第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その8
兄妹の再会を見守っていると、目頭が熱くなってくる。オレは本当にシスコンなんだろうな。セシル……あにさまは、泣きそう。だから?泣かないために戦のことを考えるぞ。
そうだ。
今夜、オレたちは今から『戦』をする。そのために色々と仕込んできたわけさ。さーて、進捗はどんなだろうね?おい、ゼファー?
―――なあに、『どーじぇ』?
アイリスは、どうしている?
―――ぴあのさんに、ごうりゅう。おりと、くさりは、ぜんぶ、こわしたよ!
なるほど。最高だな。さすがはルード王国軍のスパイ夫婦。彼らに狙われると、どんなセキュリティも崩されそうだ。オレの再建するガルーナは、ルード王国とだけは戦をしたくないもんだよ。
―――あいりすたちは、『みんな』で、そっちのほうにうごいている。
わかった。最高の状況だな。タイミングも時間通りだ。こっちに『白虎』の動きはない。ゼファー、リエルと一緒に、彼らを空からサポートしてくれ。まだ、見つかるわけにはいかないからね。
―――うん!……あ。『ふくろう』が、そっちにとんでいく。
「ああ。来たぞ!!」
オレは夜空に向かって腕を伸ばした。いつかみたいに、頭皮へ着地されるわけにはいかないからね?
ルード王国軍の『伝書フクロウ』の羽ばたきが聞こえて、そのまま……オレの腕をスルーして、頭にかぎ爪が迫ってきた。
「危な!!」
頭皮を裂かれる寸前で、オレはその襲撃を回避する。『フクロウ』は、羽根を羽ばたかせながら、不機嫌そうに大地に降りていて。
「……お前、オレの頭を気に入ったのかよ?」
悪い癖がついているぞ。
『フクロウ』は、その良く回る首をオレの方へと向けてきた。くええ、と何かを語る。さすがに鳥の声はまだ聞こえないから、オレの頭は大丈夫。かつて死霊の唸り声を、言葉として聞き取ってしまったことは、オレの人生の誇りにはなっていない。
どちらかというと、ジャン・レッドウッドにさえドン引きされるという、オレの人生のなかでも、かなりの上位に入る、屈辱体験ではあるんだよ。
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。肝心なのは……通信鳩代わりの、『呪術生物』なんかに舐められてたまるかという、ヒトとしての尊厳についてだ。
「いいか。今後は、オレの腕に降り立て。いいな?」
『フクロウ』は無言。まあ、それでいい。会話が成り立ち始めたら、いよいよオレも変人道を極めた時だろう。セックス依存症以上に、危険な精神疾患の予感だ。
オレが腕を出すと、『フクロウ』は訓練ゆえの動作に衝動されて、オレの腕に飛びついて来た。安物兵士の服が、裂けそうになる。ちょっと爪の先端が刺さったけど、許容範囲ではあるのさ。
「……いい子だ」
動物は褒めて伸ばす。それがオレのポリシー。さて、素早くコイツの足についている輪っかから、暗号文を回収するぞ。
さて、誰からか……?
ロロカ先生の考案した暗号なのだから、これを使えるのは13人と一匹だけ。『パンジャール猟兵団』専用の暗号通信だけど……今夜のお相手は、もちろん、シアン・ヴァティさ。
あの頼りない『虎』のジーロウ・カーンたちと一緒に、『開戦』を仕込みに出かけたシアンからのお手紙だ。
ああ、一言だ。『終わった、時の訪れと共に、動く』。なるほど、簡潔な文章であり、いかにもシアン・ヴァティ姐さんらしいよね……?
問題はない。
そうだ……準備は出来ているのさ。現在の時刻は2時52分……。
全てが動き出す、三時半まで、あと40分程度ということか。
「……サー・ストラウス」
聞き慣れぬ声が、背後から投げかけられた。振り返ると、そこには小柄な尼僧がいた。高齢の女性だ。七十代か、下手すれば八十代かもしれないな。
「……貴方が、もしや、『シスター・アビゲイル』?」
「ええ。そうです。今宵は、夜分遅くによくお越し頂きました」
「……すまないな、遅くに起こしてしまい?」
皮肉を言われたのかな。カミラに起こされて、不機嫌なのかもしれない。でも、この婆さまが、ここの代表者なわけだからな……報告しないわけにはいかなかった。
「構いませんよ。年寄りは朝が早い。ふだんよりも、二時間ほど早起きだっただけ」
「……許して頂けるなら光栄ですな」
「ええ。早起きを強制されことぐらい、許しますとも。ですが……ここを戦に巻き込むことには、怒りを禁じ得ません」
「元より、最前線だ。その危険は知っていただろう?」
「覚悟はしております。我々は女神イースに仕える、尼僧です。戦場で巻き込まれて命を落とすのも、仕方がないことでしょう」
「そんなことにはならない」
「戦士の言葉は、いつもそう。信じられませんね」
「たしかにな。だが、この場所を守る。あなた方が助けてくれた、難民たちとオレたち『パンジャール猟兵団』が、必ずな」
「……まさか。また。その名を聞くことになるとは」
婆さんがそう言いながらため息を吐いた。あれ?オレは彼女に面識がない。面識がないということは……なるほど。
「婆さん。アンタ、ガルフ・コルテスの知り合いなのか?」
「……ええ。腐れ縁ですけどね。昔、護衛を頼んでいたことがあります。貴方の先代の『白獅子』殿に」
「ガルフめ……何をやらかした?」
「仕事は完璧でした。ですが、酒ばかり呑んでいました」
「ハハハハハハッ!……そうか。でも、仕事は完璧だったろ?」
「ええ。尼僧だらけの旅の護衛を依頼しましたが……盗賊を懲らしめましたよ?それに、殺すなと言えば、殺さなかった。まあ、半死半生のケガをさせていましたが」
「尼僧を襲うような盗賊なんかには、当然の報いさ」
「まったく。イースの教義を知らない野蛮な小僧ですこと」
「……ああ。そうかも?」
オレ、イースさまと相性悪いのかも知れない。
「……あー、そうだ」
「なにか?」
「婆さん。ここにいる女の子たちに、『狭間』はいるのか?」
いるとすれば、渡しておかなければならないモノがあるのだが―――。
「……目の前にいるでしょう?」
「ああ。あの子?えーと、エスリンちゃんだっけ?グレイ・ヴァンガルズの妹……あの子のことは分かっているんだが……他に、いるか?」
「だから。目の前にいるでしょう?」
「……ん?」
「はあ。ガルフ・コルテスも、間の抜けた若造を後継者に選んだことですねえ」
「……いや。まさかだが……アンタ、『ハーフ・エルフ』か?」
「そう。ときには古びた『ハーフ・エルフ』もいるのですよ、若造?フォフォフォ!」
ああ。ガルフ・コルテスの変な知り合いシリーズに、また一人、面白いヤツが追加だね。刀匠カルロ一族も変人ばかりだったけど?
……まさか、ファリス帝国の議会に影響力を持つ宗教組織の幹部に、ハーフ・エルフが紛れているとはな……。
「世界は不思議と発見に満ちているよ」
「……ほう?」
「ん?どうした、ハーフ・エルフのババア?」
「いいや。若造が、『剣聖・白獅子』と同じことを言うのだから、感心していました」
「……ちょっと待て」
「はい?」
「なんだ、その、『剣聖・白獅子』ってのは?」
「この無礼な若造は、己の先代の名前も知らないのかしらね?」
「ガルフは、そんな雰囲気なかったぞ?色々と小細工を使いこなすタイプで、そういう剛毅なイメージは無かったと思うのだが……?」
「若い頃は、アレも相当な剣士でした。ほれ、ここから北にある、野蛮な寺」
「『須弥山』の『螺旋寺』のことか?」
「ええ。宗教施設でもないのに、寺院を名乗る、不届き者たちの巣窟」
「……さんざんな言われようだな」
「そこを、アレも登りました」
「……ん?」
ババア、何を言っていやがるんだ?
『須弥山』の『螺旋寺』というのは、剣術の師範たちが軒を連ねるハードな武闘派集団の巣窟だ。
「あのガルフが、あそこを登れるはずがない。師範たちを倒すか、納得させないと進めないというバカみたいな土地だと聞くぞ?」
「ええ。その通りの土地らしいですね。ガルフ・コルテスは、そこを踏破しています」
「嘘つけ、ババア!!そんなキャラじゃないっつーのッッ!!」
「失礼な若造だ!!年寄りの言葉が全部、妄言だとでもいうのかい!?」
「そこまでは言わないが、ガルフだぞ!?」
「ええ。ガルフ・コルテス。とてつもない剣士でした。技を習っていないのですか?」
「……ん?」
ババアがオレに近づいてくる。しわくちゃの顔で、オレを覗くように見上げて来やがる。なんか、腹が立つぜ……。
「……ほほう。剣を教えてもらわなかったのかえ?」
「だったら、どうした?」
「どちらじゃ?才が無いと、教える価値もないと思われたのか……それとも、とっくに自分より強いと、判断されたのか……」
「後者だな」
「ホホホ。なるほど、うぬぼれも強い」
「違うね。絶対的な自信ゆえのことだ」
オレよりガルフが強かったなんて、ありえないもん!!……それは、昔は知らないがね?だが、そう言えば、ガラハド・ジュビアンも……ガルフを神聖視していたな?
あれ?もしかしたら、マジでかなり強かったのか?ガルフ・コルテスが?
「……婆さん。そんなに、ガルフは強かったのかよ?」
「強かった。技巧も、悪知恵も、あきらめの悪さも。全てが満点」
「べた褒めだな」
オレは若造あつかいでダメ出しばかりしてくるのだけど。評価の基準が、なんだかおかしくないかね?
「……小僧。おそらくお前は、力に頼る。そこにガルフは技術の相容れ無さを覚えて、お前に気をつかって技巧を教えなかった」
「……ああ。確かに、オレの本当の武器は、竜太刀。クソデカい刀だ」
「お前、それを、片腕では御せなかったのじゃろう?」
「……っ!」
痛いところを突かれた気持ち。未熟さは、たしかにオレにもあったよ。今より、数段、抜けていたな……何より、死ぬことを、恐れていなかった。ただ前に、ただ前に。そんなことしか考えていなかったな。
結果として、筋力は更に強くなり―――力に任せた動きは完成された。オレの剣は柔と剛でいえば、間違いなく剛。そして、ガルフの体格や重心の動きを思えば、ガルフはどこまでも柔だった。
「ホホホ。この年寄りの目に、見抜かれたか?ケツの青さを?」
「口の悪いシスターだよ。ああ、何となく、ガルフがオレに自分の剣術の奥義なんざ教えなかった理由は分かったよ。たしかに、向いてない。方向性が違った。剛を極めるのに、柔を学ぶのは邪魔だったのさ……かつてはな」
「ほう。今は、違うと?」
「ああ……今は、剛も柔もクソもないと、知っている。オレならば、どちらも極められるよ、混ぜればいいんだ。使えるっつーの!」
「ふむ……生意気な自信家め。じゃが……面白い。相反する技巧を、どちらも極める?矛盾という言葉を知っているのか?」
「相反する概念を、どちらも高い次元で使いこなすことは可能さ。バランスを取るのが難しくなるだけで……不可能なわけではない」
「……知恵はついとるようじゃのう。ならば、小僧?」
「なんだい、ババア?」
「ガルフ・コルテスの柔の剣、覚えておくかい?」
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