第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その15


 圧倒的な強さだな、オレたち『パンジャール猟兵団』はッ!!


 嬉しすぎて顔が引きつりそうだよ。きっと、最近、指摘されがちの『悪人顔』で笑っているよね……?


 だが、油断は出来ない。知性の高いモンスターというヤツは、何かをしてくるもんだ。たとえ鈍重だったしても?コイツらの鼻の先には、『角』みたいなモノが生えている。アレがどういう『武器』なのかを、オレたちは知らないんだよ。


 それに、この数だ。14体……とんでもないね。歩くだけで地響きがしちまうほどの重量だし、この森は開けているから逃げ場が少ない。


 オレたちはゼファーのおかげで、上空からの弓矢と炎の遠距離攻撃で圧倒出来ているが……地上戦だけで、この連中とやるのは至難の業だな。


 ちょっと卑怯?いいや、これはビジネス。趣味の狩りではないから、美学には反しない。お仕事を簡単に済ませちまうのも、経営者の手腕ってものだろ?


 ……ん?


 ほーら、連中、動き始めているぞ。ゼファーの動きを見て、『陣形』を組み始めているな。大きな連中が、小さな連中を後ろに庇う?


 ……たんなる『防御』の動きにも見えるが、オレはこの森の性格の悪さと、彼らの知性の高さを知っているぞ。


 あいつらほどの頭があれば、後手に回れば、リエルの矢で射殺されてしまうことぐらい、理解しているんじゃないか?


 じゃあ……連中は『攻撃』するしかないよな。あの巨大な魔象が上空にいるオレたちに対して、まったく『攻撃の手段』を持っていない?……オレはそうは思わないね。


 ……そんな風に悪読みをすると、あの大が小をその身に庇うという、一見良心的な行動が怪しく見えてくる。オレには、悪意の隠蔽を謀る動作じゃないかという疑念があるのさ。


 性格が悪すぎるって?


 どうかね、この『ギラア・バトゥ』どもの動きは……『誘導』するような形にも見えないか?球蹴りみたいに、フォーメーションを作りながら、『ゼファーの飛びたくなるような空間を用意している』―――と、なれば……。


 どうしたって、アーレスの説教を思い出すよ。


 ―――いいか、小僧。『戦場の空』では、決して自由を得ることはないのだ。もしも、自由を感じようものなら?心しておけ、それは誘い込まれていることの証だぞ。


「……リエル。オレの鎧に指をかけておけ」


「え?」


「ゼファー、来るぞ―――」


『―――っ!?』


 そうだ。やっぱり、あれは守るための行動などではなかったな。『ギラア・バトゥ』の肉の『壁』の『向こう』から、岩のつぶてが飛んで来やがる!!


「い、岩を、投げつけてくる!?」


 あの鼻の使い方の一つが明らかになったな。


 あの鼻先の『角』を地面に突き刺して、『それ』を剥がしてぶん投げて来るのさ。岩と連中の体重で圧し固められた土のブロックだぞ。当たれば、大ケガじゃあすまないトコロさ。


 ゼファーが緊張する。視界を覆う、岩の弾丸の嵐を、どう回避してやろうかと考えている。まだまだ未熟な飛び方をするものだな。反射的に回避出来る運動能力を持っているはずなのに、思考に頼り過ぎて反応が遅れている。でも、安心しろよ?


 お前の未熟をカバーするために、竜騎士であるオレが、お前と共に空にいるのだから。


「ゼファー!!」


『……ッ!!』


 言葉と右手による首の圧迫、そして鉄靴でウロコをこするのさ。その一連の挙動で、ゼファーにオレの意志は伝達される。言葉よりも多くの概念を、『飛ぶ』ということを、瞬間的に伝えたのさ!!


 そうだ、未熟なお前では、まだ見えていない『道』も、オレはすでに見つけている。だから、安心して、オレの手と足が伝えた角度に飛び抜けろ!!


 ゼファーの羽根が空を叩く!!いつもより、乱暴な動きでね。リエルの指と脚がオレに絡む。オレの左腕はミアを抱いた。カミラはゼファーと自分のベルトを金具で結びつけているから問題ないのさ。用心深いということはいいことだ。


 飛翔角度は急変する。右下方に向かい、ゼファーは全力で飛ぶ。


 直後、岩と土砂のつぶてが、オレたちの左側を突き抜けていった。


 もたつき、あそこにいたら、全員で死んでいた?……いいや、ゼファーならギリギリで避けただろう。だが、オレがいることで回避ではなく、それ以上の質を持つ軌道を飛んでいる。ああ、そうさ。すでに報復の動作へと入っているんだ。


 殺されかけたんだぞ?……タダですますほど、オレは寛大ではない。まだまだ、感情的なガキなんだよ!!


 左の指が、オレの左眼の眼帯を引き千切る!!魔眼を全開にするぞ!!ああ、もう余裕ぶるのは止めだ。一瞬の隙も、見せはしない!!……まずは、この報復を完璧に遂げるぞッ!!


「ゼファー!!オレの眼が描く軌道を飛べ!!」


『りょーかい!!』


「リエル!!ミア!!射撃の準備だ!!」


「了解だ、ソルジェ団長!!やられた分は、やり返す!!」


「オッケー!!お兄ちゃん、風を込めた―――爆裂のぉ、鉄つぶてだあああああッ!!」


 ゼファーは『壁』を作っていた大型の『ギラア・バトゥ』どもの後ろへと回り込む。


 そうだ、そこにいるぞ、小型の連中がな!!ヤツらが、さっきの『犯人』だ!!仲間の影に隠れて、コソコソと、オレたちを攻撃してきやがったのさッ!!


「ヤツらの目玉を砕いてやれ!!二度と、オレたちを『射撃』できないようにしろ!!」


「ああッ!!」


「いっけええええええええええええッ!!」


 リエルの『ピンポイント・シャープネス』で放たれた強い矢と、ミアのスリングショットの放つ『爆裂弾』が、小型の『ギラア・バトゥ』どもの眼に当たり、それを破壊するッ!!


 二頭のうち、それぞれ一つずつ潰したぞ。ああ、完全にコイツらの目玉ちゃんを潰すには、もう二つ足りない?大丈夫だよ……オレだって4引く2の答えなんて、最初っから分かってるさ。だから、オレは第三夫人に命じるんだよ!!


「カミラ!!『闇』の矢を、放てえええええええッ!!」


「い、イエス・サー・ストラウスうううううううッ!!」


 カミラが広げた両腕から、空に向かって『闇』の矢を乱射する!!ああ、それはただの『闇』を帯びた魔力の弾丸。弾幕と言っていいだろう。威力はあるが、命中精度は皆無だよ?


 だから?


 オレがそれを補ってやればいいだけのことだ。


 小型の『ギラア・バトゥ』どもの眼には、オレの『呪い』がかけられているよ。グラーセスで得た新たな魔眼の能力……『呪眼』だ。


 左眼の力で、『呪い』を連中の目玉に刻んでやったのさ。そう、地味だが強い、『ターゲッティング』の『呪い』だよ!!


 空にばらまかれていた、命中精度皆無の『闇』の弾丸どもが、オレの『呪い』を嗅ぎ取った。そうだ。今から、『誘導』が始まるのさ。


「オレに合わせろ、カミラ!!」


 オレの『呪い』を嗅ぎ取ったカミラが、『闇』の弾丸どもに命じていた!!


「いっけえええええええええええええええええええッッ!!」


 四方八方から、『闇』が『ギラア・バトゥ』の目玉を目掛けて殺到していく。数があまりにも多いからね。そして、速度も威力も圧倒的に強化されているぞ?この無数の射撃から、その大きな目玉を庇いきることなんて、鈍重な君らには出来やしないよ。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


『ギオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 両目を破壊された『ギラア・バトゥ』の小型種どもが、泣いてわめいていた。


 ……だが、生きている。


 オレたちを殺そうとした罰に、盲目だけでは足りんに決まっているッ!!


 ゼファーへの誘導は続いているぞ。オレの怒りを帯びた軌道は、黒い翼に空を切り裂けと命じ、加速し、そいつに向かって行く。小型種どもの片割れだよ!!


「ゼファー!!『特訓』の成果を、ここで見せつけろッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 歌が魔術となって、ゼファーの爪に赤熱を宿らせるのさ!!そうだ、コレもまたシアン・ヴァティ直伝の『虎』の術……『ピンポイント・シャープネス』だよ!!


 ゼファーの爪が、飛翔の勢いと重量を帯びたまま、小型種の背中に突き立てられる!!……『ピンポイント・シャープネス』のおかげで、その金属を帯びた鎧みたいな外皮を容易く貫いて、ヤツの背骨に爪が引っかかるのさ。


「握って、壊せええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


 竜の圧倒的な爪の力が、魔象・『ギラア・バトゥ』の背骨を握りつぶしていた。分厚い肉が裂けて、背骨が砕けた。もう生物としてはお終いだ。出血多量で死ぬまで、苦しむだけ苦しみ、動くこともない!!


 くくく、オレたちを殺そうとした罰だぜ!!


 死へと落ちるように大地へと身を崩すゼファーの犠牲者、そいつを足蹴にしながら羽ばたいて、オレの翼は空へと帰還する!!


「容赦はしない!!油断もしない!!いいか、戦技と戦略を駆使するぞッ!!」


「ああ!!ソルジェ団長!!指示をくれ!!」


「リエルとゼファーは、戦場を飛び回りながら、矢と炎で牽制していけ!!ヤツらは陣形で罠を張る、群れでの戦闘を理解しているんだ!!とにかくかき混ぜて、ぶっ壊せ!!」


『わかった、『かおす』をつくる、だね!!』


「そうだ!!混乱させろ!!そうすれば、シアンが各個撃破で潰してくれる。孤立させれば、彼女が素早く後ろから狩りに行き、数を減らしにかかるぞ!!」


「お兄ちゃん、私は!?」


「ミア!!『チェーン・シューター』で、象さんの背中に取りつけ!!」


 ―――あとは、言わなくても分かるな。


「うん!!わかった!!」


 ミアがゼファーの背を蹴って、空へと飛ぶ。空中で身を回転させて、風を掴んで落下方向をコントロールする。『風』の魔力を喰らった手甲から、ギンドウ製の魔銀の鎖が射出される。


 鎖の尖端のトゲが、『ギラア・バトゥ』の表皮を貫通するのさ。そして、ギミックは作動する。トゲの中から、『返し』が飛び出て、固定する。そして?『風』を使って、鎖の巻き取りが始まった。


 ミアは、またたく間に『ギラア・バトゥ』の背に飛び乗ることを成功させた。さすがは、我が妹、ミア・マルー・ストラウスだな。


 ここからのミアは『自由時間』だ。


 あのデカブツどもの背から背に飛び移りながら、戦場を攪乱するのさ。ゼファーとリエルのサポートでもいいし、やれるなら『ギラア・バトゥ』狩りをするのも許す。背骨を壊せるほどの爆薬も持たせているしな。


 そうだ、臨機応変に攻撃と援護を繰り出してもらいたいんだよ、団長お兄ちゃんとしてはな!!


 そのために自己裁量を渡したというわけさ。


 無言の命令は、ミアの機動力を活かした、『遊撃』を許可したということだ。敵を殺すも、攪乱するのも、君の自由にしていいぞ?……おそらく、お前は殺したがるだろうがな。


 ……ああ。早速だ!!


 背骨周りの肉を裂いて、爆弾を埋め込んだな?爆発が聞こえた。魔象め、どうやら脊髄を破壊されはしなかったようだが、自力で立っていられるほどの傷ではないな。腰が砕けるように沈む。


 そして?


 ミアは次の獲物の背に飛び移っていた。天使みたいにかわいいね。敵からすれば、死神が取り憑いたのと同義語だろうがな―――。


「さーて。カミラ!!」


「はい!!」


「オレたちの出番だ」


「ええ!!それで、どーすれば!?」


「オレごと『コウモリ』に化けろ」


 そう言って、オレはゼファーの背から宙へと跳ぶのさ。


 カミラが慌てて飛ぶ!!その背中から大きな『コウモリ』の翼を出して飛ぶ。ああ、黒い翼はうつくしいね。オレの左手と、カミラの両手が結ばれる。


 彼女の翼が必死にパタパタ羽ばたいて、オレたちは空の生き物になった。まあ、二人分を支える力は出せないようで、ゆっくりと地上に向けて落下しているんだけどね?


「ビックリ、しちゃいましたッ!!いきなり、飛ぶなんて、危ないですよう!?」


「スマンな。でも、このタイミングなら、大物を狙えるんでね?」


『BAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 仲間を殺されまくって、激怒している『ギラア・バトゥ』が、空中を落下していくオレたちへと、とんでもない勢いで突撃してくる。狙い通りだ。オレは知っていたぞ、貴様がオレたちを睨んでいたことをね?


 ……おお、これはなかなかの迫力だぞ?教会と同じようなサイズの物体が、オレたち目掛けて馬と同じ速度で走ってくるんだからな。これは得がたい経験だよ。


「さて。カミラ」


「……はい!当たりそうなトコロ、ギリギリで!!―――『闇の翼よ』ッ!!』


 そして、彼女の呪文と『闇』を浴びたオレの体は、無数の『コウモリ』へと分割されていた。この『コウモリ』は、ある意味、無敵の存在だ。なにせ、敵の攻撃を『すり抜けてしまう』のだからな!


 魔術も吸収するよ、『闇』属性っていうのは、そういう反則技だ。物理も魔術も、およその攻撃体系が無効化される……『呪術』に関しては、有効な可能性はあるが、あの象は呪いの力は見せてはいないからな?


 まあ、用心して、ギリギリで化けたってワケだよ。敵に手の内を知られて、イイコトは無い。


 しかし……コレって、本当に最強の回避技だよなあ!


 『ギラア・バトゥ』の体当たりも、空気のように、あるいは影の如く?……とにかく、ノーダメージですり抜けてしまうのさ。自分の身体を巨大なモンスターがすり抜けていく感触は、なんとも不思議なものだったよ。


『……あいかわらず、スゲー魔術だ』


『えへへ。褒められると、嬉しいですよ』


『くくく。そうだな、でも。面白いのは、これからだぜ?オレたちの『合体技』を作るぞ!!』


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