第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その12


「ぎゃあああああああああああああああああああああああッ!!」


 腹部を後ろから貫かれたフーレン族が、悲鳴を上げる。シアンが舌打ちしながら走っていた。風のようなスピードは、慈悲をまとうのさ。斬撃が、フーレン族を貫く白い巨大な尻尾を切り裂いていた。


『ぎゃひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!』


 『窓』の外……いいや、砦の外側に張り付いているそいつは、苦しみの声を上げながら、切断された尻尾を『窓』から抜いた。


「……くそ!」


 シアンは腹を貫かれた兵士を見つめている。彼は、まだ、生きてはいたよ。だが、腹を貫いているトゲは、ぐねぐねと動きつづけているぜ。その度に傷口は広がり、兵士の口から、悲鳴と血があふれていく。


 仲間の兵士ですら、その残酷な不気味な光景に阻まれて、彼のそばに駆け寄れなかった。だから?シアンが、同じ尻尾を持つフーレンの同胞として、慈悲をくれてやるのさ……。


「……私の刃で死ね。それで、いいな?」


 怯えてはいたが、兵士はうなずいていた。左目から泪を、右目から血涙を流しながら。口は、血の混じった唾液と共に、うつくしき黒髪の剣聖に願いを放つ。


「おねが、い……こ、ころ、し、て……」


「……ああ。目を閉じていろ。痛みもないさ」


 彼女はやさしく微笑みながら、彼の首を斬り、その苦しみに満ちた時間を、すみやかに終わらせていた。苦しんで死ぬよりは、『虎姫』の刃で逝けたなら、フーレン族にとっては最高の救済手段ではないのだろうか……。


 ああ、しかし、何てことだ?……あれだけ、強力な魔力を放つ『敵』に、ここまで接近されるまで気がつかなかっただと!?このオレさまが!?不覚すぎるぜ。


 今は、眼帯を外した魔眼のおかげで、この砦の外壁を這い回っている『敵』の姿がしっかりと終えている。しかし、なんなんだ、あれは?


「……ここらは、夜になると、あんなモノが森から来るのか?」


 オレは肩を寄せ合うピエトロとイーライ親子に質問をした。彼らは、同時に首を振る。横にだったよ。否という意味だろう。


「い、いいえ。オレ、見たことありません。あんなのは、知らない……」


「私もですぞ。なんですか、アレは……あまりにも、禍々しい……ッ」


 ビチリビチリビチリ!


 死者の腹を貫いた尾は、まだぐねぐねと動いていた。釣り上げたばかり大ウナギのようにな。本当に禍々しく、そして厚かましい。


「……ふざけやがって」


 シアンが、怒りのままに刀でそれを切り裂いて、ようやく動かなくなった。シアンの尻尾は、怒りのままに毛を逆立てていたままだったが―――。


「―――の、『呪い尾』だああ……っ」


 オレの近くに倒れているヘタレの『虎』……たしか、ジーロウ・カーンが、そう口走っていた。


 彼の言葉に、フーレン族の兵士たちは動揺している?……どんな意味の言葉なのかを知りたくなるな。


「なあ。シアン?……ヤツは……『呪い尾』というのは、『何』だ?」


「……読んで字の如くだ」


 『呪われた……尾』……いや、分からんぜ?『尻尾』をもつフーレン族に、何かしらの関係を感じなくもないけどな。


 だが……『呪い』というのなら、『呪ったヤツ』がいるのかね?つまり、それならば……。


「……誰かが、ここを狙わせたのか?」


「……あ、ありえねえよお……ッ。そ、そんなこと、あるわけがねえ……っ」


 事情通を見つけたぜ。オレはパニック状態で半泣きの、ジーロウ・カーンに顔を近づける。ヤツの太った頬を軽く叩いて、こちらへ注目させた。


「おい。何を知っている。アレが、どういったものなのか、話せよ?」


「……あ、あれは……『呪い尾』だ、たぶん……っ」


「そうか。で、『呪い尾』とは、何だ?」


「……知らねえのかあ?ああ、アンタは外国人だからな、ソルジェ・ストラウスさんよお」


「この国の者なら、誰でもアレを知っているとでも?」


「……そ、そうは、言わねえが……武術をやる者なら、知っているはずさ……『呪い尾』ってのは、元は、『虎』で……」


「……『虎』だと?つまり、アレが、フーレンの戦士だった!?」


 オレは魔眼で『敵』の影を透視する。砦の外壁にその長く細い指でしがみついて、尾を斬られた痛みのままに、壁を走り回っている。アレが!?あんなものが、元々、ヒトだというのか!?


「……『呪い』をかけられると、アレになるのか?フーレン族は?」


「……あ、ああ。周到な用意と『儀式』がいるけどなあ……っ」


「『儀式』ね……」


 イヤな響きだぜ。さぞかし、邪悪さに満ちている儀式なんだろうよ。


「なあ、ジーロウ……だったな?」


「あ、ああ。そうさ、オレは、ジーロウ・カーンだよ……」


「『誰』が、アレをここに寄越した?」


「……そ、それは……それは……っ」


「おい。教えてくれよ?」


「……だ、ダメだあ。部外者には、言えねえよ。尻尾の無いヤツには、言えねえんだあ!!」


「―――『呪い尾』を作れるのは、『須弥山』の『呪禁者』たちだけだ」


「し、シアン姉ちゃん!?だ、ダメだよ、外国人に教えちゃあ!!『長老たち』に、どやされるだけじゃ、すまねえぞ!?」


「……フン。今さら、この小さな国の理などに、縛られん」


 ふむ。


 察するに、ハイランド王国の『秘密』に触れているようだな。『須弥山』の『呪禁者』か。まあ、『呪術』を専門に扱う集団ってのは、各国に大なり小なり存在しているものさ。


 そして、その邪悪で有用な性質ゆえに……存在そのものさえも秘匿されることがあるものだ。


 『須弥山』の『呪禁者』。おそらく、『呪い尾』とやらを創り、この場所にいる誰かを狙っているのは、そういった秘匿された存在か。


「ね、ねえ。サー・ストラウス?」


「どうした、アイリス?」


「あのバケモノ……難民たちを狙わないかしら!?」


「……ッ!!」


 マズいぞ。砦からは、逃げ出している女子たちも―――。


「それは大丈夫だ。『呪い尾』は、ターゲットしか狙わない」


「……難民は、ターゲットではないってことかしら、『虎姫』さま?」


「ああ。安心しろ。難民を狙っているのなら、ここに来ない」


 シアンの言葉に、ピエトロとイーライのモルドー親子は安堵の息だ。そうだな、あのキャンプには、ピエトロの母親がいるはずだもんね……。


「で。ジーロウ。アレは、『兵士』を狙ったぞ?……どういうことだ?」


 この場で最も事情に詳しいであろう男に、オレは再度、質問をぶつける。


「……お、オレたち……きっと……け、消されるんだ……ッ」


「……ターゲットは、この砦の『兵士』か……それで、『誰』が、こんなことをしている?なぜ、『白虎』であるお前と王国軍を、狙うんだ?……『白虎』の『誰』だ?こんなことを企てたのは?」


「……っ!?」


 気づいている顔だな。だからこそ、怯えたな、ジーロウ・カーン。否定したいぐらいイヤな事実なのか、命に代えても守るべき価値ある秘密か。君には後者は似合わんな。

  

 どにらせよだ。『誰』がお前たちを殺そうとしたのか、気づいている。そうだ、オレも方向性は分かるぜ?……酔わせておいて、薬をやらせておいて……異常なほどに、油断させたあげくの襲撃だ。


 『この宴を企画した人物』にしか出来ないだろ?それは、おそらく、このジーロウ・カーンの『直属の上司』のような人物しかね……つまり、マフィア流に言えば、『兄貴分』か?


「……ジーロウ。お前、何をしでかした?どうして、お前の組織に消されようとしているんだ?」


「お、オレ、何もしてねえよ!?……い、いや……だから、かも……」


「どういう意味だ?」


「……や、役に立ててねえってことさ。オレは、『虎』にはなれた。力もあるし……道場では、そこそこイケてた……でも、実戦だと、ダメだ」


「……ああ。なんか、その辺は、分かるよ」


 そうだ。この男は『虎』に相応しい力を発揮出来るはずの男だ。力も体格もあるし、技巧も悪くはない。道場ならば、有能だったはずだ。その頃は、マジメに鍛錬でもして、今ほど太ってもいなかっただろうからな―――。


「……役立たずだから、こ、殺されちまうんだあ……ッ」


「こんな場所でか?」


 こんな国境沿いの砦という、軍事拠点でか?……『白虎』という組織の性格をオレは知らないが、いくらなんでも派手すぎないか?ジーロウくんが気に入らないなら、呼び出して殺せばいい。『虎』なら……彼を殺すことは難しくないだろう?


 ジーロウくんを処刑したいほど嫌いなのかもしれないが、そうじゃない。『そいつ』の目的は、そんな個人的な感情を動機にしてはいないはず。


「……アイリス、どういうことだと思う?」


 頼むぜ、女スパイ。君なら、情報をたくさん持っているはずだ。この状況がどういう動機にもとづく行いなのかを、分析してくれないか?


「……さっき、私が貴方に言った作戦あるでしょ?」


「……ああ。この砦の連中を『皆殺し』にして、『帝国軍』に殺されたように偽装するという悪辣なヤツか」


「これは、間違いなく、そのプランよ。私たちのじゃなく、『白虎』の誰かさんのね?」


「帝国と、ハイランド王国を、仲違いさせたいと願っているヤツがいるというのか?……『白虎』の内部に?」


「そう考えると、あれだけ無防備に酒や薬で眠りこけていたことにも、説明がつくでしょうよ」


「つ、つまり……こ、殺しやすいように、わざと、宴をさせていたってことですか!?」


 ピエトロが、その若い顔を青くしながら語った。マフィアの性格の悪さを知って、ゾッとしているのかもしれない。


「きっと、そうね。このお酒も……ほーら、なにか怪しい粉が浮いてるわねえ……いけない粉でも混ぜてんじゃないのかしら」


 女スパイでもある酒場の女将は、そこらに転がっていた、まだ未開封の酒瓶を細くした目で見つめている。オレの魔眼にも、映ったな。たしかに、なにか粉状の物質が浮いている。小さい粉だが確実にある。


「薬か?」


「おそらくね。運動機能を麻痺させるとか、眠気を呼ぶとか、そんな類いじゃないかしら?入念ねー!!よっぽど、ここの砦の連中を殺したかったみたいだわー!!」


 女スパイはあえて大声で話している。その事実を、宣伝しているね。ハイランド王国軍の兵士たちに……彼らは、青い顔をしている。


 そして、自分が呑んでいた酒瓶を持ち上げて、その液体のなかに、白く光る、なぞの物質を見つけるのだ。


 いたたまれない空気のなかで、正義感の強い若者は、苦しそうに叫ぶ。


「な、仲間同士ですよね!?な、なんで、そんなヒドいことをするんですか!?」


 ピエトロの疑問にベテランのスパイは答えを与えた。


「その犠牲を支払っても、『そいつ』は得るものがあるのでしょうね。きっと、イーライをここに連れ込んだのも、ここで殺したかったからだわ……『白虎』のハイランド王国軍、帝国軍、そして難民……この三者を政治的に利用しようとしているのよ。たぶんね?」


 イーライ・モルドーは眉間に深いシワを寄せながら、その名を口にしていた。


「……『ヴァン・カーリー』……私をここに連れてきた男の名前は、そうだったぞ?取引があると言われて、ここに来たが、嘘だったよ。連れて来られると、すぐに縛り上げられた……その後、そこの大男に殴らせて……彼は、どこかに消えたのだが……」


「……『ヴァン・カーリー』ね?……シアン、どんな男だ?」


「……私の兄の友人だ」


 まったく、狭い世界だな。


「どんなヤツだ?」


「面識はそれほどない。だが、おそらく、『白夜』でも、相当な高い地位に出世しているのではないか?ヤツの武術の腕前は、かなりのものだと聞いたし、家が金持ちだ」


「そうか、いかにも出世しそうだね……なあ、ジーロウ、そしてハイランド王国軍の兵士諸君?」


「……な、なんだ?」


「君らは、『ヴァン・カーリー』とやらに利用されているようだ。彼は、君たちをここで殺して、おそらく帝国とハイランドのあいだに亀裂を入れたいらしい。君たちは、彼の野心の生け贄だな」


「……あ、兄貴……ッ。ひ、ひでえよ……オレ、兄貴に言われたこと、なんでも……して来たはずなのに……ッ」


「た、隊長!!わ、我々は、ど、どうすれば!?」


「み、見捨てられたのですか!?」


「『呪い尾』まで、放たれて……ッ」


「オレに、オレに、聞くんじゃねえええええええええええええッッ!!」


 ジーロウ・カーンも兵士たちも路頭に迷っているようだな。ふむ。好都合だな。取り込むチャンスが出来たぞ?


「……おい。ジーロウ・カーン?そして、兵士たち」


「な、なんだよ?竜騎士?」


「……上の連中に捨てられたのなら、オレたちと手を組まないか?」



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