第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その2


 今夜も大忙しだ。ゼファーで難民キャンプに着陸すると、『パンジャール猟兵団』と『パナージュ隊』、そして難民たちのリーダーであるイーライと、その息子のピエトロが集合だよ。


 オレは彼らに指示を与える。それぞれに個別の作戦があった。難民たちはごねるかと予想していたのだが―――さすがは、イーライ・モルドーか。しっかりと彼らを統率しているような自信を見せてくれた。


「ええ。そのように手配しましょう……槍もアイリスさんたちから500……そして、砦から略奪してきたものが1700……鉄の矢もあり、ちゃんとした武装をしたフーレン族の戦士が100……フフフ。もう十分な軍隊ですよ」


「たのむぜ、イーライ・モルドー。逃げる時は、『皆』でだ」


「……ええ。分かっています。むしろ、ありがとう。我々も、この状況を変えたかったのです……」


「……すまんな。待たせたようだ」


「いいえ。サー・ストラウス。十分です。アイリスさんたちも、貴方も、我々を見捨てないでいてくれた。本当に、ありがとう」


「礼を言われるのは、早いよ。まだ、状況は何も改善されちゃいないんだからな」


「……はい。ですが……いえ。そうですね。状況を、変えましょう!!」


「ああ。大丈夫だ。やってやれないことなど、オレたちには無いんだ」


「ええ!!私たちならば、この作戦。必ずや、成し遂げられる!!では……みんな!!移動を開始するぞッ!!」


 難民たちは移動を開始する。二手に分かれるのさ、一つは女子供と老人、そして負傷者たちだ。彼らは、原初の森林へと潜る……安心していいぜ?『ギラア・バトゥ』の毛皮と血がある。


 それらさえあれば、モンスターも獣も寄って来ない……『魔の森』は、君たちの聖なる守護者に早変わりってワケだよ?


 もう一方は、軍事作戦。若者と、熟練の戦士たち。木製の武器なんかじゃなく、優れた鋼で作られた、本物の槍で武装した、真の軍隊だ。鎧はないが、軽装なことが作戦のキモになる。


「……オレたちは、言われた通りに動けばいいんだな?」


 そう質問してきたのは鼻ピアスのフーレンだ。つまり、ジーロウ・カーンくんさ。


「当たり前だろ?命令通りに動くんだ!軍人だろ?」


 ピエトロに怒られている。ホント、コイツがよく『虎』になれたな?……まあ、ジム・ファイター的な存在か?道場では最高、でも、実戦では雑魚。よくいる。だが……才能が無いわけではない。


 戦場で磨けば、化けるかもしれないな。力の使い方さえ知れば、強者に早変わりさ。


 あるいは、化ける前に死ぬか……そういうヤツも大勢見てきた。


 どっちになるか、それは運命の神さまの機嫌次第だろう。


 でも、シアン・ヴァティ姐さんにお願いするのも悪くない。彼女は女神みたいに美人だし、何より腕っ節がスゲーもん。


「シアン。ジーロウたちを頼むぞ?」


 そうさ。ジーロウの隣にいる小柄な兵士。王国軍の兵士の鎧と兜を装備した人物こそ、シアン・ヴァティ。オレは彼女を『パナージュ隊』にレンタルした。戦略的に最良の選択だと信じているよ。


「……『虎』は、『虎』の面倒はみない」


「そ、そりゃないっすよう、シアン姉ちゃん!!」


「……実力を出せ。お前に『虎』の称号をくれたのは、イー・パール師だろう?」


「は、はい。お、お師さまには……じ、実力は、あるとは……言われました」


「……『螺旋寺』での、修行を信じろ。どうにかなる。パール師は、貴様に、叩き込んでいるはずだぞ?」


「わ、わかりました……ッ」


「……『長』よ、『虎』以外の面倒は、見てやろう」


 厳しいねえ。だが、『虎』の生き様らしくていいか。


「ああ。それで十分だ。じゃあ、頼むぜ、シアン?」


「……任せろ。斬るのは、得意だ」


 そう言い残して、シアンとフーレン兵士たちは出発していく。ジーロウくん、死ぬなよ?君は、面白い男だ。


 そもそも、オレのパンチを食らったのに、もう、ピンピンしているんだからな。弱くはない。いや、むしろ、かなり強いはずだぞ?……本物の『虎』になるチャンスだ。


「……そ、それでは、じ、自分も、出発するっすッッ!!」


 カミラ・ブリーズだった。


 なんだか、とても緊張しているね?……難しい任務ではないが、失敗は許されない類いの任務だからか……?


「なあ。カミラ、緊張しなくてもいい。『彼ら』は『協力者』だ。言われた通りの部屋に行き、そいつの寝室に侵入すればいいんだ。君の能力なら、簡単だろ?」


「は、はいッッ!!」


「『皮』は、持ったな?」


「は、はい!!ちゃんと、服の下に、あるっす!!」


「ならいい。準備は万端だ。大丈夫、君ならやれる」


「は、はい!!」


「……とはいえ、単独任務だ。危なくなれば、『コウモリ』に化けて逃げろ」


「わかりました!!」


「……そして、朝の三時だ。それまでに、オレが『そこ』へ行かなければ、そのまま撤退しろ。『彼ら』の中に、『逃亡したい者』、あるいは、『逃亡しなければならない者』がいるのなら、連れて行け。多くはないだろうが、数名はいるかもしれん」


「りょ、了解っす!!……じゃあ、カミラ・ブリーズ、行きます!!」


 そして?……尼さんの服装をしたカミラ・ブリーズが、南に向かって走っていく。ああ、相変わらず速い。馬と同じぐらいかも?


 ……夜中の吸血鬼って、スゴいなあ。彼女とオレのガキも、あんな感じになるのかね?くくく、親子でケンカする日が来るの、とんでもなく楽しみ。


「じゃあ。お兄ちゃん、私たちも行こう!!」


 スイート・シスター・ミアの声が、ゼファーの背の上から聞こえるよ。


「ああ!!」


 元気いっぱいに、そう返事して、オレはゼファーの背に乗るのさ!!


 そこにいるのは先頭からミア、オレ、リエル、アイリスだ。このチームで、帝国軍の拠点に侵入するのだよ……そして?グレイ・ヴァンガルズを救出する……拒んでも、連れだそう。ヤツは、まだ死ぬわけにはいかんだろう―――?


「ソルジェ。『変装』はいいのか?」


「……ん?ああ、忘れていた」


「まったく。他人の作戦も大事だが、自分の作戦を忘れるな?」


 正妻エルフさんにダメ出し食らっちゃった。まあ、そうだよね?今は鎧も竜太刀も装備していないんだもん。見てくれ、また帝国軍の雑兵コスプレしゃってるよ?……士官の服じゃ、ダメなのかね?


 まあ、いいよ、アイリスが用意してくれたわけだもん。さて、魔術を使って、変身だ。左眼の色を青に変える。赤毛はそのまま。これで、手配書通りのソルジェ・ストラウスさんを探し続ける人は、オレに辿り着けないだろうよ。


 片目じゃないもん。赤毛で両目の青い帝国軍の雑兵なんて、いくらでもいるよね。


 オレは背後を振り返り、リエル・ハーヴェルに訊いてみる。


「どうだ?」


「どれどれ?」


 リエルの右の親指が、やさしくオレの左眼の周りに触れるのさ。まぶたを持ち上げたり、目の下をぐいっと下に押したりするよ?


「ふむ。よしよし、それなら、手配書とは違う。問題はない!!」


 へへへ。夫婦でいちゃつく作業はお終いさ。


「よーし!!行くぞ、ゼファー!!」


『うん!!つかまって!!……『しんもんかん』の、てんとにむかおーう!!』


 ゼファーがその言葉と共に、空へと戻るぞ。強靱な脚で大地を押すように蹴って、飛び上がると同時に黒くて巨大な翼を羽ばたかせるのさ。鳩の飛び方だな。


 脚力による跳躍を利用できるから、素早く飛べる。いい技巧さ。


 一瞬のうちに二十メートルほどの高さに至り、そこから先は、もうムダな羽ばたきさえもいらない。風をその翼に受け止めさせて、ゼファーは南東に向かい、その巨大な体を飛翔させるのさ。


 時間はかからない。


 それほど遠くに帝国軍はいるわけじゃないからな。


 国境であるヴァールナ川の支流を一瞬のうちに飛び越えると、すーぐに帝国軍のテントが並ぶ光景を目に映すことが出来たよ……ほんと、たくさんの数だね?


 そして……『檻』も見える。


「……あの『檻』に、難民たちを詰めてやがるのか?」


「そうよ。強そうで元気な連中は『檻』のなか。そうでもない人たちは、鎖で脚をつながれているだけよ。『檻』の近くにいるのじゃないかしら?」


「うん。ミアには見えるよー!」


 ケットシーは夜間の視力もいいからね?森のエルフのリエルは、魔力で気取る。


「かなりの数だ。だが、健康状態は比較的いいようだな……良いことだ」


 そうだ。魔力で『見れば』、それも分かる。彼らは幸いなことに軽傷者ばかりらしい。つまり、それはある事実が想像されるね。


「……『アーバンの厳律修道会』、彼らの手当のおかげってことか?」


「そうよ。サー・ストラウス。彼らは、そういう組織なの」


 オレが連中に怒っていると、まだ考えているのかね?アイリス・パナージュ『お姉さん』は釘を刺すように、そんな言葉を投げかけてくるよ。うん。大丈夫さ。怒っちゃいない。


「……わかったよ。リスペクトしてやるさ。彼らの慈善活動をね」


「それならいいわ。彼らだって、貴方の『仲間』なのだから」


「……そうだな」


「ねえ。お兄ちゃん、それで、『いたんしんもんかん』……『ん』が、多くて、言いにくいよう!!」


「ハハハ、そうだよな」


「それで、そのオッサンはどこにいるの?」


「まあ、見てな……オレの『眼』で見切ってやるよ」


 そう。新しいテクニックを使わなくちゃね?


 『ディープ・シーカー/深き探索者』さ。『呪い尾』……いいや、『白い尻尾のメフィー・ファール』からのプレゼントだよ。うん、そう思うことにした。メフィーを探し出そうとして開眼した力だもん。


 そう解釈したっていいだろ、メフィー・ファール?


 さみしがり屋の竜騎士のお兄さんは、君のことを、この力と一緒に感じたいのさ。きっと、アーレスも喜ぶよ。だから、いいだろ?……拒絶のお告げは、君の魂がいる星空からは降ってこない。お許しはもらえたかな……そう思うことにしたよ。


 じゃあ、使うとするか。


 集中する。


 左眼に魔力を喰わせて、集中力も注ぐのさ。


 ……ほーら。『始まる』ぜ。


 色彩が失われていく。視界が、白と黒のシンプルな世界に変貌していくのさ。その代わり、あらゆるモノの輪郭が、今までになく、くっきりと見える。そして―――時間の流れまでもが遅くなる。


 きっと、オレの脳みその処理速度が上がっているだけだろうが、自覚的にはそんな感じなのさ。


 あらゆるものを識別できるぞ?どれが、何なのか、暗がりも関係ない。だって、あらゆる色彩は白と黒に別れ、その輪郭だけがハッキリと見えるのだから。


 飛行の揺れも意味を成さない。望遠性能も完備さ。さすがは、アーレスとメフィー・ファールの眼だよ。一緒に探そうぜ?……あの騎士道まっしぐらの青年をね。


 ―――魔王のお兄ちゃん!あそこだよ!!『さかずき』のマークがあるもの!!


 ……くくく。オレの狂った心は、また死者の声を聞くんだ。


 別にいい。それでいい。そうじゃなくちゃね、メフィー・ファール。君は、オレの左眼の中で、とても不幸だった君のために怒れる偉大な竜の背に乗り……遊ぶのさ。


 どうだい?……竜の背に乗って、飛ぶのは?サイコーだろう?


 ―――うん!!


 ……だってよ。お前のドヤ顔が頭に浮かぶよ、アーレス。


 さて。見つけたぜ?白と黒の視界のなかにね?この拠点で、『聖杯』を掲げた旗をなびかせている唯一の場所を。


 宗教家であり、法律の執行者である『異端審問官』サンよ?やっぱり、そういう紋章的な旗をユアンダートからもらっていたわけだな?そのプレゼントを、誇らしげに夜でも飾る。正義に閉店時間は無いって考えている、仕事熱心なタイプかもしれん。


 でも、そのおかげで、アンタとグレイの居所を、魔王サマが知ったぜ?待ってろ、三分以内にそこに行く。アンタが、グレイを痛めつけ過ぎていたら、オレは怒って、アンタを異端審問プレイで虐めてやるよ。


 あるいは……慈悲深く、一瞬で殺す。アンタの行動次第だよ。


 さて。アンタは、オレにどんな感情をくれるのかね?


 せいぜい、怒らすなよ。今夜のオレは、悲しい女の子を殺してしまっていてね。だから、本当に、キレやすいぞ……。


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