第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その2


 ヒトの視野はね、前向きに作られているのさ。なんだか、可愛いか?いいや、そいつは残酷さの証明。肉食動物の特性そのものだよ。


 肉食動物って存在はね、追いかけられるようには出来ちゃいないんだよ?逃げる獲物を追いかけて、殺すための造りをしているのさ。


 そう。ヒトっていう動物は、襲うことに慣れているが、襲われることには根源的に不慣れな仕組みをしているんだ。


 解剖学的な仕組みだ。運命と言ってもいい。戦場にしろ、個人の格闘技能にしろ、側面からの攻撃に対しては、あまりにも脆い。何故か?前向きな視野の外から来る、見えない襲撃だからさ。


 ほら?


 オレたちは叫んでいるのに、これだけ大勢なのに?


 名前も知らない帝国の男よ、君はオレに気づいちゃいない。赤毛で、巨大な竜太刀を振り上げて、大声出しながら君に迫っているんだぞ?


 でも、気づけない。君が愚かだからとは、言わないよ。君の熟練が足りていないとも言わない。こいつは、そうだな、運命さ。


 ヒトとして生まれてしまったからゆえの、たんなる種族的な限界。


 血が燃えているな。戦闘の猛りに支配された君の視野は、ただ逃げるエルフたちの背中を追いかけている。悪いことではない、勇敢な戦士の貌で、死ねるのだからな。


「おらあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 殺意を帯びた気合いの声は、オレの斬撃を祝福するんだ。獲物に選んだ男の頭部に、アーレスの竜太刀が襲いかかる。


 『一瞬の赤熱/ピンポイント・シャープネス』を使うんだよ。殺傷力は十分だがね、兜と頭蓋骨を切り裂くために。魔術で強化していなければ……?鋼と骨に食い込んで、竜太刀が絡まっちまう危険性があるからだ。


 ああ、名も知らぬ兵士の頭と、それを守っていたはずの兜の鋼。それをまとめて瞬時に切り裂いた。自分を褒めたくなるような一撃ではあるぜ?……頭を斬られた兵士の体が、数歩走ったのだからな。死さえも気づかせなかった。達人の剣とは、こういうものか。


 ……オレは、まだまだ疲れちゃいないようだぜ。それはそうか。オレの背中を圧す声が、地響きを放つ仲間の足音が―――オレの肉体に動力を与えてくれているんだよ。


 ガルーナの野蛮人が持つ闘争本能が爆発しているぞ。血潮が猛り、戦いへと集中を促してくる。


「敵かああ!!」


「亜人種どもが、横からも来るぞおおおッッ!!」


 仲間を斬り捨てられた帝国兵どもが、剣を持ち、槍を持ち、斧を持つ敵の歩兵どもが、オレの姿を見つけていたぜ。


 目が合うよ。


 いいねえ、戸惑う男も多い。そうだ、君らは、おそらく新兵。浅はかに飛び出してきたことで分かるよ。そして、この勇猛さを鑑みれば、腕に覚えのあることの証。


 ―――そうさ、しっかりとした道場で武術を学んで来た若者たちだってことさ。そのくせ、『花形』である『侵略のための師団』に配属されるわけでなく、こんな辺境で武器を持たぬ難民どもを虐めるという『名誉なき任務』を与えられた不運な男たちさ。


 だから?


 腕に覚えのある君らは、必死に名を上げようとしてもいるんだ。だから、飛び出した、自信と勇気と確かな技術と……そして、野心に衝動されるがままに。


 ああ、与えてやろう。若く野心を持つ戦士たちよ?君らだって、こんな辺境で意味も無く、若さにあふれる『全盛期』を消費するのは不服だろう?


 猟兵として生きるオレが、君たち兵士のために、機会を与えてやろう。


 さあ、オレの声をその耳で聴き、野心に染まる心に留めろ!!


「我が名は、ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスだッッ!!ルード会戦で、『魔王』と呼ばれた猟兵ッ!!ザクロアでは、『死霊王』と呼ばれた男ッ!!グラーセスでは、無敵の第六師団と、マルケス・アインウルフを破った、貴族戦士ッ!!」


 どうだ、魅力がたっぷりだろう?


 オレほどの『価値』がある首を生やした男は、おそらくこの戦場にはいないぜ?


「三つの師団を破った、『パンジャール猟兵団』の団長、ソルジェ・ストラウスさまの首を取りたい男がいるのなら、オレさまに挑め、若造どもがああああああああああああああああああああああッッ!!」


 ハハハハッ!!


 これも、経営者としてのスキルの一つだ!!オレの話術に反応してくれるよ、若者たちがね?そうだ、腕に覚えのある若者たちよ、武術の道に生きて、それで出世してやると戦場を目指した獣たちよ……。


 かかって来いよ?オレを殺す機会を与えてやっているんだ。自分を試すのも、悪いことじゃない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「ぶっ殺せえええええええええええええええええええええええッッ!!」


「違う!!オレだ、オレが、殺すううううううううううううううううううううッッ!!」


「オレの剣だ、オレの剣こそが、貴様を仕留めるに相応しいいいいッッ!!」


「アルバート流の強さを、世界に、響かせてやるぜえええええええええええッッ!!」


 ああ、まったく!!最高だよ!!オレを目掛けて、様々な物語が集約して来るような快感を覚えている。なんて、素晴らしい感覚だろうな。


 背筋がゾクゾクしちまうねえ?

 こんなに楽しいことは、なかなかない。


 様々な流派から来た、確かな技巧を宿す若者たちよ。オレは、君らのことを誇りに思うぞ。よくぞ、オレを喜ばせるほどまで、技巧を高めてきた。君たちの才能、君たちの鍛錬、君たちの闘争意欲。


 そして、愚かなまでの自信に満ちた若いプライド。


 それらの全てに愛しさを感じるからこそ、オレの唇は歪むんだぜ?白い牙が見えるか?君らの魂を平らげる、残酷なる猟兵団長の牙の輝きだ。覚えておけ。そして、可能であるならば、死が君らに訪れるまで、オレに対して怯むんじゃないぞ。


 それほどの勢いでオレへと近づく君たちを、最後まで誇らせろ。


 さあ、惨めに死ぬなよ?邪悪な肉食の獣として生まれたことを、誇りながら―――ただ前を見て、敵へと喰らいつこうと走り……死ぬがいい!!


 オレは出し惜しみなどはしない。今、オレへと目掛けて走る若者たちを、認めているからこそ全力を放つのだ。


 シスター・アビゲイルよ、すまないが『遊ぶ剣』は、まだ出さないぞ……試すような不完全な技巧では、オレは全力にはなれんからな。


 剛の中の剛を用いて……これから、この戦場で最も殺戮性を帯びた男たちを、今から狩り殺してやるんだよ。


 コイツらは腕利きで、しかも狂暴なんだ。少しでも自由にしていたら、それでは殺されるオレの仲間が増えちまうんだからな……。


 さあて。見ろよ、武術の道を進んできた若者たちよ?コイツが、ガルーナの竜騎士の『奥義』!!剛の中の剛の剣ッ!!


「―――『竜の焔演』ッッ!!」


 そうさ、血なまぐさい戦いの歴史を歩んで来た、オレたちガルーナの竜騎士が到達した一つの到達点。『複合強化魔術』……『竜の焔演/リュウノホムラノ』だ!!


 腕の筋肉に、雷帝が降臨する!筋繊維が『雷』の魔力に強化される!!


 脚には疾風の加護が与えられる!体重を軽くし、脚さばきは『風』に祝福された!!


 竜太刀が赤い灼熱を帯びるのさ!『炎』に強化された、至高の切れ味が宿るんだよ!!


 ヒトに許された、三つの『属性』が放つ、それぞれの強化魔術。そいつをオレは三つ同時に扱い、自分をどこまでも強化し尽くす!!


「な、なんだあ!?」


「ま、魔術なのか!?」


「だが……見たこともないぞ!?何なんだ、こいつは……!?」


 ……戦士たちが、困惑していた。『竜の焔演』の正体を見破ろうと思考しているのさ。


 有能だ。有能だが……即座には見破ることは出来ないだろう。この三大属性の『バランス』を保てる者は、魔術師にさえ希有なはずだ。


 しかも?……その状態で術として放つのではなく、肉体を駆使した剣舞として放つ―――狂気の沙汰だろうよ。自滅さえもありえるほどの、魔力の燃焼。血が爆ぜるほどの、体力の消失。まるで、自爆技だな。


 だが……その自爆しそうな程の暴れる力を、強さで御する。肉体の強さと、技巧の高まりと、魂の昂ぶりを用いることで、ギリギリね?


 そのとき、『竜の焔演』に、ようやく竜騎士は至るのさ。


 ゼファーと戦いながら、これを初めて撃てたとき……オレは、ガルーナの竜騎士の道を究めていたんだよ。


 若者たちよ、殺意に歓喜する竜と戦ったことがあるかい?


 無ければ……竜騎士の奥義を、破ることなど出来はしないのさ!!


 ―――オレは始める。


 殺戮の舞踏を!!


 神速を帯びて接近し、雷撃が走る豪腕を振り―――灼熱の竜の劫火が踊る斬撃の嵐が、戦士たちへと襲いかかるッ!!


 振り上げた竜太刀が、刃をへし折り首を裂く!!踏み込み、突き出された槍を避けながらも竜巻のように回転し、横薙ぎに放った反撃の刃で胴を切り払う!!


「は、速ええええええええええええッ!!」


「なんだ、あれは!!」


「だが、負けん、オレはこの男の首を、獲るぜえええええええええええええッッ!!」


 走りながら斧を振り上げた男が闘志を叫ぶ。彼とのあいだにあった間合い、それを疾風のステップで加速されたスピードで消しながら、突きを放つ。鋼の胸当てを貫いて、アーレスは脈打つ戦士の心臓を貫いて壊す。


「……ま、マジか……正面からなのに、み、みえねえ……っ」


「疾風のステップさ。右に左に揺らしている。この身から放たれる魔力の波動に、君の認識はずらされてしまう」


「……陽炎を、追いかけていたのか……」


「いい理解だ。幻想のオレを見ていたが―――どうだ?本物のオレのほうが、君の想像をはるかに超えて、いい男だろう?……君も、素晴らしい勇気だったぞ」


 男は血を吐きながら、笑う。褒められたことが、嬉しかったのさ。


 口惜しがれるほどの実力を、彼は持っていなかった。あと十年でも、長生きすれば?竜太刀の劫火が放つ空気の揺らぎ……その果てに踊るオレの幻などには、引っかからなかっただろう。


 止まった心臓から竜太刀を抜く。


 そして?……もちろん背後から斬りかかっていた男を、斬り殺すよ。回転したのさ。『風』のステップは、速さを産むだけではない。軽やかになり、竜巻のような回転斬りを連続で放つことを、竜騎士の肉体に許してくれる。


 小さな盾を構えていたな。あの盾で押さえつけながら、斬るつもりだったのかも知れないがね?竜太刀を、『下』から入れた。


 盾を持ちながら伸ばした左腕の手首と、オレの後頭部を破壊するために天へと掲げた右腕を、灼熱を帯びた竜太刀は安くて軽い鉄の篭手ごと切り裂いていたよ。


 両腕を失い、彼は剣士として死んだ。


 涙を流したのは―――背後から挑んでしまったあげくの敗北を恥じているのか?


 気にすることはない。


 瞬時にオレと正面から戦うことの、あまりにも絶望的な勝率の低さを嗅ぎ取り、それでも勝利しようと戦略を練っただけのこと。


「いいさ。泣くな。お前は勝利へ貪欲だっただけだ。それに、死ぬときは、オレの目を見ているぜ?」


「……っ」


 言葉を与えながら死も与える。竜太刀で首を切り裂いていた。兵士として無力だが、戦士としての生命は終わっていた。


 オレは、この殺人を慈悲だと考えている。異論はあるだろうが……彼の生き様も、死に様も、じつに……どこまでも戦士だった。


「……勇敢な男だ。勝利を求め、敵をまっすぐに見て死んだ」


 そういう男を殺せたことを、オレは誇りにしか思わんよ。




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