第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その18


『おーい、『どーじぇ』えええッ!!』


 砦の上空に、オレの愛しいゼファーの声が響いた。空を叩く翼は夜の闇より更に深い高貴な黒!


 そして、その脚の爪のあいだには……ああ、イイ感じの肉塊があるぜ!!


 さすがは、オレの正妻エルフさん。理想的な大物を逃さずに、仕留めてくれた!!そのことに感謝の一言だよ。


「おおおいッ!!こっちだぞおおおおおおおおおおおおおおッ!!ゼファーぁああああああッッ!!」


 オレは夜空に叫び、ゼファーを呼ぶのさ。正直、魔眼でつながっているからな。声を出さなくても、お互いの位置ぐらいは分かるんだけどね。


 でも、コミュニケーションって、サボらずに緻密に積み重ねていくのが基本だろう?家族愛って、きっと、こういう細かさが大事なのさ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!ま、マジで、竜を、竜を呼びやがったぞおおおおおおお!?」


 ジーロウが叫んでいた。その隣にいるピエトロは、鼻を鳴らしながら語る。


「ふん。サー・ストラウスは偉大な竜騎士なんだ。竜をパートナーにしているのは、当然なことだろ?」


「い、いやあ。そりゃ、オレだって、ハナシには聞いていたんだぜ?……ルードとザクロア……それに、グラーセスでもか?竜に乗った赤毛が、三国で立て続けにファリス帝国軍を破ったとか?」


「え?……さ、サー・ストラウス!!ぐ、グラーセス王国でも、帝国軍を破ったんですか!?」


「ああ。そうだが……」


「あ、あそこだと、第六師団……?将は、無敗のアインウルフ将軍ですよね!?」


「……よく知っているな?」


「え、ええ……父さんは、昔……あそこの軍にいたんですよ……亜人種の弾圧が、始まるまでは……」


 なるほどな。アインウルフの部下だったエルフか?……エルフの弓隊が、あの軍勢にいたら?……お得意の誘い込みを喰らってしまったドワーフどもは、全滅させられていたような気がする。


 アインウルフの軍勢も、100%では無かったということか。


 やはり、ファリス帝国の国力は相当なものだな。コツコツ削る……だけでは、厳しいのかもしれない。一度、こちらからも『攻撃』を仕掛けておく必要があるかもしれんな……。


 うむ。その発想を、試す機会も遠からず来るだろう。頼むぜ、ピアノの旦那?


「……とりあえず、作業を開始だ。ゼファー!!その肉の塊を、ここに落とせ!!」


『らじゃー。まきこまれないように、うえにはちゅういしてね?』


 賢いオレの仔竜はそう言いながら、分厚い爪を肉から離したよ。空から肉が落ちてくる……つい十数分前に、殺したばかりのモンスターだ。ああ。巨大な鹿サンだよ?前後に四メートルはあろうかという、小さな倉庫みたいなサイズのデカブツさ。


「こ、こいつ……額に矢が、一本だけ刺さってるぞッ!!」


「い、一撃で、仕留めたんだ!!すごい、父さんみたいな技術だよ……っ」


「くくく、オレの正妻ちゃん、スゴいだろ?」


 オレは鹿型モンスターの死骸を覗き込む若者たちの肩に、背後から腕を回しながら自慢する。


「は、はい!!お、オレも精進します!!」


「りょ、猟兵ってのは、アンタやシアン姉ちゃんばかりじゃないのか?……みんな、バケモノってのは、ホントかい?」


「ああ。どいつもこいつも皆、スゴい連中だよ。そして、竜までいるのさ!!」


『ねえ。『どーじぇ』。ぼくは、どうしたらいいの?』


「リエルたちのところに戻れ!!イーライとシアンと、兵士の代表が難民たちと会議中だろ?難民たちが不安にならないように、彼らの側にいるんだ!!」


『わかった!!じゃあね、『どーじぇ』!!』


 うむ、オレのゼファーってば、今夜も素直でお利口さんだ!!


「……なあ、むしろ、竜が近くにいると、落ち着かなくねえか?」


「そ、そんなことは、ないよ……?ゼファーさん、カッコいいじゃないか?」


「いや、カッコいいって……お前さんもビビってねえか?」


「お、お前だって!?」


「まあ……オレは、ビビるよ?アレの飼い主とケンカして、ボコられたばかりだしな」


「オレは……オレたちは、お前たちと違って、悪党じゃないから……ゼファーさんに焼かれる心配は無いんだ!!」


「それを言うなよ……反省してるんだ。オレだって、帝国は好きじゃないんだぜ?『白虎』が帝国になびく前はよ、難民たちを船で西まで運んでいたんだぞ?」


「……え?そ、そうなのか?」


「ああ。なんつっても……オレたちだって亜人種だ。見ろよ、この尻尾?」


 黒くて長い尻尾を、ジーロウは振っている。ピエトロはそれを見つめていたな。


「……コイツが生えてるんだ、オレたちもいつか帝国軍に殺されそうになる……お前さんの言葉は、ホント、オレたちの不安に突き刺さったよ」


「不安……お前たちも、不安があるのか、帝国に」


「それはあるよ……上は分からないけど、オレみたいな下っ端はな……川の向こうには帝国軍が大勢いるんだぜ?……あれだけの数でも、帝国からすれば、わずかな数だ。大勢で攻められてきたら、どうにもならんよ……」


「……それなら、どうして難民たちを……」


「……延命さ。時間稼ぎ……オレたち下っ端には、分からんことだがな……ホント、分からんぜ?兄貴分に裏切られて……殺されかけるんだしよ」


 同情を誘う言葉になるだろうな。オレはともかく、ピエトロは優しいから。


「……お前らも、苦労しているんだな」


 ほら。マジメで正義なピエトロは、ヒトに共感しようという力が強い。いいことさ。大事にしてくれ、その勢いよく放たれた矢のような真っ直ぐさを。


「さて。お喋りはいい加減にしなさいよ?男の子たち、お姉さんだけに働かせるつもりかしらね?」


「は、はい。すみません、アイリスさん!!」


「お、おう。オレも、働きますぜ、おばさん―――」


 ナイフが闇に放たれる。一応は『虎』と認められた技量の持ち主だから、躱せたけれども。ちょっと危なかったぜ?


「……『お姉さん』。私は、『お姉さん』よ?……ね?」


 同調圧力がパネえ……っ。ピエトロは、彼女から目をそらしながら、はい!!と、ちょっと声を裏返しながら返事をしている。危うく殺されかけていたジーロウは、ガタガタと震えながら、敬礼をしていた。


「い、イエス・マム!!あなたは、アイリスお姉さんであります!!」


「そうよ。二等兵」


「に、二等兵!?お、オレはもっと上の階級で―――」


 また、ナイフが飛んで来る。避けるの前提で、当てに来ているよな。ジーロウを信じているのか?でも……なんか、面白いね、このトリオ。


「二等兵よ。君は、もう私の部下であり、ルード王国軍の二等兵なのよ?」


「は、はい!!アイリス・パナージュ隊長閣下!!」


「よろしい。さあ、仕事を始めろ、二等兵ども!!」


「は、はい!!」


「りょ、了解であります!!」


 二等兵たちが鹿型モンスターのところに走る。そう、今からノコギリで解体して、肉片を回収する。血もね?


 それで、オレたちはこの砦を赤く塗るんだよ?あちこちを赤く塗って、死体があるように偽装する。


 最終的には、オレが『バースト・ザッパー』でいくつかの場所を壊したあげく、火を放つんだ。血と崩落と火災……あと、焦げた肉片……そういうもので、この砦にいた100人の兵士の死を偽装するんだよ。


 壊すことと火をつけるのは、細かく調査されるのを妨害してやるのが目的だ。崩れた石材の下から血塗られた兵士の服がはみ出していれば、掘り返す前に死亡を認定されるんじゃないかね?


 おそらく……詳しい調査はしないだろう。『呪い尾』のせいだとバレたら、ヴァン・カーリーの『裏切り』が『白虎』の最高権力者にバレるもんな。そうなれば、オレが殺すまでもなく、ヤツは死ぬだろう。


 賢く狡い男だから、上手く立ち回って誤魔化しにかかるはずだ。ここを帝国軍、あるいは難民に襲撃されたようにして、シナリオを描くはずさ。


「……どちらのシナリオなのかね?」


「帝国軍か、難民かってこと?」


 アイリス・パナージュが、アゴに生え始めた無精ヒゲを指で掻きながら思索に耽るオレに話しかけてくれる。察しがいいね、さすがはスパイだ。いや、今やフーレン兵士のボスだよ。


 じつは、ジーロウくんと100人の部下は、今ではルード王国に『亡命申請中』なのさ。働き次第では、その亡命は叶うだろう。


 その身分は、『アイリス・パナージュ特務大尉』の『部下』となった。パナージュ隊の誕生だよ。フーレンだらけのね?


 まあ、あそこで下手なノコギリの使い方をしているマヌケな鼻ピアス野郎より、はるかに上手くフーレンの戦士たちを使いこなせるのは確かだな。


 フーレンの相手は、酒場で慣れているだろうしね。


「……そうだ。ヴァン・カーリーは、どっちを企んでいるのかね?まあ―――」


「どっちも想定しているでしょうね。臨機応変に状況に応じて使いこなすつもりじゃないかしら」


「……だろうね」


「狡猾な男だわ。そして残虐……まさか、部下を生け贄にするなんてね?」


「ああ。だから、『逃げ道』を残して行動している。帝国軍のせいにも出来るし、その行為がマズいと思えば、難民のせいにして、難民たちを殺戮する……そしたら火消しには成功するよ」


「イーライを捕まえたのは、『難民が報復に来る可能性を作っておくため』ね?」


「まちがいなくね」


 そうだ。イーライ・モルドーは、そういうカードにされた。ここでイーライが死んだという事実があれば、難民たちが報復したと、嘘をつけるようになる。説得力は高いね、イーライは難民たちを今まで生き残らせた男。


 統率力も人望も、力もある。イーライの報復のためなら、難民たちがムチャするというハナシは説得力がある。そうなれば、難民たちを殲滅すれば、この砦での事件を終わらせることが出来るよね。


 まあ、それはあくまで『逃げ道』だろうな……難民を殲滅して、ヤツの得になることはないだろう。やはり、本命は―――。


「帝国軍とハイランド王国軍をもめさせたいのでしょうね。そうすれば、帝国と仲の良い『白虎』の現政権の支持は崩れるもの……『世代交代』を早めたいのかも?」


「……そうなれば、オレたちにも有益ではある。だが」


 ヴァン・カーリーの好きに状況を動かされるのは、屈辱だね。


 ポーカーに強くないオレの顔は、やはり分かりやすいのか?となりにいる女スパイの『お姉さん』が、クスクス笑っている。


「……気にくわないのでしょう?……いいわよ、貴方の好きな策を選んで」


「いいのかい?クラリス陛下に叱られないかな?」


「ルード王国に、被害が無ければ、怒られないわ」


 おお。背筋にゾクゾク寒気が走る。クラリス陛下、スパイさんたちにとんでもない指示を出しているっぽいなあ。それだけ、彼女も国を守るのに必死というわけだな。


「痺れる言葉だ。クラリス陛下、やっぱり最高!!」


「女王陛下を妻にするのはダメよ?」


「ああ。他人の女に興味はねえっての」


「なら、良かった」


「……それで。ピアノの旦那には連絡を入れたか?」


「……ええ。巨人奴隷に化けて、『帝国軍のキャンプ』に侵入しているところだと思うわよ?フクロウに運ばせた、貴方からの『プレゼント』を持ってね!」


「ありがたいね。行動が早くて助かるよ。そして、リスクも背負ってくれることには感謝だな」


「ルード王国の諜報部員の覚悟を舐めるなってことよ?これぐらいの任務、容易いわよ」


「……彼と巨人のお仲間さんたちも、『カエルの胃袋』を持っていて、助かるよ」


「貴方の準備の良さにもね?」


「なあに。『魔銀のヤスリ』の五十本程度、ゼファーにはいくらでも積めるんでな」


「……でも。情報を手に入れることが出来るかしら?」


「『何か』があるさ。帝国軍のキャンプに、大きめの『火種』がな?……じゃないと、ヴァン・カーリーちゃんみたいな、卑劣で賢い男は、動かないだろうよ」


「貴方はヒトの悪意を信じるのね」


「乱世の世渡りのコツだろ?……悪党が動くには、根拠がいる。根拠がなくても動くのは、正義の味方ぐらいのもんさ」


「……その勘に、賭けさせてもらうわよ」


「ああ。きっと、当たる……あの南東にある、帝国軍の群れには……ヴァン・カーリーの野心を後押しするに十分な、火種があるぞ……?」


 おそらくそれは、帝国軍を『弱体化』させる何かだ。だよなあ、ヴァンちゃんよ?君みたいな小狡い男は、強い敵に挑む勇気は無いだろう?……弱い敵だから、噛みつけるんだよな。


 しょせん、マフィアなんて馬鹿は、その程度の器しか持っちゃいねえよ。


 だから、チンピラちゃんの小細工を、この『魔王』サマが喰ってやるよ?君の功績にはさせん。国盗りでもしたいのかもしれないが、ああ、いいね、その小さな野心。楽しませてもらおうじゃないか。



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