第三話 『囚われの騎士に、聖なる祈りを』 その1


 グレイ・ヴァンガルズ……。


 なるほど、第七師団の近衛騎士で、ハーフ・エルフ―――うん。やはり、彼に間違いが無いだろう。自分がハーフ・エルフだということを知らない、運命に弄ばれている哀れな青年騎士……。


「運命とは面白いものだな」


「え?なにそれ、もしかして知っているの、ヴァンガルズのお坊ちゃんのこと!?」


 アイリス・パナージュがオレの背後で驚きの声を上げる。そうだな、彼女には伝えておいてもいいだろう。いや、伝えておくべきか。


 なにせ、この国でのオレの副官は、彼女だもんな?粗暴でイタズラばかりする雄猫の首に、クラリス陛下がつけた『鈴』だものね。


「……ああ。知っている。戦場で、つい最近、殺し合ったんだよ」


「……なるほど。たしか、貴方は将軍に化けていたのよね?第七師団のルノー将軍……手足をへし折って、宝箱に詰めたんですってね?」


 さすが諜報員の『お姉さん』だ。オレの悪行についてお、くわしいよ。


「『人食い箱』は面白いペットだった。でも、二度とやらないよ。オレは、自分が恐ろしいサディスト属性を開眼するんじゃないかって、不安だったもんな」


「貴方はサドだと思うけど?」


「え?そうか?ファリスの豚どもが嫌いなだけで、そういうプレイには興味はない」


「そうなんだ。まあ、どうもいいわ。それより、問題はグレイ・ヴァンガルズよ?彼は近衛騎士だったから、ルノー将軍に化けていた貴方と……戦ったのね?」


「察しがいいじゃないか」


「スパイのお姉さんだからね」


「そうだ。オレと彼は戦ったんだよ。シャーロン・ドーチェこと『ラミアちゃん』が、オレの正体をバラした後にね。騎士サマたちと乱闘さ。その騎士サマたちの一人が、グレイというわけだ」


「なるほど……貴方ほど魔力を操れる戦士なら、彼と戦うことで悟ったのね?……グレイ・ヴァンガルズの『血』について」


「……そうさ。ああ、とても皮肉なモンだと感じたよ」


「皮肉?」


「グレイくんは、第七師団の誰よりも『帝国の騎士』らしかったのさ。軍務に誠実で、騎士として自他に厳しく……潔癖なまでに純粋だった。もしも、アレで人間族ならば、『帝国の騎士』としては、誰よりも理想的だっただろうさ」


 でも?……皮肉なことに、彼はファリス帝国の人間第一主義とは、どこまでも相容れない存在さ。


 オレの部下で友である、ギンドウ・アーヴィングと同じく、ハーフ・エルフだった。人間族からも、エルフ族からも拒絶される、『最も迫害される存在』さ。


「……そう。たしかに、それは、皮肉ね。『帝国の騎士』であればあるほど、ハーフ・エルフという出自が、あまりにも矛盾を孕んでしまうわ……『悲劇』という言葉を使うべきかしら?」


「使ってもいいんじゃないかな。彼は、幸か不幸か、自分の出自を知らなかった。そこが二重に哀れな気もしたよ、オレにはね」


「そう。ご両親の配慮ね……」


「……エルフからすると、ハーフ・エルフとは、それほどまでに禁忌の存在なのか?」


「……ええ。純粋なエルフ族からすると、他種族と交じることは基本的に禁忌よ」


「それは、どうしてだ?」


「『昔からそう言われているから』よ。『文化』というのは、価値観を規定するわ。ハーフ・エルフを認めない文化だから、掟もそうなり、態度もそうなった。それだけのことね」


「ふん。人類ってのは、どれも同じようなモンだな。みんな排他的性質を根源的に持っているということかよ―――」


 ああ、下らねえ性質だよ。アーレスが『愚かで哀れな弱者』と言って、オレたち人類を愛でてくれた理由が分かる。そうだ、オレたち人類は、邪悪なんだよね。


 癒やしを求めて、ゼファーの首根っこを指でコチョコチョする。ゼファーが、くすぐったいよう、『どーじぇ』。そんな言葉と共に、笑ってくれたよ。それだけで、暗い気持ちが楽になるんだよ。


 ああ、『愛』ってものが偉大だってことを知りたければ?皆、好きな生き物を指で突いてみればいいんだ……すぐに分かるよ、愛の力がね。


「―――人類に絶望しちまうのは、よくあることだが……帝国貴族の軍人が、帝国軍に身柄を拘束されるという事態は、珍しいことだな」


「そうね……しかも、『異端審問官』に見つかるなんてのは、私も初めてのパターン」


「ん?異端審問だと?……どうやって、それでバレる?」


「宗教儀礼にかこつけて、血を採取することもあるわ……それでバレたのかも?『狭間』の血は、『純血の人類』の血と混ぜると、とても速くに凝固現象を起こすから」


「はあ?血を採取する?……連中のミサでは、イースさまの聖なるボウルに血でも垂らしているのかい?」


「聖なるボウルじゃなくて、聖なる杯だけどね。黒いビールに血を注ぐのよ」


「……まさか、『それ』を、飲むのか?」


「いいえ、女神さまに捧げるだけよ、フツーはね?でも……黒いビールじゃなく、それが純血人類の血を注いだ杯だとしたら……?」


「グレイくんの血を垂らせば、『素早い凝固現象』が起きちまうわけだ?」


「そうなると、『狭間』を発見できるって仕組みよ」


 『純血の人類』なら、人間でも亜人種でも、帝国のキャンプにはいっぱいいるもんね?ああ巨人なんて、デカいからいくらでも血を採取できそうだ。


 まあ、『異端審問官』サマが、亜人種の血液を、聖なる杯に満たしたいのかは知らないが……。


「しかし……ついに、宗教まで動員されてるわけかね、人間第一主義には?」


「ええ。皇帝が直属に任命した『異端審問官』たちが、各地の貴族の『血狩り』に参加しているって情報は、本当だったのね」


「だが。イース教ってのは、亜人種も認めているんだろう?」


「そうよ。でも、宗教を『運営』するのは神さまじゃないわ。ヒトだもの」


 インテリの言葉は、残酷なまでに真理を突く時があるよね。インテリが嫌われる理由のひとつだよ。民衆の耳に痛い真実を口にしてしまう。


「ユアンダートは、つまり……宗教の経営にも口出ししてきたというわけか」


「ええ。『異端審問官』を、『帝国法に組み込んだ』のは……『血狩り』のバリエーションを増やして、より多くの『狭間/混血』を排除するためでもある。もちろん、『ユアンダートが好まない宗教的異端者』を見つける役割もあるでしょうけどね」


「……異端者の烙印を押して、嫌いな宗教家を社会的に抹殺することも出来るわけか」


「ええ。社会的というか、まあ医学的な意味でも抹殺するでしょうけどね」


 ヒデえハナシだ。


 だが……。


「……『アーバンの厳律修道会』のような連中もいるわけだからな。彼らの宗教観は、ユアンダートの人間第一主義とは一致しない。彼らも立派な『反逆者』だ」


 ……さすがというか、ユアンダートも気づいているのだろうな。


 自分たちを脅かしかねない価値観の存在を。そう、イース教だよ。ヤツも敬虔な信者のフリをしているだろうが……侵略者と『慈愛』の宗教はあまりにも反りが合わない。


「悪趣味だけど、有効じゃあるわね。イース教の各宗派の『教義』をコントロールしたいのよ?」


「おいおい、女神サマのお言葉を曲げさせるって?」


「出来ないと思う?」


「……まあ、出来るわな。坊主は神聖な存在になるのかもしれないが、所詮はヒト。欲もあるし、生存への欲求だってあるだろう」


「皆が殉教者になりたいわけじゃないわ。お坊さまたちだって、ユアンダートの政策には怯える。異端者扱いされて、名誉も『信者/マネー』も失う?……宗教の経営者にはとっては、死ぬ前に地獄が来ちゃうわ」


「……『アーバンの厳律修道会』は、狙われているのか?この国境沿いにも、来ているわけだよな?」


「……可能性は、否定出来ないわね。大物だもの?」


 帝国議会にまで影響力を持てる坊さまがバックにいる宗教組織か。ユアンダートからすれば、狩るべき獲物の一つかもしれないな。こちらも、調べたいところだ……うちの吸血鬼さんに頼むとするかね?


 カミラ・ブリーズなら、見た目は人間族。まあ、元々、生まれたときは人間族だしな。偵察任務を与えるのにも……『異端審問官』サマの『血狩り』を妨害することも可能だからね―――。


「それで……グレイ・ヴァンガルズは、どこにいる?」


「……え?」


「どうした?まさか、ピアノの旦那は、そこまでの情報を仕入れていないのか?」


「……あのねえ、うちの旦那のことバカにしている?」


「いいや。あれだけ激しくピアノを叩きながらも、オレとシアンの『動き』を『いつでも見ていた』オッサンだよ……?有能なのは、初日で分かった。で?情報を出し惜しみするのか?」


「……貴方は私の上官だったかしら?」


「いいや。ただの君の『仲間』だけど?」


「フフ。いい響きの言葉ね」


「だろう?オレと一緒に、悪さをしようよ?」


「そうね、楽しそうだわ。分かったわ、教えてあげる」


 そうこなくちゃね。スパイと魔王が組めば、色んなコトが出来ちゃうよ?


「お察しの通り、うちの旦那は、彼の居場所も教えてきてる」


「さすがだ!オレ、ピアノの旦那のファンになりそう!……シアンも気に入っているぞ?特等席のソファーに陣取るぐらいだからな」


「じゃあ、あとで彼に聞かせてあげて?シンプルな男だから、喜んでくれるわよ」


「そういう天才、大好き。歪んでないアーティストって、楽だあ!!……で。グレイくんは、どこにいるんだ?」


 快適な場所にはいないだろうねえ?一番良くて、軟禁だけど?……『異端審問官』に捕まったとなると……リラックスした時間は過ごせてないかもって予感がしてる。


「『異端審問官』の専用のテントの中らしいわ」


「ああ……なるほどな」


「拷問中かもね?その子ってば、色男?」


「美形だったよ。エルフ系だもん」


「なるほどね。『異端審問官』のサド気が少なければ良いわね?」


 女子って残酷。もしも、グレイ・ヴァンガルズが不細工だったら?心配の言葉とか無かったんじゃないかと邪推するよ。


「どうあれ。あの男を、こんなところで殺されるのは勿体ない……」


「ヴァンガルズ家を脅せる存在だから?」


「アイリス。オレが、そんな知恵の利く悪党だとでも?」


「ううん。騎士としての腕がいいからでしょ?……それに、ハーフ・エルフは気になっている。貴方が正妻のエルフちゃんに産ませるのは、ハーフ・エルフだから」


「まあね。だが……未来のベイビーちゃんより、今は『戦力』についてだよ」


「彼も、取り込むつもり?」


「……ガンコそうな青年だが……腕は確かだ。ハーフ・エルフと自覚して、それなりの戦い方をすれば、最高の戦士にはなる」


「猟兵並み?」


「……いいや。正直、そこまでは期待出来ないが……そこそこやるさ。それに、彼は敵の士官だ。情報をたんまり持っている」


「……なるほど。私、拷問も得意なの。うちの旦那は、もっと得意」


「おお!!すばらしい夫婦だな!!」


「まあね?」


「だが……オレは彼に関しては、いくらでも情報を抜き出せる手段があるよ」


「そうなの?スゴいわね?で、何?」


「彼には『妹』がいる。彼女も当然?」


「複雑な家庭じゃない限り、ハーフ・エルフよね?」


「泣き所は知っている。そして、その子の存在を知っているオレには、ゼファーがいるんだよね」


 助けに行けるぞ?『異端審問官』の悪意より、オレのゼファーの翼の方が、大陸を駆けるスピードは速いのだから―――。


「……いいナイトっぷりね?」


「まあね。竜騎士の義務さ。フェミニストなんだ」


 セックス依存症でシスコンだけどね?女子にはやさしいよ?左眼の古竜もフェミニストだしな。


 でも。まあ、もしかしたら……『そこまで遠くに行く必要は無いのかもしれない』。実力もある名家のエリート騎士サマが、こんな国境沿いの『閑職』に飛ばされるだって?オレは、そこに違和感を覚えるね?


 ヤツは、向上心がある、そして出世欲もあったから、あの日、あそこにいたんだよ。そんなヤツが、難民狩りだと?不名誉だろ?……ルード会戦でオレに味わった屈辱を、『弱い者いじめ』で払拭できるとは思わんな。ありえないことだな。


 でも。その『違和感』を説明できる『仮説』が、オレにはあるんだよ。


 ……だが、だとすれば、ますます状況は悲惨だってことになるぞ?かーなり危険な状況だな。でも、アイリスは騒いでいない。つまり、彼女は、『知らない』。それは、オレの『仮説』が外れていたという証だ。それならば、安心。


 しかし……もしも、オレの『仮説』が当たっていて、アイリスがその『事実』を知らないだけだとすれば……時間的な猶予はある。上手くすれば……グレイとその妹、そして、その父親も守れるプランがあるぞ。


 それなら、いくらガンコなグレイ・ヴァンガルズでも、オレの軍門に降らせることも出来るだろう。どうしてもイヤならば、好きなところに去ればいい。オレは止めない。


 でも。まずは、会いに行かなくてはな?


 『仮説』を検証しなければならないし、何よりもグレイ・ヴァンガルズを死なせてはならない。このあいだ、逃してやったのは、お前の腕が気に入ったからだぞ。


「……とにかく。今は、彼と接触するぞ」


「今夜、実行しちゃうのね?」


「フットワークの軽さぐらいが、少数精鋭の利点だからな」


 現在の時刻は……ギンドウ製の懐中時計で確認すると、夜中の10時34分……魔象のステーキと睡眠のおかげで、オレはまだまだスタミナ十分。さーて、今夜も夜更かしだ。



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