな……。


 敵の歩兵どもが、怯んで、その動きを止めている。


「……お、おい。あいつらが、あっという間に……ッ」


「く、訓練でも、難民狩りでも……あ、あれだけ目立っていた連中たちが……ッ」


「ば、バケモノだ……ッ」


「ほ、本当に……『魔王』だというのか……ッ」


 怯んでやがるな。うむ……もう、このクソみたいに魔力を消耗する『竜の焔演』は必要がない。オレは『竜の焔演』を停止する。


 その気配に気づいて帝国の豚どもは、好機を見つけたと鼻を鳴らす。オレの弱体化を気取って、勇気が湧いたようだな。だが、それは甘いよ。


 いいかい?君らは、誰を追いかけて飛び出たはずだった?


 オレに襲われ、オレに怯え、『弱くなったオレ』を見つめている場合なのか?


「こいつ……弱ってやがるんだ!!」


「なら、今なら、こ、殺せるぞ!!」


「賞金首だ!!皆で、殺して、山分けにするぞ!!」


 色めき立つね。ふむ、強さで目立つことも出来るが、弱さで敵の意識を呼び込むことも出来るものだ。覚えておけよ、ピエトロ?強さも弱さもエサになる。それらを戦略に組み込むことで、敵を想像している通りに操れるようになるものだ。


 そうだ。


 この豚どもが追いかけていたはずの『彼ら』は、五十メートル先の闇のなかで完全な精度を練り上げている。片膝を突き、肩の幅を狭く使う、より精度を引き上げた射撃の構えだよ。


「こ、殺せえええええええッ!!」


「魔王を、殺せ――――――――」


 叫びが止まるのさ。そうだ、オレは無意味に暴れていたわけじゃない。強者を駆除して、脅しをかけるための囮だった。動きを停止させて、より狙いやすい的になるように、君らへ魔法をかけていたんだ。


 エルフを中心にした『勇者』の弓隊が、極めて高精度の射撃で敵兵を射殺していた。崩れた敵に向かって、オレは走るよ。もちろん疲れているが、弱兵を相手にすることはいくらでもやれるさ。


 それに、歩兵たちがオレに続くよ。弓隊を追いかけていた帝国兵どもを駆逐し終えた彼らが、オレと共に帝国軍へと突撃していく。そうだ。待っていろよ、シアン・ヴァティ。敵兵を貫き、孤立していたはずの君らと合流する。


 さーて!!敵の心を折りにかかるぞ!!オレたちが共に暴れるならば?弱兵どもなど、ものの数ではないということを証明しようじゃないか!!




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