第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その19


 ナイフを使って、超がつくほど巨大なモンスターの分厚い表皮を剥ぐか?……ああ、言葉にすると本当に冴えない仕事だよ。なんとも、ハードワークだぜ。


 雨の中、オレたちの悲惨な作業が始まるよ。


 獣の皮の剥ぎ方には色々あるけど?オレたちのはこんなカンジ、ナイフで切り込み入れて、そこから『風』を使うのさ。


 皮と肉の『間』に空気を入れて、肉と皮を剥がすんだよ。膨らませるようにしてね?そして?ナイフで手頃なサイズにして、『脱がす』ように引き剥がすんだ。ほーら、靴下みたいにそのまま取れるぞ―――。


 グロい?


 ああ、そうさ。でも、そんなものだろう生体素材の加工現場なんてさ……。


 魔力も体力も、そして精神力も使う作業だったよ。楽しくはないけど、降り注ぐ雨のおかげで、連中の生臭さはかなり失われていくね。


 ああ、シンドイ。山のように巨大な象の皮膚を剥がしていくんだぜ?猟奇的過ぎる。でも、オレたちは猟兵。この程度のグロテスクでは吐き気も起きない。


 猟兵女子たちはバンダナで髪を包みながら、この作業に従事してくれている。ああ、ほんと……ほんと、ハードなお仕事だけど文句を言わずにね。健気すぎる!!


 彼女たちは、よく出来ているよ。ご両親の教育に感謝だね、でも、三人ともご両親が死んじゃっているから、お礼は死ぬまで言えませんけどね……。


 オレにとって最高の伴侶であり、妹ですぞ、ご両親ズ。ちゃんと面倒を見て、この二人の妻とのあいだに幸せな家庭を築きまず!!そして、妹ミアのことお兄ちゃんとして愛しますから!!


 ―――夕方になるまで、オレたちの作業は続いた。


 かなりクタクタだし、全身、ずぶ濡れだよ。ああ、女子たちはカッパを着ての作業だったけどね?カミラが用意していたんだ、三人分。オレは紳士だからね、そうなれば遠慮するに決まっているさ。


 『竜鱗の鎧』を体に馴染ませるためにも、それを着たまま作業続行、鎧の下の衣類は多量の水分を含み、オレの体にくっついてくる。すっかりと体温を奪われてるぜー。


 ああ、ようやく曇天が晴れて、お日様が見えているね。けれど、もうすぐ西の山脈のあいだに沈みそうだよ。日光浴の時間は後わずかか。さよなら、太陽、明日は頼むぜ?


 雨上がりの夕暮れさ。


 そこを吹く風は、涼しさを含んでいる。心地よい安らぎをくれるよ。だから、労働にくたびれたオレたちは、小休止することにした。昼飯は、作業のあいまに食べたよ?アイリスの作ってくれた鶏肉のサンドイッチさ。


 お腹も減っているが、今は飼い猫みたいに、だらけたいモードだ。


 オレたちはゼファーのそばに集まるのさ。そして、疲れ切った体をゼファーの背中に倒すようにして抱きついていた。ゼファーの背中は温かい。作業で疲れた腕をびょーんと伸ばす……。


 ああ、洗濯物にでもなった気分。物干し竿にかけられた衣類の気持ちについての詩が書けそうなレベルだぞ。


 あ、疲れすぎてて、脳がアホな発想を始めているなあ?……そんな疲労を察知してくれたのだろう、オレのゼファーはやさしい言葉をくれるのさ。


『みんな。おつかれさま!』


「おお。疲れたあ……戦場より、ハードだ……」


「うむ……ちょっと、疲れたな……」


「クタクタさんだよ……」


「ほんと、疲れたっす……」


 そんな洗濯物モードのオレたちに、ずぶ濡れの『虎』が戻ってくる。シアンは、その腕に何かを持っているな?……古びて、錆び付いた……剣?


「……シアン。『探し物』は見つかったのか?」


「ああ。見つけた」


「そうか、良かったな」


「……そうだな。すまなかったな、こちらの手伝いのことを忘れていた」


「いいさ。君があれだけ真剣に探すモノだ。大切なモノだったのだろう?」


「……大切……そうだな。たしかに、これは、そういうモノだ」


 シアンはその錆び付いた剣……いや、曲刀を天に掲げる。


 夕焼けが、その錆びた刃には映ることはない。その事実が、どこかさみしい。剣士ならば、あの刀が、名のある刀匠に打たれた鋼であったことに気づくのではないか?


 アレンジされた刀身の曲がりは、鋼を自在に曲げても強度を失わない技量を持った名匠の業だよ。その素晴らしい作品が?一体、どれだけの時間を風雨にさらされたのか、すっかり朽ち果てる寸前だ―――。


 だが。


 シアン・ヴァティにとっては、その刀が持つ『価値』は、未だに薄まることは無いのだろうな……勘のままに訊いていたよ。猟兵女子ズも気になっているって表情をしていたからね。


「シアンよ、それは……お前の『仲間』の刀か?」


 ぶっちゃけ、猟兵女子ズ的には、『恋人』の刀か?……みたいなドラマチックな質問をしていた方が良かったのかね?


 でも、オレはそこまで恋愛脳ではない。


 だいたい、ここは恋人同士で来るような場所じゃないだろ?かつて、彼女はここに『ギラア・バトゥ』の群れと戦いに来た。そして、ヤツらが今日までこの森を維持しているということは、手痛い敗北を喫したのさ。


 シアン・ヴァティのうつくしい顔が、いつもの無表情とは異なり、わずかな感情を見せる。雨に濡れた尻尾が大きくビュンと動き、雨を払っていた。


「……ああ。二番目の兄の刀だ」


「お兄さんの……っすか?……じゃあ、お兄さんは、かつて、ここで?」


 カミラの質問は、シアンによく届く。シアンからすると、戦士としての完成度が低いカミラちゃんは、幼い妹のように思えるのかもしれないな。


「そうだな。ここで私たちは『ギラア・バトゥ』と戦い、彼だけが命を落とした」


「それは……っ。なんて言ったらいいか……悲しかったですね、シアンさん……っ」


「カミラよ、気にするな。『虎』の死は、壮絶なほどに美しい」


 強がりではない。それが『虎』たちの哲学なのだろう。


 シアンは誇りに満ちた表情で、己の兄の死をオレたちに語る。彼は腕が折れても戦い続けた。脚も折れていたのだろうが、シアンたちにさえ悟らせることなく戦い抜いて、最後はあの巨大な魔物に踏みつぶされた。


 そして……長い月日は流れて……。


 シアン・ヴァティの腕のなかへと戻って来たのさ。遺骨は無かったのか、それともシアンは見つけて埋めたのか、『虎』の伝統として放置したのか……分からない。オレたちは訊かなかったから、彼女もそれについては語らない。


 だが、錆び付いた刀だけは戻る。


 『虎』には、きっとその事実が大切なことなのだろう。オレはそう考えることにしたよ。


「さて……ソルジェ・ストラウス。私的なことで、仕事をサボってしまったな」


「いいさ。遺品の捜索ぐらい、黙って行け。『虎』としては、そちらの方が良かったのだろう?オレたちに探させるよりは?」


 そうだ。非合理的な弔いの仕方もある。


 オレの魔眼に頼れば、その刀だって、おそらく小一時間のうちに見つけられただろう?でも、それをしなかった。君の足で、君の目で、探す必要があったのかな?


 死者に捧げる苦労が、その死者への敬意であることをオレは理解しているぞ。シアン・ヴァティは『兄』を殺した剣士とオレを間違えて、『パンジャール猟兵団』に流れついた女。


 家族愛に薄い女などではないことを、オレは知っているよ。シアンの琥珀色の瞳がオレを見てくる。


「……いろいろと、察しがいいな。助かる」


「いいや。君の『模範演技』のおかげで、楽に勝たせてもらったからね」


「ふむ。それならば、お前への借りはないか?」


「そうだな」


「では、他の女どもへの借りを返そう。ゼファー」


『なあに?シアン?』


「お前も、さっきから役に立っていないだろう?」


『……うんっ』


「ならば、役に立ちに行くぞ」


『おしごと、あるの!?』


「『虎』と竜に、相応しい仕事がある。ソルジェ・ストラウス、ゼファーを借りるぞ?」


「ああ。構わないが……何をするつもりだ?」


「『実験』だ。難民たちが森を進む際の『拠点』となる『砦』。そこに足を運び、巣くう魔物どもを蹴散らして……『ギラア・バトゥ』の『肉片』を置いてみる」


「……なるほど、それで明日も『砦』にモンスターが現れなければ?」


「我々の策に、効果はあると見ていいだろう」


「確かにな。西へのルートを確保しなくてはならない……そのためには、絶対に必要な仕事だ!」


「ですね!!シアンさん、こちらをどうぞ!!『ギラア・バトゥ』の毛皮と、お肉と、血の入った容器です!!」


 カミラがそう言いながら、シアンに『ギラア・バトゥ』セットを差し出すのさ。


 シアンはゼファーの『道具入れ』に、兄の形見の錆びた刀を乱暴に突っ込むと、空いた両手でカミラからそのモンスターどもの『肉片』を受け取った。


「ふむ。なかなか血なまぐさく、『ギラア・バトゥ』の怨念を感じさせるな」


 怨念か。


 まあ、彼らはいきなりやって来た殺戮者であるオレたちに、恨みの一つも抱いているだろうな。しかし、その怒りや憎悪の気配が血肉の香りに融けているとすれば?


 他のモンスターどもへの威嚇に使うには十分ではないだろうか。


 全ては、シアンの実験にかかっているな。


「頼むぞ、シアン、ゼファー。その実験が上手く行けば、難民たちをこの危険な森を突破させる算段もつく」


 狂気の『アイリス・パナージュ・ルート』の是非は、このとき『虎』と竜に託されていたのだ。


「……了解だ。サボった分は、働く」


「いい心がけだ。だが、ムチャはするなよ?」


「子供扱いは不要だぞ、赤毛の年下」


「そうだな。でも、心配するのが経営者の仕事でもある。信じている。だから、無事に帰ってこいよ」


「……心得た。ゼファーよ、乗るぞ」


『うん!!』


 シアンは颯爽とゼファーに飛び乗る。濡れた体は色っぽい曲線をつくり、躍動する美女の肢体に美を宿していた。


「シアンお姉さま、ご武運を!」


「ゼファーも気をつけてね!」


「ふたりとも、変な動物の肉を食べないで下さいっすよ?」


 三者三様の言葉を受けて、別働隊の『虎』と竜はうなずいた。空へと旅立とうとゼファーが翼を広げたそのとき、シアン・ヴァティがオレに告げるのさ。


「……食事の用意をしておけ」


「ん?食事?」


「そうだ。私たちが狩った『ギラア・バトゥ』は、なかなか良い肉だ」


「……モンスターだが?」


「それが、どうした?肉は、肉だ」


 『虎』め、真理めいた言葉を残しやがったな。


「……『虎』を信じろ。ヤツらの肉は、美味い」


「おう!せっかくのリクエストだ、どーにかしてみよう!」


「……楽しみだ。さあ、行くぞ、ゼファー」


『うん!!じゃあね、みんな!!いってきまあああすっ!!!』


 ゼファーの言葉に、オレたち顔をほころばせながら、手を振ってみた。ああ、竜って、やっぱりサイコーにかわいい生命体だぜ!!ロロカ先生に、ゼファー人形の量産計画を、今度提出してみよう!!


 ディアロス族の民芸品に混じって、売ればいいんだ。


 きっと、ウケる!!


 夕焼けの空に元気よく羽ばたく、黒い翼を見つめながら、オレは一財産を築けるはずだという確信を得ていた。あんなにかわいいモノが、売れないわけがないだろう?口を開けたら、鋭い牙が並んでいるんだぞ?そうだ、栓抜きの機能を備えて、実用性もつけよう!!


 ああ、勝利の日は近いぞ!!


 そう近い……。


 だが。


 だが、今は、成すべきことがあるな!!


「……さて。お兄ちゃん」


「……うむ。ミアよ」


「料理の時間だね!!」


 ああ。そうだ。『ギラア・バトゥ』。デカい象型モンスター……『虎姫』さまのリクエストだ、料理してやるぜ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る