第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その3


 『難民たちのリーダー』に会う。クラリス陛下に依頼されているわけでもないのに、オレも仕事熱心な男になっちまったもんだなあ?……まあ、その前に、一眠りしよう。


 オレはリエル、ミア、カミラをベッドに運び終えた後で、自分のためのベッドに飛び込んでいた。え?シアン?……彼女は、自動的にピアノの近くのソファーに向かったよ。


 本格的な睡眠モードだ。不用意に近づけば?双刀が飛びかかって来るかもしれない。オレだって、眠っている仲間に斬られたくなんてないのさ。


 それに、彼女は運んで欲しければ、オレの背中に飛びついてくるだろうからな。彼女は、一昨日の夜もソファーで眠りたがっていたんだし?そこまで、アレが気に入っているのなら、オレたちが意見するのは間違いだろうよ。


 きっと、ピアノの音が染みついたソファーは、シアン・ヴァティの魂を癒やしてくれているんじゃないかね……?


 そんなことを考えている内に、オレも睡魔に襲われるのさ。


 睡眠欲に逆らうことは出来ない。満腹だし、体中疲れている。風呂に入って清潔も取り戻した。あとは、この太陽のにおいのするシーツに顔を埋めて、眠っちまおうじゃないか―――。




 ―――ソルジェは眠るよ、猟兵女子たちも。


 ゼファーも川から上がって、日光浴さ。


 『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、夢の世界に落ちていく。


 疲れ果てた体力を、回復するのも仕事だからね。




 ―――猟兵たちは悩みも忘れ、世界の定めを切り裂く戦いも忘れ。


 ただただ、安らぎのなかに、眠っていくのさ……。


 幸せな眠りだね……みんな、それぞれの夢を見て。


 戦うための体力を、回復させていく。




 ―――スパイのアイリス・パナージュは、ハヤブサを飛ばすよ。


 呪術で縛られた、隠密たちの通信網さ。


 ハヤブサの足輪につけられた暗号文が、ハイランド王国の空を飛ぶ。


 翼が向かったのは、アイリスの仲間たちの元だった。




 ―――彼女の仲間はハイランドの各地にいるよ、ルードの諜報部員もだし。


 ハイランドにいる『白虎』のライバルたちも、その一つ……。


 『白虎』を崩して、その座を奪おうとしている勢力さ……。


 アイリスの秘密の仲間たちは、ソルジェの願いに応えていく。




 ―――ソルジェは、自分が想像している以上に、ずっと大きな人物さ。


 僕とクラリスが信じるように、君が世界をも変えてしまうと信じる者たちは多いんだ。


 猟兵たちが寝てる間にも、色々な力が動いていく。


 『ギラア・バトゥ』の毛皮は、加工職人の手に渡り、急ピッチでマントへと変わるのさ。




 ―――巨人のピアノ弾きも、漁船を買収している。


 フーレンではなく、エルフ系の漁師たちの船だよ……魚の底に、槍の束を隠していく。


 魚臭くて、うろこもついてしまうけれど、難民たちに渡る武器になる。


 『アイリス・パナージュ・ルート』を通るため?そうだけど……それだけでもない。




 ―――この武器が何のために使われることになるのかは、ピアノ弾きさえ分からない。


 状況次第では、何でも起こる……ピアノ弾きはそう考えていたよ。


 彼だってルード王国軍の諜報部員だからね、この国の流動性を理解していた。


 そうだ、ソルジェ、君はこの国でも動乱のエネルギーになっていく定めさ。




 ―――アイリスたちはともかく、君を利用しようとしている勢力たちは多いのさ。


 ここは移民たちで作られた国さ、一筋縄ではいかないよ?


 さまざまな勢力が、さまざまな想いのままに動こうとしている……。


 おそらく、君の行動が、君の力が、ハイランドを変えていくことになるよ……。




 ―――ともかく、今は眠るんだ。


 体力を回復して、夕方に備えておいて?


 今夜も夜を徹する戦いになるよ、君は自ずと不幸の最前線へと足を運ぶのだから。


 難民たちの過酷な現実を知り、君は……きっと怒りのままに剣を振るのさ―――。




「……おい、ソルジェ。起きろ、夕方になったのだぞ」


 リエルの声と彼女の手に揺さぶられることで、オレの意識は覚醒する。ああ、そうか、もう夕暮れなのか?……たしかに。すっかりと、この部屋も薄暗くなっている。日がまた沈もうとしているのか。


「……ああ。起きるよ、ありがとうな、リエル」


 そう返事しながら体を伸ばす!!うう、よく寝ていたせいで、体がちょっと固まっている。ベッドの上で、腰を捻り、肩を回し、膝を抱いていく……伸ばされた筋肉が血流を回復して、柔軟さを取り戻していくのが分かる。


 ストレッチの動作に深呼吸を合わせるよ?息をゆっくりと吐きながら、関節を可動域の限界ギリギリまで動かしていくのさ。三分間つかって、念入りに体を整備して、オレはようやくベッドから体を起こす。


 リエルちゃんはオレの動きをじーっと見物していたらしい。一言、感想を述べていた。


「男の体は、固いんだな」


「筋肉が多いからな……あと歴戦の疲れもある」


「そうだな。お前はここのところ、大ケガばかりだ」


「君の秘薬に助けられているよ」


「……うん。役に立てたのなら、うれしいぞ」


 寝起きの男に、そんな可愛らしい顔で、そんなことを言うなんてね。ああ、君と交尾したい衝動に駆られるよ。でも―――君のとなりにミアとカミラも並んでいるし、抱き寄せてベッドに押し倒すのは止めておこうかな。


 なにせ、三人とも、しっかりと武装し終えているものね……オレ、とんでもなく寝坊しちまった気持ちだよ。


「待たせたか?」


「少しな。でも、そういえば起床時間を決めていなかった」


「……たしかにな。疲れていて、計画を立てる余力がなかったかもしれん。雨の中で獣の革など剥ぐもんじゃないぜ……っ」


「だが、お前は仕事をしていたらしいな?」


「ん?」


「仕事の予定を作った。難民たちのリーダーに、会いに行くのだろう?」


「……ああ。彼らの現状を知りたい……悲惨な現場に行くことになるだろう。それでも、ついて来てくれるのか?」


 オレはリエル、ミア、カミラの顔を見回しながら、そう質問していた。少女たちは頷いてくれる。ふむ、そうか……。


「ありがとう。頼りになる。『白虎』や帝国軍とも、もめることになるかもしれない」


「任せろ。お前の妻たちと妹は、そういう荒事が得意だ」


「そうだよ、お兄ちゃん!!」


「ええ!自分たちは、『パンジャール猟兵団』の猟兵っすよ!」


「……そうだな。さて、それじゃあ着替えるよ」


「待て」


「なんだい、リエル?」


「ほら。これを使え。蒸しタオルだぞ」


 リエルはそう言いながら、湯気を放つタオルを手渡しきた。これで顔を拭けってことかな?うむ、凄腕の宿屋経営者アイリスが用意してくれていたのだろうな。


 オレはアイリスの心配りが宿す熱量で顔を拭いた。ふむ、残存していた眠気も取れてくれるよ。いい、リフレッシュになったな。ほんと、宿屋を経営すべく生まれて来た女だな、アイリス。


 ……彼女が無事、この土地での任務を終えて、ルードでピアノ弾きの旦那と宿屋経営が出来るように、オレもがんばりますかね!


「ふう。ありがとう……いいね、蒸しタオル」


「そうだな。肌のケアにもいいとアイリスに習った。我々も、今後、活用しようと思う」


「くくく!……ほんと、素敵な宿だよね、このイーダの酒場ってば?……さて、今度こそ着替えるよしようか」


 『竜鱗の鎧』を装備し始める。リエルとカミラが手伝ってくれるね。なんか照れるけど、早く着替えられるからいいか―――。


「あ。そういえば、晩飯は?」


「アイリスがサンドイッチを作ってくれている。移動しながらでも、食べられるように」


「そうか……」


 ちょっと残念。ステーキはまだまだ入るんだが……まあ、寝坊してしまったんだ。時間を優先するとしようか。サンドイッチも嫌いじゃない。アイリス・パナージュの料理の腕は本物だからな。


「あと、『ギラア・バトゥ』のマントも、500人分、加工したみたいっすよ!!」


「ほう、早いな」


「はい。『ギラア・バトゥ』の『におい』を残す必要があるわけっすから……その、出来のほうは、かなりビミョーっす」


「うん。血のにおいがスゴい……っ」


「なるほど、ほとんど処理をしていないわけか……?」


 とんでもない生臭マントだな。


 だが、『ギラア・バトゥ』臭いほど、『モンスター避け』としては効果的なはずだ。命を優先するためだけの装備だからね、他の細かいコトは気にしないで欲しいものだな。臭くたって、命を救ってくれるものなんだから……許容してくれ。


「それに、武器も運び始めているようだぞ?」


「武器を?……そうか、漁船を買収したんだな」


「よく分かったな?」


「他に運ぶ手段がないからだよ。その武器の仕入れ先は?」


「教えてくれなかった。もひ、聞いた方が良かったなら、今からアイリスに聞いてきてやる」


「いや、いいさ。おそらく想像の範囲内だろ。つまり、西の国境都市か……もしくは、『白虎』から武器を買ったか―――」


 ……その方が、銭ゲバの『白虎』どもを喜ばせるかもしれないな。


 細かなことは、ルード王国軍のエージェントたちに任せておいた方がいいか。出所がどこであれ、武器を確保することのほうが大事だよ。


「ふむぅ?『白虎』が難民に武器を売るのか?……難民たちと、敵対しているのだろう?」


「評価が難しいところだな。元々は、『白虎』の連中も、難民の通過を見逃して来たんだからな?フーレン族だって、難民たちと同じく亜人種だからな……」


「……ふむ?……『白虎』の中にも、難民へ同情的な者たちもいるのか?」


「そのあたりも含めて、色々と知るべきだな。難民たちのキャンプに行こうぜ?誰をどうすれば、この状況がオレたちに都合が良くなるのかを、見極めなくちゃな?……ああ。あと、リエル?」


「なんだ?」


「武器は、どれぐらい用意出来たんだ?」


「槍が500ほどらしいな」


 なるほど、ちょっとした戦争も出来そうだな?素敵なボリュームだよ。


「弓も欲しいところだったが……まあ、森の素材で作ってもらうかね?」


「ああ。いくらでも作れるぞ?『鏃/やじり』も……何なら石を砕いて作れる」


「石の鏃か?……威力には劣るが、無いよりはマシだな」


「いいや、アレもバカに出来ない威力はあるぞ?技術次第では、十分な殺傷能力を持つ」


「リエルならそうだろうが……彼らの技量に期待するしかないか」


「技量が足らないなら、並んで撃たせればいいのだ」


「数を撃てば当たるか。木と石でいいなら、この原初の森林にはいくらでもあるから、時間さえあれば作れなくもないよな……」


 さーて、敏腕スパイさんは『アイリス・パナージュ・ルート』を本格的にスタートさせるつもりらしいな?ずいぶん手際が良いところを見ると、かなり資金を投入したな。しかも、オレたちの動きに合わせてくるか……彼女は、このルートの成立に本気のようだ。


「お兄ちゃん、本当に、難民さんたちだけで、あの森を抜けられるのかな?」


 不安げなミアの言葉が耳から入り、心にズキリと突き刺さる。大人だからな、悪いことだって考えられてしまう。子供より、ちょっと夢が足りないんだよ。


 やさしいミアの頭をなでてやる。不安を消してやりたくて。あとは、ミアのやさしさを誉めてやりたくて。そして、オレ自身が勇気をもらうためにだ。


「……ミア、祈ってやれ」


「……うん!」


 そうさ。どう転んでも祈りがいるミッションだよ。難民に武器と、モンスター避けの毛皮のマントと血を渡して、モンスターと獣だらけの原初の森林を突破させる?……休憩地点である『砦』を伝うようにしてだと?


 ……あまりにもワイルド過ぎるが、従軍経験者と武器とモンスター避けがそろえば?勝算ナシとあきらめなくてもよさそうだな。何か、もう一つ決め手があれば良いのだが……何か、策はないのか?


 ……クソ。現状では、オレにも見えない。


「とにかく、今すべきことは状況の把握ってことだ!……状況を知ってから、オレたちに出来ることを考える。それしか道はない」


「……うん!そうだね、『どうしたらいいか分からない時は、現場のヒトに聞け』!……おじいちゃんから、そう習ったもの!」


「ああ。ガルフなら、そうする。そして、オレたちもそうするのさ?……よし。オレも準備完了だぜ」


 『竜鱗の鎧』に、『竜爪の篭手』。背中にはアーレスの竜太刀を背負ったぞ!……さーて、それじゃあ、難民たちのリーダーに会いに行くとしようか?


 困っているヒトたちを助けたいなら?


 ……現地で、その困っているヒトたちのリーダーにさ、アホ面さげて、どうしたらいいですか?って訊くのも、ダサいけど、そこそこ効果的じゃないのかね?


 オレたちは、それをするよ。どうにかして、彼らを西へと逃がしてやりたいからな……ここにいたら、いつ帝国に連れ戻されるか、『白虎』どもにどこまで搾取されるか、分かったものではないからな。



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