第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その11


 オレたちは朝から『ピンポイント・シャープネス』の特訓を行い、それなりの手応えを掴んだ。カミラ・ブリーズ以外ではあるが……カミラの『育成』については、毎度のこと頭を抱えることが多いんだ。


 彼女は吸血鬼だからね?


 ヒトには使えないはずの第五属性、『闇』を制御できるし、その身体能力はヒトを超えている。十分な強さを持っているのだが……まだまだ、その力を活かせていない。より上を目指せるはずなんだが……。


 しかし、『闇』を使うことも出来ないオレたちとしては、彼女をどう鍛錬すればいいものか、なかなかアドバイスが思いつけないという事実があるんだよな。


 戦闘中の彼女は、『闇』に肉体を満たしているので、常に『シャープネス』や『チャージ』が発動し続けているようなものではあるしね?


 ……強者という存在は、鍛錬の方法にすら孤独を感じてしまうようだ。オレたちの知識や発想力の不足が原因ではあるが、技術とは積み重ねて来た知識だからな。まったくの未知の体系である『闇』は、理解が及ばないのだ。


 練習相手や今回みたいな特訓時における、孤独。


 彼女はそれを、きっと喜べてはいないのだろう。ちょっと、さみしそうな瞳をしているように思える。だから?彼女の雇用主として、彼女の夫として、オレはカミラちゃんのとなりにやって来ていた。


 カミラはまだ両腕を組んだまま、考え中だよ。練習に励む他の連中から、ちょっと離れた場所でね?


「……カミラ」


「あ。ソルジェさま……」


「すまないな。君を放置するような形になってしまって?」


「い、いいえ。自分、『炎』属性の資質が無いっすから……まあ、『風』も『雷』も使えないっす。生まれもった魔術の才能は無くて……あるのは、吸血鬼に呪われたから、継承してしまった『闇』だけ―――」


 カミラは女吸血鬼に捕まり、奴隷として調教された悲しい過去がある。オレがその女吸血鬼の喉笛を噛み切って殺したのだが、カミラに解放は訪れなかった。


 何の因果か、吸血鬼の原因である『呪い』は、そいつからカミラ・ブリーズへと継承されてしまったのさ。そのせいで、カミラは吸血鬼となり、『闇』の『力』さえも受け継いだのだ。


 言葉を使うべき瞬間だ。だが、それなのに言葉を思いつけない。オレはおしゃべりなはずなのにね?……それでも、オレの手は彼女のポニーテールに結われた髪を撫でてみた。どうにか、オレの存在を伝えてやりたくて。


 カミラは、オレを感じてくれることで、ちょっとだけ表情に明るさを取り戻していた。


「ソルジェさま……で、でも。大丈夫っす!自分、この『力』があるからこそ、皆の力にもなれているわけですもの」


「そうだ。お前の身にかかった『呪い』は、『聖なる呪い』だ。お前とオレたちを救い、お前をオレに導いてくれた」


「は、はい……っ。そうです……この『聖なる呪い』のおかげで、自分は、ソルジェさまに逢えた……ソルジェさまの妻にしてもらえて―――貴方に純潔を捧げられました」


「ああ、そうだよ、オレのカミラ」


「な、なので。さみしくはありませんっすよ?……でも、こういう特訓のときは、やっぱり……」


「さみしいんじゃないか?……オレに強がるなよ」


「……は、はい。すみませんっす」


 カミラがその頭をオレの胸に預けてくる。『竜鱗の鎧』は固いだろう?……それでも、彼女は、あたたかい、と呟いてくれたから。オレはこれでいいかな、と考える。


 金属越しにでも、伝えられるよ。オレのカミラへの愛情ぐらい?……このままカミラが泣き出したら、オレは泣き止むまで抱きしめていてやろうと思ったが。


 吸血鬼の運命すら、女吸血鬼どもから受けた屈辱さえも、その覚悟の牙で喰らった彼女は強い。涙を流すことはなかった。


 オレが抱いてやったからだろうか?言葉以上に伝えられたとは考えているのだけど……もしも、そのおかげで、より強くなれてくれたのなら、オレは嬉しいね。


「さて!!そろそろ、行くっすよ、ソルジェさま!?……自分たちが、『ギラア・バトゥ』を倒せば、難民さんたちが、西へと逃れるルートを確保できるっすもんね?」


「……ああ。責任重大な任務だ。頼むぞ、オレのカミラ・ブリーズ」


「はい!!了解です、ソルジェ団長!!」


 カミラがはにかみながら、オレに向かって敬礼する。犬のように忠実な愛情をオレに持つ彼女には、その忠誠を示す態度があまりにもよく似合う。


「活躍に期待しているぞ。『ギラア・バトゥ』は巨大なモンスターらしいからな。お前の吸血鬼としての目にも、頼ることになるだろうし……誰かが追い詰められたら、『コウモリ化』して緊急回避に誘ってくれるか?」


「はい!防御とか、偵察とか、その他いろいろ、お任せ下さいッ!!」


「オレたちと連携を密にしろ?いいな?」


「はい。みんなを傷つけたりさせないっす!自分の、『聖なる呪い』の力が!」


「ああ。頼りにしているぞ……さて。それじゃあ、みんな!!ゼファーに乗れ!!」


 訓練の時間は終わりさ。


 『ピンポイント・シャープネス』。あとは、実戦で極めてやろうではないか、『岩山』ほどに大きな『ギラア・バトゥ』とやらならば、そうとう切り裂き甲斐がありそうではないか?


 オレたちはゼファーのもとへと集い―――ゼファーはオレたちのために、その偉大なる首を下げて、背中を預けてくれる。先頭はミアで、オレの脚のあいだの特等席に座る。


 オレの背中にはリエルだよ、そこも彼女の特等席だから……でも?リエルは、やさしい娘だからな。第一夫人の特権を、今日はカミラに譲っていた。そういう優しい絆でつながれている猟兵女子ズが大好きだよ。


 その後ろにリエル、最後尾がシアンさ。


 五人も乗ってると、竜の背でも狭いから、みんなで密着するんだ。なんか、楽しい気持ちになるのは、オレがスケベだからかね?こないだ殺したガラハドに言わせれば、かつて家族を失ったオレは、その代償を求めるように女たちに依存しているらしい。


 オレを追跡し、殺意をもって研究した男の言葉だからね、それを否定する言葉を、オレは残念ながら見つけられていないんだ。


 きっと、それは真実の一つでもある。


 だが、悪いコトとも思っちゃいない。好きなものは好きだし、彼女たちを守るためなら?オレは全力で戦い抜くよ。


 何度倒されても、誰に阻まれようとも……命の限り、戦い抜くさ。彼女たちのためにね。それに、彼女たちもそうだろう。だって、オレたちは猟兵だから。『パンジャール猟兵団』は戦場に棲む獣たち。


 この血なまぐさい戦いの場所こそが、オレたちの生き様を表現する場所だから。オレたちは、お互いを守るよ。自分と仲間のためにね。この絡みつく絆で編まれているからこそ、オレたちの結束は強いのさ。


「シアン!」


 曇り空のなかを飛ぶゼファーの背で、オレはシアン・ヴァティの名前を呼んだ。この土地に誰よりも詳しい彼女の知識を頼るためにね。


「なんだ、ソルジェ・ストラウス?」


「オレの頭のなかの地図を使って、ゼファーは『イラーヴァの森』へ向かっている」


「そうだな。間違いのない方向だ。ゼファーの翼なら、すぐさ」


「だろうな。でも……これは『狩り』だろ?」


「ふむ。そうだな」


「正面から乗り込むよりも、より効率的なプランはないか?オレは、『ギラア・バトゥ』を戦ったことがない。君のアドバイスが聞きたいんだ」


「……うむ。ならば、『イラーヴァの森』の一キロほど手前の丘がある。あそこに降りてくれ。頭の地図とやらのなかに、見つけられるか?」


「わかった。ゼファーも、『見える』な?」


 オレは頭に地図を浮かべ、シアンの言葉のとおりの位置に丘を見つけていた。それを魔眼の能力を通してゼファーに送り込んだのさ。


 ゼファーが返事を返すぜ?もちろんオレの期待にいつでも応えてくれる、オレの愛しい仔竜・ゼファーは、今日も元気が良かったよ。


『りょーかいだよ、そのおかに、おりるね、『どーじぇ』!』


「ああ。そこならば、たしかに見通しがいいし……風下だからな―――そう言えば、シアンよ?」


「……なんだ?」


「ヤツらは、『ギラア・バトゥ』とやらは、嗅覚は鋭いのか?」


「ああ。鋭い。なにせ、『大きな鼻』を持っているからな」


「……『大きな鼻』だと?そして、大きな体……ふむ」


「なんか、象さんの特徴みたいっすよね?」


 さすがはオレに愛と純潔を捧げた第三夫人のカミラちゃんだよね、オレと同じことを考えていた。というより、『大きな鼻』と『大きな体』……それでイメージ出来る生物は、あまり大きくないだろ?


「象型のモンスターなのか、『ギラア・バトゥ』ってのは?」


「うむ。象ほど『小さく』はないから、何とも言いがたいがな」


「なるほど、『岩山』に近いんだったな……」


「……シアン姉さま、それをどうやれば効率的に狩れるのだ?」


 リエルが確信的な質問を訊いた。


 そうだな、最も訊きたいところだが……そういう質問をしたときのシアンは、拒絶がつきものだった。


 『手抜き』を覚えようとするな。戦士が鈍る原因の最たるものだぞ……。


 そうさ、『虎』の哲学は、かくも気高いのさ。


「……強い威力の攻撃を、とにかく、たくさん当てるのみ」


 ああ。


 ほんとうに頼りにならないワイルドだけが引っかかる言葉だぜ?それは、そうかもしれないけどな―――。


 でも?


 オレも意地悪な性格をしているんだよね?……分析ぐらい出来るぞ。シアン・ヴァティ、君がどうやって『岩山』を倒したのか、分かるさ。


「そんな山みたいなヤツを、『刀』で仕留めたわけだな、シアンは?」


「……そうだ。それがどうかしたか?」


「……プランが一つ見えただけさ。『ギラア・バトゥ』とやらを仕留めるための、いい作戦……というか、方針がね」


 巨体であればあるほどに、それなりの弱点というのも存在するようになるものさ。それに、生命の壊し方なら、いくらでもオレたちならば思いつくことが出来る。猟兵だからね、オレたちは?


「カミラ?」


「は、はい?なんですか、ソルジェ団長?」


「……お前の吸血鬼としての『目』を借りることになりそうだぞ?」


「私の、『目』ですか……?吸血鬼としての……?じつは、お日様が出ている時間のほうが、視力が弱まるっすけど……?」


「大丈夫さ。弱っていても問題はない。君の『目』と……そして、嗅覚があれば?『ギラア・バトゥ』の弱点の一つをあばけるはずさ」


「な、なるほど!なんだか分からないですけれど!!こ、このカミラ・ブリーズ!ソルジェ団長のお願いなら、なんだって聞いちゃいます!!」


「頼んだぞ、オレのカミラ」


「はい!」


「……どうだ?シアン。オレは間違っていそうかな?」


「……いいや、悪くない考え方だろう」


 シアンにはオレのしたいことが読めたようだ。まあ、戦闘の経験値なら、オレよりも上だからな。この27才の猟兵女子は?


「……しかし、目ざとい男だ」


「そうであるべきだろ?『虎姫』の『長』なんだぞ、オレは?」


「……たしかにな」


 そうだ、『虎』の思考に卑怯とか、策略を嫌うような思想はないのだ。だいたい、フツーはそうだろ?殺し合いを演じる相手に対して、正々堂々を主張するのは間違いってものだぜ。


 正面突破も、大好物じゃあるのだが―――今回はビジネスだ。趣味よりも、効率を優先させてもらうぜ。


「まあ、いいさ。とにかく、まずは丘に降りろ。お前たちに『ギラア・バトゥ』との戦いを見せてやる」


「……見せる?まさか、シアンお姉さま?……単独で?」


 背後にいるから視線は向けない。でも、シアン・ヴァティがドヤ顔を浮かべていることだけは、想像がつくんだよね。


「うむ。原初の森林での『虎』を、見せてやるぞ―――」


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