第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その2


 やがて、他の三人たちも合流したよ。みんなでメシだ!!


 肉つづきに繊細な胃袋が疲れている様子のリエルとカミラには……アイリスがサラダと、パスタを用意してくれているよ。


 シャーロン・ドーチェあたりから、情報が漏れているのかな。リエルには、きのこたっぷりのパスタだし、カミラには刻んだトマトとツナのパスタか……偶然にしては、どうにも出来過ぎさ。好物ドンピシャだろ?


 ……二人はそれで満足。ミアは、オレとシアンと一緒に、今日も肉食獣さ!!


 肉探偵の助手だもんね?


 これからも日々、美味しい肉を求めて、血なまぐさい日々にも素敵な食事習慣を刻みつけて行こうじゃないか。


 ……皆と一緒に素敵なゴハン・タイムは進んでいく。ニコニコとモグモグは相性がいい。とくに、酔っぱらいにはなあ。


 はあ。


 食べたし、呑んだし……もう、やることはない。


「本当に疲れてるのね?」


「まあねー」


「やっぱり、『ギラア・バトゥ』には苦戦したでしょ?」


 アイリス・パナージュは意地悪そうに訊いてくる。だが、オレはそれを鼻を鳴らす態度の悪さで対応するよ。


「どうだろう?見ろよ、全員無傷なところを評価してもらいたいね」


「あら?……本当に、楽勝だったの?」


「たしかに、君の言う通り『岩山』のようなモンスターだったが……オレたちの敵じゃあなかったさ。なあ、シアン?」


「……うむ。あれぐらいの敵は……敵ではなく……何かしらの、何かにゃあ……」


 ふむ。シアンのろれつが回っていない。むっつり僧侶の作った、ハードなビールなんてガンガン呑みまくるからだぜ?尻尾も、不安定な動きをしているなあ……。


「あら。酔っ払ってるのね」


「珍しいがな。彼女は相当の酒豪なんだけどな」


「たくさん呑んでいたから。それに、疲れてる。ノンアルコールの貴方の美少女たちも、イスに座ったままスヤスヤよ?」


「……ホントだ。みんな可愛い寝顔。オレのことを考えてくれているのかなー?」


「どいつもこいつも、酔っ払いは自意識過剰よね!」


「いいじゃん。夢ぐらい見させろよー」


「うふふ。でも……ほんと、よくやってくれたわ、サー・ストラウス」


「……ああ。君のプランを支えたくてね……どうにも、ムチャだったろ?君のプランは?半分ぐらい死んでいたかもしれん。あの森を進むのは、素人にはかなりキツい」


 ルード王国を支えるインテリ工作員の発想としては、実に雑な計画だ。アイリス・パナージュはオレの指摘に痛みを覚えたのか。眉間にシワを寄せて、苦悩の表情を見せてくる。


「……ええ。その通りよ。とんでもないムチャだった」


「……そうだね」


「それでも、現状よりは、マシだと感じているわ。このまま無策で、貪られるように命を消費されるよりは……ノーチャンスより、わずかでも希望があった方がマシでしょ?」


 迷いのある言葉だな。オレはビールをノドで感じながら、女スパイの顔から視線を外した。彼女の苦しみを宿した顔は、あんまり見たくないんだよね。


 でも。話題を変えられない。訊くべき疑問がオレにはあるのだから。


 誰も座っていない古びたピアノを見つめながら、酒臭い息と共に質問を吐いていた。


「……帝国兵は、それほどに厳しく難民たちを弾圧しているのか?」


「そうね。人間第一主義は、狂気じみてきている……まるで、もはや生け贄のように、亜人種たちへの弾圧を強めているわ」


「侵略国家の末路さ……」


「末路?」


「自分たちのアイデンティティーを保つために、『生け贄』を必要としていく。抱えきれないほど増えた、民衆ども。その支持を維持するためには、弱者を痛めつける快楽を提供してやることしか、手段がなくなっているんだよ」


「……人間族って、そんなに愚かなの?」


「人間族のオレに訊くかね?」


「まあ。貴方は人間らしくないけどね」


「うん。最近、悪役じみた笑い声になってるらしいって、悪口言われてるぜ」


「『魔王』だもの。それでいいわよ」


 凄腕女スパイさんに、お墨付きを頂いちまったな。オレの魔王としての格が上がった気がするよ。


「……なあ、アイリス」


「なにかしら?サー・ストラウス?」


「君の質問さ」


「……ああ、人間は、そんなに愚かなの?……ってヤツ?」


「うん。オレ、人間だから分かるよ。人間ってのは、愚かだよ、ちょっとした心の苦しみを癒やすためだけに……罪無き子供の指を刎ねるよ」


「……経験談なのね」


「オレのじゃないが、オレの知っている子供のことさ。彼女は、奴隷だったから。逃げられないようにするために……足の指を三本も刎ねられた」


「……ヒドいわね」


「それが人間の本性だよ」


「……全ての人間が、そんなことをすると?」


「するね。機会が与えられ、環境がそれを許容すれば、人間はいくらでも残酷になれるのさ。本性は、邪悪そのもの。オレが知るどの人種のなかでも、排他的な性質を宿している。救いようのない、危険な獣だ」


「……悲観的な解釈をするのね」


「いいや。ただの事実だ。でも、それだけが全てじゃないよ」


「希望のある言葉を聞けそうな気配かしら?」


「うん。どうしようもない邪悪も持っているけれど、環境次第で、性質はいくらでも変わる。そういう意味では、脆い」


「人間族の心は、変わりやすいと」


「人間は社会性が高い動物だからな。社会という環境に依存しているだけだ。環境次第では、マジメに善良も行うよ。今は、たんに帝国が悪意を掲げたから、『マジメに悪行に励んでいる』だけさ」


「……『マジメに、悪行に励んでいる』……怖い言葉ね」


「だが。事実そうだ。帝国人は、亜人種の子供たちの指を刎ねることを『正義』だと考えている。いいや、連中の哲学においては、たしかにそれが正しいのさ。だから、マジメに亜人種の指なんて刎ねているんだよ」


「……群れの意志に、左右されてしまうってこと?」


「ああ。それだけ、良くも悪くも『結束』しようとする意志が強い。そこに関しては、他の種族よりも、かなり強い。そうは感じないかね、アイリス・パナージュ?」


 女スパイに訊きたいのさ。オレの経験から導き出した答えと、君の持つ世界観に、どれだけの誤差があるのかを学びたい。


「……群れようとする習性の強さは、あると思う。どの種族よりも、群れの意志に応答しているような感覚がある……そんな印象は持っているわ」


「そうだろうさ。きっと、それは事実だから。なら……」


「……なら?」


「ああ。変えられる。帝国人の意識は、言わば己自身たちの傀儡に過ぎない。自尊心を満たすためだけの、排他的な正義さ」


「自分たちの掲げた正義に、酔っているだけ?」


「……そうさ、正義に、取り憑かれている」


 マジメで群れたがる人間族の癖が、悪い方へと導かれたら?……今のファリス帝国のような意識が産まれるのさ。大きな集団であればあるほどに、人間族はきっと『自分にとって都合の良い正義』を求める。


「なんだか、怖いわね」


「怖くはない。愚かなだけだ。そして、そんな空虚な正義などに、劣勢に立たされたときの強さは無いだろうよ。皇帝ユアンダートを殺し、亜人種たちの力を示せば、それだけでも半数はすぐに意見を変えるだろう。多くの人間の正義や価値観なんて、弱いものだから」


 だから、挫けばいい。


 帝国人の『正義』の『象徴』を、崩してしまえばいい。


「皇帝を殺せばいいのさ……それだけで帝国の『正義』は変わっちまうよ。そして、帝国の『正義』に依存している人間たちの心もな」


「……そう考えているから、帝国を打倒すれば、世界を変えられると信じているの?」


「ああ。『恐怖』で、帝国人の心を変える。ヤツらの正義も、世界観も、オレの力で歪めてやれば……今よりマシな『未来』を作れるさ」


「スゴい自信ね?」


「そうだな、オレが人間だからだろうな。人間の考えそうなことぐらい、分かるよ……それに、『力』が集まっている実感があるからね」


「ルードに、ザクロア、ディアロスたちに、ドワーフ?……たしかに、こんな同盟が出来るなんて、一ヶ月前には夢にも思わなかったわ」


「ああ、オレたち強いぜ?オレたちなら、帝国を打倒できるさ……君は、そう思わないか?」


「……いつかは可能だと思う」


「そうか。そうだな……でも、そのいつかは―――」


「―――わからない。近い未来なのか、遠い未来なのか……貴方は、短期間に三つの敵軍を破ったわ……それは驚異的なことだけど、それゆえに副作用も産んでいる」


「……亜人種への弾圧が強まっているのは、オレのせいか?」


「……いいえ。そうじゃない!そういうことを、言いたかったわけじゃない!……ごめんなさい、サー・ストラウス。貴方は、間違ったコトをしているわけじゃないのよ」


「……いいさ。オレにも自覚がある。勝利が、必ずしも幸福をもたらすとも限らない」


 そうだ。


 勝った。


 あるいは、勝ってしまった。


 だからこそ、帝国人は亜人種の弾圧を強めてもいる。亜人種が調子に乗らないように、指を刎ね、見せしめの暴力で、彼らを縛ろうとしているのさ。


「……オレが作った勝利の副作用だ。帝国は、オレに負けるほど、狂気を強めていくだろうさ」


「……そうね。私も、そう考えている」


「うん。だろうねー……なあ、アイリス・パナージュ」


「なにかしら?」


「君は、とっても賢くて、とても精密な行動を取れる女性だからさ―――きっと、ゆっくりと確実に世界を変えていきたかった人だよね」


「……ええ。賢いからかは分からないけど、私は、たしかに、ゆっくりと世界が変わっていった方が、変革の『被害者』は少なく済むと考えているわね」


「……そうだと思ったよ」


 グラスに噛みつき、歯の間からビールをすする。


 ……アイリスの考えは、悪くない。たしかに、その緩やかな過程の方が、帝国の豚どもの行動も抑制できたかもしれない。


「暴力での勝利は、やはり端的だからね。戦い以外の手段で、世界を変えようと努力する人々の協力を、置き去りにしちまう」


「……そうね。サー・ストラウス。人間族にだって、力は無くても、貴方のような心を持つ人たちだっているわ。そういう人々がいたからこそ、亜人種の難民だって、帝国領から脱出できているのよ?……でも、彼ら『協力者』たちの全てが、戦いを望んでいるわけじゃない」


 平和的で、社会の邪悪な価値観にも流されず、真の正義を実行しようとする人間だっているのだろう。


 そして、そういう人々は、むしろ本能的に争いを拒絶する善良な人物たちも多いんだろうね。分かるよ、人間の心には、ちゃーんと邪悪以外もあるのさ。


「……だろうな。戦が激しくなれば、彼らの立場だって悪くなるかもしれない……でも。それでもさ、アイリス」


「なにかしら、サー・ストラウス?」


「オレは、どんなに犠牲者を出しても……世界を変えたいね。オレの妻たちは全員、人間じゃあない。エルフに、ディアロスに、吸血鬼だよ。オレと彼女たちのあいだに出来る子供たちは、『狭間』―――最も迫害される存在だ。そんな『未来』を、見たくないんだ」


「……ええ。そうね……世界がゆっくり変わっていくのに期待するという行為は……貴方たちの子供を……今いる子供たちを見殺しにすることでもあるのよね……」


「……ああ。どう転んでも、犠牲は出る。血は流れる。そうでなければ、世界など変わりはしない」


「ごめんなさいね、サー・ストラウス。私は、貴方の戦いをリスペクトしているし、間違いじゃないと信じているの」


「うん。そうだと思う。それでも、ヒトの心は単純じゃないからな……とくに、君はこの国での悲惨な実情を把握しているようだから」


「……ええ。たった三週間のあいだで、状況は激変している。難民の増加と、それに対するおぞましいほどに激しい、帝国の怒りと憎悪の燃え上がり……世界が、軋むのが、分かる」


 世界が軋むか。


 悪いなりにバランスを保っていた世界が、壊れて行く……変化は起きているのだな。そして、それだからこそ……帝国人もまた凶暴化しているわけか。ああ、世界とは、難しいものだな。努力が、勝利だけでなく、副作用ももたらすのだから―――。


 くくく、もうストラウスの頭では、ついて行けないぜ?どうすりゃいいんだかな?


 賢いアーレスも、ベリウス陛下も、ガルフ・コルテスもいない。みんな星になってる。助言を仰ぐべき、最高のアドバイザーたちがね?……なら?助言を求める相手は、『当事者』であるべきだな。


「……アイリス・パナージュ。情報が欲しい」


「……どんな情報?私の知っている情報なら、いくらでも提供するわよ?」


「難民たちのリーダーに会いたい」


「え?」


「オレは、傀儡ではあるのかもしれないが、一応はこの王国の『王』に、クラリス陛下の親書を運ぶ。そのときに、訴えるべき言葉を、用意したいんだ」


「……ええ。分かったわ。教えてあげる。コンタクトが取れるように手配するわ」


「ありがとう」


「……難民たちの実情を知ったとき……貴方は、帝国軍だけでなく、『白虎』にも怒りを覚えると思う」


「……それでも、会わせてくれるんだな、難民たちのリーダーに?」


「……ええ。諜報員としては、その接触がもたらす副作用を懸念すべきだけど」


「だけど?」


「……自分でも、どうしてなのかは分からない。でも、見てみたいのね、きっと。貴方がこの国をどうにかしてくれる光景を」


「『魔王』なんかに期待していると、血なまぐさい答えしか見れないんだぜ」


「……ええ、それでも……この国を、どうにかしてくれないかしら、魔王さま?」


「くくく!……やれるだけ、がんばるさ。いつもみたいに、命がけで、あがくだけだよ」


 そうだ。


 いつか歌になる日まで、鋼を振り回して戦うだけのこと。


 ストラウスの生き様に相応しいのは、ただ、それだけさ。



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