第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その8
「止まれッ!!」
砦の近くまで歩いたら……?まあ、当然のことながら、見張りの兵士に声をかけられる。コイツらには尻尾があるね。こいつらは、フーレン族の兵士だが―――『虎』なのか?
分からない。
フーレン族の『上級戦士』が、一定の条件を満たすと『虎』と呼ばれるようになるらしいが、シアンはあまり詳しく話してくれない。『強ければ、『虎』だ』……らしいが。
この槍を持った二人の見張りは、どうだろうか?
王国軍の制式装備なのかな?きちんと磨かれた軽装の鎧に、オニオン型の兜。槍がメインの武装らしいが、腰裏にはフーレン族が好む曲刀を下げているな。
どちらも体格は十分だが……それだけのようにも思えるな。いくらでも斬り殺すイメージが頭に浮かぶ。ふむ……『虎』ではないのかね。
フーレンの兵士が、オレに声をかけてくる。
「貴様ら、難民ではないな!?」
「武装をしているぞ……何者なんだ!?」
至極まともな会話をしているな。うちの『虎姫』さんは、少し不思議ちゃんなところがあるけれど?……あれは『虎』の特徴かな。
うん、さすがに違うか……シアン・ヴァティの偉大でキュートな個性ってヤツなんだろうよ。
「何を、にやついているんだ、この不審者め!?」
「ああ。焦るなよ。ちゃんと教えてやるからよ?オレたちはね、そうだな……雇われたのさ」
「雇われた?」
「そうだ。分かりやすい言葉で説明するなら、あの難民キャンプの連中にとっての『用心棒』ってところさ」
「嘘をつけ!!難民どもに、傭兵など雇う金などありはしまい!!」
フーレン族の兵士がオレのノド元に槍の先を突きつけてくる。
ふむ。なかなか鋭い鋼だな。オレはその槍を指でつかむ。首を傾げながら、生身の方の右目で、その材質を確認するよ。
ああ。どうやら、ハイランド王国の鉄は、良質なものらしい―――だが?使い手の腕は、この鋼に見合うほど、磨かれているのかな。
「な、なにを見ている!?」
「君のことさ。命知らずな若造だな。このオレに、槍を向けている」
「ぶ、侮辱するのかッ!?オレは、フーレン族の戦士だぞッッ!!」
兵士は激昂する。そして、怒りのままに槍を振り上げようとした。打ち据えるつもりだったのかね?……ぬるい男だ。突いて来ればいいのにな?せっかく、肌の近くにまで穂先を近づけさせてやったというのに?
君はオレが与えたチャンスを逃す。
やはり、『虎』ではないのか。そうだろうな、君は、優しすぎる。油断しているわけではないのだ、戦いにかけてきた執念と鍛錬が薄いだけさ。あまりにも弱い。『虎』のはずがないな。
「……ッッ!?」
「おい。どうした、その赤毛の人間族を、黙らしてやらないのか!?」
もう一人の兵士が相棒に訊いていた。ああ、こちらの相棒くんも『虎』ではないのだろうね?何が起きているのかも、理解出来ていないのだから。相棒が青ざめて震えているのにも気づかない。注意力が薄い、君は原初の森林を旅したことが少ないようだ。
脅威を察知できない、その鈍感。
まちがいないよ、彼らは『虎』ではないのさ。
「う、動かないんだ……ッ!!」
「は、はあ!?」
「だ、だから、や、槍が……ッ!!お、重くて、う、動きゃしねえんだよッ!?」
相棒くんは、何をバカな?と信じてくれていないようだ。
まったく、薄情なヤツだよ。そして、薄情者だ。同僚の言葉ぐらい、信じてやるべきだろうに?
世の中には、いるのさ。
バカみたいに力が強い、竜騎士さんって人種がね?
さて……『虎』ではないなら、軽くあしらっても、失礼ではないか。
オレは槍をつかんでいる男の脚を、足払いで蹴飛ばすのさ。フーレンの兵士はバランスを崩して倒れていく。あわてたせいで槍を手放していた。だから?次の瞬間には、オレに奪われた槍の石突きで、ノドを突かれて悶絶するよ。
「き、貴様、抵抗するのかッ!?」
「ああ。こうしてみるよ……っと!!」
「え!?」
オレはその槍をもう一人の兵士目掛けてぶん投げていた。
くくく、いい反応をしたぞ?さすがは、フーレン族。だが、逃げるのに必死になりすぎた。なぜ、槍を見つめる?避けた槍よりも、君の脅威として警戒すべきは、オレじゃないのか?
「あ、危ない。さ、刺さるところだ――――」
篭手をまとったオレのパンチ。そういう金属質な物体で、顔面を殴られるのは、辛いよな。上の前歯が何本か折れちまってるぞ?
……いい勉強をさせてやっている。
敵から目を離すなよ?こんな風に、虚を突いて殴ってくるヤツだって、世の中にはいるんだよ。
顔面を破壊されたフーレン族が、ゆっくりとその場に倒れていく。ああ……やっちまったなあ?もっと、会話をして、たくさんの情報を聞き出したかったのだが?
これでは強盗と同じようなことだよ。
まあ、あくどい強盗なら、このまま、彼らの首を刃で掻き切るところさ。
もちろん、オレはそんなことをしないよ?
「通らしてもらうぜ?……さて、みんな、来いよ?」
「……ソルジェ・ストラウスよ。遊び過ぎだ。一秒でやれることに、数分かけるな」
「スマンね?」
うちの『虎』は厳しい。たしかに、そう言われると反論が出来ないところだがね?
オレが少しうなだれると、オレの大ファンの少年がフォローしてくれる。いいねえ、こういう子分的な存在。最高に癒やされるよ?
「で、でも。さすがです!!ほ、ホントに、ムチャクチャ強いですよ!!」
「……そうかい?」
うむ。やはり一流の男には子分がいるよ。自尊心を満たしてくれると、男ってのはとても居心地よく感じてしまうという、しょうもない存在なのだから。
「……だって、や、槍が!?……ねえ、ここ、見て下さいよ、アイリスさん!?ま、曲がってますよ!?」
「はあ?嘘でしょ?金属を……王国軍の制式装備の槍を、指で、曲げたの!?」
「指の力を鍛えれば、造作もないことさ。さて、砦のなかに入ろうぜ?」
「ああ。行こう。今度は、私が先頭だ。『長』ばかりが楽しむな」
べつに楽しんでいたワケじゃない。槍を向けられて、ついカッとなって暴力を振るってしまっただけだよ?
もっと話術スキルを使って、華麗な交渉をすべきだったとも思うんだがな。せめて、ピエトロの父親である、イーライ・モルドーの所在を訊いておきたかったところだ。
……まあ、いいか。
「ピエトロ?『虎』たちは、この砦を仕切っているのか?」
「え、ええ。『白虎』の連中は、軍人たちをこき使っているみたいです」
「そうよ。この国では、『白虎』が生態系の頂点に君臨している。『身分』の最上位にもね」
アイリス・パナージュが捕捉するように説明してくれた。なるほど、最低の国家だ。マフィアが軍隊を牛耳る?……はあ、他人事ながら、頭が痛くなるよ。
どうして、そこまで国が腐敗してしまったのかね?歴史に詳しいオットーがいれば、助かるんだが。いないものはしかたない。
「とりあえず、自信満々に砦の中を進んでいる、シアン・ヴァティさんについて行けば、問題なく親玉のところにいけるかね?」
「……『虎姫』さま、この砦に詳しいのですか?」
「いや。ここには初めて来た。だが、上から宴の音がする。それを目指して進めば、たどり着くだろうな。バカは、騒ぐものだ」
「くくく。辛辣な言葉だが、納得できるよ」
ああ、シアン姐さんは怒っておられるな?いつもより言葉が長いもん。楽しい光景が見れそうな予感が一杯だ。
シアン・ヴァティは砦の中を進む、ときおり、行き止まりという砦ならではの罠に出くわして、彼女は忌々しげに壁を蹴っていたが。すぐにこちらを振り返る。そのときには、ポーカー・フェイスだ。
涼しげな殺意を放ちながら、シアン・ヴァティは歩く。まったく、兵士の質は悪いようだ。そこら中に、酒を呑んで寝転んでいる兵士たちがいるよ?
「……たるんでいる。私の獲物にさえも、ならんのか」
暴力を振るいたいがために、先頭を歩くシアンだが……寝転ぶ酔っ払いを斬るような趣味はない。もっと、新鮮で活きの良い獲物でなければ、刀に指をかけることもしないだろう。
外の見張りはマジメだったのだが……まったく、危機感の無い連中だね。オレたちは二階に上がり、三階へと進む。どんどん前進するオレたちに、常識のある女スパイ、アイリス・パナージュが問いかける。
「ねえ。どんどん進んでいるけど、いいの?そこらの兵士を尋問して、イーライのことを聞き出したりはしないの?」
「ああ。どうせ顔見せはしておきたいからな?」
「『白虎』に?」
「うん。『邪魔するな、殺すぞ』。最低限、伝えておかないと、今後もムダな争いになっちまうだろう?」
「……その発言のせいで、ムダなケンカにならないかしら?」
「『アイリス・パナージュ・ルート』っていう、シビアなことをさせられるんだ。オレたちが、『白虎』サンたちの『稼ぎ』に気兼ねしてやってのことだぞ?こんなボンクラどもから船を奪うなんて、死ぬほど簡単なことなのに、ガマンしてやってるんだぜ」
そうだよ。
だから、オレには権利があるはずだ。
「わざわざ、オレがガマンして、ヤツらのために苦労をしているし、難民たちにも負担を強いる。そこまでしてやっているんだ。せめて、一切の邪魔をしない。それが、礼儀なんじゃないかな?」
「上から目線なのね?」
「性分なんだろうね。マフィアだとかクソみたいな世渡りしてるバカどもなんざ、大嫌いなんだろうなあ―――」
うん。オレは自分で思うよりも、マジメな男なのかもしれない。
でも、オレの言ってるコトに間違いは無いんじゃないかな?
オレは、『したいこと』をさせてもらえてないんだぜ?
このボンクラどもから船を奪うのは簡単なのにな。もしも、その難民船団を水門で止めようとするのなら?……ゼファーで焼き払ってしまえばいいんだぜ、そんなクソみたいな水門ぐらい?いくらでも焼けるだろ?
わざわざ、ガマンしているんだよ。
してやっているんだぞ!?
だったら、あいつら『白虎』もガマンすればいいんだ。
それがフェアな関係ってものじゃないのかね?
バカどもとのお付き合いは最初が肝心。舐められたら、一々、絡んでくるだろう?舐められないように、その舌を引っこ抜いてやるぐらいで、丁度いいんじゃないか?
え?
大人げないって?
ああ。知ってるよ。だって、ストラウスさん家の竜騎士なんだぞ?マフィアみたいなクズどもに、気をつかってやれるほど、大人しくもなければ、まして、お人良しなわけがないだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます