第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その5

 アーバンの『厳律修道会/ストレンギィシー』。邪悪なファリス帝国にも、国教というものがあるよ?それが『イース教』というものだ。


 どんな宗教か?亜人種を弾圧する極悪非道な帝国の豚どもに相応しく、拝金主義にまみれた邪教……と言うわけでもない。


 『イース教』は女神イースを祀る宗教で、その教義は『清貧』、『慈愛』、『福祉』……その素敵な三拍子を掲げておられる。そもそもファリス帝国も、もともと我が祖国ガルーナの同盟国。


 今では人間第一主義と、その願望により生まれた数々の政策により、人間とそれ以外の亜人種の間には埋めがたい溝があるが―――ほんの9年前までは、そんな国家ではなかった。


 ガルーナ同様に、多くの人種が共存する王国であったことを、オレは忘れてはいない。だから、オレの姉貴もファリスの貴族に嫁いだのだが―――まあ、それはいいさ。


 とにかく『イース教』というのは、差別的な宗教ではない。『清貧』、『慈愛』、『福祉』を掲げる優しげな女神さまの教えさ。


 まあ……立派な宗教があろうとなかろうと、政治の暴走を止められるとは限らない。残虐な侵略国家になったファリス帝国と『イース教』の関係が、その好例ではなかろうかね。


 しかし、国家の暴走には無力であったものの、慈悲深き女神の教えは健在であったのかもしれん。


 なるほど、『協力者』か……シャーロンめ、色んなことを黙っててやがるんだな。オレが坊主にまで攻撃的になるとでも、考えているのだろうか?心外だが……日頃の行いの結果なのかもしれんな―――。


「……ふむ。帝国側にも、『協力者』がいたのか。なあ、ソルジェ。その『厳律修道会』というのは、どんな連中なのだ?」


「イース教の一派さ。女神イースの教えである、『清貧』、『慈愛』、『福祉』について、他の宗派よりも固く守ろうとする集団だ」


「うむ……素晴らしい集団のように聞こえるが、造酒もするのだな」


 べつに造酒は悪行ではないと思うけどね。


 酒は悪くないよ、酒飲みに悪党がたくさんいるだけさ?


「ビールで稼いだ金で、彼らは貧しい者に対して、無料で医療を施す救護院などを建てるのさ。私腹を肥やすためではない」


「……なるほど。たしかに、それは立派な心がけだ」


「ああ……彼ら『厳律修道会』の造る酒は、アルコール度数が高くて、パンチが効いているんだが、とても善良な集団だ―――『社会的弱者』そのものである、亜人種への『救済』。その立場を取ろうとしても、帝国内では非難されないだろう……ルード王国への協力という、明らかな『反逆行為』がバレない限りはな」


 その言葉に猟兵女子ズが緊張感を増すのが分かった。シアンの尻尾でさえ、シュピンと唸り、緊張を表現しているほどだ。そのシアン・ヴァティ姐さんが語る。


「私たちは、知ってしまったな」


「そうよ。『虎姫』さま。そして、皆。この事実は、他言無用よ?」


「りょ、りょーかい!!ミアは、しゃべらない!!お口、チャック!!」


「そ、そーっすね。ルード王国への協力がバレたら……裏切り者として、弾圧されるのは必至っすよう……ッ」


「う、うむ……黙っておこう!!それが、おそらく正義だろう!?」


「……ああ。多分な……」


 そう。多分……絶対とは言わない。


 ファリス帝国や皇帝ユアンダート、さらには軍部や好戦的な民衆たち―――それらの全てを止めることは、『厳律修道会』だろうが、もっと大きな意味での『イース教』であろうが、ムリなのかもしれない。


 だが?


 ユアンダートの行いにも人間第一主義についても、傍観しているのは?……いや、密かに亜人種たちの救済に当たっていたとしてもだ……。


 そんなことより、きちんと批判を公言することで、もっと多くを、救えたのではないか?


 ファリス帝国を支配して、突き動かしている亜人種への憎悪?あれを、止められたのではないか?


「……サー・ストラウス」


「なんだい、アイリス・パナージュ」


 オレの怒りを感じたのか?なるほど、勇敢だな。猟兵たちでも、そういう時のオレをスルーしがちだぞ。


「これは理解しておいて。彼らは、彼らなりに、戦っているのよ。認めてあげて。誰しもが、貴方のように強くはないの。それでもね。弱くても、この苦しい現状をどうにかしたいと願っているのよ」


「……ああ。そうだな。広義の意味で彼らはオレたちの『仲間』……悪くは言わないさ」


「そうしてもらえると助かるわ。全面的に支持できない感情があったとしても、今は……呑み込んでくれると、仕事がはかどるのよ」


「……そうだな。プロフェッショナルとして、クールに行動しよう」


「……そ、それで!一体、彼らはどんな風に協力してくれているんすか!?」


 カミラが精一杯、場を和まそうと努力している。


 スマンね。オレ、ガキみたいにさ、感情に任せて、場の空気を壊しちまう時がある……それって、かーなりダメなことだよな?反省しよう。


 アイリス・パナージュが、オレの愛しいカミラちゃんの質問に答えてくれるよ。


「彼らは帝国内で信者と尊敬を獲得している。帝国の議会にも人脈が伸びているわ。どうにか、亜人種を弾圧する法案の成立を少なくしようと……あるいは、より被害の少ないモノへとコントロールしようとしている」


「……ていこくぎかい―――」


 田舎娘のカミラが、固まる。うん。いきなり、大きな仕事を語られて、オレたちビビってるかも?


 ……やるね、アイリス。さすがは女スパイだよ。言葉の迫力で、呑み込まれそうだ。


「なるほど、確かに大きな仕事をしてくれているじゃないか」


 皮肉じゃない。本音だ。本心から、ちゃんと褒めているぞ?オレには出来ない力で、多くのヒトを救おうとしているのだからな。


「でしょう?……それに、今度の亜人種たちの帝国からの逃亡にも、尽力してくれたんだから……悪く言わないでね?」


「悪くは言わないと言っただろう?」


「そうね。今回、彼らはこっそりと亜人種たちの逃亡をサポートしてくれているの。名目は傷病者の治療として、従軍している。彼らは帝国兵だけでなく、捕らえられた亜人種の逃亡者にも、治療を施してくれているわ」


「いい連中ではないか」


 リエルは感心したように語ったよ。ゼファーも『マージェ』に同調した。


『いいれんちゅーだー』


「そうよ。善良な集団なの……機嫌は直ってる、サー・ストラウス?」


「ああ。大丈夫、怒っていない」


「激情をすぐに捨てられるのは良い技術よ―――それで、サー・ストラウス?」


「なんだ?」


「……どうして、彼らのことを訊いたの?」


「……君の難民たちの脱出計画に、使える駒を探していただけさ。だが……本音を隠して動かなければならない駒は、今度の作戦に使えそうにないな」


「……ええ。情報を横流ししてくれだけでも、十分よ」


「……横流し?……『捕まった連中』の情報も、分かるのか?」


「……え?ええ。分かるわよ……って、まさか?……捕まった亜人種たちも、助け出したいの?」


 うちの猟兵たちが反応しているね。だからこそ、アイリスは不安になっているようだ。ああ、オレも理解しているよ、『厳律修道会』の連中の価値についてはね?


 ヤツらの情報で動けば、敵が逆引きして『厳律修道会』の関与を探りやすくなる。リスクが増えることでもあるよな。分かっているさ、理性ではな。


「……やると決めたわけじゃない。帝国議会にもつながる人脈を、失脚させたいわけではないからな。だが……情報は多い方がいい。とにかく、現状を知りたいだけさ」


「……分かったわ。でも、やるとするなら、多くの事実を知ってからにして……貴方なりのゴールが見えているのなら、私は止めないけれど……」


「止めないのか?」


「……ええ。現状は、膠着状態が続いている。いいえ、どんどん悪化の一途よ。ならば、現状を変える『何か』……それを放てるとすれば、私には、貴方たちだけに思えるから」


「冷静なスパイさんにしては、大胆過ぎないか?オレの作戦など、血なまぐさいに決まっているんだぞ?」


「私が立案した作戦だって、ムチャクチャなものよ……とっくに、追い詰められているのよね」


「……たしかにな。この戦場は、してはいけないことが多すぎる―――多くを求めすぎているな……様々な情報を得て、それを分析し……捨てるモノを選ばなくてはならない」


 そうだ。


 制限が多すぎるし、求めているモノが多すぎる。


 オレがしたいことは?


 難民たちを西へと逃がすこと、一人でも多くね?


 だが、大手を振って、それをすることは出来ない。


 なぜか?


 難民たちを今までみたいに、船で運べばいいだけなのに、ハイランド王国を牛耳る『白虎』が反対しているからだ。


 難民たちを西に逃すことを嫌っている帝国と、『白虎』どもはもめたくないのさ。


 『白虎』は帝国が使ってくるかもしれない、経済的な制裁とやらを嫌がっているんだよ。オレたちと難民たちは、連中の『稼ぎ』なんぞに気を遣い、連中ともめないようにリスクの多い道を選ばされている。


 『白虎』は嫌いだ。


 マフィアなんて、どこも例外なくクズの集まりでしかないだろうが?


 そうだ。


 それでも、『白虎』の率いるハイランド王国軍の精強さは、欲しい。


 第五、第六、第七師団との戦いで疲弊している西方の『自由同盟』は、残存している兵力が少なすぎる。『フーレン族の戦士たち』……その五万からなる、強靱な軍勢はノドから手が出るほどに欲しいぜ―――。


 だから、『白虎』と敵対しないように、同盟を築こうとしているが……『白虎』に気をつかって、難民たちは『アイリス・パナージュ・ルート』に挑戦するなんていう、ワケの分からないことをさせられそうになっているのさ。


 ああ、どうしてこうなった?


 オレたちは、あまりに欲張り過ぎているのかな?


 『難民たちの命』と……『ハイランド王国軍』。そのどちらもが欲しいと考えているから、こんなに状況はややこしいのだろうか?


 ……選ぶしか、無いのだろうか?


 どちらかを『選び』、どちらかを『あきらめる』―――それしか、ないのか?


 『アイリス・パナージュ・ルート』は、完全ではなさ過ぎる。どれだけ多くの難民がそこで命を落とすか、不透明だよ。準備はしたが、それが完璧なものだとは思えない。


 駒が足りない。


 無いものか、『アイリス・パナージュ・ルート』を、より安全に渡る方法が?想定にない『強力な戦力たち』が、どこかにいないのか……?


 いなければ……。


 オレは、クラリス陛下の命令に逆らって、この国の王になど親書を送ることもなく、『白虎』の船でも片っ端から奪い、難民たちをそれに乗せて、西へと脱出させる―――それを選ぶかもしれない。


 マフィアごときに、軍隊欲しさに媚びへつらうか?


 下らない。


 本当に、下らないが、『白虎』の連中が、この王国を牛耳っているのは確かなんだよな。連中にケンカを売れば、オレたちの同盟に、参加することは最後まで選ばなくなるだろう……。


 それは……致命的な結末ではないか?


 帝国が、総力をあげて、亜人種たちの国を潰そうとすれば?たとえば、『複数の師団を束ねて、圧倒的な物量で、それぞれの国を踏み潰し始めたら』?


 そうなれば、ハイランド王国軍も、たやすく破壊される。


 ハイランド王国軍が消滅すれば、疲弊したオレたちに、どれだけ帝国軍の群れを防ぐ力が発揮出来るのだろうか?


 ハイランド王国軍を、オレたちの同盟に組み込む―――それ以外に、ファリス帝国を相手に勝利する手段が見えない。いや、それ以外では、例え勝利したとしても、破滅的なまでに被害が大きくなってしまうのではないだろうか……。


 長い時間と、多くの犠牲を生み出して?


 そのあげく、辛うじての勝利が訪れる……?


 それでは……救われる者が、あまりにも少ないのではなかろうか。


 ……ああ。


 ダメだ。『難民たちの命』と『ハイランド王国軍』、そのどちらも欲しいぞ……。


 クソ……どうすればいいんだ。それらは矛盾している望みだぜ?……お互いが、お互いを否定する造りじゃないかよ……。


 ちくしょうが、世界が粘っこく、オレを絡め取ってくるようだ。空にいるのに、こんなに、ややこしい気持ちになるなんて、初めての経験だぜ―――。


「なあ……どうあれ。今は、難民のリーダーに会ってみようじゃないか。何か、見えてくるモノがあるかもしれないぞ、ソルジェ?」


 リエルの言葉が、希望をくれているよ。


 たしかに、そうだな……あきらめるより先に、情報を集めよう!!


 それからだ……全てを決めるのは、それから先でいいはずだ!!


 世界は不思議なことと、発見に満ちているはずだ。オレの知らない情報を手にすることが出来れば、何かを思いつけるかもしれないじゃないか……。



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