第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その12


 ―――ソルジェが装備を脱ぎ捨てて、リエルに手伝ってもらいながら鎧を着るよ。


 帝国二等兵の服も鎧も脱ぎ捨てて、彼が着るのは『竜鱗の鎧』と『竜爪の篭手』。


 動物みたいに素早い動きの早着替え、それでもさすがに間に合わない。


 戦場が、動き出す……でもいいさ、ソルジェたちの出番は10分後だから。




 ―――さて、『報告書』をめくり、時間を少し巻き戻そう!


 およそ二時間半ほど前になるのだけれど、『パナージュ隊』のフーレンたちは叫んでいた。


 『たすけてくれえ、砦が、帝国兵に襲われたああ!!』。


 獣の血を塗りたくり、ヨロヨロと歩くフーレンたちが、国境沿いの砦にたどり着いた。




 ―――ああ、もちろん、それは演技だよ。


 作戦さ……露骨に言えば、『嘘』だよね。


 ハイランド王国軍の兵士たちは、傷ついた仲間の姿を見て、覚悟する。


 ついに……帝国軍との戦が始まるのだ!!




 ―――ハイランド王国軍の兵士たちは、武装し、出陣する。


 方々の砦から、たくさんの兵士が前進していたよ。


 たしかに主力は『北』に戻ったが、それでも国境警備には新兵を中心に三万がいる。


 二万二千しかいない帝国軍は、質でも劣り数でも劣る、それはフーレンの敵ではない。




 ―――兵士たちが出陣した後、『パナージュ隊』の兵士らも砦を脱出。


 西へと走り、シアン・ヴァティとジーロウ・カーンと合流したよ。


 ハイランド王国軍の動きは、もちろん帝国軍にも察知される。


 だが、帝国軍には余裕がある、『白虎』が帝国に逆らわないことを知っていた。




 ―――そして、ハイランド王国軍は、『白虎』の支配下にあるのだから。


 現に、不測の事態と判断し、出陣したハイランド王国軍には『待機』の命令が下される。


 集結したものの、帝国軍の見張りと睨み合いの形になったまま行進は停止するのさ。


 おかげで、国境を主張するための、よくある威嚇行為なのかと、帝国軍は判断を下していた。




 ―――だから、過剰なまでの警戒はしなかったが、北の守りに人員を更に増やしたのさ。


 そうだよ……その裏で、ソルジェやアイリスたちは動いていたんだよね。


 北に兵力が割かれたから、帝国軍の拠点で動き回ることが容易だったというわけさ。


 とくにその展開は、アイリスたちの行動に役立っていたのさ……。




 ―――アイリスたちが何をしていたのか?捕らえられた難民を解放していたんだよ。


 ピアノの旦那の持ち込んだ魔銀のヤスリ、アレは効果的に難民たちの拘束を解いたのさ。


 『アーバンの厳律修道会』の活動によって、難民たちの負傷は比較的良好だったからね?


 解放されればされるほど、戦力は雪だるま式に増えていったのさ、見張りはアイリスとリエルが始末する。




 ―――帝国軍には油断があったんだよ、難民たちとハイランド王国軍が協力する?


 そんなことを思いもしていなかったし、そもそも、彼らには余裕がなかった。


 そう、この二万二千の帝国兵のリーダーたちには、とてつもなく大きな混乱があるのさ。


 異端審問官に、エリート騎士のグレイ・ヴァンガルズが逮捕されていたんだからね?




 ―――グレイの逮捕はインパクトが大きすぎた、その事実は伏せられてはいたけども……。


 大事件の噂はどうしても広がるものさ、捕らえられた難民がウワサ話を耳に出来るほどにね?


 異端審問官のガイドラインのせいだけど、情報を公表せずに伏せたのはマズかった。


 なにが、マズかったのか?




 ―――実は帝国軍の士官らは、逮捕されたグレイ・ヴァンガルズが『狭間』かどうか怪しんでいた。


 グレイがこんな辺境に来た理由も謎だったしね、グレイは妹のことを隠していたから。


 辺境に大貴族さまの息子が来て……それが異端審問官に逮捕される?


 『狭間』の嫌疑をかけられて?……素直にそれが『真実』だと考えられないのが人の心さ。




 ―――グレイが自分をルードのスパイ、と嘘をつき続けたことも混乱のもとだ。


 上層部には伝えられるその情報が、ますます上級士官たちを惑わせる。


 ぶっちゃけ、彼らは、グレイが陥れられているのではないかと考えていたんだよね。


 グレイは『人間なのに、ヴァンガルズ家の息子だから逮捕された』のではないか?




 ―――そんな誤解をしていたのさ、秘密主義の弊害だね、組織内の状況認識を誤らせていく。


 上級士官たちは不安になっていたよ、自分たちも、この不気味な『政争』に巻き込まれるのでは?


 異端審問官に与えられた特権で、『皇帝の不興を買った者』が、『処刑』されている?


 この辺境の土地では……貴族の弁護集団が来る前に、処刑が執行される可能性もある。




 ―――そう、この国境警備の軍団が、『皇帝が主催する処刑場』なのではと誤解した。


 だから、上級士官たちは自己保身にかかるのに手一杯になった、連絡用の兵や馬を私的に使うよ。


 過去の悪事や失態をもみ消すために、皇帝の親族や大貴族たちに賄賂を手配したのさ。


 ストレスと不安で睡眠時間も削られたし、ここは気晴らしの場はない。




 ―――アルコールに溺れていたよ、みんな、青い顔をしながら強い酒を呑む。


 ヒトの集中力は脆いから、何か悩みが一つでもあれば、たやすくそれは翳ってしまう。


 グレイの『処刑』に巻き込まれるのではないかという、不安。


 異端審問官ルチア・アレッサンドラという存在が放つ、プレッシャーと恐怖、それらに心は奪われる。



 


 ―――ヴァン・カーリーがその好ましい状況を知ったのも、ここに高級酒を売りつけに来た時さ。


 異常に売れたよ、上級士官用の酒と……麻薬と娼婦がね。


 売り上げで変だと勘づき、ヴァンがたらし込んだ少女娼婦たちに騎士から情報を盗ませる。


 ソルジェも注意だよ?ベッドの上で娼婦に情報を漏らす?君は前科持ちだろ?





 ―――とにかく、ヴァン・カーリーは全てを把握した。


 さまざまな士官と寝た女たちが、情報を彼に伝えたからだよ。


 だから、彼はその情報を、自分の『国盗りの計画』に利用しようとしたのさ。


 具体策は、国境沿いで帝国軍とハイランド軍をぶつけ、親帝国の『白虎』の力を削ぐ。




 ―――民衆の支持はすでに『白虎』から離れつつある、帝国に媚びたからね?


 人間第一主義に屈した時点で、亜人種の多い国民からのウケは悪いに決まっていた。


 さらに言えば、そうまでして媚びたのに、ヴァールナ川の水運事業は停止。


 難民を船で西に運ばないようにするために、それは成されたが……。




 ―――そのせいで、船乗りたちや港は飢えてしまった。


 誇りを棄てて帝国に媚び、あげく儲かるどころか金を失ったのさ。


 ハイランド国民はマフィアの政治介入を、どこか傍観してきた。


 『白虎』は金儲けは上手だったからね、でも、その唯一の魅力でしくじった。




 ―――誇り高い正義もなく、金儲けも出来ない?


 国民の不満は、『白虎』への反抗心として現れて始めているのが現状さ。


 そこを押さえつける唯一の方法は?もちろん、暴力だったよ。


 『白虎』が支配する、ハイランド王国軍、この暴力があれば、民衆は黙るだろ?




 ―――でも、ハイランド王国軍がファリス帝国軍との対決を始めたら?


 帝国軍は『白虎』の制御を失うよ、戦争になれば、金持ちマフィアなど役に立たない。


 むしろ高まる愛国心は、親帝国だった『白虎』を攻撃するだろう……。


 そうなった瞬間こそが、『白虎』を倒し、ヴァンが国盗りを果たすチャンスだ。




 ―――ヴァンという男は、野心家さ。


 長年チャンスをうかがってきたよ、組織を奪うチャンスをね。


 どうすれば、国家を牛耳るサイズのマフィアを潰せるのか?


 中々、難しいことだよね?マフィアに仕え、儲けたところで?




 ―――長老衆らに支払う上納金が増えること、彼は道具のままさ。


 だから……彼は『暴力』という最高の力で、『白虎』を潰す機会を待っていたのさ。


 そうだ、ハイランド王国軍、この軍勢が『白虎』を倒そうとすれば?


 一日の内に、『白虎』の長老衆など消されるのさ。




 ―――そのチャンスを作るつもりだった、混乱し弱体化している帝国軍。


 それとの対立を煽り、戦を起こす……その瞬間に、自分がハイランド王国軍と組む。


 そして、自分と軍で『白虎』の上層部を排除し、自分が新たな『長』として君臨する。


 ヴァン・カーリーの、サクセス・ストーリーはそれで完成するのさ。




 ―――ソルジェとアイリスは、そう予測していたし、その予測は当たっている。


 ヴァンの失敗は、『使えない部下/ジーロウ・カーンたち』の暗殺のタイミングさ。


 企画自体は悪くなかったけど、まさかソルジェとアイリスがその場にいるなんて?


 僕は詩人だから運命論者だよ、ヴァン、君はソルジェの『生け贄』なのさ。




 ―――ヴァンは、ジーロウたちを『生け贄』にしようと企んでいた。


 ジーロウたちごと砦を滅ぼし、帝国軍のせいだと主張しようとしていた。


 ジーロウという、『彼の愛する弟分』が殺されたのだから、そう主張すれば?


 帝国を憎む強硬派は、ヴァンという都合のいい旗印を手に入れる。




 ―――その状況さえ作れば、ヴァンに軍隊の強硬派が接近するでしょう?


 ヴァンはそいつらと一緒に、弟分を殺した帝国軍を消せばいいんだ。


 ここの帝国軍は、グレイと異端審問官さまのおかげで、混乱し弱体化している。


 それは勝てるさ……そこまで戦の機運が高まらなくても、ヴァンは政治力を得た。




 ―――状況次第では、『イーライがあの砦で殺された』という『事実』を利用し。


 『難民たちが報復のためにジーロウたちを殺した』……というシナリオを使った。


 そうすれば?難民を殺すことで、事態は沈静化できるじゃないか。


 ヴァンは多くは得られなくても、失うモノはなく……帝国との商売を続けられる。




 ―――ヴァンの描いた、壮大な『国盗り計画』は、ソルジェとアイリスはバレている。


 悪党の考えることを、本質的に悟れるのは、悲惨な戦場を渡り歩いた経験ゆえか?


 それとも、二人の性格が、本質的にヴァンよりも『怖い』からか……。


 ヴァンは、かなりの悪党だけど、あの二人には見破られているのさ。



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