第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その13


 ―――さて、そんな野心を予想しているソルジェは、ヴァンから勝利を奪うことにした。


 どうすればいいのか?さすがは竜騎士、空を飛ぶ猛禽と同じ発想。


 良いエサを捕まえた弱い鳥から、その獲物をかっさらえばいい。


 アーレスと一緒に、馴染みの鳥たちを観察しすぎた後遺症なのかもね?




 ―――ソルジェとアイリスの作った策に従って、『パナージュ隊』は動いたよ。


 さっき言った通りにね、近隣の砦に駆け込み、帝国軍に襲われたと嘘を吐く。


 ハイランド王国軍は、いつか来るその日が来たと動いたのさ……。


 でも、上官でもある『白虎』は、色よいゴーサインは出しはしないよね。




 ―――フーレンたちの動きにリアクションした兵士たちとの、睨み合いはつづく。


 ソルジェがシスター・アビゲイルと接触をしたとき、アイリスの仕事は完了した。


 ピアノの旦那と一緒に、捕虜となっていた難民たちを解放し終わった。


 二人は難民たちと共に、西へ向かう、その途中、リエルの矢が刺さったテントを襲う。




 ―――その矢が刺さったテントの中にいるのは、ぐっすりと寝込んだ兵士たち。


 エルフの霊薬のおかげでね?ああ、そうだよ、難民たちの復讐タイムさ。


 でも、殺しはしていない、兵士たちを『人質』にしなくちゃいけないから。


 幸い、拘束具は腐るほどあるよね、難民たちをつないでいた者が。




 ―――どんどん、『人質』を取っていくのさ……。


 なかには、殺してしまった場合もあるが……それはそれ、乱世の悲しいトコロだね。


 そして、兵士の武装を奪うんだ。


 捕まっていた難民たちの半数は、従軍経験者さ、『狭間』もいる、とても強いよ。




 ―――ああ、巨人奴隷の半数は、仲間になったさ、ピアノの旦那の願いに応えてね。


 半数は、戦争を拒否したよ……ここの巨人族には『秩序派』が多い。


 でも、その巨人族たちも、傍観することを選んでくれた。


 『秩序派』の良心的な行動というか、保身的な行動というか……。




 ―――とにかく、解放された巨人奴隷までも、僕たちの軍勢となったのさ。


 解放された難民で、武装を完了した者たちは、3000。


 密かに南下して来ていたイーライ・モルドーたちは、2700。


 合わせて5700の軍隊が、帝国軍拠点のすぐ西に終結していたのさ。




 ―――そして、拘束・殺害された帝国兵の数は、その時点で2000さ。


 もはや帝国軍の南側は、かなりスカスカだよ。


 残り、二万の兵士たちのうち、6000人は眠っている。


 一万四千は、眠気をこらえ北へと走り、あちこちの砦からやって来る敵を睨んでいた。




 ―――これが、午前3時29分の状況さ。


 ああ……シアンに合流した『パナージュ隊』の百人は、星を見ながら待っていた。


 草をかぶって寝転んで、シアンの言葉を待つ。


 どこにいたのか?とんでもないところ、帝国軍と王国軍のあいだだよ。




 ―――ジーロウは震えていた、でも、それは臆病さゆえのことじゃなかった。


 あえていうのなら、それはフーレンの血、『虎』の本能。


 こんな戦場のど真ん中で、寝息を立てるシアン・ヴァティに畏怖を払う。


 リーダーであるシアンの強さに惹かれ、戦に血が奮えている。




 ―――他のフーレンたちも、そうであった。


 伝説の義賊、『虎姫』と共に戦えることを、彼らは喜んでいる。


 本能からの戦士、ドワーフより荒く激しい戦闘意欲が彼らには備わっている。


 とくにジーロウは、『虎』だからね……ヴァン・カーリーは誤解していた。




 ―――この『虎』の実力をね、イー・パールの寺は、最高の道場の一つ。


 たしかに、ジーロウの心は弱かった、幼い頃に、シアン・ヴァティを見たから。


 劣等感だね、あんなバケモノにはなれないと悟り、それでも強さに憧れた。


 道場で教えを請い、たしかに武術の腕を身につけ、体力を上げた。




 ―――ソルジェの読みの通り、化ければ逸材……化けるかは、運次第。


 でも、兆しは見せている、笑っているよ、『虎』の貌で。


 ソルジェに負けたことで、彼は色々と吹っ切れていた。


 己の今の弱さに落胆し、だからこそ……原点に戻ろうと考えていた。




 ―――イー・パールの言葉を、思い出していた。


 お前が強くありたいなら、ただ速く走り、強く跳び、力一杯叩くが良い。


 それ以外のことは、向かないが……それをするだけで、かなりのものさ。


 戦場に行けば、それをなせ、三つのことだ、バカでもやれる。




 ―――そうだ、バカで弱いのだから、考えない、悩まない。


 ただ、三つの教えをするだけだ……ジーロウ・カーンの心は、『虎』になっていた。


 そして、3時30分がやって来る。


 シアンが琥珀色の瞳を、強く見開き、満点の星空と月を睨みつける。




 ―――彼女が飛び起きる、殺意が風に乗って、戦場に流れていくのを戦士らは感じた。


 魂が揺さぶられるよ、フーレンの本能が、強者と戦場に歓喜している!!


 たった100名、だが、シアン・ヴァティの闘気を浴びた戦士たちが立ち上がる!!


 『虎姫』の琥珀の瞳が、寝ぼけた一万四千の敵を睨む!!




 ―――歓喜のあまりに、闘志を叫ぶ!!


 シアンが双刀を抜き放つ、銀色の殺意が、夜の昏さを切り裂いた!!


 『行くぞ、野郎どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!』


 『ここは、誇り高きフーレンの土地だと思い知らせてやれえええええええッッ!!!』




 ―――『虎姫』の闘気を帯びた、100頭の『虎』たちがそこにいた!!


 『虎姫』の歌に呼応して、『虎』たちも歌う!!


 戦場の熱が、上がるのさ!!


 真の『虎』が放つその灼熱の闘志は、そこに集結しつつあった王国軍に伝染する!!




 ―――『我が名は、シアン・ヴァティ!!腑抜けた祖国よッ!!我が闘いを見ろッ!!』


 『虎姫』が闘志と歌を放ちながら、一万四千の獲物に向けて疾走する。


 フーレンの夜目は利く、ハイランドの兵士たちは、シアンの疾走を見ていた。


 シアンが叫び、夜空に飛び、帝国の騎兵の首を刎ねていた!!




 ―――シアンは大地に降りると、『虎』の殺戮本能を全開にしていた!!


 加速しながら、切り裂くよ、一瞬の赤熱を帯びた双刀の牙が、『虎』の強さを示す!!


 返り血と断末魔の歌を浴びながら、『虎姫』は斬って斬って斬りまくる!!


 そして、100匹の『虎』が『虎姫』に追いついていた!!




 ―――シアンに呑まれ戸惑う帝国の弱兵など、『虎』となったフーレンの前には無力!!


 ジーロウの手斧が、馬ごと騎兵を切り裂き、その蹴りが歩兵の鎧を歪ませ肺を破る!!


 まるで、戦闘用のベヒーモスだった、ジーロウは闘いの歌を放ちながら!!


 シアンもうなずかせるほどの、殺戮者へと変貌していた!!




 ―――ジーロウの部下たちも、すっかり『虎』のごとしであった!!


 闘いが始まれば、フーレンの心は昂ぶりつづける!!


 そして、その熱を帯びた血は、筋肉を躍動させ、無類の殺戮性能を体に与える!!


 恐ろしく強い、『虎』の群れが、帝国軍に突撃していた!!




 ―――帝国軍は混乱した、まさか攻撃してくるとは!?


 だが、所詮は百ほど……一部隊の暴走ならば―――ッ!?


 暴走だった、暴走したよ、シアンに魅了されてしまった、血の気の荒い『虎』たちが!!


 王国軍のフーレンたちが、シアンを目掛けて走っていた!!




 ―――シアンの伝説を知るベテランも多いし、シアンを知らぬ若者もいた!!


 そんなことは、関係ないのだ。


 ただ、目の前に真の『虎』がいて、戦場があるのなら、『虎』は、戦に走るのが本能!!


 シアンは知っていたよ……必ず、自分のもとに『虎』が来ることを!!




 ―――信じていたよ、彼女は自分の故国の戦士たちを。


 彼女もフーレンの戦士だから、『虎』だから……『虎』は、侵略者などに媚びない!!


 その強さを、信じていたのさ!!


 誰よりも、シアン・ヴァティこそが、『虎』なのだから!!




 ―――全員ではない、だが、選りすぐりの闘争本能を持つ、3000匹!!


 それだけの数が、ただただシアンの放つ闘志に引き寄せられたのさ!!


 強さを敬愛する『虎』たちは、夜の闇を切り裂くように疾走し、敵へと跳ぶ!!


 騎馬の高さなど、夜の闇をまとって跳ぶフーレンの戦士には、楽な獲物さ。




 ―――騎馬隊が斬り殺されていく、夜襲の名手、フーレン族の強さを帝国は知るのさ!!


 闇の中で揺れる長い尻尾、風を切り裂くその跳躍、繰り出される鋼の牙の乱舞!!


 寝ぼけた眼で、この『虎』の群れの速さを見ることなどは、到底叶わぬ願い事。


 シアンは『虎』の群れの中で、戦の歌に包まれながら、殺戮者の栄誉にひたる!!




 ―――『虎』に、帝国軍が呑み込まれていく……ッ。


 しかし、しかし、それでも3000だ、一万四千からすれば、恐るべき敵ではない。


 そうだね、たしかに火力が足りてはいない。


 フーレンだって、五倍近い敵を殺せるとは限らないからね?




 ―――だからこそ、ソルジェ……魔王とその軍勢の出番だよね?


 リエルに手伝ってもらいながら、その鎧を身につけ終わる。


 ミアが、竜太刀を手渡してくれるよ?


 さあて、それを背負って、不敵な笑みを浮かべよう―――。




「さあて。行こうじゃないか!!戦の時間だあああああああああああああッッッ!!!」




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