第四話 『戦場で踊る虎よ、昏き現在を撃ち抜く射手よ』 その1



 戦うことを愛している!!そう自覚しながら、罪深さだって覚えるのは、今夜は印象深い尼僧たちに出会ったからかな?


 異端審問官に身命を捧げることに迷いを持たない、『カール・メアー』産の純粋培養な宗教戦士である、ルチア・アレッサンドラ。


 ハーフ・エルフでありながら、『アーバンの厳律修道会』の幹部である、シスター・アビゲイル……。


 二人とも、とんでもない生き様を見せつけてくるぜ。同じイース教徒なのに、こうも違うとはね?……ルチアからは、宗教者ならではの、『死後の救済』への徹底。


 シスター・アビゲイルからは、厳しくも、このクソッタレな現世を『生き抜け』と訴える『叱咤』を感じるよ。


 どっちの正義も、間違いではないのさ。『死後の救済』の確約も、今を生き抜く強さも、ヒトの心には、絶対に必要なモノだろうな。


 個人的に気に入っているのは、ルチア・アレッサンドラの『教え』の方だけどな……オレは、他の連中に、生き抜こうと告げてくれる方が、魅力的に思えるよ。


 そうだとしても―――オレは、やはり罪深いね。


 これから、敵を殺すよ。


 無慈悲にね、歓びを伴う斬撃でな。


 世界にあまねく神々よ、オレを邪悪と呼んでくれても構わない。だが、それでもオレはやはり勝利が欲しいのだ。敗北では、オレたちのような少数に、望ましい『未来』をもたらすことは絶対にないのだからね……。


 見ろよ、イースさま?貴方が現世での救済を見捨てた、『未来』を求めている者たちが、オレの周りにそろっているぜ?


 かなりの数だよ、槍を持ち、剣をかっぱらい、弓を作った戦士たちだ。合わせて5700……難民たちの軍勢さ。


 これだけの数が、オレと共にいる。


 彼らはね、『未来』を求めているんだよ。女神さまよ、手助けはしてくれないくてもいいが……そう願うことを否定はしてやらないでくれ?


 亜人種だから?


 『狭間』だから?


 そんな生まれなどに縛られる人生なんて、彼らは皆、まっぴらゴメンなのさ。


 神々がこの世界を不完全に創ってしまったことを、オレは呪わないよ。呪うヒマがあれば、呪うだけの魔力があれば、世界を変えることに力を注ぎたいからね……。


 ああ、アーレスよ。


 やはりオレはガルーナの魔王なのだな。


 シアンたちの放つ剣戟と、戦の音が風に乗って聞こえてくる。


 魂が共鳴しているよ、シアン・ヴァティと『虎』たちの戦いに。彼らは、やはり偉大な戦士だよ。シアンが動員出来た数は、どれぐらいなのだ?……どうしたって、全軍と呼ぶには程遠い数だろう……?


 圧倒的な不利に、あえいでいるハズだよ。それでも、あんなに嬉しそうに戦える。ああ、そうかよ、シアン・ヴァティ……オレは、君の唇から放たれる、『虎』という言葉の意味を、今このときになって、ようやく理解をしているんだな……。


 たしかに、誇りをたたえて口にすべき言葉だ。


 戦場に、これほどの熱を放つとはな……グラーセス王国軍のドワーフたちよりも、たしかに勇猛なのだろうね。風が教えてくれるよ、君らの魂が、この戦場で放つ熱量を。


 だが……たしかに、あまりにも敵が多くはある。


 最初の突撃は、たしかに強力だったな。相手の虚を突き、闇に融けての奇襲だから。でも、五対一での戦いは、君らを取り囲んでしまうはずだ。


 そうさ、戦いの始まりから10分。君らは疲れて来ているだろうよ。そして、北にいる大勢の仲間たちが、君たちを助けに走ろうとしないことに失望を感じ始めているかもしれない。


 『白虎』を憎むだろう。


 祖国を帝国などに売り払い、それで得た利益を享受する悪党どもを。マフィアのようなクズに汚染された王国軍を失望するだろうさ……その苦悩は、きっと君らの肉体の動きを制限してしまう。


 最高の戦士であるはずの君たちから、動きを奪い始めてしまうのさ。


 だが……この10分間をムダと思うな。


 シアン・ヴァティの背中を見ろよ?


 彼女の歓びがそこには宿り……彼女は、殺戮の風を起こし、血潮を星空の英雄たちに捧げているじゃないか。


 その戦いの本質は、孤高さゆえのものではある―――だけどね、それでも彼女は確実に信じている。全くの揺らぎの信頼で、『仲間』たちを待っているんだよ。


 この十分間、彼女が鬼神のように奮戦したのは、君ら『虎』を鼓舞するためでもあり、それゆえに君らは『虎』たちは、過剰なまでに体力を使い、敵を圧倒しただろう?


 最高の戦績を創り出しただろうが、疲れ始めている……。


 そうだ。


 疲れ始めているが、誤解してはならない。


 この突然の夜襲で疲れているのは、君たちだけではない。想定外の戦闘行為に戸惑いながら、猛然と襲い来る『虎』と戦い続けた帝国軍たちもそうなのだよ。


 ヴァン・カーリーなどという小物が、勝てると踏んだような敵さ。狡猾な商人が、しっかりと値踏みした『弱さ』を含むその連中……所詮は弱兵。


 君ら『虎』を前にして、勇気を持てているのは、ただの数の利と、『白虎』という売国奴が帝国にその尻尾を振っていることへの確信さ。多くが動いていない。一部の戦士たちの、ただの暴走だと確信できているからだ。


 だから?


 その勘違いを、その多勢から来ているだけの、下らん偽りの『勇気』を……オレたちが砕いてやるぞ。


「いいか!!戦士たちよ!!……真の『勇気』とは……多数の威を借りて成すものなどではない!!たとえ数が少なかろうとも、大義のために、己のために、仲間のために、家族のために……そして!!まだ見ぬ『未来』に生きる子孫たちのために!!圧倒的多数の敵にも、どれほど強い敵にも、怯むことなく、正義を貫くことを言うッッ!!」


 5700人の戦士たちよ。


 疲れ果て、傷ついている、オレの愛すべき同胞たちよ!!


 オレと同じく、『未来』が欲しいと願い、命を賭けた者たちよ!!


「『魔王』と呼ばれる、このソルジェ・ストラウスが認めてやるッッ!!君たちは『勇者』と呼ぶに相応しい戦士たちだッッ!!そのあふれる勇気を、剣に込めろ!!槍に込めろ!!矢に込めろ!!……あらゆる武器が尽きたとしても、その手で、足で、敵を襲え!!力尽き、その場に倒れたら、仲間たちのために魂で歌えッッ!!」


 オレたちは、秩序に反する存在だ。


 巨大な暴力が創り上げる世界の秩序に呑まれることを嫌い。滅びという絶望を、拒絶して生き抜こうとする存在だ。


 生者には勇気がいる。死者からの、祈りの歌をも、オレたちは必要としているのだ。戦友よ。死ねば我らに宿るがいい。


「これは神々に捧げる戦などではない!!ただただ、オレたちの『未来』のために、戦えッッ!!命を捧げろッッ!!自分と、仲間と、家族と、子孫のためにッッ!!お前たち一人一人の命が放つ、最大限の力を解き放てッッッ!!!」


 戦士たちの貌が、変わっているぜ?


 怯えも疲れも消えている。


 そうだ。


 それでいいぜ。


 世界最大の覇権国家に、ケンカを売るバカどもの貌は、眼光鋭く、その唇を歪めて、獣のように牙を見せつけるサマこそが、最も相応しいとオレは理解している。


「行くぞッッ!!戦士たちよッッ!!このオレに、続けええええええええええッッ!!」


『GHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーの歌が戦場の夜空を震わせて、戦士たちの歌も、それに続くのさ!!


 オレたちは走る!!


 さっきみたいに、ゆっくりと歩きながら戦場に近づいていたわけじゃない。獲物に向かって、ただひたすらに、猛然と走り始めているッ!!


 歌と大地を踏みつける足音が、戦場に響いて行くッ!!


 伝えるためさ、孤高に戦い続ける『虎』たちに、『オレたち/仲間』が来たと、伝えるためだッ!!


 来たぞ、シアンッ!!


 来たぞ、ジーロウよッ!!


 そして、勇敢で、誇りにあふれた『虎』たちよッ!!


「待たせたなッ!!オレたちが、来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ……そうだ。


 もちろんね、このメッセージは仲間に向けてだけ放った言葉でもない。


 当然のことながら、帝国軍も含まれる。オレたちが心の底から憎悪し、殺意している君たちに、オレたちの存在を主張するためにも放った歌であるんだぜ?


 ……そうだ、気づいたな。


 帝国軍の兵士が、オレたちの歌に彩りを添えてくれようと、知らせのラッパを鳴り響かせる。ああ、そうだ。『虎』たちと戦う、君らの背後に回り込むように、オレたちは来たんだよ。


 そう。取り囲まれたのは、シアン・ヴァティと『虎』たちだけではないのさ。


 貴様らも、オレたちに囲まれているんだぜ?


「て、敵だあああああああああああああああああああああッ!?」


「ま、まさか、難民どもなのかああああああああああああッ!?」


「ふ、フーレンどもと、共闘するというのかああああああッ!?」


「む、迎え撃てえええええええええええええええええええッッって!!!」


 そうだぜ。そう言いながら、君らはオレたちに向かい、慌てて走ってくる。だから?


 オレはこう仲間たちに命じるんだよ!!


「弓隊!!左右に展開しろッ!!」


「はい!!」


「了解です!!」


「イエス・サーストラウスッ!!」


 前進を止めるなとは言わない。これでいいのだ。最前列をオレと共に走っていたのは、最も軽装な弓兵たちだけだからな?槍や剣を持っている連中は、もう少し後ろさ。


 イーライが、ピエトロが、『勇者』たちが左右に展開していく。そうだ、敵を引きつけろ。敵は、人間族。君らエルフたちに比べて、夜間の視力は低いのさ。まだ気づかない。


 広がる弓兵の『口』のなかに、騎馬隊を突入させていることに。


 タイミングをはかり、オレは命じるのさ!!


「放てえええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 張り詰めた弓の弦が、歌を奏で、夜の冷えた闇を撃ち抜く矢を放つッ!!数百の矢さ、それに、無策で反射的に突撃してきていた騎兵たちは、射殺されていく!!


 そうだ、威力が良いだろう?


 君らの武器庫からかっぱらってきた、鋼の鏃のついた矢だよ。軽装騎馬隊の、君らの鎧では、とてもじゃないが防ぎきれない。騎馬隊の最前列が、総崩れになる。ああ、腕に覚えがない者でも、馬を射ることは出来るからね。


 闇のなかに、転げた馬。


 目の前に唐突に現れた、その大きな障害物に、君たちは対応できる技術を持っているのかな?オレは、そんな技量を持つ騎士と、身軽な脚を持つ馬は、そうはいないと知っているぜ。


「うああああああああああああああああああッ!?」


「く、くそうッ!!止まれええええええええッ!!」


 次々と落馬事故が起きてくる。


 そう、突撃をせき止めるだけの、『壁』の誕生だよ?


 そして……無様に足踏みする貴様らの頭上に、夜空に融けた翼は来たるのさ。


「ゼファーぁあああああああああッ!!焼き払ええええええええええええええッッ!!」


『GHHHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーが歌を放ちながら空から襲う!!足踏み状態で集結してしまっている騎馬隊目掛けて、竜の劫火をぶっ放す!!


 リエルの呼んだ『風』の勢いとも重なって、強力な炎の津波が帝国の騎馬兵たちを無慈悲に焼き払っていく!!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「あ、あついいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


「う、腕が、腕の肉が、焼け落ちてるううううううううううううううううッッ!?」


『ヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンッッ!!』


 騎馬隊が、悲鳴と焼かれて悶える苦しみを吐いた。かわいそうな声でな。


 だが、ここは戦場だ。殺し合いの精度と攻撃性を比べる、残酷な場所なんだぜ?


 容赦はしないよ、燃える君たちのことをね、オレたちは無表情で見ているだけだ。


 イーライは、さすがアインウルフの部下だっただけはある……突撃してくる敵を囲むために、部下と息子を引き連れ、南側へと弓兵たちを回り込ませていた。


 敵兵は、気づかない。


 燃える騎馬隊と、夜空に君臨するゼファーが放つ恐怖に呑まれて、視線がそれらに集中していた。


 だから?エルフの弓隊が静かに回り込む音に気がつけなかったのさ。


「撃てえええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 この声は、オレじゃない。


 『勇者の弓隊』の長である、イーライ・モルドーの号令だよ。


 矢が放たれる。


 呆けていた敵兵たちに、悪夢より酷い現実が襲いかかるぜ。頭を撃ち抜かれていくぞ?君らの仲間の死骸を焼く炎に照らされて、君らはよく見える―――エルフの矢にとっては、いい的だ。


 エルフについてはよく知っているよ、オレはリエル・ハーヴェルの旦那さまだからね。


「お、おのれ、弓兵どもがあああああああああああああああああああッッ!!」


「襲え、ヤツらを、仕留めてやれええええええええええええええええッッ!!」


 短気で、粗暴。


 嫌いじゃないがね?


 オレはイーライたちへと襲いかかろうと走り始めた歩兵たちを、冷たい瞳で見ているよ。指揮官どもが、御さなければならない、軽率な動きだ。指揮官や部隊長どもの判断が遅いな。


 酒か、麻薬か、女を抱くことに疲れていたのか?


 ヴァン・カーリーの放った『毒』は、連中を蝕んでいたってことだな。


 そうだよ、イーライたち弓兵を、無防備にすると思うか?君らに背を向けて、走り始めた彼らを追いかける?何も考えずに?


 バカだな。


 『オレたち』が、彼らを見捨てるはずがないだろう?


「行くぞ、野郎どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 弓隊を追いかけて走る歩兵の側面から、オレたち歩兵隊が襲いかかるぜ!!

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