第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その3


 さーて。『異端審問官』サマのテントの上空にやって来た。ふむ、それほど大きなテントではないな。装飾も華美なものではない。なるほど、聖職者には違いないからかね?女神イースの清貧という教えを守っているのかもしれんな……。


 だが、あのサイズでしかないことは、オレたちには有利だ。あそこには少人数しか入れないってことだからな。どう考えても10人は無理だ、いても、その半数ほどだろう。


 空飛ぶ猛禽類の気持ちで、獲物を物色するような視線でテントを見下ろしていると、副官的『お姉さん』のアイリス・パナージュが質問してくる。


「見張りはどれぐらいいるのかしら?」


「あそこのテントは少ない」


「外は?」


「多くはないぞ。ほとんどのヤツが就寝中だし、見張りも北側に多く、この南側には本当に少ない」


「なるほどね?聞いていた情報の通りだし、分析通りでもある」


「どゆこと?」


 オレの手足のあいだにいるミア・マルー・ストラウスは、こっちに顔を上げながら質問してくるのさ。見上げてくる顔が、かわいい。うん。シスコンだから、オレ、うれしくてスマイル。


「帝国の豚どもは、北にいるハイランド王国軍ばかりを警戒しているのさ」


「なるほど!!豚どもは、尻尾さんたちに、ビビっているんだね?」


「そうだ。ハイランド王国軍は強いからな!!」


 だからこそ、欲しくなる。ファリス帝国を滅ぼすには、絶対に欲しい力だよ、フーレンの戦士たちはな……。


「さて……それじゃあ、さっそく。リエル、ミア、お願い出来るか?」


 手薄な見張りサンたちを、ぶっ殺してくれ?


 そこまで露骨な命令をしなくても、オレの正妻エルフさんと妹ミアは仕事をするよ。弓はしなりながら矢を放ち、スリングショットは鉄の弾丸を放つぞ。


 刹那の時間の罪深さは過ぎ去って、いつものように、兵士たちの頭蓋骨が破壊されていた。即死だよ。オレたちは命で遊ぶ趣味はない。


 瞬殺。これ以上なく慈悲深い行動だったよ。戦士として、これこそが、『最も正しい殺し方』ではないか?


 卑怯?そうは思わない。ここは戦場だからだ。


 そもそも。正面からオレたちと戦えるほどの強さがあれば?上空からの殺意ぐらい気取れるものさ。弱者には戦いをしてやるほどの価値もない。時間の無駄だからな。


 分かるか?オレは帝国の豚どもが嫌いなのさ。


 女スパイが驚嘆の声を死者の魂が昇る夜風に放っていた。


「……嘘でしょ!?この高さから、しかも、揺れている場所から、ヘッドショット?スゴい。これが猟兵の水準ってこと!?」


「そうさ、これが『パンジャール猟兵団』だよ」


「なるほどね。このとんでもない腕前なら、『ギラア・バトゥ』を相手にしても、恐怖を感じる必要は無いのね?」


「ゼファーがいることのアドバンテージは、かなり大きいがな」


 オレはゼファーの首のつけ根を撫でてやるのさ。ゼファーは喜ぶ。でも、無言。そう。ここは戦場だからね?静かに動くのが基本だよ。音を立てることもなく、動かなければいけないな―――。


「さて。見張りは排除した……まずは、オレから降りる」


『うん。『どーじぇ』?こんかいは、くちじゃなくて、よろいにつけるの?』


「ああ。そのためのパーツだから、使わないとな?色んな道具を使いこなすほど、ヒトは強くなる」


『なるほどー!』


 オレはゼファーの鎧に付けられた接続装置に、鈎つきのロープを噛ませる。ロープを垂らすよ、大地に向かってね。


 そして?そのまま、夜の闇にダイブするのさ。もちろん、指と脚のあいだにロープを挟んだままな。


 この星のもつ重力に引っ張られて、オレはゆっくりと大地へと降りていく。さて、到着と……オレは、兵士たちの死体の除去に走るよ。大したことじゃない物陰に隠すだけだぜ。


 それでも、見つからない。


 なぜなら?深夜の見張りの集中力なんて、大したことはないからだよ。彼らの目と意識は動くモノを狙いすぎている。ジャガイモの入った袋の裏側にある死体に、そのピントが合うことはない。


 動かない。それが、かくれんぼの最大の奥義だよ。物陰で死体を真似ろ、それでも見つかれば運が悪いか、あまりに長くその場所にいすぎただけさ。


 ジャガイモの袋の山に隠れながら、オレは彼らから鎧と武器をかっぱらう。そんな盗賊行為をしていると、アイリスが駆けつける。彼女とオレは鎧を着けて、兜をかぶれば?


 はい。


 雑兵コンビのできあがり。アイリスはバンダナで耳を押さえた上に、兜をかぶっているんでね?耳はまったく目立たない。そして?ヒゲを付けているね。悪ふざけじゃない。いい変装さ。


「いいヒゲだ。ドワーフを思い出す」


「でしょ?これなら、バレない。痩せたヒゲの多い兵士にしか、見えないわよね?」


「……ああ。そうだな。それじゃあ、ピアノの旦那と合流しろ。『魔銀のヤスリ』の作業時間がかかりそうだったら、エルフの魔笛を使え。リエルには聞こえる」


「了解。フフフ、こういうミッション、大好物」


「オレもだよ。しくじるなよ?」


「そっちこそね?……貴方が仲間にしたいと願うほどの男なら、必ず生かして連れてきなさいよ?……それに、伯爵さまの息子なんだからね。政治的な利用価値は高い。もし、貴方が彼に振られたら?……こっちが、もらうわ。私の『道具』にするの。生かして連れてきなさい」


 そう言い残して凄腕女スパイは、音も無く疾走する。『風隠れ/インビジブル』……スパイの本職の技巧さ。オレたち猟兵のレベルと、遜色はない。


「……なるほど、これが、ルード王国軍の『強さ』か……」


 いい職業人の、素晴らしい仕事を見せてもらったよ。それに、精神の鋭さもな。怖いセリフを吐いたとき、君は獣の眼をしていたぜ。うつくしく、無慈悲で、残酷な……完成された戦士の眼だった。


 さーて。感動しちまったな。ならば、オレも動くべきだ。『パンジャール猟兵団』の団長として、相応しい仕事をしようじゃないか。


 ミアはオレの背後に降りている。音も立てない、魔力も消して、呼吸は死んだようにゆっくりさ。リエルはどうしているかというと?上空にいる。


 ゼファーと共にオレたちのフォローだ。このテントに近づくものがいれば、殺す。そして、エルフの魔笛をアイリスが吹けば?


 リエルの矢が、アイリスの周囲にいる敵兵を射殺すだろう。


 リエルには上空から、この戦場の広い範囲をカバーしてもらわなくてはならない。『脱出経路』を構築するのは、彼女たち女エルフ・チームのお仕事だからな……。


「お兄ちゃん……テントに動きがある。生きているのは、四人」


 ミアが『風』と会話して、テントの中身を探ったよ。魔術で呼んだそよ風を、テントの入り口から差し込んだ。その風が語る声を、彼女の高性能な猫耳がキャッチしたというわけさ。


 オレのテクニックと、ほぼ遜色がない。妹の成長に、オレのシスコンが感涙を流しそうになるが、今は戦場で作戦行動中だから、ガマンしよう。さあて。四人か。


「……その内の一人は、動きが極端に悪いな」


 当然ながら、ミアの『風』が放った声を、オレだって聞いていたよ。元々、アレは竜騎士の技巧だからね?自分以外が放つ『風』だって、ちゃんと聞き分けられる。


 そう、このテントの中には、ほぼ動かないヤツが、一人いるぞ。


 そいつは、寝ているのか、重傷なのか、あるいは強く拘束されているのか―――どの状態だろうか?しかし、誰なのかについての可能性は、二つ。異端審問官サンか、グレイ・ヴァンガルズ。


 その、どちらかだ。


 しかし、このテントからは血のにおいがするな。拷問現場なら当然だって?だが、一人の血液にしては、『多すぎる』のが不思議なところさ。


 ……思いついたのは、異端審問に使っているんじゃないかと女スパイさんが語った手法、つまり、『血の杯』。


 そいつに注ぐために、血に薬品なんかを混ぜて、『樽詰め』にでもして保存しているのかもしれない。輸血には使えなくなるが、凝固因子の保存だけの薬品ならば、錬金術師の知識でいくらでも作れるだろう。


 なんだか、アレっぽいぜ……?


 そうだなあ、『吸血鬼』を知らない者に聞かせれば、『まるで吸血鬼の所業だ!!』みたいなことを言うかもしれないね。


 でも、吸血鬼にとっては、相手の血を吸うって行為は性的な意味を持つ行為だということを失念してはならないぞ。


 ……カミラの『呪い』の『前任者』である『闇の公爵令嬢』、『邪悪なる呪われたメルビナ』。たしかに彼女は、物語によくいる吸血鬼そのものだった。


 ド淫乱だったぜ。レズビアンだけどね?血を弄ぶような行為をしていたが、アレは性的倒錯者の行いだ。だが、一般的な吸血鬼からすれば、吸血行為=セックスみたいなモンらしい。


 だから?『ソルジェさまの血しか、絶対に飲まないっすよう!!』……って、カミラちゃんは言っていたよ。


 つまり、血を『樽詰め』にして保存するとか、『性的倒錯者ではないノーマルな吸血鬼さん』は、するはずが無いんだよ。


 たとえば、若い男の全てが、実家に誘拐してきた若い女を、樽詰めにして監禁しているわけじゃないだろ?


 極めて一握りの、とんでもない性的倒錯を患った犯罪者がしているだけの行いに過ぎない。


 つまり、変態一人のせいで、その種族の全てがそうだと決めつけてはいけないということを、オレは言いたいわけだ。吸血鬼は、変態ばかりじゃない。カミラちゃんはオレ専用のエロ女さ。


 ……それはさておき。


 情報収集と行こうじゃないか?あそこにグレイ・ヴァンガルズがいるのかを、確かめたい。いないのならば、他を探さなくちゃならんからね……。


 さーて、兄妹の合体魔術といこうか?ハイテクニックだぞ?


「ミア、『やまびこ』を使うぞ?」


「了解」


 オレとミアが同時に『風』を呼ぶのさ。ミアの『風』はさっきみたいにテントの中から音を盗んでくる……その跳ね返ってきた『風』を、オレの作った『風』は受け止めながら、その小さな空気の揺れを『増幅』するんだよ。


 さて、どうなるか?


 オレたちの鼓膜には、テントの中の音が……そう、『会話』までもが聞こえるのさ。


『……これだけ、殴っても……自分はルード王国のスパイだ、としか言いませんね?』


『……『本物のグレイ・ヴァンガルズさま』の居所を、吐かない……』


 ミアの猫耳がビクン!と跳ねた。うん、なかなかショッキングな言葉だ。でも、術と集中を解くな?まだ……情報が欲しいところだ。


『どうしますか、『アレッサンドラさま』?』


『まだ、拷問をつづけますかね?意識も……薄くなっているように見えますが?』


『……そうですね。そろそろ限界だとは思いますが……まだ、すべきですね。『教本』によれば、このぐらいの出血では、まだ意識と知性を保っているはずです』


『は、はい』


『わ、わかりました!』


 拷問担当の兵士も引くほどか?しかし……異端審問官、『アレッサンドラ』……まさかの『人類の守護者』って意味の名前?……ホント、皮肉な人選だと思うぜ。


『でも、記さねばならない事実もありますわ。しばらく、私は教皇さまへの報告書を書きます……』


 教皇さまに『拷問日誌』を送るのかよ!?……大丈夫か、イース教!?


『貴方がたは、食事と休憩を取って来て下さい。もしも、このような作業に、兵士の名誉を感じないのであれば……他の者と、交替なさっても、よろしいのですよ?』


『は、はい……』


『お、おい!!』


『え?あ!!は、はい!!その、しょ、食事だけ!!腹が減っておれば、緊急事態に対応出来かねますゆえ!!』


『も、もちろん、すぐに戻って参ります!!このような、異端者狩りの名誉を!!我々、大いなるファリスの正規兵が、聖なるイースさまの信者である我々が、嫌がるわけないですよッ!!』


『うふふ。そうですか。マジメな信徒さんばかりで、うれしいです』


 こ、怖っ!!


 絶対に、パワハラだよ、あれ!!


『え、ええ』


『そ、それじゃあ、僕ら、ちょっと、メシを、食べて参りますんで……』


『はい。ごゆっくり』


 ミアの黒髪をやさしく押す。『風』の魔術をオフにした。


 そして?殺人鬼モードに移行だよ。二人ほど獲物が近づいてくるからな。


「……ああ。怖いお人だあ」


「美人だし……名前もいいよね、ルチアさま!!……でも、ちょっと、マジメ過ぎ」


「うん。あの人は、マジメなだけさ。それだけに、『職務に忠実』なんだよね?」


「……ホント、勿体ない……仕事人間じゃなければ、最高のお嬢さまなのに」


「やさしいヒトなんだろうけど……職業が、アレじゃあ、モテねえよなあ?」


 心が疲れ果てている感じの兵士さんたちを、オレとミアが追跡中。さて。殺すかね?


 ストラウス兄妹の唇が、殺人鬼の悪意に歪む。牙を見せながらスマイルさ!!


 オレの腕がひとりの首に伸びて、ヘビのように絡みつく。そのまま後ろに引きながら、ゴキッと首の骨をへし折るんだよ。延髄の呼吸中枢を、折れた背骨で引き裂いてやるわけだ。そしたら、ヒトはすぐ死ぬ。


 ミアは飛びつきながら、殺すよ。


 左手を相手の左肩に起きながら跳ぶのさ?バランスを崩したその男の胴体に両脚を絡ませながら体を固定、同時に、右手のナイフでノドを豪快にかっさばく。


 『声帯』の位置を知っているミアは、のど仏より下を切り裂く。


 なんでか?


 そうするとね、声帯を肺からの空気が通過出来ないから、悲鳴もロクに出ないんだよ。


 かっさばかれた傷口から、血だけじゃなく『空気漏れ』が起きるからね?それだけで十分だけど、さらに『上』を目指す方は?


 はい。ミアがやるように、左の肩から素早く左手を動かし、相手の口じゃなく、鼻に引っかけるようにして上向きにさせるんだ。口だと噛まれる。雑魚一人殺すのに、小指を失うなんて、下らない。


 こうやって、傷口を広げて出血と空気漏れを加速させる。さらに言えば、ヒトの反射も利用している。いきなり頭部が上に跳ねれば?どうにか元に戻そうとして、口を閉じる。すると?閉じた口からは悲鳴が出ないってわけさ。


 遺言も残させずに殺すんだ。これは、ミアみたいに、小柄で運動神経の高い少女には、オススメの暗殺テクニックさ。ナイフ・スキルもいるけど、ちょっとだけ。お料理で魚さばくようなものと変わらない。


 ミアが、最高の仕事を果たして、ドヤ顔モード。それはそうだ、この一瞬に、どれだけの技巧を注いだことやら……?ああ、ミアは最高の殺戮妖精さんだよ。お兄ちゃんの自慢の妹さ!!


 さーて、美人なルチア・アレッサンドラとやらよ。


 異端審問官より怖い、ストラウス兄妹が、今から君のテントにお邪魔するぜ?



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