第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その7


「男同士、仲良くなれたみたいで何よりねー」


「ああ。彼とは気が合いそうだよ」


「あ、ありがとうございます!!」


「うふふ。ソルジェさまは男の子に人気ですよね!」


 カミラがそう言ってくれる。女子にだって人気者でありたいと思うけれど?


 ……まあ、向き不向きというものもあるよね。竜太刀背負った鋭い目をした赤毛の大男。しかも眼帯つき。カワイイから最果ての地に住民票を持っていそうだよ。


 かまわんさ。ヨメはすでに三人いるのだからな。


「さて……ピエトロ?」


「は、はい!!なんでしょうか、サー・ストラウス!!」


「君の親父さんに会えるかな?この難民キャンプの代表である、イーライ・モルドーに?オレたちは、彼に会いに来たんだ」


「そ、それが……その……っ」


 ピエトロは歯切れが悪いな。何かトラブルでもあったのかもしれない。ならば、聞いてやるのが大人の対応だろう。


「どうかしたのか?」


「……二時間ほど前に『白虎』の連中が、父さんを訪ねて来て……あいつら、父さんと何か大事な取引をしたいとか言って、父さんを連れ出したんです……」


「『白虎』が大事な『取引』をするだと……?」


 きな臭い響きだな。アイリスに視線をやる。彼女なら詳しい情報を持っているかもしれないと考えたのだが。彼女も眉間にシワを寄せて何かを考え込んでいるぞ。


 おそらく、いくつかのことを想像は出来ているのだろうが、確信は持てないといったところか?


 ……ならば、すべきことは一つだ。オレはイーライ・モルドーに会いに来たのだ。彼がここにいないのなら?いる場所へと向かおうじゃないか。


「ピエトロ、『白虎』の連中は、親父さんをどこに連れ出したんだ?」


「え?そ、それが……北の『砦』だって、言っていました……オレは、留守を任されたんです。夜になると、森からモンスターが這い出して来るから……見張りがいるんですよ」


「……なるほどな。それじゃあ、チームを分けるとしよう。オレと砦に向かうチームと、ここで見張りにつくチームだ」


「え?さ、サー・ストラウス、もしかして……父さんを、迎えに行ってくれるというんですか?」


「ああ。『白虎』とやらの顔もそろそろ拝んでおきたいしな。君の親父さんも心配だ」


「あ、ありがとうございますッ!!」


 ピエトロが喜んでいる。憧れの存在であるオレが、君の家族を心配しているから?いいや、それもありはするのだろうが……彼は本気で親父さんのことを心配しているのだ。『白虎』はマフィアだ。


 そういう連中は、暴力で威圧し、物事の主導権を握ろうとしてくるはずだ。この難民キャンプの連中も、大なり小なり、ヤツらの暴力を見せつけられているのではないだろうか?


 ……ああ。オレは冷静だよ。


 とても、冷静さ。


「……よし、じゃあ、チーム分けをするぞ」


「うん!!お兄ちゃん、私はどっち?」


 ミアか……万能なタイプだよ。襲撃も、警護も、救出も……何でもイケる。だが、最大の売りはその高機動力だな。


 ならば……今夜はキャンプを守ってもらおうか?ミアならキャンプの連中が怯えることもないだろうしな。


「ミアは、キャンプを守ってくれるか?お前なら夜目も利く」


「了解だよ、お兄ちゃん!!」


「ソルジェ・ストラウス」


「どうした、シアン?」


「私は、お前と砦に行く」


 なるほど。『白虎』の動きが気になるか?……まあ、シアンにはついて来てもらうつもりだったしな。彼女は『虎姫』、フーレン族との『交渉能力』がありそうだ。つまり、恐れられているだろうから。


「ああ。頼むぞ、シアン」


「では、私はどうする?」


 リエルか……そうだな。彼女には、ここでしてもらいたいことがある。


「キャンプに残ってくれ。襲撃されたら防衛するのはもちろんなんだが……」


「……だが?」


「ここは薬が足りないようだ。それに、負傷者も多い。ゼファーに積んである、オレたちの薬草のストックを使ってくれていいから、彼らに薬を分けてやってくれないか?」


「い、いいんですか!?そ、そんなことをしていただいても、オレたち、金とか、持っていないですよ!?」


「金はいいんだ。オレたちはルード王国のクラリス陛下の依頼で、君たちの救援に来た。感謝はオレでなく、クラリス陛下にしてやるべきだな」


「そ、そうなんですか……ああ、オレたち、見捨てられていたわけじゃ、なかったんだ」


 見捨てられた……か。そうだな、不安だったよな。ハイランド王国軍と、帝国軍に挟まれて、身動きの取れない日々だった。


 オレは、もっと早く、ここに来るべきだったのかもしれないな。


「リエル、頼めるな?」


「ああ!そういうことなら、任せておけ!!」


「ありがとうございます、リエルさん!!あの、あっちの赤い旗が飾ってあるのが、オレたちの救護所というか、病院というか……とにかく、そんなトコロなんです!」


「うむ。あれだな?」


 美少女エルフさんの長い指が、キャンプの中央部付近を指差していた。なるほど、キャンプの中央に医療施設を置いたか……血に惹かれて、原初の森林からあふれてくるモンスターどもから、負傷者を遠ざけるためか?


 その意味では、悪くはない配置だな。


「あそこにはオレの母もいるので、そこに薬を届けてもらえたら、助かります」


「ああ。任せろ。しかし……お前、なぜ、私の名前を知っているんだ?」


「え?そ、それは、その……有名じゃないですか!?サー・ストラウスの正妻で、弓使いのリエルさんって、名が知られてますもん!?」


 ピエトロは嘘をついている。まあ、リエルに一目ぼれして、オレに彼女のことを訊いて来たから教えてやっただけだが。


 言いにくい真実だな。彼の一目ぼれは、三分ぐらいで終わったという事実も、ちょっと悲しいし。


「そ、そうか!!わ、私も、有名になっていたのだな……っ!!」


 自尊心を満たされて喜んでいるな。リエルちゃんって、森のエルフの王族のせいか、どこか目立ちたがりでもあるんだよね?……有名になったと考えて、よろこんでいる。


 だから……本当のことは口にしないでおこう。そっちの方が喜びの多い時間になる。


「頼んだぞ、リエル」


「任せておけ!!森のエルフの秘薬の力を、見せつけてやる!!」


 そう言いながら、はりきりエルフさんは走り始めていた。ミアもついて行く。ゼファーの荷物から薬草やエルフの秘薬を運び出す気だろうな。ミアは、それを運ぶお手伝いもするつもりだろう。


 さて……『先輩』たちに遠慮しがちな、カミラは……じーっと、あのアメジスト色の瞳でオレを見つめていた。もっと、積極的に自己主張して来てもいいんだけどね。


 でも、その大人しい性格なところも好きだしな……そんなに大人しくて地味な性格なのに、ベッドの中では肉食系なところも好きだ。まあ、それは別にいい。今は命令を与えなくちゃな……。


「カミラもキャンプの守りについていてもらえるか?」


「はい!了解です!」


「君は、ミアよりも夜目が利く。キャンプに近づく敵がいないか、見張っていてくれ」


「任せて下さいっす!!」


 そして少女は走って行く。


 ああ、いつもながらスゴく脚が速いね。彼女、近くの丘にたどり着くと、腕組みしながら原初の森林をにらみつけている。監視モードだな。猟兵女子が三人で守るとなれば、安心していいだろう。


「さて。あとは、アイリス……君はオレの部下じゃないけど、同行をお願いしたいよ?」


「そうね。私もイーライ・モルドーの無事は気になるところよ。ええ、一緒に行くわ」


「ありがとう、情報通の君が来てくれると助かるよ。さて……ピエトロ?」


「は、はい!!」


「お前はどうする?」


「お、オレですか?」


「ああ。オレたちと共に来るのもいいぞ。オレの部下である猟兵が三人もここに残る。ここの守りは完璧だ」


「そ、そうですね……」


 ピエトロは考えている。葛藤が見てとれるな。親父さんからの命令を守ろうとする気持ちもあるだろうし、彼を心配する気持ちも強いのだろう。


 エルフ族の少年はしばらく考えた後で、真剣な顔で言うのさ。


「お願いします!!オレも、連れていって下さい、サー・ストラウス」


「そう言うと思っていたぞ。案内は任せてもいいか?」


「はい!!みなさん、オレについて来てください!!」


 そして少年は走り始める。ああ、確かに左の足首を、まだ少しだけ引きずっているようだが―――これだけ走れるのなら数日で良くなるだろう。若いし、身軽なエルフ族だからね。足回りのケガの治りも早いはずだ。


 背中の弓も、良く使い込まれているのが分かる。戦士としても、狩人としても未熟さは多く残しているようだが、親父さんの指導のおかげか、それともこの過酷な旅で磨かれたのか?


 猟兵としての知識と感性に頼れば、彼の戦闘能力が、中級レベルの戦士に達していると告げてくる。


 いまだに若く未熟ではあるが……ピエトロ・モルドーには才能があるんだろう。一度、その腕前を戦場で見たいという願望が頭の中に生じていた。


 ……まったく。猟兵というのは、本当に血なまぐさくていけない。


 さて。


 難民キャンプを抜けて、しばらく走ったオレたちの視界には、もうヴァールナ川の支流が見えている。そこから視線をさらに北へと動かしてみると……灰色の砦が見えたな。


「あそこか?」


「はい!!父さんは、あそこから来た兵士たちに連れて行かれたんです」


 そして二時間も帰らないだと……?


 大した距離ではないのだからな、この時間の経過は、家族を心配させるに足りてしまうぜ?


 さて……『白虎』どもは何が目的だ?


 難民キャンプに、どんな交渉を持ちかけてきたのだろうか……。


 そして……何よりも、このタイミングで、動いたのか?


 オレたちの動きを察している?……オレたちが来る直前に、動きを見せたんだぞ?偶然だとは思いにくい―――。


「なあ、ピエトロ?」


「はい!なんでしょうか!?」


「……『白虎』どもは、ちょくちょく来ていたのか?」


「ええ……あいつら、女たちを……その……」


 皆まで言わなくても、オレには通じる。『白虎』が、マフィアが、ここの難民たちに用があるとすれば……?


 労働力として難民たちを扱うか。あるいは、難民の女性たちを性的搾取の対象にするかといったところだろうよ。


「……『白虎』は、食糧や、医薬品を引き替えにしようと持ちかけて来たのか?……『君たち自身』を対価にして?」


「……はい。あいつら、卑怯なんだ……ッ。オレたちが、困っていることを知っている。オレたち、腹は減っているし、ケガ人だらけなのに、薬もないんだ……っ」


「そうか。そうだな」


「だから……オレが知っている子たちも……食糧と、引き替えに身売りをさせられてる。家族のために、奴隷になったヒトもいるんだ……それに……女の子たちは…………」


 ピエトロの無言が、オレの心に刺さってくる。


 ああ、マフィアなんぞ、どこの土地でもクズ野郎ばかりってことさ。弱者や困窮者の苦しみに付け入って来るんだよ。百害あって一理も無いよ―――。


 若いピエトロは、走りながら腕で顔をぬぐう。分かっている。泣いているのさ。現実に対して、自分の力があまりにも無力だったとき?男の目玉は、悔し泣きするように出来ているんだよ。


「オレたち、自由になりたくて、西を目指したのに……ッ。フーレンの連中に、たかられているんです……ッ。それがイヤだから、父さんたちは森に入って獲物を、よりたくさん獲ろうとして……ムリして……どんどん、ケガ人が増えていく……ッ」


「……なるほどな。少年、よくぞ話してくれた」


 フーレン族であるシアン・ヴァティは、ピエトロの背中を、あの琥珀色の瞳で見つめていた。彼女もフーレンであり、『虎』だ。同胞たちが、ピエトロたちにした行いに対して、どんな気持ちを抱いたのだろうか?


 他の『虎』のことには詳しくないが。


 オレは、シアン・ヴァティが『虎』という言葉を口にするとき、いつも誇らしげに琥珀色の瞳を細めていることを知っているぞ?


 今の彼女の瞳も、細められている。


 だが……その瞳に宿っている感情は、誇りなどではない。怒りと、嫌悪の感情だよ。


「……『虎』の風上にも置けぬ連中だな。ソルジェ・ストラウス……『長』の命令には従ってやろう。だが……失望させるなよ」


「くくく!……ああ、じつはオレも短気でね?」


「……知っている」


 さて。物騒なことを話しているのに、アイリスは釘を刺しに来ないな。


 オレとシアンという血の気の多いコンビだからかね?……狂戦士に忠告なんてムダなことだと分かっているからか?……それとも、君も、いい加減、『白虎』に腹が立っていたのかな。


 どうあれ。


 砦は見えてきたぞ。


 灯りが見えるし、衛兵たちの姿も見えた―――。


「ピエトロ、止まれ」


「は、はい!!」


 ピエトロの素早い脚が停止する。そうだよ、オレとシアンがいるんだ。最前線は、オレたちのような剣士の役目だよ。そして……未熟な若者の盾になるのは、大人の役目でもあるのさ。


 オレとシアンがピエトロを抜いて、最前列になったよ。アイリスもピエトロの側にいる。うん、さすがはオレよりもベテランの戦士だよね、必要なことは口にしなくても伝わっているんだから。


 そうだ、オレたちはベテラン。残酷な世渡りを長く続けてきた……そんな大人チームの怖いところを、見せるハメにならきゃいいんだけどなあッ?


 ……『白虎』とやらよ、態度には気をつけろよ。



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