第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その7


「さて……グレイよ。歩けるな?」


「私に、構うな」


 無茶を言うぜ?どうにか脚の痺れが取れたばかりの負傷者を、カバーせずに歩くわけにはいかないだろうよ。


「面倒な子ぉ」


 ミアは正直だった。グレイは怒鳴りそうになるが、ガマンする。そうだ、ここで叫んでヒトを呼ぶのは、オレたち全員にとってマズいことだし、何よりも自身と妹の立場を危うくするだけだろう。


 オレたちは、帝国軍のキャンプの南西部へと走り抜けるのさ。ゼファーで飛ばないのには理由があるよ、当然な。ここは帝国軍のキャンプなんだぜ?……つまり、『獲物』はたくさんいるんだよ。


 破壊工作、その地味で恐ろしい威力を持つ戦術こそ、少数精鋭である『パンジャール猟兵団』の得意技だよ。


 リエルが作れるのは、仲間のための治療薬だけじゃない。森のエルフの知識のなかには強力な毒薬も多くある。帝国軍兵士のテントをナイフで切り裂いて?その隙間から、『風』で毒薬を送り込む。


 今回のは眠りを少し深くする毒だよ。なんのことはない、確実に朝寝坊しちまう程度の微毒だよ。


 殺傷能力は無いが、たくさん作れるところが楽でいいそうだ。ああ。もちろん、ルチア・アレッサンドラにも、ミアが盛ったはずだ。彼女に大騒ぎされたら大変だもん。


 とにかく、お寝坊サンの兵士を大量につくれば、オレたちの作戦は有利に運ぶというわけさ。


「……貴様たちは、こんなことを、毎度しているのか?」


「……ああ。こういったコツコツが効いてくる。戦争だからね、容赦はしないよ」


「……そうだよ、毎回、何倍もの敵を相手にするんだもの。作戦がいるの!」


 ミアはグレイの発言を侮蔑と受け取ったのかもしれないな。まあ、グレイはオレたちのこういう策の犠牲になって敗北したんだから、受け入れがたい感情も伴うのかもしれん。


 それに……。


「……元・仲間を攻撃することに、ためらいがあるんだな?」


 すぐに返事は来ない。いいさ。オレも、『風』で毒を送り込む作業があるからね。三本目の薬瓶を消費し終わる頃、グレイ・ヴァンガルズは言葉を発していた。


「……ためらいも、するさ」


「……だろうな。ならば、オレたちに手を貸さなくてもいい。妹だけは、救出してやるぞ」


「……でも。まだ、無事なの?その子?……『いたんしんもんかん』に、狙われているんだよね?」


「……おそらく、大丈夫だろう」


 グレイは血まみれの唾を吐きながら、そう告げていた。


「……根拠はあるのか?」


「……ああ。あそこの学園は、名門貴族や大商人の娘ばかり……その行動は、セキュリティのために秘匿されているはずだ」


「……帝国軍にも秘密なのか?事実上、彼女たちの護衛だろう?」


「……ああ。権威とは、血筋とは、それだけの意味を持つのだ、帝国ではな」


 それを享受してきた男の言葉は違うな。だが、今や、彼に多くを与えて来たその権威と血筋が、彼自身に牙を剥いている。


 かつてグレイに出し抜かれた多くのライバルたちは、グレイのことを指差して、ざまあ見ろ、と笑っていることだろうな。


 男は、嫌いな男のことを、殺したいぐらいには憎めるからね。


「……笑いたければ、笑え」


「……おいおい、若者よ。自虐が過ぎるぜ。オレは、君のことを笑えるほどに感情移入しちゃいないんだよ」


「……ならば、なぜ、助けた」


「……言っただろ?その剣の腕を買っているからさ。今のオレには、どうしても殺したいヤツがいるのさ。そいつを殺すためにも、お前の協力がいる」


「……そんなことに協力するとでも?」


「……まあ、したくなければ、しなくてもいい。オレは、君の妹を人質には使わない。オレはね?」


 嘘はつかん。オレはシスコンだから、その行いは出来ないよ。絶対に。


 でも、ルード王国軍のスパイたちは、そういうワケにはいかないのも事実だ。アイリスには友情を感じているが、彼女は恐ろしい存在でもある。有能な女スパイ。


 おねだりすると、何でも叶えてくれる。ここは敵地のはずなのに?


 とんでもない情報量と豊かな人脈、そして物資を管理している。全てはルード王国の発展を支えるためにね。


 そんなモンスターに借りがあるんだ、逃げられんぞ……グレイよ、覚悟はしておくべきだ。


「……君を助けられたのは、オレだけの力じゃない。君が騙ることで利用した、ルード王国軍のスパイの力も借りている。君は色々な連中に借りがあるぞ?」


「……借りを、返せと?」


「……利用する価値があるから、命を危険に晒してでも助けている。見合う対価を要求されても仕方がない」


「……なぜ、そこまでして戦おうとするんだ?私の力など知れている。それなのに危険をおかしてまで、助けて何がしたい?」


「……もちろん、ファリス帝国を打倒し、オレたちの欲しい『未来』を実現するためさ」


「……世迷い言に聞こえるよ」


「……イヤな子」


 ミアがそう言いながら走る。音を消してね。そのまま飛んで、二人組の兵士の内の片方を殺し、それと同時にもう一方の兵士は上空からのリエルの矢で射殺される。


「……なんて、ガキだ。それに竜の上にも射手がいるのか?クソ!」


「……言葉に注意しろ?ミアはオレの妹で、竜の背にいるのはオレの正妻エルフだ」


「……貴様は、エルフを、妻にしているのか?」


「……文句があるのか?」


「……いや、好きに生きればいい。だが、今の私には、複雑な感情を引き起こさせる事実だ」


 君の『ご両親』を想像しているのかね?……なんともリアクションに困るよ。


「……オレは、自分の妻たちにも、まだ見ぬ未来の子供たちも、幸せにするよ」


「……『狭間』の子が、幸せになるだと?」


「……そういう世界を創る。祖国も取り返し、帝国を滅ぼし、オレはこの大陸に『自由』ってものを力ずくで刻みつけてやるのさ」


「……剛毅なことだな」


「……君も、『未来』が欲しければ、もう戦うしかない。帝国は君たちの敵だ。君らの家族に累が及ばないように工作はしてやったつもりだが……君ら自身は、帝国に居場所はない」


「……分かっているさ。だが、だからといって……剣と命を捧げた祖国を、敵に回せると思うか?」


「……君次第のハナシだ。オレには何も言ってやれることはない」


「……ッ!!」


「……甘えるな。オレは君のセイレン師匠さまではない。君の妹を、騎士として護ることはあるだろう。女性だからな。だが、君は自力で生きていくしかない。何かを選べ、そして、何かを捨てろ。そうすることでしか、おそらく生きられはしない」


「……世界が、とても、粘るように感じるよ」


「……オレも、よくそんな風に感じる。それが、乱世での弱者が抱かされる苦悩だ。望むことと、実現出来ることに、あまりにも大きな差異がある」


「……それでも、抗えるのか、貴様は?」


「……欲しい『未来』のために、命と剣を捧げる。難しい生き方ではないだろう?」


 その価値観を共有しろと強いることはしない。だが、お前ほどの剣士ならば、それほど受け入れがたい哲学ではないと思う。


「……シンプルな頭が、羨ましいぞ」


「……妹を失ったこともない君のことが、オレにはよほど羨ましい」


 皮肉が過ぎたかな。


 ハーフ・エルフのお兄さんは、妹を思ってなのか沈黙してしまう。


「……行こうぜ?ミアとリエルが、また殺してくれた。おかげで、君の妹へ接近出来そうだ」


「……ああ」


「……助けるぞ。君の妹を」


「……もちろんだ」


 オレとグレイは西へと向かった。グレイも、だいぶ体の調子が良くなっている。鍛えあげられた肉体、若さ、そして……本人を苦しめてもいるハーフ・エルフとしての大きな魔力。それらのおかげだね。


 『アーバンの厳律修道会』が、拠点にしている古びたシャトーが見える。白くて清潔感のある建物だな。『救護所』を示す『星』の旗がシャートーの屋根には立てられている。国際条約により、『中立』を示す紋章さ。


 泥沼の戦場では、攻撃されかねないが、軍隊が理性を保てているあいだならば、攻撃されることもないだろう。


 もちろん、帝国とハイランド王国のあいだに戦争を起こそうとしているらしい、ヴァン・カーリーのクズ野郎が、この格好の火種をいつまでも放置しているかについては確信が持てないけどな。


 ここを『白虎』の若い衆で襲撃し、VIPの娘だらけの女生徒を誘拐する?戦争の火種としても、人質としても、十分だよ。ぶっちゃけ、悪くない作戦だ。効果的なことになるだろうさ。


 だけど?……残念、竜騎士とハーフ・エルフのダブル・シスコン兄貴が、貴様の毒牙から女生徒たちを守るよ。女子供を犠牲にするのがへっちゃらな貴様と異なり、オレはそういう趣味はなくてな。


 オレはね?貴様が何を考えて、何をしてくるつもりなのか、知りたくもないんだが……バカの考えはだいたい底が浅いから読めているのさ。


 そして、何よりも貴様のことが嫌いでならない。


 貴様の欲しい戦場での名誉?権力?……残念、『オレたち』が喰らってやるよ。ああ、ついでに……そうだな。貴様の欲しがっている、『ハイランド王国』かぁ……。


 守ることに長けた土地に、精強なる軍隊……ふむ。欲しいな。


「……『国盗り』か」


「……何を、不審な言葉をつぶやいている?」


「……いいや?なんでもないさ」


 おっと。また、悪者みたいなスマイルとやらを浮かべていたのかね?


「……とりあえず、君の妹さんと合流しよう」


「……そうだな。いれば、いいのだが……」


「……安心しろ。きっと、ここにいるぞ」


「……どうしてだ?」


「……『緊急事態発生』という報告を、オレが受けていないからだ。それは、帝国軍が、君の妹があそこにいることを知らなかったことの証なのさ」


「……何か、あそこにも仕掛けているのか?」


「……まあね」


 そう言いながら、オレは懐中時計を取り出すのさ。時刻は2時33分。悪くない時間の経過だよ。確信が持てるね、きっと妹ちゃんはいるさ。もしも、帝国兵に連れ去られているのなら、『彼女』がゼファーのところまで飛んで来たはずだから。


 とはいえ、油断はならない。『呪い尾』が、『メフィー・ファール以外にも作られている可能性があるからな』……。


「……ミア。『白虎』どもがいないかを調べて来い。いたら一人だけ残して、殺せ。そして、いなければ、帝国兵どもを適当に間引いて来い。余裕があれば装備を引っぺがしておけ。『味方』が『回収』しやすいようにな?」


「……ラジャー」


「……な!?」


 グレイが大きな声を出しそうになる。レディーの寝所に近づいているというのに?キレイな夢を見ている少女たちを起こしてしまっては、可愛そうだろう?


「け、気配もない!音もしない!?だが、こ、声だけが聞こえた!?」


 ああ。ミアに気づけなかったのか。ミアは君のことをバカにするために、ずっと君の背後を歩いていたんだよ?


 ときどき、オレにスマイルをくれていたんだが。『い・つ・で・も・こ・ろ・せ・る』。そんな物騒な口パクしてたぜ。ナイフで刺すジェスチャーは何度もしてた。


「……修行が足りんな、青年」


「バカな、あんな子供に……っ!?」


「……ヒトの妹を悪く言うなよ?」


「あ。す、すまない……だ、だが。なんだ、あの子は?」


「猟兵。ミア・マルー・ストラウス。『パンジャール猟兵団』で、最も暗殺スキルの高いケットシー/猫型妖精族さ」


「猟兵団ということは……お前とあの子以外にも、いるのか、猟兵とやらが?」


「ストラウス兄妹を含めて、13人いるぞ?それに、竜のゼファーもな?」


「……バケモノどもめ」


「褒められたと思っておくよ。君たちに勝てたのには、それなりの根拠があるということさ……」


「その強さがあるから、帝国を打倒するなどという、荒唐無稽な『未来』を願うことが可能なのか?」


「そうじゃないよ」


「なに?」


「ただ、その『未来』が欲しいから、必死になれるだけさ。力があろうが無かろうが、戦うことは可能だろう?」


「だが……あまりにも数が少ない―――」


「だから。君を勧誘している」


「……しかし、私は、たとえ追われる身となったとしても、祖国とは……」


「いいさ。命が続く限りは、『選択』の機会は何度もやって来る。それが尽きるまでに、決めればいい。どんな生き様を、この乱世で貫くのか、いつか決めてみせろよ」


「……ソルジェ・ストラウス。お前は、厳しい男だな」


「本当に厳しい男なら、とっくの昔に二者択一を迫っているぜ」


「……死か、仲間になるかのか……?」


「そうだ。だが、オレが欲しいのは、ただの仲間じゃない。『結束』を帯びた真の仲間だ。自由意志でオレと共に帝国と戦うことを選んだ戦士でなければ、オレについてこられるわけがないからな」


「……強さで、数を覆すつもりか?」


「それしか道が思いつかない。楽な戦ではないさ―――面白そうだったら、すぐに来い。だが、とりあえず今は……あの子に会ってやれ?」


「え?」


「お兄さまッッ!!」


 灰色の髪の少女が、星空の下でそう叫んでいた。となりには、『護衛』と『連絡役』だった、カミラ・ブリーズがいるよ。


「エスリンッ!!」


 妹を守ろうとしていた兄が、その名前を呼びながら歩き、両腕を広げるぜ。ああ、すまなかったな、セシル……オレには、あれが出来なかったんだ。


 でも、今夜は、オレたち兄妹の代わりに、あの二人が、生きて再会することが出来たんだぜ?


 あにさまを褒めてくれるかな?……オレの、セシル・ストラウス。オレは、何だかんだで理由をつけてはいるけれど、この光景を見たかっただけなのかもしれないのさ。


 ハーフ・エルフの兄妹が、抱き合っているぞ?だから、オレは……また今夜も戦えるんだ。


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