第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その6


「見えてきたわ。あれが難民たちのキャンプ地よ」


「川沿いにあるのか?」


 そうだ。夜の闇の中でも、薪を燃やす炎が浮かんでいる。彼らは南へと伸びていくヴァールナ川の支流のひとつに、拠点を構えているようだ。川の西側にいるな……。


「……なるほど、あの川がハイランド王国の国境線なわけか」


「そうよ。だから、帝国軍もおいそれとは侵入して来れない。侵入すれば戦争勃発だもんね?帝国軍もここにいるのは国境守備隊と、難民を連れ戻すために派遣された部隊のみ。あわせて、二万と二千だけ」


「多いよーっ!」


「そうね。でも、相手によるわ」


「……たしかに、五万を誇るハイランド王国軍と戦うには、あまりにも少ないな」


「ええ。帝国軍だって現状ではハイランド王国軍と戦をするつもりはないわ。その結果、膠着状態が起きているのよ……あの川は、浅いけれど、難民たちの命綱ね」


「……難民たちの数は?」


「一万と四千よ……三日前は三万はいたのに」


「……殺されたのか?」


「殺された人も大勢いるわ。ここからなら分かるでしょ?川の少し上流には砦がある。ハイランド王国軍は、あそこに国境警備の兵を置いているの……難民たちが北上しようとしても、船を造って、川に入ろうとしても、王国軍は攻撃してくる。それで殺された場合もあるし、捕まれば……帝国軍に引き渡されるだけ」


「ひどい……」


 カミラの声が夜空に響いた。そうだ、たしかにヒドい状況だ。


 彼らは誰にも守られてはいない。政治的な理由で命さえも奪われている……でも、オレは冷静だよ。冷静でいるのさ。悪魔のように。


「……難民たちは動きが取れなくなっているわけだな……川に入ろうとするのは、ハイランド王国に侵入するためという理由もありそうだ。ハイランド王国の中に入れば、帝国軍は追いかけては来ない」


「ええ。だから、始めのうちはハイランド王国に亡命を希望していたヒトたちも大勢いた。食糧も医薬品も枯渇しているの。西まで逃げるのは困難だと考えていた人々が、より近くの帝国ではない国を望むのは当然だわ……でも、結果として、今では、ハイランドへの亡命希望者はいなくなった」


「ハイランド王国に亡命しようとした連中は、殺されたか……あるいは、捕らえられて帝国に引き渡されたわけだな……君の言った通りに。それでは、亡命希望者などいなくなる」


「うん。そうよ。そして、ここで難民たちは行き場所を失ったわ。こんなところで立ち往生させられているせいで……いよいよ食糧も尽きかけている。原初の森林に狩りに入って、モンスターに殺されたヒトもいるし、森林から這い出てきたモンスターに殺されたヒトだっているわ……」


「……悲惨な状況だな」


「ええ。だからこそ、現状を変えるしかない。少々のムリを選んだとしてもね……」


「……ああ。ゼファー、西の丘に降ろしてくれ!!」


『うん!!りょうかいだよ、『どーじぇ』!!』


 オレたちは難民たちのキャンプ地の西にゼファーで降りる。血のにおいを、鼻に嗅ぐぜ。帝国領を追われながらの長旅だったのだろうからな。ケガ人も少なくないということか。その上で、食糧も医薬品も枯渇しているのか……。


 それでも川を越えた?……つまり、彼らは川を渡って帝国軍や、ハイランド王国軍から物資を盗もうともしているのだろう。『虎』相手にボロボロの体で、命をかけての窃盗行為かよ。まったく、悲惨な状況だ。


「……さあ。こっちについて来て。難民たちのリーダー、イーライ・モルドーに会わせてあげるわ」


「イーライ・モルドー……どんな男だ?」


「40才のエルフ族よ。従軍経験もある人物で、弓の名手でもある……彼は、その腕前で食糧を確保しながら、難民たちの逃避行を支えたの」


「うむ!やはり、エルフの弓使いは偉大だな!」


 リエルちゃんがドヤ顔だ。自分のことのようにね。まあ、気持ちは分からなくもないけどな。彼女もエルフだし、弓使いだし……狩りが上手だからだ。共通項は多い。それゆえに、感情移入しているのさ。


 その態度が、面白かったのか?それとも、彼女もエルフ族だからかな。アイリス・パナージュも、どこか誇らしげに笑う。


「ウフフ!そうね。彼は、狩りの腕で難民たちの食糧を確保してみせたのよ。まあ、そうしている内に、リーダーに選ばれたというわけね」


「元・軍属で、名うての狩人どいうわけかい」


「ええ。その上、人格者でもあるわ」


「会うのが楽しみだよ」


「あちらもそうだと思うわよ」


「そうか?」


「もちろん。サー・ストラウス、貴方はクラリス陛下と同じように、反帝国の象徴になり始めているから……それに、現状を打破するための力を持っているヒトだしね?」


「……まあな。たしかに、戦闘能力はある」


 その力を……どういう風に使うべきなのかは、迷いまくっている最中なんだけどね……バカなことが悔やまれる。


 とにかく、会いたいぜ、イーライ・モルドーに。助言を訊きたいし、教えを乞いたくもあるんだ。


 オレたちはアイリスについて難民キャンプに入って行く。


 予想はしていたが……難民たちの多くは、痩せ衰えていた。炎で暖を取る人々はケガ人も多い。何よりも、武装した訪問者であるオレたちを警戒心の強い目で見つめてくる……人間族であるオレと、元・人間族のカミラには、とくにその視線の集まりが多いな。


 あきらかに不審がられているぞ。


 木を削って作ったのであろう、棍棒に手を伸ばす男たちもいる。悪くない警戒心だ。その棒でもヒトを殺せることは可能だ。もちろん、オレを殺せるとまでは言わないがね。しかし、苦労を感じさせられるリアクションではあったな。


 彼らは人間族を警戒し、恨んでいる……帝国の人間第一主義の結果だし、この悲惨な逃避行の果てに得た結論だ。


 だが、どうにか上手く行ったよ。彼らともめることはなかったのさ。


 なにせ、オレとカミラ以外は亜人種だからね?それが有効だったのだろう。


 この組み合わせを見ると、間違っても帝国軍関係者でないことだけは一目瞭然だ。エルフが二人もいてくれて良かったかもしれない。トラブルが無かったことは、有り難いよ。


 彼らからすると、オレのように武装した人間族には、いい思い出なんて無いだろうしな。ケンカを売られる可能性はあったね。オレ一人でここに来ようものなら?すぐ何十人にも取り囲まれていただろうさ……。


 憎しみの視線を時雨のように浴びる、なんともイヤな時間が過ぎる。オレとカミラは居心地が悪かったが……それでも、この歩行は無事に終わりを告げた。


 オレたちはそのテントにたどり着いていたのさ。ツギハギだらけの古いテントだが、そこがこの難民キャンプのリーダーたちの家であった。


 アイリスが、そのテントの前に腕を組んで立っている若いエルフに声をかける。


「こんばんは、ピエトロ!」


「あ!!おつかれさまです、アイリスさん!!」


「フフフ。元気そうで良かったわ。脚のケガは、治ったのね?」


「はい。おかげさまで……分けていただいた薬草のおかげで、母が傷薬を作ってくれたんですよ!!」


「そう。良かったわ。あなたの脚の速さと、お父さま譲りの弓術は、頼りになる。がんばって、皆を守ってね」


「はい!がんばります!!……で、アイリスさん、その方たちが?」


「そうよ!『パンジャール猟兵団』よ!!……それで、この赤毛の大男が、サー・ストラウス!!」


 アイリスに腕を引っ張られるようにして、オレはその少年の前にやって来る。細身でヒョロリとしたエルフの少年は、目を大きく見開いた。


「そ、ソルジェ・ストラウス!?貴方が、ルード会戦の英雄!?それに、ザクロアでも帝国軍を破ったという!?」


「ああ。そうだ。ソルジェ・ストラウスだよ、よろしくな、少年」


 自己紹介しながら手を差し出してみた。思いのほか強い力で、彼はオレが差し出した手を握り返してくる。なんというか、すごく熱烈な歓迎かもしれない。


 オレに憧れているのか?


 まあ、気持ちも分かる。オレはイケメンの竜騎士だ。背も高く脚も長いし、筋肉質だし超一流の戦士だもんね?……きっと、残念なことに女子より男子にウケるよ。


「ああ!!すごい!!あこがれていたんです!!本物ですね!?本物のソルジェ・ストラウスさんですね!?」


「そうだ。オレが『パンジャール猟兵団』の団長、ソルジェ・ストラウスだ。よろしくな、えーと……?」


「あ!お、オレ!!ピエトロっていいます!!ピエトロ・モルドー!!17才です!!」


「そうか。よろしくな、ピエトロ!!」


 オレは少年に握られた手に、ちょっと力を込めながら、そう言った。


「ああ!!この手……しばらく、あらいません!!」


「ん……それは、君の自由だが……衛生環境には気を配れよ?食中毒は怖いぞ」


「す、すみません!!臭かったですね、オレ……あまり風呂にも入れていませんし」


「苦労で流れた汗のにおいなど、オレは気にしない」


 どちらかというと、手を洗わずに食事を取って腹を下されることを心配しているよ。野外生活での食中毒など、笑えないから―――っていうか?オレの大ファンのピエトロくん、なんか、オレを見つめながら震えているんだけど?


「どうかしたのか、ピエトロ?」


「……か、カッコいい!!」


「え?」


「カッコいいっす!!『苦労で流れた汗のにおいなど、オレは気にしない』!!ああ、スゴい、なんか、オレ、感動していますッッ!!」


 そこまで喜ばれると、オレも嬉しいという感情を通り越して、照れてしまうぜ……。


「……ああ。喜んでくれたのなら、幸いだよ」


「フフフ。ソルジェよ、照れているな?」


 リエルがオレの顔を指でつつきながらそう語る。


「からかうな」


「いいじゃないか?褒められているのだからな!」


「―――そ、ソルジェ・ストラウスさんッッ!?」


「どうした?」


 ピエトロ少年がいきなり大きな声を出した。ちょっと驚いたぞ?……彼は、なんかジャン・レッドウッドを思い出させる少年だな。ジャンもオレを崇拝している。男に崇拝されると、嬉しくもあるが……なんかオレを自慰のネタにしていないかとか心配にもなる。実害はないけど?気分が悪いだろ?


 とにかく、そのオレのファンが、オレの名前を強く叫んでいた。そして、腕を引っ張ってくる。


「こ、こちらへ!!」


「あ、ああ?」


 少年は暗がりへとオレを誘う。美少女および美女になら、是非とも暗がりに誘われてみたいものだが……大丈夫だろうか?この少年にオレをどうこうする戦闘能力など無いだろうが……愛を告白されると、ちょっと気持ち悪いぜ。


 仲間たちから、少し離れたテントの裏側で、オレは自分の大ファンの少年と二人きりだ。ムーディーだな、怖いコトに。


 そして?顔を赤らめているピエトロ少年が、なんだか恥ずかしそうにオレの顔を見つめてくる。


 警戒心を強めてしまうぜ。


 なんだ、君?オレに告白とかだけはするなよ?せっかく見つけた、オレの大ファンを傷つけたくないし、オレも不快な気持ちになりたくない。


「そ、その、じつは!!」


「なんだ?」


「し、質問があります!!」


「……質問?」


 そうか。告白でなければ、何でもいい。


「何でも聞けよ?」


「あ、あの!!……あの、銀髪のエルフの美少女の、な、名前とか、教えていただけませんか?」


 ほう。なるほど、君はそっちか。リエル・ハーヴェルに惚れてしまったのか。よくあることだな。彼女はとびきり美少女だし、しかも君からすると同族だもんね?


「……そ、そんなにニヤリとしないでくださいよう……っ」


「彼女に惚れたか?」


「え?ええっと、そ、そんなんじゃ……で、でも、スゴく、可愛くて……っ」


「……彼女の名前は、リエル・ハーヴェル。17才だ」


「リエルちゃんって、言うんですねえ……っ」


 恋する少年は嬉しそうだ。ああ、ちょっと残念だ。オレは、この事実も告げなければいけない。しかし、どうしてだ?オレは、ドヤ顔をしている。


「―――彼女は、オレの正妻だ」


「……え!?せ、正妻って!?……そ、その、奥さんということですか!?」


「ああ。そうだ。オレの女だよ」


「す、すみません!!サー・ストラウスの、お、奥さんだとは、思わずに!?」


「いや、いいのさ。彼女は美少女だから、仕方ない」


「そ、そうですよね……サー・ストラウスほどの英雄なら、女子にモテモテですよね?」


 ……そんなでもないのだが、少年の夢を崩すことは罪だろう。


「ああ。それなりには、モテてるぞ?」


「そ、そっかあ……やっぱり、女子にも大人気なんですね、サー・ストラウスは!!」


 ちょっと、見栄を張ってしまっているけど……まあ、いいじゃないか?この少年は、喜んでいる。オレは罪悪感を覚えながらも、彼の肩を叩いた。


「大丈夫だぞ、ピエトロ。君にも、運命の女性がそのうち現れるはずだ」


「は、はい!!……がんばります!!…………で、でも……サー・ストラウス……い、いつも、リエルちゃんと……っ」


 オレは思春期真っ盛りの少年の肩を抱き寄せてやりながら、その長い耳元に、ささやいてやる。


「ああ。やりまくっているぞ?」


 ……そんなでもないけど?少年の夢を壊すことは罪だから?ね?


「ま、マジっすか!?……う、うらやましい!!」


「ハハハハハハッ!!安心しろ、君も、必ず、美少女をゲット出来るハズだ!!」


「はい!!サー・ストラウスを目標にして、がんばりますッッ!!」



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