第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その1



 ―――朝が来て、その作業はようやく終わっていた。


 皆が血まみれ泥だらけ、ゼファーの運んだ樽の水を使って、猟兵女子ズは体を洗う。


 ……ソルジェは、ステーキを焼き始めていた……だが、それだけではない。


 ミートチョッパーを使って、魔象の首の肉をミンチにしたよ。




 ―――ソルジェの握力じゃなきゃ、出来ない荒技だよね。


 そのミンチ肉を少量使いスープを作るんだ……脂が少なく香りのいい、やさしい味さ。


 朝からステーキに難色を示すリエルとカミラのために、体が温まるスープを作った。


 ゼファーとシアンは、朝食時には帰ってくる。




 ―――ふたりは確認し終えたよ、『ギラア・バトゥ』の魔除けは効いた。


 モンスターを駆除した『砦』にそれを撒くと、翌朝になっても屍体はそのまま。


 飢えたモンスターでさえ、血の魔除けには近寄らない証拠ってことだよ。


 有効だね、『ルート・アイリス・パナージュ』には、勝算が見えてきた。




 ―――魔象の縄張りと、『砦』、魔物が寄りつかぬこれらの聖地を伝って歩く。


 魔象の皮で作ったマントを羽織ったまま……アイリスの用意した武器を携えて。


 なかなか有望かもしれない、絶望的とは言えない道になったよね。


 もちろん、被害がゼロとは言えない苦肉の策だったけど……。




 ―――それでも希望は見えたのさ、猟兵たちの戦いと苦労にまみれたその指が?


 無理やり力ずくで、無法で無慈悲な世界からもぎ取った希望だよ。


 猟兵たちは疲れ切っていたが、そのまま食事を済ますと、ボートウッドに帰還する。


 今度はゼファーで、ボートウッドに直接降りたよ。




 ―――『パンジャール猟兵団』の存在を、隠すことはなかったのさ。


 なにせ?山ほどの『ギラア・バトゥ』の毛皮を見れば?


 『パンジャール猟兵団』にケンカを売る気は、消え去るだろう?


 モンスターと戦い抜いてきたハイランドの民だって、ゼファーに矢は射ることはない。




 ―――ハイランド王国の民と、『白虎』ともめることをソルジェは望んではいないのさ。


 王に親書を渡さねばならないし、ハイランド王国の軍も欲しいからね。


 これは、そうだよ、あくまでも外交だ。


 だから、いつも以上にソルジェも束縛された、それを狭苦しくは感じても忍耐はできる。




 ―――だが、ソルジェは『力』を示したよ、大いなる偉業を実現させて。


 ボートウッドのフーレンたちは、『パンジャール猟兵団』を認めたね。


 強さには敬意を示す民族だ、『虎』より強い怪物には、より大きな敬意をくれるのさ。


 それでいいんだよ、ソルジェ……君は『力』と『恐怖』で敵を減らす男だから。




 ―――ボートウッドに運び込まれた毛皮、そして血液は、加工業者の手に渡る。


 『ギラア・バトゥ』の毛皮でマントを、その血で魔物の忌避薬を作るのさ。


 作業が進む中、猟兵たちは風呂に入る!!


 宿屋の四つの風呂に入り、彼らはとにかく体を洗って、血の臭いを落としにかかった!




 ああ……全身が血の臭いを放つというサイアクな衛生状態だったけど……グラーセスで買っていた、肉を軟らかくする『フルーツの粉末』が、思わぬところで役に立ったな。


 マリー・マロウズとゼファーの背で交わした、どうでもいい無駄話のおかげだね。あの粉末のことを訊いたら?……マリーちゃんは、それで弟たちの鼻血で汚れた服を洗ったという思い出話を語ってくれたのさ。


 『肉を融かす能力があるから、血も融かすと思ったんですよねえ……』。異文化交流とは、こういう奇跡の発見をオレたちにもたらすから、ホント、ビックリだよ。世界は不思議と発見に満ちているぜ、まったくよぉ……っ。


 ああ、ソープにこの粉混ぜたら?血の臭いが激落ち!!


 マジで商品化出来るレベルだぜ!!……グラーセス王国にある、オレの領土……このフルーツを栽培させようかなあ?ルードに出荷したら、とんでもなく儲かるんじゃなかろうか。


 とにかく、マリーちゃんとの会話を思い出せて良かったよ。


 これでオレの妻たちと妹は、フルーティーな香りに包まれているだろうな?……まあ、ソープと混ぜると、なんだか桃みたいな、甘い香りになってるし、イヤじゃないだろうね……。


 しかし、ミアは、『これ使ったら体が融けちゃわない!?』みたいなコト言ってて、可愛かったなあ……ああ、ミアの髪を洗ってあげたい気分だぜ!もちろん、お兄ちゃんとしてだよ?オレはシスコンだが、ロリコンではないのだから。


 オレはしばらく湯に浸かっていた。


 首の後ろ側をバスタブのふちにあずけてね。


 ずーっと鎧を着込んでいたから、体中の疲労感が強いわ……でも、おかげで、すっかりと『竜鱗の鎧』にも、『竜爪の篭手』にも慣れてきたという実感は手に入れた。


 篭手の『爪』については、まだ実戦で使えてはいないが……どうにかなるだろ。オレのセンスと、あの『爪』は、おそらく同じ哲学の上にいる存在だからね?


 ああ……しかし、疲れたし、眠いぜ……。


 作業で疲れ果ててしまったから、オレたち、今日は夕方まで休憩だよ。


 風呂を出たら、メシをバカ食いして眠っちまおう。『ギラア・バトゥ』の肉も、持ち帰っているから、あとでアイリス・パナージュが焼いてくれるだろう……。


「……ああ、しかし……最高の肉だったなあ!!」


 どうにかして、『ギラア・バトゥ』の小型化とか家畜化に成功してくれないかな?


 なかなか鮮烈な味だったぜ?……さんざん、肉食獣として生きてきたのに、オレは最高の肉をまだ口に入れてなかったんだな―――。


 世界は、不思議と発見に満ちている……本当だよ。モンスターも、草食性の肉で、場所を選び抜けば、最高に美味しいんだなあ……っ。


「……ガンバレ、畜産技術……っ」


 そう言いながら、オレはバスタブの湯の中で膝を抱えるようにして丸まり、頭を湯の中に完全につける―――ガキの頃の悪い癖さ。これをすれば、冬でも湖で泳いでいられる気持ちになれるじゃないか?


 まあ、狭すぎるから、泳げないけどさ。潜ってる感は手に入るだろう?


 肺から空気をゴボゴボ出す。


 幼稚な遊びさ。


 疲れ切ったら?猟兵団を経営している26才の竜騎士男子だって、こんな意味不明な行動を取るもんだ。


 さーて、溺れる前に、湯から浮上だぜッ!!オレはバスタブの底を足で起きながら、立ち上がるッ!!


「くくく……鯨さんにでもなった気分だぜ……ッ!!」


 オレは全身を拭いて、服を着る!!うーん!!文明人に復帰したっていう実感を手に出来るね!!アイロンかけられた上着だぜ!?……原初の森林とは、あまりにも遠い場所に来てしまった気持ちになれて、ニヤリと笑える!!


 そして?


 魔眼を使って、女子たちの場所を気取るのさ。


 うむ、リエルとミアは一緒に入浴中、カミラは一人で……シアンはもう出て、下の酒場か。まあ、シアンは皮を剥ぐ作業をしていたわけじゃないもんな。


 ああ……断っておくけど、これって、覗きじゃないぜ?見えないもん。気配だけ感知してるだけだよ?


 紳士の道には反していないだろ?


 オレは仲間たちの気配を常に知りたいだけ。さみしがり屋なだけで、窃視症を患っているわけじゃないはずさ。オレの精神疾患は、シスコンと性依存だけのはずだよ……。


 ちなみにゼファーは、町の子供たちに見守られながら、ヴァールナ川を泳いでいる。


 子供たちの目の前で、4メートルほどのワニを食い千切って、勇姿を見せつけているぜ。ほんと、危険動物がいくらでもいるな、ここ……あと子供たちよ川遊びは絶対にしちゃダメだ。


 しかし。なーんか、不自然を覚えるよ。


 獣もモンスターも多すぎる。


 まあ……『ゼルアガ/侵略神』あたりに、浸食されて、世界の理が崩壊しているだけなのだろうがな。


 あの『砦』たちがあるということは?……この『原初の森林』とやらが『出来た』のは、それほど大昔ではないのかもな……もしかして、千年か二千年前には、無かったんじゃないか?だとすると、『原初の森林』では、名前負けしているかもしれん。


 考えるほどに、やっぱり、この森林地帯は違和感ばかりだ。


 どうにも狂って歪んだ世界にいるという自覚はある。でも?……これだけ大暴れ出来る森林のことを嫌いになれるワケがないんだけどな。


 なにせ?……『ギラア・バトゥ』のヒレ肉のステーキが、オレを待っているのだから!!


 肉を焼く香りのせいで、オレの胃袋はぐるぐる唸っているぜ。ああ、イーダの酒場の一階から、あの至高の肉が焼かれて放つ芳香が漂ってきている……っ。


 オレは鼻歌を奏でながら、上機嫌のまま、あの揺れる階段を降りて、一階の酒場に行く。そこは営業時間じゃないから、シアンとアイリス・パナージュしかいなかった。


「おお。シアン、喰ってるな?」


「……そうだな。我が兄を殺した生物の肉を喰らう。弔いの味だ」


「なんかとっても美味しそうだな。復讐ってのは、最高のスパイスだ」


「お前も、妹の仇を切り裂いた夜は、こんな気持ちだったか?」


「おそらくね。帝国軍の陣地で、嬉しくて泣き叫んでいたよ」


「そうか……ならば、私の歓喜も理解出来るだろうな」


「ああ、分かるさ」


 君の言葉よりも多くを語る、フーレン族の黒い『尻尾』。その動きを見ていればね。だって、ビュンビュン動いているんだからな。


 満足そうに、そして誇らしげに。


「アイリス。ソルジェ・ストラウスにも、肉と酒をやれ」


「ええ。了解よ、『虎姫』さま!!ほら、サー・ストラウス!!カウンター席に座ってね!……テーブル席まで、肉を運ぶのはイヤよ?営業時間外なんだから?」


「ああ、カウンター席って大好きだぜ?美人ママがいる店なら、文句なしに最高の席だもんなあ」


「でしょうね!そのうえ、私は料理の腕もいいと来ているし、出す酒の趣味だっていいわよ?はーい、ステーキに合うビールよ?」


「おお。さすが、アイリス・パナージュ。赤ワイン攻めで飽きさせることを、選ばないってわけだな?」


 凄腕女スパイのアイリスさんが、アバーンの厳律修道会が作ったビールを出してくれたぜ!


「くくく!……厳律修道会の、黒いビール。アルコール度数が高めで、ブランデーみたいな濃厚さがあるってヤツだな?」


「あら、社会勉強の得意な赤毛さんね」


「君の知っている赤毛はだいたいバカなのかな?……オレは、カッコいい趣味を持った一流の大人になりたいって、いつも背伸びしている若者さ」


「流暢な言葉を吐くのは時間のムダだ。ソルジェ・ストラウス、さっさとその酒をあけろ」


「ああ。手刀であける!」


 これ脳みそまで筋肉な男がやる宴会芸だよ。厳律修道会の瓶ビールの首が、オレの手刀で落とされる。コレをやると、一般女子は引くんだってさ?……でも、さすがはオレのシアン姐さんだよ。無言のままジョッキを出してくる。


 オレはニヤニヤしながらジョッキにビールを注いでいくよ?厳律修道会の、むっつり聖職者どもが、作りあげたアルコール度数高めのビールさんをね。


 僧侶って酒の趣味、ハードだから好き。このビールの黒色を見ろ?とっても辛口で、肉に合うに決まっているさ!!


「はーい!!サー・ストラウス!!あなたの分のステーキも、焼けたわよ!!」


 料理の得意な凄腕女スパイは、ミディアム・レアに仕上げた『ギラア・バトゥ』のステーキを出してくれるのさ!!


 ああ、イーダの酒場のファンになりそう!!


 これで、あの長身痩躯のピアノ弾きの旦那が、激しい音楽を弾いてくれていたら、最高だよね!!


 オレは肉を楽しむために、自分のグラスにビールを注ぐ。


 そして、酔っ払い気味のシアン・ヴァティにグラスを差し出していたよ。


「……なんだ?」


「乾杯しようぜ?酔っ払いの義務だろ?」


「……なるほど、『長』の命令なら、従うさ」


「素直だな」


「ああ。『バースト・ザッパー』で、『ギラア・バトゥ』の牙を折った。なかなか、いい炎だったぞ」


「うん。君が、『ギラア・バトゥ』の動きを見せてくれていたおかげだよ」


「そうか。ならば、お前の炎に―――」


「―――君の兄さんに」


 猟兵たちはニヤリと笑い、そのビールの入ったグラスをカツンとぶつけるのさ。



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