第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その6
ルチア・アレッサンドラをベッドに寝かせたとき、ミアは行動を開始していた。素早くテント内に侵入し、オレのとなりにやって来るよ。だから?オレは団長だから指示を出すのさ。
「……彼女を縛り上げておいてくれるか?耳栓も、しっかりとつけてね」
「おっけー!」
ミアが異端審問官さまを捕縛にかかる。幸か不幸か、ここって拷問室だもん。その手の道具があちこちにある……しかし、SM道具にしか見えんな。
なんか、寒気と同時にワクワクも感じてしまうのは、オレがセックス依存症を患っているからだろうか?
……さあて、新たな性癖なんぞを開眼しちまわない内に、とっとと次の作業に移ろうかね。仲間たちは動いてくれているはずだ……オレも仕事をしないとな。
「よう?……気づいているな?」
そう声をかけながら、拘束された男へと近づいていく。血まみれだが、意識障害は無いはずだ。オレと彼女の会話を、彼はずっと聞いていたんだからな。
目隠しをされたその男の目の前にしゃがんだよ。久しぶりの対面だな。こっちが分かるだろうか。目が潰されてはいなければよいが……しかし。少なくとも、口は無事なはずだ。そこだけは無意味には潰さん。
「おい。自由にしゃべれるんだろう?……鼓膜もやられちゃいないハズだ。お前は、拷問と共に、尋問を受けていたはずだからな……そうだろう?」
オレの指がこの縛られた男の両目を隠していた布を、下にずらすように外してやる。目玉をくり抜かれているかと心配していたが、右も左も健在のようだ。
良かったな。
ルチアがもっと残酷な女だったら、オレとおそろいの片目男になってしまっていたところだぞ。
「目は、開くか……?光に馴染まないようなら、しばらく閉じたままにしておけよ」
心優しい助言の言葉さ。そのはずなんだが……この男はオレのアドバイスに反するように両目を開いていく。翡翠色の瞳が見えた。だが、あちらからは見えたのだろうか?
久しぶりの明かりに負けたのだろう。光が目玉にしみたように、まぶたを閉じていた。オレは、少しだけあきれてしまう。
「助言を聞かないからだ。ちょっと待ってろ」
はあ、とため息を吐きながら立ち上がり、オレは頭上の魔銀ランプの光量を調節してやったよ。この場所は、さっきより、かなり暗い。
「なーに?……ルード王国軍のスパイのくせに、お兄ちゃんに反抗的なの?」
ミアがオレのために文句を口にする。いい妹だろ?
「助けてもらったのに、態度が悪いなんてダメな子なんだよっ!?」
プンプンしてるミア・マルー・ストラウスも可愛いね。だから、オレはミアの黒髪を撫でてやるんだ。ミアはオレの指がお気に入りみたいだな。うっとり顔さ。
「仕方がないんだよ。まだ、プライドが邪魔をしている」
「……プライド?」
「ああ。コイツは、一度、オレに手酷くやられているからね?」
「え?お兄ちゃん、ルードのスパイさんとも、ケンカしてたっけ……?」
「いいや。そうじゃない。コイツは、ルードのスパイというわけじゃない」
「……え?じゃあ、誰?」
「誰も何も、『グレイ・ヴァンガルズ』その人だよ。なあ?元・帝国軍第七師団の近衛騎士、グレイくん?」
その言葉を浴びせられても、無言かね。
ミアは驚いている。
「本当に、そいつが『グレイ・ヴァンガルズ』なの!?」
「耳栓はしたか、彼女に?」
「うん!!バッチリ!!なんなら、鼓膜破るけども?」
「そこまではしてやるな。彼女はアレでマジメないい子なのさ」
「スタイルよくて美人だから?」
「違うよ。スタイルとか美人だとかは関係ない、彼女は傷つけちゃダメさ。証人にするんだから」
「証人……?」
「ああ。そうだよ。おい、グレイ?……意地をはるのはやめろ。今がどういう状況なのかぐらい、お前にも分かっているだろ?……お前の妹にも、危険が及んでいるんだぞ?」
いいか?素直になってくれよ。シスコン野郎のソルジェ・ストラウスさんとしてはね、この言葉を君が無視できないってことを、よく理解しているんだ。
オレの言葉を浴びて、グレイの瞳が開く。さっきよりも薄暗いせいで、瞳は痛みから守られているのか?……それとも、痛みになど、構っていられなくなったのか―――。
どちらにせよ、オレを満足させる態度ではあるぜ、グレイ・ヴァンガルズよ?
あきらかに敵意を宿す翡翠色の瞳ではあったが、それらが彼を見下ろしているオレの目を、にらんでくるぜ。
「……元気そうで、何よりじゃないか?」
「……ソルジェ・ストラウス……ッ」
「オレの名前を、覚えてくれておいたか?」
「……フン。忘れられるか、あの屈辱を……ッ!!」
「そうか。そうだとしても、良かったよ。それだけ元気そうなら……動けるな?」
オレは帝国兵から奪った剣を抜いて、十字架に拘束されたヤツの向かって何度か叩き込んでいく。
手と首を拘束している鎖を、破壊してやったんだよ。つづいて背後に回り込み、足首を縛る鎖にも、同じことをしてやった。
すぐに、ヤツは自由を取り戻す。
起き上がろうとして、前に突っ伏すようにして転けるのさ。
「いきなり動くヤツがあるか?何時間もあの体勢で縛られていたんだ。手足も痺れきり、ロクに動かないだろ?」
「く、くそ」
這いながら歩き、彼は尋問官のイスに寄りかかるようにして、腰を地面に下ろしていた。投げ出された手足は、まだ痺れがあるだろう。だが、魔眼で調べれば、血と共に魔力が通っていることが分かる。
「神経は潰されちゃいないようだ。数分すれば、血流が戻って、今までと同じぐらい動けるようになる」
「……っ!」
その言葉に、殴られて腫れ上がった顔が、たしかに喜ぶのを見たよ。誰だって、自分の健康は嬉しいものさ。だが、この野生動物のように、オレを警戒している男は、すぐに表情を険しくさせていた。
ヤツは、口を開くよ。まあ、妥当なことを口走る。
「……なぜだ。なぜ、私を助けるようなマネをしている!?」
「マネじゃないさ。事実、助けに来たんだよ」
「……どうしてだ?」
「お前の腕を買ってやってるからだよ……だから、前回の戦では、お前を見逃したのさ」
「……私が、貴様の仲間にでも、なると思っているのか!?」
「……どうだろうな?だが、もうお前はオレの敵ではない」
「なんだと!?」
「そりゃあ、そうだろう?……お前は、『狭間』、『ハーフ・エルフ』だ。違うか?」
「……本当に、それが……真実なのか……私が、『狭間』だというのは……?」
「なるほど。まだ、自覚がわかないわけだ」
「……当たり前だ。23年も生きていて、知らなかったことだ!!そんなことを、言われたコトもなかったんだぞ!!今になって、納得出来るか、そのようなことがッッ!!」
「まあ、そうなんだろうな……」
当然と言えば、当然のことだよな。自分の人種が、考えていたモノとは異なっていた?……そんな事実は、誰にとっても、すぐに受け入れられるようなモノではない。
とくに、この男の場合は、人間第一主義のファリス帝国の名門貴族ヴァンガルズ家の嫡男として、栄光の道を歩んで来たはずの男だった。おそらく、彼も亜人種の迫害を行って来ただろうさ。
亜人種を軽蔑し、『狭間』たちを罵った日もあるんだろう。
だが、それらの全てが、今、彼の身に降りかかっている。自業自得?それはそうだが、彼の事情も、なかなかハードではある。自分のアイデンティティーが、崩れてしまう。そんな経験は、誰にとっても辛いものさ。
でもな?……いつまでも甘えさせてやるほど、オレは男に甘くない。
「さて。泣き止んだかい、坊や」
「な、なんだと!?」
「受け入れろ。事実だよ、君は、ハーフ・エルフだ。あのとき、言っただろ?」
「……ッ!!」
「忘れたフリをするのか?……出来ないはずだぞ。君は、そこまで愚かではないからね」
「……私の『出自』を知っていると言ったな。このことか!!」
「そうだ。オレは魔力を読み取れる。君は、露骨なまでにハーフ・エルフだった」
「ならば!!なぜ、言わない!!なぜ、誰もが、私に嘘をつく!!」
「君を守るためだろう。とくに、ご両親はな」
「……父上……私の、母上は……『誰』だ……!?」
「そこまでは知らない。いつか、自分で父親にでも質問しろ」
「……くそッ!!」
グレイの拳が大地を叩いた。うむ、悪くない。腕に血がかなり巡ってきているようだな。ふむ、察するに、怒りが血圧を上げて、筋肉に回る血流をも上げたのか?
「……こんな酷い嘘をつかれていたとはな……ッ」
「ご両親を責めるな。ヒトを護るための嘘というモノがあるのを、君なら分かるだろ?」
「……ムカつく男だ……ッ!!そこまで、私を読むのかよ……ッ!!」
敵意が消えないな。
ん?ミアが、オレの服を引っ張った。
「どうした?」
「どーいうこと?」
ミアの中の『知りたい』が輝いていた。会話に参加出来ないのが、さみしいんだな。ああ、いいぜ、説明してやろう、ミアよ。グレイくんは、実はそこそこいいヤツなのさ。
「自分は、『ルード王国軍のスパイ』だ。とっさについたにしては、いい嘘だったな」
「……フン」
「んー?ルードのスパイだと嘘つくとー、なにが、いい嘘なの?」
「その嘘をつくことで、コイツは自分を『グレイ・ヴァンガルズではない』と主張したかったのさ」
「自分がグレイじゃない?……って、帝国軍に思わせたかったの?」
「そうさ。そうすれば、守れる子が一人出てくる」
「守れる子?」
「グレイが『狭間』とバレたままなら……当然、グレイの『妹』は?」
「……『狭間』だと……バレちゃうよね?……あ!!そっかー、グレイは、グレイじゃないフリをすることで、『妹』を『血狩り』から、守ったんだね!!」
「そういうことさ」
「もー、やるじゃん!!グレイちゃん!!」
「ぐ、グレイちゃんだと!?こ、こら、頭を撫でるな、子供が、私を子供扱いするな!」
手足の動きは良さそうだな。バカにするような態度で、頭をなで回してくるミアのことを、グレイちゃんは追い払おうとしているが、ミアには全て躱される。
躱されてはいるが、それだけ動けるなら、すぐに歩けそうだな……。
オレはテントのなかを歩く。ふむ、小さな机の上には書類があるな。コイツが『教皇さまへの報告日誌』?……とりあえず、もらっておくとして……あとは、そこらの紙切れに書いておくか。
華麗に筆を走らせるぞ……と。うつくしい文字ではないが、ちゃんと読めるだろ?
『オレの部下になる男を、返してもらうぞ』。
そう書き残すのさ……まだ部下ではないが、グレイちゃんを操縦する術は持っている。だから、これは嘘じゃない。オレは、ルチア・アレッサンドラに嘘はつかない。美人で優しい君を、オレは気に入っているんだよ。
まあ、こう書き残せば、このグレイは『本人』ではなく、ルード王国軍のスパイであると誤解させることは出来るだろう。それでも彼女は疑うかもしれないが、疑いだけでは、どうにもなるまい。
ヴァンガルズというのは伯爵家だからな。それなりに力があるんだろう?その子息を裁くには確たる証拠がいるだろうし……グレイくんは、このまま戦場で『行方不明』になってもらうつもりさ。妹さんと一緒にな。
凄腕女スパイはグレイくんの身柄を欲しがっていたから、彼女に売るのも悪くない。どうあれ、帝国から離れることでしか、君ら兄妹が生きられる道は無いだろうよ?
「……おい。グレイ・ヴァンガルズよ?」
「……なんだ?」
「野心家であり、名実ともにエリートである君が、こんな辺境で難民狩りをするなどと、つまらん仕事を選ぶには、それなりの理由がいるはずだな?……ここに、いるんだな?」
「……目ざとい男だ」
「その言い方は、オレの問いを肯定しているわけか?」
「……まあな」
「そうか。やはりな」
オレの予感は、よく当たるね。オットー・ノーランの言う通り、『魔眼』が強くなりすぎているのか?……まあ、オレの役に立ってくれるレベルならば問題はない。
ミアが挙手して質問する。
「ねー、ここに誰が、いるの?」
「グレイの『妹』さ」
「え!?」
「……グレイよ、君の妹は、『アーバンの厳律修道会』に所属しているんだな?」
だから、エリートである君は、こんな辺境の名誉もない仕事を選んだ。気になっていたのだろうな、オレの『出自』発言が……。
「……ああ。アーバンの女学校に通っている」
「ふーん。権力者たちのお嬢さまたちが通う学校かー」
そういうのも、『アーバンの厳律修道会』の政治力を強めているのかもしれんな。逆かね?政治力があるから、娘をそこに入れたがるのか―――まあ、どっちでもいいさ。
「……彼女は、仲間たちと共に、負傷者の救護に当たっていたんだ。私は、連れ戻しに来たが、断られ……この状況にある」
「運命に感謝しろ。そのおかげで、君たちは生き延びられる」
「……だが。失うモノが、あまりにも大きい」
「選べ。生きるか、死ぬか。お前のことだ、好きに選んでくれていい。だが?拷問に耐えてまでついた嘘。それで守ろうとした妹を、死者が守り続けられるとは、思わんがな」
「……その剣を貸せ」
「ああ。いいぜ、グレイ。ようこそ、我が魔王軍へ」
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