第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その11
「父さん!!」
ピエトロがこの場に走って来ようとした。だが、シアンが彼の上着を掴み、彼を止めてくれる。そうだ。気持ちは分かるが、ピエトロよ。この酔っ払いどもは『白虎』、ハイランド王国を支配するマフィアちゃんたちだ。
あまり不用意に近づくようなものじゃないよ。
さて?正面に座っている、鼻ピアスのフーレン。態度が偉そうだよね、肌がよく見えるエロい衣装を着せた女子たちにお酒を注がせているし……。
それに、ロープで緊縛したエルフのオッサンを見下ろしながら酒を楽しんでいたわけだ。今夜、一番の獲物だろう?君の足下に転がっているのは、難民たちのリーダーだな?
「宴会を邪魔して悪いな。だが、ちょっと真ん中を通らせてもらうぞ?」
そう断りを入れながら、鼻ピアスのそばにオレは向かう。鼻ピアスはオレを見てくるが、オレは無視する。大事なのは、難民キャンプのリーダーの生死だ。
もしも、イーライ・モルドーが死んでいたら、入れ墨の入ったその顔の皮を剥ぐからな?
オレの無言の忠告を理解したのか?鼻ピアスの体がビクリと揺れるのが分かった。さて、コレは大したことのなさそうな敵だ、どうでもいい。まずは、彼からだ。
「おい、イーライ・モルドーか?」
オレはロープで縛られた男に確認する。血だらけで腫れ上がった顔のなかで、その目が開いた。ピエトロに似て青く、そして、とても力強い目だった。
「……そう、だが?……貴方は……もしかして―――」
「―――待たせたな、ソルジェ・ストラウスだ」
「……よく、来て下さった……こんな状況で……貴方と会えるとは、思ってはいませんでしたが……」
「なあに。気にするな。血だらけの男は、カッコいいと思うよ」
オレはしゃがむと、魔術で『風』を呼んで、彼を縛っているロープを切った。自由になった彼は、ゆっくりと立ち上がる。ふむ、骨は折られていないようだ。
「立てるか?」
「ええ。深い傷はありませんよ。顔中をしこたま殴られたぐらいです」
「みたいだな。無事で良かったぞ」
「……おい。赤毛?」
シアン・ヴァティにビビっていた『白虎』たちも、ようやく動けるようになったのかな。鼻ピアスの黒髪フーレンが、オレをにらんでいた。この場で一番偉そうな、三下がな。瞳の色は黒い。そして、尻尾も黒いね。
鼻ピアスはそれなりに印象的だし、かなり体格もいいが……特徴の少ない、そこらのフーレン族と同じようにも見える。
まあ、その顔に入れ墨があるところは、良くも悪くも目立つがな。その入れ墨は、黒く太い線だよ。幾何学模様?ちがうね、どうやら、獣の体毛をモチーフにしたようモノだ。
なるほど、『虎』の模様ということかな。それが、『虎』であることの証明なのかもしれない。
「お前は、『虎』なのか?それとも、『白虎』だっけ?」
「……オレさまは『白虎』の一員で、フーレンの上級戦士、『虎』だ。この顔の入れ墨が、『虎』の証……」
「じゃあ、『白虎』の特徴とか、あるのか?」
「フン。若い『虎』の大半は、今じゃあ『白虎』のメンバーだ」
「なるほど。勉強になったよ。ありがとう。それじゃあ、帰るよ」
「舐めてんのか、お前ッッ!!!」
『虎』が叫んでいた。彼の周りにいたエルフの女たちが、怯えて彼から離れて行く。『虎』ちゃんはオレをにらみつけて、牙を剥くが……ふむ。残念だ。
「もちろん、舐めてるんだけどな。ん?どうした?かかって来てはくれないのか?」
「……ッ!?」
粗暴なマフィアに襲われたら?斬り殺しても『正当防衛』と言い張れるかもしれん。こんな三下を殺しても、国際問題には発展しないだろうよ。
「どうした?来ないのか?……そうか。シアン・ヴァティにビビってるのか。つまらん男だ。これが、『虎』か?期待していたのに、残念だ」
「……『虎姫』には敬意をもって仕える。それが、『白虎』だからだッ!!」
怒りのままに拳を握り、『虎』は床をそれで叩いた。床の石が割れる。床が揺れたね。でも、それだけだ。飛びかかって来ない。つまらない。
「……お前のような弱虫ちゃんには、分かりやすい言葉で伝えておいてやるよ。オレは難民たちを守りに来た。今後、彼らに、指一本でも触れたら、お前を殺す。それでいいかな?」
「……ふざけているのか!?赤毛、お前は、オレたち『白虎』を脅すつもりなのかよ!?」
「ふざけちゃいないよ。そもそも、脅しているんじゃない」
「なに!?」
「ただ、『ルール』を伝えているだけだ。オレは、ムダが嫌いだ。これでも、君らに譲歩してやっているつもりなんだぞ?……もう君たちに期待はしない。難民のために船を寄越せとは言わない。だから、オレたちの邪魔をするな。分かるな?」
「勝手なことを―――ッ!?」
オレは鼻ピアスの『白虎』の襟元を鷲づかみにして、襟を捻って引き寄せた。ていうか、指を使って頸動脈をちょっと絞めてる。鼻ピアスはその頭を赤くしていく。いいかね、君?生殺与奪の権利は、オレにあるぞ?
兵士たちが動き始める。鼻ピアスを守ろうとしているのかな?だから?オレは脅すんだ。
「バカども!!動くんじゃねえッ!!動けば、コイツの首の動脈を、掻き切るぞッ!!」
この脅しは有効なようだった。兵士たちは動きを止める。くくく、マジで、こんな雑魚が『白虎』か?……軍隊の幹部サマかよ?なんて、クソみたいな国なんだ。
窒息寸前の鼻ピアスが、ゼヒゼヒと苦しそうにうめく。
「……いい顔になってきたな?耐えるコツはな、冷静になることだぞ?何も考えずに、リラックスしろ?その方が、命が長く保つ……」
「……っ」
オレのアドバイスを聞いてくれたのか、それとも酸素が脳に回らなくなっているのか、鼻ピアスは静かになってくれる。だから?オレはもう少し欲張ることにした。
「女ども!!もうキャンプに帰っていいぞッ!!……ああ、慰謝料代わりに、コイツらの食料庫の食い物、可能な限り、持って帰れッ!!」
「か、勝手なコトを!!」
「躾の悪い部下ちゃんだな。おい、鼻ピアスくん?」
オレは鼻ピアスを引き寄せて、彼に命じる。
「いいか。いつでも殺せる。どうなりたい?なあ?死にたいのか?」
鼻ピアスがちょっと横に首を振った気がする。
「ほら!死にたくねえんだってよ!!おい、そこの兵士?どうする?お前が、彼女たちに慰謝料を渡したくないってごねるんなら、こいつをぶっ殺すぞ?そのあとで、シアンと組んでお前らも皆殺しにしてやる」
「そ、そんなことが、出来るワケがない!?」
「やれるさ。主力は消えているからね?それに酒や薬で酩酊状態。お前らを一方的に殺すなんて、たやすいことさ」
「……ッ!!」
「なあ。どうするんだ、兵士?オレは、話し合いに来てやっているんだぜ?場合によっては、このまま帰ってやってもいいんだぞ?ん?どっちがいい?慰謝料を寄越すか、全員殺されるか?……君の選択にかかっている。オレはどちらでもいいんだが?」
サイアク。この砦の連中を皆殺しにして、帝国軍の仕業になるよう工作してもいい。おそらく、ルード王国軍の有能なスパイ・チームは、オレとシアンによる殺戮の現場を、帝国の仕業に見せかける工作を用意しているだろう。
彼女たちは、とても有能な人々だからね?……アドバイスをくれる時点で、もう手配は済んでるんだろうよ。
オレは兵士の言葉を待った。ぜえぜえ、という苦しそうな音だけが、この場に響いていた。やがて、その兵士は頭を垂れた。
「わ、わかった!!持っていけ!!」
「そうだ、分かったな、女子たち!!持てるだけ食糧をかっさらって行け!!君たちが連中のセクハラに耐えた、正当な対価だ!!」
難民の女たちは喜んでいる。戸惑うかと思ったが、苦労が心を強くしたのかね?いいことだよ。
彼女たちはセクシーな衣装のまま、この宴の場所から撤退していく。食料庫に向かったのかね?まあ、逃げるだけでも十分だが……可能な限り、食糧を奪っていけ。労働の対価は、いただかねばならん。
「し、指示には従った!!隊長殿を、離せ!!」
「ああ、よく出来ました。ほら、自由だぞ?」
オレはようやく指による絞首を解除して、床にそいつを放り捨てるのさ。鼻ピアスが、げえげえと赤みがかった唾液を口から垂らしながら、こちらを恨めしそうに睨む。
くくく、いいじゃないか?さっきよりは、いいツラするようになっているぞ?オレの表情が気に入らなかったのかな、ヤツは、激昂した。唾液を吐き散らしながら、兵士たちに命令をする。
「こ、殺せッ!!こ、コイツを、殺せえええええッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「王国軍を、舐めやがってえええええええええッ!!」
「ゆるさんぞ、ぶっ殺してやるんだあああああッ!!」
酔っ払った兵士たちが、ふらつきながら立ち上がる。このまま斬り殺すと―――さすがにルード王国とのあいだに国際問題化するかな?
シアンもつまらなさそうにしている。斬りかかられたら反撃して殺すだろうが……まあ、今は殺さないでおいてやろう。
「―――『風』よ、来いッ!!」
殺しはしないが、転けてもらうことにするぜ。オレは魔力で呼んだ突風を、この宴の場所に解き放つのさ。酔っ払ったフーレンたちは、その足をすくいにかかる風により、もつれるようにして転倒した。
だが。
時間を与えてしまったかな、転けた兵士たちに代わり、鼻ピアスが起き上がる。
「殺してやるッッ!!」
肥えたクマのような大男だな、立ち上がると?『虎』の称号に相応しいほどの力強さを感じる。鼻ピアスの彼が、腰裏にある刃を抜く……いいや。そいつは、斧だ。分厚い刃をした手斧を左右の手に持ち、『虎』が迫る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
破壊力にあふれる鋼の一撃を、オレはしゃがんで回避する。シアンの奥義を見せつけられたからかな?オレって影響されやすいタイプかもしれん。
竜太刀は抜かない。この程度の雑魚を仕留めるのに、武器まで使う必要など、どこにもないのだから。
斧の連打をかいくぐり……その脂のついた腹目掛けて、左の篭手をぶち込んでいた。
篭手の鋼が伝えてくるよ。その固い衝撃が、彼の脂肪の下にある大きな筋肉を貫いて、横隔膜を揺らしたことをさ。
窒息寸前だった直後のラッシュ、それに合わせて肺の底である横隔膜をブン殴られるんだ。ヤツにとっては、あまりに辛い責め苦だっただろう。目を見開きながら、その巨体が両膝を突いた。両手から手斧が落ちたね。
あとは、鉄靴の底で、軽い前蹴りをヤツの胸に叩き込み、床へと吹き飛ばすのさ!!ああ、背中を打つ。そして、さらに呼吸が乱れてしまうぜ。もう、彼は目を回しそうだった。
オレは、それで帰るつもりだった。
暴行を加えられたと思しきイーライ・モルドーの治療もしてやりたいし、これ以上のケンカは死人が出てしまうからね?
「よし……帰ろうぜ―――って!?」
シアンがオレのとなりを歩いて行く。そして、仰向けに伸びている巨漢の『虎』に蹴りを入れた。その痛みで、鼻ピアスは目を覚ます……。
「と、『虎姫』さま!?」
「……不甲斐ない。『虎』を名乗っておきながら、この弱さ……ッ!!万死に、値するぞッ!!」
シアンは『虎』として、この弱い鼻ピアスのことが許せないようだ。なるほど、彼女も『虎』の一員ではあるからね。激昂するままに、彼女は叫んでいたよ。
「……剥ぐ!!」
「はぐ?」
オレは理解が出来なかったから、聞き返していた。
「コイツの『顔の皮』を剥いでやるぞッ!!『虎』の証を入れるなど、貴様のような未熟者には、あまりにも相応しくないッ!!」
また他人さまのところの激しい異文化に出遭ってしまっているなあ。なるほど、あの顔の入れ墨が『虎』の証。だから?『虎』に相応しくない彼のそれを、剥ぐのか……。
「や、やめてええええええええええええええッ!!ゆ、ゆるしてくださいいいいい!!」
大男が泣き叫ぶ。必死なところを見ると、シアンは何度かそれを既にしたことがあるのかもしれん。
だが、青年よ。その態度は、火に油を注いだようなモノじゃないかな?『虎』の誇りを穢されて、シアンはさらに怒り狂う!!
「ならば、去勢してやろうッ!!『虎』の名において、弱く惨めな貴様が、繁殖し、子を成すことは、許されんッ!!」
「やだああああああああああああああああああああああああッッ!!」
去勢て。本気か?……本気なのかも。どうするのかは想像がつかなくもないけど、想像したくない。なんか、男として怯んでしまうよね……?
オレは怒れるシアンを背後から抱きしめる。
「なんだ、ソルジェ・ストラウス!?」
「はいはい。お怒りはごもっとも。でも、もう帰ろうぜ?そんなに虐めちゃ、かわいそうだよ?」
やめてあげろよ、去勢って?男の子として見たくもされたくもない暴力、第一位だ。
「なんだと!?我がフーレンの、『虎』の聖なる厳罰を、侮辱するのか!?」
「そうではないが、まあまあ、怒るなって!?」
「いいや。『長』の命令といえど、これだけは、執行しなければならんッ!!」
タマ狩りに情熱を捧げるシアンを、オレは必死に拘束する。力ではオレの方が上だからな……。
このカオスの中で、鼻ピアスが土下座する。うむ、必死の命乞いの姿勢か?そうだとしても、『虎』としてダメだろ?シアンの怒りが回復するとは思えんぞ!?
「殺す!!この、臆病者が!!『虎』の名を、そこまで穢すのかッッ!!」
ほら見たことか!?……鼻ピアスよ、もっと考えてから行動しないか!?オレ、君のタマをこんなに必死に守ってやる義理なんて、本当は無いんだからね!?
「し、シアンお姉ちゃん、ゆ、ゆるしてくださいいいいいいいいいいいいッ!!」
「……ん!?」
「……おい。シアン、そいつ、もしかして知り合いか?」
「……こんな男は知らん」
「お、オレですよう!!となりの家の、ジーロウ・カーンっす!!」
「……ジーロウ!?あの、泣き虫ジーロウか!?あんなチビッコが、ここまで、大きくなったというのか!?」
長い時を感じる言葉だったな。ジーロウくんは、土下座する頭を起こす。
「そうっす!!ジーロウっすよ、シアンお姉ちゃんッッ!!」
「……ぬう。貴様の、母親には世話になった……彼女に免じて、今夜の失態は、見逃す」
良かったな。ジーロウ。君のお母さんのおかげで、君はタマ無し野郎にされずにすんだよ……。
「やれやれ……これで、とりあえず騒ぎは――――――ッッ!!」
「――――ッッ!!」
オレとシアンが、最初に気がついていた。ほぼ同時にだと思う。オレたちは、この砦の『窓』を見た。岩で造られたこの頑丈な砦の、小さな『窓』を。そこに……琥珀色の巨大な眼球が光を放っていた。シアンが叫ぶ!!
「窓から離れろッ!!」
兵士たちは、何事かと驚いている……驚く前に、逃げれば良かったのにッ!!『眼』がのぞき込む『窓』……そのすぐとなりの『窓』から、その白い尻尾は伸びてきていた。
そして……その鋭いトゲの生えた巨大な尻尾は、兵士の一人を鎧ごと貫いていたのさ。
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