第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その12


 オレたちはシアンの指示に従って、『イラーヴァの森』の南にある丘へとゼファーで降り立った。曇り空の下、その鬱蒼と茂った大樹の海は、静けさを保っていた。


 この樹海のなかに『森』を見つけるのは困難そうかね?


 オレもそう考えていたよ。樹海を区切る手段には、自信が無かった……でも、その場に来てみれば分かったよ。『イラーヴァの森』……というものの、そこは他よりも木々が『薄い』んだよね。


 まったく木が無いわけではないが、木々が密集している他よりは、明らかに少なくて、そこをこの丘から観察することが十分に出来た。オレは魔眼で、カミラは魔力を瞳に帯びさせて、ミアとリエルは、ギンドウ製の『双眼鏡』で観察している。


 シアンはどうしたかって?


 『見てろ』と言い残して、この丘から走って、森林のなかへと飛び込んでいったさ。単独で『イラーヴァの森』へと向かったんだ。オレたちは、彼女の『模範演技』を見ることで、『ギラア・バトゥ』との戦い方を学ぶということさ―――。


 シアンには負担を強いてしまうが……彼女の『強さ』をオレは疑うことはない。そして、彼女は冷静な狩猟者だからな?……ムリなときは、ムリだとも言うだろう。


 オレたちがすべきことは?


 シアン・ヴァティを信じて、彼女の活躍を見逃さないこと。そして、自分の『戦場』になる『イラーヴァの森』を観察して、戦いに備えることだけさ。それで十分だよ。


「池が、いくつもあるな?」


 双眼鏡をのぞき込みながら、リエル・ハーヴェルがそんな感想を述べる。うん。そうだな、『イラーヴァの森』には、たくさんの『池』がある。だが……あれは―――。


「―――掘削して作ったものだろう。アレは、自然発生したものじゃないぜ」


 そうだよ、それらの複数ある池のふちは、大きく『えぐられた痕跡』がある。巨大なクワでも使って、地面を掘り返したらあんな風になるだろうね?まあ、クワじゃないだろうけどさ。


「お兄ちゃん、アレって、『岩山』ちゃんが掘ったのかな?」


「……ああ。そうだろうねえ。あそこは『ギラア・バトゥ』の縄張りだ。他の獣たちも、掘削業者も、畏れ多くて入れないだろうから」


「じゃあ。大きいね」


「大きいだろうな……たしかに、『岩山』という言葉どおりのサイズらしい」


 『魔象』は、牙であれを掘ったのかな?それとも、器用な前脚とか、あるいは後ろ脚で土を蹴るようにえぐったのだろうか……あるいは鼻か?……一撃でも攻撃をもらえば、即死は免れそうにないな。


「岩山さんは、穴を掘って、そこに『水』を溜めたんですか?」


「多分な。川が近いから、土は水を多く含んでいる。穴を掘れば水がそこにはあふれるよ」


「何のタメっす……?……すぐ近くに、綺麗な川があるっすよ?わざわざ、泥水を飲みたいとでも……?」


「ありうるぞ?」


「え?」


「泥水を?」


「飲みたいのお?」


 カミラ、リエル、ミアが。オレの言葉に並んで首を傾げてくる。


 かわいい絵面だね。でも、三人ともオレを信じてくれていないみたいで、ちょっとショック?……ううん、そうでもない。だって、うんちくを披露できるタイミングだもんね?


「自然界には、泥を好んで喰う獣がいるんだ」


 その言葉を聞いて、リエルが、あ!……という顔をした。そうさ。君は知っていた。でも、忘れていたんだ。知識は固定観念に囚われやすいからね?リエルは口惜しそうな顔をしている。モンスターも獣も、生物だということを忘れて、別物と考えがちなのは、良くない癖だ。


 森や動物の知識で、オレに遅れを取ったことが口惜しいんだろう。だって、森のエルフの王族だもの。一族の名前に、『森の』がついているぐらいだからね?森関連の知識での敗北は、彼女に大きな屈辱を与えるようだ。


「失念していた。泥水には、それなりの意味があるのだ!」


「ええ!?泥水なんて、意味ないっすよう?」


「そーだよ……あるとすれば、水田ぐらい!!……ハッ!!か、カミラちゃん!?」


「う、うん。ミアちゃん!?」


「も、もしかして……岩山さんは―――」


「―――『田んぼ』を育てているっすか!?」


「……なるほど。斬新な解釈だな」


 オレは少女たちの導き出した答えに、思わず唸らされた。超巨大モンスターである『ギラア・バトゥ』が、残酷な獣とモンスターのウジャウジャいる樹海の奥地に、水田を耕しているか……。


「きっと、お米を育てているんだよ!」


「そっすね、お米が嫌いなモンスターなんて、いるはずがないっすもん!」


 クソ。


 その発想、オレには思いつけなかった。稲作しても、炊飯出来ないだろう?……いや、そのツッコミには、あの泥水で炊けばいいんだよ、という答え方が出来なくもないぞ?


 うむ。よく考えられたネタだ。


 ちょっと、敗北感を覚えてしまうな。


 だから?認めようじゃないか、その発想を!!


「お前たちの、勝ちだ!!」


「やったああああああ!!『アホ組』の勝利だよ、カミラちゃああああああんん!!」


「ええ!!やったね、ミアちゃん!!『アホ組』が、勝ったんすよう……っ!!」


 ミアとカミラが抱き合って喜んでいる。うむ、さすが自他共に『アホ組』を認める少女たちは違う。自虐ワードを自虐にもせず、キラキラと輝いているぜ?


「……よくぞ、そこまで柔軟な思考に至ったな」


「正解なの!?」


「田んぼなんですね!?」


「―――もちろん、違うぞ」


「ええ!?」


「違うんすか!?」


「……ああ。まあ、君たち自身でも、『そりゃそうだ』って考えているだろ?そんな女子は、挙手!」


 ミアとカミラは、お互いの顔をチラ見しながら手を挙げる。


 うん。素直でよろしい。


「……モンスターでなく、野生の獣たちのハナシにはなるのだが―――」


 マジメなリエルちゃんの講義がスタートするぞ?アホ・ガールズは並んで聞いてる。


「―――泥水、いや、泥を喰う獣は、それなりにいるんだ」


「お腹を壊さないの?」


「食中毒まっしぐらっすよ……っ」


「いや。むしろ、『それ』を予防する効果があるそうだぞ?」


「え?」


「泥で?」


「うむ。ロロカ姉さまに聞いたハナシでは、土を食べると、その中に含まれる微量な『金属』の粒子が、胃の中にわずかな毒性をもたらすそうだ」


「セルフ食中毒?」


「体に悪そうな攻めたスタイルっす」


「……あれ?そう言われれば、そうだな……?」


 『アホ組』の一員でもあるリエルが、『アホ組』のトップエリートたちに呑まれかけている。ここは、助け船を出そう。アホに混ぜ返されたら?知的なトークはカオスの底に落ちてしまうのだから。


 知識のレスキューに出動だ!


「食中毒ってのは、ばい菌や寄生虫を食べちまうから起きるだろ?」


「泥は?」


「食べても平気っすか?」


「大量でなければな。ちょっとぐらいなら平気さ。貝のなかに砂が入っていても、あれぐらいじゃ腹は壊さないだろう?」


「なるほど!」


「そうですね!」


「じゃあ、続きをどうぞ、リエル?」


「え?あ、ああ……土を食べると、胃の中に、我々を毒さない程度の毒を発生させる!」


「うん!」


「貝の砂利っすね!」


「……そうだ。その『微量な毒』で、胃の中にいる寄生虫やばい菌を殺すのだ!我々は殺せなくても、より小さな生物であるそれらは、殺せる!!」


「な、なるほど!!毒をもって、毒を制していたんだ!!」


「動物さん、賢いっす!!」


「ああ。そのために、泥というか土を食べる動物もいる」


「なるほど」


「ためになったっす!」


「そうか!なら、良かった!!」


 そして?


 そして、会話は終わった。『ギラア・バトゥ』のせいで、この周囲の森は平和そのものだ。まったくモンスターもいなければ、鳥の声さえしないのさ。うん……静寂そのものだった。


 でも、オレが思っていたのとは、ちょっと違う結末だよ。これって、動物豆知識ではなくて、『ギラア・バトゥ』のハナシだったじゃないか?


 だから?オレは、口を開くんだ。もっと頭を使って、敵のコトを考えてみようぜ?


「……『ギラア・バトゥ』は、あえてあそこに穴を掘り、泥水の池を作っているのさ」


「食中毒を―――」


「―――予防するためっすね?」


 ミアとカミラに自信のみなぎる表情で言われた。うん。そうだ。


「ああ。それもあるだろう。他にも理由がありそうだ。食中毒のばい菌や寄生虫を殺しているのは、『金属』の毒だって、言っただろ?」


「……うん!」


「……はい!」


 一瞬、忘れていたっぽいな、『アホ組』たちは。でも、リエルは薬草学の知識を深めようと、ロロカ先生に科学や医学知識を習うこともあるから、ちょっとついて行けているらしい。ハナシをつづけるぞ。


「『金属』は、毒になるだけじゃなく、オレたちの体にも有効な『素材』になる」


「『素材』?」


「何かを作っているんすか?」


 リエルが反応する。


「そうか……『金属』は、骨や歯の材料にもなる……そう習ったぞ!ロロカ姉さまにな!!」


「骨とか、歯って、『金属』なの!?」


「カルシウムさんでは!?」


「カルシウムは『軽金属』さ―――ああ、細かなコトを考えるな、歯や骨や血や肉には、ある程度、金属が要る。そして、金属は土に混じっているのさ。つまり、泥水を大量に摂取することで?」


「……肉体の『材料』である、『金属』を大量に摂取している?」


「ああ。あるいは……体を大きくするために、とにかく何でも食べるから、胃袋には、ばい菌や寄生虫が多い。そのばい菌を殺すために、泥水を飲んでいるかもってトコロだ」


「つまり、どっちにせよ……?」


「体を『大きくするため』に、あの土が融けた泥水の『井戸』を作っているのかもしれないな―――」


 もしくは、巨体過ぎて、それを動かすときに消耗してしまう『土壌金属/ミネラル』を補充しているのかも?


「―――それに、巨大すぎる肉体は、エネルギーの消耗が大きい。陸上の活動には限界がある。それを防ぐために、いつもあの泥水のなかに『潜っている』のかも?」


 そうだ。そんなに巨大なモンスターなのに、姿が見えない。どこかに潜んでいる。ならば、あそこの池たちが、かなり怪しいだろ?


「つまり、あの池は『巣穴』でもあるということか?……飲料水の確保、解毒、土壌金属の補充に、寝床。なるほど、合理的なモンスターかもしれない」


「でもさ。あの池……かなり広いけど?」


「そ、それぐらいの、サイズ……って、ことっすか!?」


「なにせ、『岩山』だからな。どれぐらいのサイズなのかは、シアンは『見てのお楽しみだ』と言っていたが……楽しくなるほどのサイズなんだろうよ」


 ―――だって、象が『小さい』って、言っていたよね?……期待してしまうぜ?


「さて。シアンが、『イラーヴァの森』にたどり着くぞ?」


 その言葉に、猟兵女子ズは『イラーヴァの森』に視線を移していた。


 オレは、もしもの時に備えて、ゼファーに保険をかけておくことにする。おそらく不必要なことだとは考えているが―――もしもの時に備えるのが、保険というものさ。


「ゼファー!……シアンがピンチになったら、すぐに飛ぶぞ?」


『りょうかい!!いつでも、とべるように、かぜもみておくね!!』


「ああ。カバーし合うのが、オレたちだ」


『うん!』


 これで、もしものトラブルの時には急行出来るぞ?


 まあ、そんなもしもは、万に一つぐらいだろうがな……見せてくれよ、シアン・ヴァティ?『虎』の狩りをな。



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