第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その10


 ―――朝が来るとソルジェの隣に、リエルはいなかった。


 あくびをしていると朝ご飯の用意が出来たと女スパイの声を聞く。


 なんだか、ソルジェは母親を思い出してしまう。


 こういう手口で、アイリスは旅人たちの心を掴むのさ。




 ―――朝ご飯は、地元のメニューだね、香辛料に漬け込んだチキンの胸肉!!


 それをスライスしてね、食パンに載せるのさ。


 あとはたっぷりのチーズと、マヨネーズを少しかけて?


 トーストするだけで、できあがり!!




 ―――森を歩き、モンスターと戦うんだからね、朝からガッツリでなくちゃ!!


 ミアはその下ごしらえの良さに、感涙していたよ?


 『一晩寝かせただけで、鶏さんに空を制するための翼が生えている』!!


 そう発言させて、ソルジェのマリネへの研究欲を刺激していたね?




 ―――ハイランド王国は塩より辛さの味付けさ、カニのスープも辛かった。


 それでもいいのさ、朝の森林は冷たいからね?


 今日はあいにく天気も良くない、分厚い雲が鶏の飛ぶ空を覆っているよ。


 ハイランドの高台から降り注ぐ風は、かなり冷えている。




 ―――辛い鶏肉をたっぷりと食べて、装備をしっかり調えた後。


 『パンジャール猟兵団』は出発さ、まずはゼファーとの合流だよ。


 森を歩き、今朝は四体の獣どもに襲われた、クマ二匹に狼一匹。


 そして、大イノシシだよ。




 ―――狩人リエルは気がついた、昨日仕留めた獣たちの死体がどこにもない。


 シアンは答えるよ、肉を放置して一晩が経つ、この森林では、原形さえ残らんぞ。


 それほど多いのだ、この森の肉食獣の数は……そして、狂ったようにどう猛だ。


 竜であるゼファーさえも、襲うのだからね?




 ―――もちろん最強の存在である竜が、遅れを取ることなど無かった。


 でも、十メートルサイズの蛇を見たのは、ゼファーも初めてだ。


 好奇心から、それに『遊ばせた』、全身を締めつけられる。


 鉄さえも容易く曲げるその力、ゼファーの骨はビクともしなかった。




 ―――だが、牙を立てられることは許さない。


 しゃああああ!!と唸り、牙が迫ったその瞬間、ゼファーは口から火球を放つ!!


 大蛇の頭部が火球に貫かれて、70年生きた大蛇は一瞬で死んだ。


 ゼファーはその新鮮な肉を噛みちぎりながら、『ドージェ』たちを待っていた。




 ―――魔眼を伝って、状況を知っているソルジェは、やはりこの森林の不思議を知る。


 いくら何でも、常軌を逸しているな、肉食生物で溢れすぎている。


 そして……狂ったような戦闘意欲だ。


 どの獣も、引くことを知らないな?




 ―――ソルジェでさえ、突撃だけをするわけじゃない。


 でも、ここの生命たちは、突撃しかしてこない。


 狂っているんだ、戦いに……それは、とても不自然なことだった。


 そして……なぜ、この原初の森林は、彼らを閉じ込めているのかも疑問に思う。




 ―――これだけの強い獣たちは、何故に、この森林に『囚われている』?


 どうして、競走の楽な『外』へと抜け出さないのだろう。


 シアンに訊ねると、昔から、ここの魔物は外へは出ない、何故かは知らん。


 それだけ告げられる、でも、ソルジェは彼女の尻尾の『踊り』に、何かを感じている。




 ―――『何かを知っていて、隠しているのか?』。


 直感的にだが、そう考えていた。


 そうだ、あくまでも『直感』だ……だが、ソルジェはオットーの言葉を思い出す。


 『魔眼の能力が上がってきている』……彼の『直感』は勘ではなく魔力を帯び始めていた。




 ―――どうあれ今は、狩りの時間だ。


 難民たちに、西へと抜ける道を確保するために、イラーヴァの森を落とすのだ。


 そこに君臨する、原初の森林の王者たち……。


 『ギラア・バトゥ』を仕留め、その皮を剥ぎ、その血を集めるために。




「ゼファー!!おっはよーッ!!」


 ミアが全力で走り、草原で仰向けでゴロ寝するゼファーの腹へと飛び乗った。くつろいでいたゼファーは、ミアのダイビング攻撃を受けてもへっちゃらだ。さすがは竜だな。軽量級のミアが突撃しても、うめき声の一つをあげることもない。


 その大きな口であくびしたあとで、ゼファーが腹の上のミアに語りかける。


『みあ、おはようー』


「うん!!おはよう!!ゼファー!!くつろいでるね?」


『うん。ここは、いごこちがいいんだ……からだに、ちからがみちてくる。ごはんも、たくさんだよ』


「大っきなヘビさんが二つもいたの?」


『いっぴきは、ここにすんでた。もういっぴきは、ちょっとまえにおそってきたから、やいて、たべた!』


「そっかー、お腹いっぱいだねえ、ゼファー!!」


『うん!!』


 ゼファーにはこの狂った森が、居心地良く思えるようだ。


 まあ、オレも戦いにあふれたこの土地を好ましく思うが、ゼファーの場合はこの森の空気……あるいは土地にかけられた『呪い』じみた野性が、竜であるゼファーをも取り込もうとしているのか?


 そうだとするなら……長居は無用だね。


「ゼファー、準備は出来ているな!!」


『うん!!『どーじぇ』、いつでもいけるよ!!みあ、おりて?』


「りょうかーい!」


 ミアがゼファーのお腹から跳んで、大地に足をつける。ミアがどいたことを確認したゼファーが、ゆっくりとその巨体を動かして、仰向けのゴロゴロ・モードを止めるのさ。


 腹ばいに戻ったオレのゼファーは、その巨体を犬のように震わせて、体についていた泥を飛ばした……?いいや、そうじゃないな。固まっていた背骨を、解きほぐしただけさ。だって、泥が飛ばなかったからね?


 ふむ、体に『風』をまとわせていたのか。そのおかげで、この湿った大地の土がゼファーの体につくことはなかった。なかなか器用な魔術を使うものだ。オレたちは感心する。


「ゼファー、いい魔術を思いついたわね。私も、今度、それを使うわ」


『うん。『まーじぇ』、これなら、つちのうえでも、よごれない!』


「さすがに、お利口さんっすねえ、ゼファー!!」


『えへへ。かみらも、おりこうさんだよ?』


 えーと、そうだっけ?


 竜が社交辞令を言っているなあ。さすがは、オレの第三夫人のカミラちゃん。


「ゼファー、えらいぞおおお!!ほら、マネしてみたー!!」


 ミアが『風』をまとって、大地の上でスライディング。


 おお、スゲー。十メートル以上はスライディングした。しかも、全身をまとった『風』に守られて泥とかついていない。女子どものウケが良いわけだよ。


 ミアも綺麗なまま……でも、泥んこのミアだって好きだけどね!……べつに、変な意味とかじゃなく、泥んこになってまで遊んでるミアとか、必死に特訓しているミアとか、輝いているってだけさ。


『みあも、すごいね。いっしゅんで、ぼくのまじゅつを、もほうしたよ!』


 ああ、そこは本当にスゴい。さすがは、『風』に愛されているケットシー/猫型妖精族だよなあ……オレ、あそこまでは再現しにくいかも―――って?『虎姫』さんてば、どうしたんだ?


 シアン・ヴァティがゼファーの顔面の前で、しゃがみ込んでいる。じーっと、魔力の痕跡を見つめているのだろうか、あの琥珀色の瞳で?


『……しあん?』


「……ゼファーよ。『風』の鎧をまとえるなら……『炎』の刃もその爪にまとえるな?」


『え?ほのおの、つめ?』


「そうだ。見ていろ」


 シアンがゆっくりと立ち上がり、一瞬で腰の裏から双刀を抜き放つ。一瞬だったが、オレとゼファーは見ていた。


「抜き放つ瞬間のみに、刃に『炎』の魔力を帯びさせたな……『シャープネス/武器強化』の『省エネ版』かよ!」


『うん!すごいね、『いっしゅん』だけ、やいばが、あかくかがやいていた』


 そうだ。一瞬だけなのが、スゴいところだ。『炎』を武器に込めること……『シャープネス』は一般的な魔術ではある。


 でも、魔力の消費がそこそこ高いし、放つ魔力が多すぎるから、敵に気取られてしまうという弱点がある。だが、『相手を切り裂く』、その『一瞬のみ』に『炎』を帯びさせたら?


 遠くにいる敵には気づかれる間もなく……魔力の消費も少なく、最高の切れ味をもって敵を切り裂ける。


 つまり、暗殺技の強化にも使えるぜ―――ほら、ミアの黒い瞳が大きく見開かれている。そうだ、お前の技にも組み込めるぞ?


「……そうだ。魔力の多さに頼りすぎるな。より最小限の魔力の消費に抑えれば、魔をまとった剣や、爪を、より多く振れるようになるのだからな」


 ……まったく、『虎』の『炎』のコントロールは素晴らしいな。いいや、もはや『炎』と呼ぶより、『熱』と分類すべき領域かもしれん。『虎』たちの独自の術体系だな。素晴らしい発想と技術力だ。


 ミアが、なるほど、と言いながら素振りを始める。だが……。


「な、なかなか、『シャープネス』の発動と、斬るモーションを合わすのが、難しい!」


「ミアよ、『腕の動き』に合わせようとするな。リズムの問題だ、呼吸や重心の動く瞬間に合わせるようにすれば、お前なら出来る」


「うん。シアン……せーの!」


 ミアが両手のナイフで剣舞を踊る。敵を小刻みに斬っていくときの連続技さ。畳みかけるには最高の技だが、やや威力に劣るのが弱点だった。でも―――今は、もう違う。


「はああああああああッ!!」


 呼吸に合わせたな!


 敵の顔を切るために放つ最後の一撃。それだけに、刹那の『シャープネス』が発動していた。あの一撃なら、兜ごと切り裂いて、致命傷を与えるな。


「で、できた!!」


「ああ。まだ、ムダな『熱』が漏れているが……その要領で研いでいけ、すぐにモノになるだろう。いい『ピンポイント・シャープネス』であったぞ」


「うん!!ありがとう、シアン!!」


 ミアが珍しくシアンの胴体に抱きつく。そう普段はしない。かつて、それをやろうとしてぶん投げられたからな……シアンは、反射的に自分へ接近した生物に攻撃を加える悪癖があるからね?


 だが、今では、その『発作』も制御が利く。


 シアンがミアの抱擁を受け止めていた。その顔が凶悪犯罪者みたいなスマイルを浮かべた。反射的にヒトを攻撃しなかった自分を、褒めているのさ。


 彼女も覚えようとしているのだ、この危険な大地で生きていた時代には、備わることの無かった『仲間意識』とか『協調性』ってものをさ。


 いいか、シアン。一匹の『虎』では出せぬ力を帯びるぞ、『オレたち』で戦うときはな?


 琥珀色の瞳が、オレの視線と交差する。


「―――ソルジェ・ストラウス。お前も、そのうちにマスターしろ。『竜の焔演』で振れる斬撃の数を、上げられるぞ」


「……ああ。そう思っていたよ」


 『竜の焔演』。竜騎士の必殺技だよね、『炎』、『風』、『雷』の三属性魔術で、オレ自身を強化する『複合強化魔術』―――たしかに、これならもう一太刀は、振れる回数が上がるかもしれない。今は、十五回振るので限界なんだよね。


「いい授業をしてくれて、ありがとうな」


「……お前たちは『強い』が、その技巧は、まだまだ研げる。『未熟者』を見ていると、ここでの修業時代を思い出して、つい、な―――」


 シアンは原初の森林から吹く風を、その琥珀色の瞳で追いかけるように見つめた。


 ふむ。彼女の修業時代か……ハードな思い出だろうな。いつか、酒を呑みながら、訊いてみたいものだよ?『虎姫』の悪名を作ることになった、君の伝説についてもね?


 気づけば?


 ミアだけじゃなく、ゼファーが蹴り爪と『牙』で、『ピンポイント・シャープネス』の練習をしている。


 そして、カミラは腕を組んで悩んでいるな。おそらく、アレを自分の技に取り込めないかと考えているみたいだが……どうだろうかなあ?


 本来、ヒトには使えないはずの『闇』属性魔術師である彼女には、オレたちでも助言を与えにくい。そのうえ、彼女はあまり頭も良くないから……ムリかもしれない。


 まあ、『闇』魔術は強力なので、『ピンポイント・シャープネス』にこだわる必要はないと思うけれどね?


 そもそも、魔力の枯渇については、カミラほど縁遠い存在もいないわけだしな。『闇』は、あらゆる魔術を己のモノにしてしまう、最強の強奪魔術だから。


「……『ピンポイント・シャープネス』か」


 弓姫リエルも思考している。彼女の『弓』と、その術は相性が悪い―――そう考えたのはオレが未熟だからだった。リエルの繊細な指が、弓に矢をつがえる。狙っているのは、木みたいだな。


「……これなら、どうだ?」


 そうつぶやいて、リエルが矢を放った。矢は、普段よりもさらに速く飛んだ!!しかし、彼女には珍しく、たった70メートルしか離れていない木の幹に、ギリギリで突き刺さるという結果だった。


「むう!……威力とスピードが上がるが、その分、扱いも難しくなるな」


「だが。見事だぜ、リエル……『弦』のほうに、『ピンポイント・シャープネス』を使うとはな」


 そうさ、矢を発射する瞬間に、『弦』の強度を跳ね上げた。それゆえの加速であったし、それゆえのコントロール・ミスでもあった。


「なかなか、難しいな。でも。練習次第では、実戦で使えそうだぞ!ありがとう、シアン姉さま!」


「……ああ。どうだ?……しばらく、コレの練習時間を作るのは?ソルジェ・ストラウス?」


 シアンがこういう自分の技巧を伝授するような訓練を、自ら提案してくるとはな?かつて、『虎』の秘技の数々は秘密主義に覆われていたのに。


 ……ルード王国軍の武術教官をしたおかげで、教育者としての顔を持つようになったのか?……いいや、それとも、こっちの方が動機として適切そうだよな。


 『岩山』みたいに巨大な、『ギラア・バトゥ』……そいつを仕留めるためには、オレたちの『攻撃力』を研いでおくべきだというのかもしれん。


 どっちにしろ、大歓迎だ。強くなれるチャンスを逃すほど、油断した人生を送ってはいないぜ?


「……そうだな。一時間半ほど、練習に費やそう。そのあと、デカブツ狩りに出発するとしよう」


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