第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その16


『合体技……えーと、つまり、『呪眼』と『闇』の新しいコンビネーションですか?』


『そうだよ。今、この瞬間、オレたちは『無数』の『コウモリ』に化けている』


『はい!……そ、それで?』


『オレの『呪眼』で、一度にマーク出来る数も、増えているのさ』


『べ、便利!?そ、そんなことが出来たんすね?』


 まあ、オレの空間認識と視線さえ有れば、『ターゲッティング』は施せるからね?……と、難しげな言葉は言わないさ。混乱させてしまう気がするから。『コウモリ』状態は、時間制限があるからな。


 考えるよりも行動だ。そっちの方がオレのカミラちゃんにも向いてるよ。


『一気にやっちまうぜ!』


『たくさんマーク出来るわけっすから、自分の『闇』も、同時に、たくさんを攻撃できるんすね!?』


『そうゆうことさ』


 だが―――それでは『薄まる』。たくさんのターゲットに分散させてしまうと?それぞれの威力が下がる。偉大な技術とは呼びがたい『弱点』を感じるだろうよ。


 だから、攻撃にコツを含めることにするのさ。


 威力が足りなければ、技術と精度と知識で補えばいいんだよ。


『カミラよ、吸血鬼であるお前には『見える』だろ?』


『な、なにがっすか!?』


『ヤツの表皮の近くを走る、『あれ』の影がさ?』


『え?はい!!なんとなく、見えますよ!!きっと、自分の吸血鬼パワーっすね?』


『じゃあ、その近くにオレとお前の混ざった『コウモリ』を連れていけ』


『……じゃ、じゃあ。『そこ』をマークするっすか!?』


『ああ。楽しそうだろ?とにかく、急ごうぜ?……敵の数を減らさなくてはな』


 もしもが起こる可能性を、ちょっとでも減らしたい。オレと一つに融け合っているせいか、カミラには言わずして、オレの考えが伝わったみたいだ。なんだか、不思議な感覚だよな、融け合って『コウモリ』に分裂するっていうのはさ?


『はい、分かりました!!ヤツの『あれ』の近くに、飛んでいきまーす!!』


 くくく、オレの第三夫人ちゃん、カミラ・ブリーズの戦術がまた一つ完成しそうだぜ。二人の分身である『コウモリ』たちは、『ギラア・バトゥ』の体表近くにパタパタと羽ばたいていく。


 『ギラア・バトゥ』は不愉快なのか、それとも敵意を嗅ぎ取ったのか、『コウモリ』の群れに対して牙を叩きつけて追い払おうとするが、オレたちには無効であった。


 ……本当に、吸血鬼の強さってのはムチャクチャだな。


 戦い方次第では、誰よりも強い存在になるかもしれないぜ、オレのカミラ・ブリーズは。さーて、カミラに感心している場合ではない。


 こっちも仕事をしなくちゃな?


 そうだ、理論は把握しているし、おそらく大丈夫だという自信も持っている。


 だが?……それでも、ぶっつけ本番なのは事実だよ。上手く行かなければ、オレの集中力不足が大きな原因と言えるだろうさ―――。


 オレは『コウモリ』となった眼を思いっきり見開く!!ああ、こんなことで視力が上がったりするわけじゃあないが……ちょっとは気合いってものが入るだろうからね。


 失敗できんさ、この圧倒的な才能を夫のオレがリードにしくじるなど、あってはならん!


 カミラの囁きに集中する。


 『無数のオレ』と『無数のカミラ』が、あそこです!ここか?……なんて語り合いながら、『ギラア・バトゥ』の『そこ』へと『ターゲッティング』を刻みつけていく。


 なんとも、精密な作業じゃあるな。


 この、『無数の自分』が伝えてくる、『多すぎる視点』に、どうしたって酔いそうになる。竜騎士の三半規管に、これだけの負担をかけるとは、相当なことだぜ?


 おそらく、常人だったら、この作業で目を回して気絶してしまうだろうな……。


 アーレスの幼い頃からの虐待じみた特訓のおかげで、どうにか耐えられている。彼がオレを脚の爪で握ったまま、アクロバット飛行なんてムチャをしてくれたおかげさ。


『よし!これで、終わりだ!!』


『早かったですね!?十秒ぐらいでしたよ!?』


『はあ?……そんなに短かったのか!?』


『はい?』


『そうか……』


 時間の流れが遅くなっていたのか?あまりに多くの視覚情報や聴覚情報が脳に送り込まれたせいか、それとも無数に別れた『自分たち』が存在していたおかげなのか?一瞬が、とても長く感じられるようだな。


 もしかしたら……。


 『闇』とアーレスの力が、『混ざる』ことで発生した感覚なのかもしれない。


 時間の『延長』か。オレの魔眼の力も、カミラの『闇』の力も……もっと知らねば、完全に把握したことにはならないだろうな。


 しかし……竜の眼に吸血鬼の知識か―――『どこ』に行けば見つかることやらね?一般的な知識とは、とてもじゃないが言えないものだ。


 ……まあ、今はいいさ。


 たしかに、『ターゲッティング』は施せたぞ?『新しい合体技』を試してみようじゃないか。


 いいか、カミラ・ブリーズ?その感覚を共有することで、『次』は、お前だけでも使いこなせるようになるはずだぞ?


 『ピンポイント・シャープネス』の特訓に参加出来なかったお前に対する、せめてものプレゼントだと思ってくれ!!


『―――はい!!』


 ……まったく。心の中で思っただけの言葉が、伝わっちまったのか?『コウモリ』になるというのは、なかなか不思議なコトが多発するものだよ。


『じゃあ!戻ります!!』


『おう!!』


 パヒュンっ!!


 なんだか間抜けな音を立てながら、オレとカミラは元の姿に戻っていた。


 唐突に目の前に現れたオレたちに、『ターゲッティング』を施した、『ギラア・バトゥ』は驚いていたようだ。その山みたいな巨体が、わずかにビクリと揺れたね。


 だが。


 それも一瞬の戸惑いにしか過ぎなかったのさ。ヤツは大きな声で戦意を歌う!!


『BAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 くくく、こいつは、なかなかの大迫力シーンだね?20メートル近くの高さを持ったモンスターが、地響きあげて、こっちに迫るというのは!?


 オレたち『パンジャール猟兵団』じゃなければ?……恐怖におののいていたかもしれないが。『猟兵』という存在に、戦場での『恐怖』など、ありはしないッ!!


「カミラ!!行くぞッ!!」


 そう命じながら、オレは彼女の肩を背後から抱く。彼女は大地に両手を置いて、『闇』の魔力を練り上げながら返事をしてくれるのさ!!


「はい!!ソルジェさまッ!!」


 オレの『呪眼』と、カミラの『闇』の合体技だぜ!!カミラが魔力と感情を昂ぶらせながら叫んで、その名を世界に知らしめるッ!!


「―――『闇を帯びた無数の牙よ、我が敵を、噛み千切れ!!』……『カウントレス・バイト』ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 オレとカミラが混ざって、『影』へと化けた。『コウモリ』とは、また別の感覚だ。自分が拡張されているような……?広がっていくのが分かる。オレとカミラが、その巨大な敵へと腕を伸ばしていくような?


 今のオレたちは、『ギラア・バトゥ』よりも『大きい』のさ。


 世界を呑み込むような勢いで、オレたち二人の『影』は広がり、こちら目掛けて突撃を仕掛けていた『ギラア・バトゥ』を呑み込むよ。影の世界に迷い込んだその巨獣は、自分の理解を超えた事態に困惑して、オレたちを見失う。


 オレたちがいた場所目掛けて、脚を蹴り込み、牙と鼻を振り回す―――だが、得られる感触なんて、何も無かっただろう。ただ虚空を己の肉体のみが、まったくの無感触で暴れただけのことさ。


『グウウウウウウウ!?』


 逃げられたと思ったか?憤るような声だな。目くらましの技巧にハメられたとでも思っているのかな。


 ……いいや、そうじゃない。


 聞いてくれよ?『これ』は、そんな生易しい魔術ではない。


 ソルジェ・ストラウスさまと、その妻であるカミラ・ブリーズの魔力を合わせた、とんでもなく狂暴な魔術だぜ?


 カミラの声が、影の世界へ静かに宣告する。


『―――そいつを、喰らい尽くせ』


 ほうら、牙の気配が分かるか、超大型モンスターよ?……『カウントレス・バイト』が始まるぞ?


 『ギラア・バトゥ』を包む『闇』が、殺意と威力を帯びた衝撃に変化していく。オレたちの影が伸びて、『ギラア・バトゥ』に次から次に牙を立てるのさ!!


 それは刃のように鋭い、66発もの闇の牙の攻撃だった。『ギラア・バトゥ』に刻まれた『呪い』に誘導されて、カミラの『闇』は鋭い針のように先端を尖らせながら世界を走る。


 ヤツの肉体を、無数の『闇』が貫くのさ。オレは、そのときカミラの感覚をも共有する―――力強く、脈動する『それ』に……オレたちの魔力で作った牙が刺さっている。


『なるほど。これが、吸血鬼の感覚か』


『はい。どうですか?』


『くくく、敵の首を噛み千切ったことのある男だぞ?愚問だな、最高に楽しい』


『えへへ!そうですよね。では……』


『ああ。頂こうか?『ギラア・バトゥ』の血を浴びよう―――』


 そうして……。


 オレたちは『影』からヒトの姿へと戻るのさ。


「―――うむ、『影』に化けるのは、オレも初めての感覚だったよ?……なあ、魔獣よ?『影』に喰われる感覚は、どうだったかい?」


 オレは目の前にいる巨大モンスターに訊いていた。さすがに人語までは理解できないのかね。竜ほどに高度なモンスターではないということさ。


 つまらんな。


 『影』に呑まれて、全身に牙を浴びるという感覚について、言語による感想を聞かせてもらえると、オレは喜んだぞ?……興味が失せたな、終わった相手になど、かまけている場合ではない。


「さて。カミラ、もう次に行こうぜ」


「はい」


 オレたち闇系夫婦は獲物に背を向ける。『ギラア・バトゥ』はバカにされたとでも思ったのか、オレたちを追いかけようとして動き、死に触れるのさ―――。


 バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!


『ッッ!?!?』


 その全身から血の雨を噴き上がらせながら、『ギラア・バトゥ』は己に刻まれた死の運命を自覚しようとしていた。あまりに、出血が多いからね?


 ヤツの巨体からは、海でも作れるのではないかという程の血液が噴き上がったよ。なぜか?オレたちの『カウントレス・バイト』が、ヤツの『動脈』を噛み切っていたからさ。


 そうさ、『呪眼』に狙われたのは、体表近くを走っている『動脈』だよ。吸血鬼であるカミラの感覚ならば、見えるからな?


 『コウモリ』でその地点に誘導してもらって、オレが『ターゲッティング』を仕掛ける。あとは、オレとカミラが『合体』して、巨大な『影』に化けることで敵を呑み込み……。


 あらゆる角度から、掻き切るような牙の斬撃を浴びせて、その動脈を噛みきるのさ。


「―――それでも、想像以上に、皮膚が分厚かったな。おかげで動脈ををうっすらと切っただけさ。お前が動かなければ、切れなかったんだぜ」


 デカいだけに?血圧も高いからな。それに動くときに使う力もけた違い。だから、同時に数十カ所の動脈が破綻したとしても、そのどの傷口からだって、血潮が空へと噴き上がっていく。


 ああ、曇り空から赤い雨が降ってくるぞ?まったく鉄臭い……。


 大量の血液を失ってしまった巨獣が、燃え尽きそうな命を表現するかのように、枯れかけた咆吼を歌いながら、そのまま大地に沈んでいく。


「やりました。圧倒的っすね!!」


「ああ。だが、気を引き締めろ?もう一度、連中に同じことを喰らわせてやるぞ!!」


「了解っす!!」


 そして?オレたちは突撃してきていた『ギラア・バトゥ』を『コウモリ』に化けて躱すのさ。『ギラア・バトゥ』はオレたちにまで混乱をし始めていた。


 そう。


 いいカンジに仕上がったな。『カウントレス・バイト』はもちろんのこと。この戦場そのものを、上手く作りあげることに成功しているよ。


 ゼファーとリエルが上空から遠距離攻撃で圧倒して、ミアが象どもの背を伝って跳びながら爆発で混乱させる。オレとカミラによる『闇』と『呪い』の合体技『カウントレス・バイト』で仕留めつつ……シアンが各個撃破して行くのさ。


 戦場をあらゆる角度から、喰らっていくイメージだよ。もう、あの巨大な象どもは、この群れに意味を持たせられちゃいないぜ。オレたちの攻めに圧倒され、ただただ狩られる肉へと堕落している。


 確かに巨大なモンスターで、しかも群れだ。なかなかの脅威であると認めよう。しかし、オレたち『パンジャール猟兵団』の前では、こんなものだな。



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