第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その7


 『楽園』と来たか。抽象的な表現だが……オレはシアン・ヴァティを知っている男だからな。彼女の昂ぶる気配に想像力を働かせれば、意味ぐらいは分かる。


「……いったい、どんなバケモノがいるんだよ?……その『イラーヴァの森』とやらには?」


「ヨダレを垂らして吼えろ!!サイコーの『獲物』どもだッ!!」


「……なるほど」


 ああ、まったく参考にならない言葉だね。


 今のシアンは、とんでもなく興奮しすぎている。ほら、見てみろ?あの黒いフワフワの『尻尾』ちゃんが、かつてないほどビュンビュン動いているぞ?


 冷静とは対極にある精神状態としか、思えないね。ほら、あの琥珀色の瞳で、どこかを見ている?そうか、ここから西南西の方角。そこに、『イラーヴァ』の森とやらが存在しているはずだよな、彼女の描いた地図によれば……。


「くくく!待っていろ!!ぶっ殺してやるぞ!!」


 ああ。テンションがスゴい。まともな精神状態にも思えないほど、闘志が剥き出しだよ。今のシアン・ヴァティは、どうにも情報をくれそうにない。


 まあ、『イラーヴァの森』とは、よほど危険な場所らしいことは分かるがね?『虎姫』さんが、死ぬほど喜んでおられるのだから?危険の少ない戦場を、彼女は喜んだことなど一度だってない。


 さーて。頼むよ、この森のもう一人の専門家さんよ。


「……アイリス・パナージュ、疑問に答えをくれるかい?」


「……ええ、そうね」


 オレの問いかけるような視線を、アイリス・パナージュは察知してくれる。彼女は、オレに情報をくれるのが仕事だもん。ちゃんとお話ししてくれそう。


「……『イラーヴァの森』は、『原初の森林』にいくつかある『接触禁忌地域』の一つなのよ」


「ほう、『接触禁忌地域』とは、ずいぶんと大層な名前だな」


 王家が管理していた頃のなごりなのか?それとも『白虎』どもの政策なのか?……その言葉を素直に受け取るか、勘繰りながら聞くかで、その言葉が持つ意味は、かなり変わるぜ?……後者の場合は、危険性に由来していない可能性もあるよな。


 たとえば、マフィア『白虎』の悪事の現場とかね?……人身売買。その証拠や、『商品』そのものが、そこにあるかもしれないと考えるのは、変なことかい?


 どちらであれ……。


「……なんだか、とても危険な場所だということは想像がつくよ」


「いい考え方ね。それぐらいの名前で表現するのが、相応しいほどの危険地帯よ」


「それだけ強いモンスターが生息しているというわけかい?」


「そうよ、この大森林の『長』と呼べるほどの大型でどう猛なモンスター……『ギラア・バトゥ』たちの棲息地よ」


「……『ギラア・バトゥ』?」


 聞いたことのない名前だったな。そうなんだ、このハイランド王国は、剣士たちが世界中から集まったあげく、文化が混濁している。ネーミング・センスが、近隣の国家とも、かなりかけ離れているのさ。


 この土地につけられた名前から、その本質を予想しようとする行為は、おそらくオレには不可能なことだろうよ。ドワーフ語でも、エルフ語でもない……知らない響きの言葉だちだ。


 やや、古代ドワーフ語にも似ているかもしれんが……イントネーションが違うよ。


 そして、帯びている意味の方向性もね。


「そいつは、とんでもなく強いのかい?『ギラア・バトゥ』とやらは?」


「ええ。とってもデカくて、想像を絶する程に、力が強いわよ……そして、テリトリーに近づく者に対しては、とても攻撃的になるモンスターね」


「ほう。モンスターと呼ぶに、どこまでも相応しい存在のようだな」


「その点は否定しようがないわね」


「で。具体的には?どんな外見をしているんだ?」


 それが分かれば、戦い方や対処の仕方が見えてきそうなものだがな。あとは、急所の位置とかもね。


「えーと……端的に言うと、『岩山』みたいなカンジ?」


「『岩山』?」


 どうにも、想像がつかないな。デカくて固い?……ああ、登山以外で、そんなものと戦ったことがないせいか、まったく脳裏に『ギラア・バトゥ』を想像することが出来なかったよ。


「ええ。そうよ。本当に、山ぐらいデカいし、滅多なことじゃ倒せないの……だいたい、テリトリーに入ったら最後よ?どこまでも追いかけ回されて、踏みつぶされるわ」


「……なるほど。それでも逃げ切れたヤツがいるというわけだな?」


「……ええ。全員が全員、殺されちゃいないけど……?」


 ならば、スピードはそれほどでもないということか?デカくて、遅いか?くくく!!


「そういうタイプのヤツなら、オレたちなら余裕そうだ」


「本気で言っているの!?私の言葉、聞いていたわよね!?」


「ああ。聞いていたよ―――シアン。オレたちなら、余裕だろう?」


「ちょうどいい人選だ。このメンバーなら、『イラーヴァの森』を落とせる!!」


「正気なの!?」


「ああ。本気だとも。私はな、あの森を連中から奪ってやりたかった」


 『虎姫』はかつて『イラーヴァの森』を占領できなかったらしい。その時の恨みを、オレたち『パンジャール猟兵団』で晴らしたいのか?……まあ、それだけではないはずだ。


 シアン・ヴァティも猟兵。


 戦争に対しては、彼女もシリアスな意見を持つ女だよ。


「いいか、女?」


「はいはい。なんですか、シアンさま?」


「貴様の作戦に持って来いだとは思わないか?」


「え……」


「『原初の森林』のモンスターどもには『縄張り』を持つ上位の存在がいる。もちろん、『ギラア・バトゥ』たちもだ」


「……っ!!」


 クラリス陛下の女スパイ殿は、何かに気がついたようだな。オレも、ちょっとは予想がついている。だって、『ギラア・バトゥ』たちは縄張りに入る存在を踏みつぶすのだろう?


「つまり、『ギラア・バトゥ』たちの縄張りを……難民たちが西へと抜けるルートにするということですか!」


「ああ。ヤツらの領域は、いつも静寂と、騒音のどちらかだ。ヤツらが怒っているか、怒っていないか……それだけのことだ」


「『ギラア・バトゥ』の縄張りは、どこよりも安全ってことだろ。ならば、そこをオレたちが奪ってしまえば、難民が西へ、比較的安全に退避できるルートを構築できる」


「そうだぞ、ソルジェ・ストラウス。さすがに物わかりがいいではないか」


「まあな。君との付き合いも長くなっているからね」


 モンスターの縄張りを奪って、自分たちの作戦のために使うだって?……オレには思いつかない発想だよ。『虎』ってのは、どういう思考回路しているんだろう?


 だが、アイリス・パナージュも真剣な顔をして、地図を見ているぞ。シアンの指が描いた『道』を分析しているようだ。


 さて、どういう結論を出してくれる?


 オレはここでは門外漢過ぎてね。仕事が出来る君たちに任せるしかないんだよ。


「……行ける。本当に、『ギラア・バトゥ』を仕留めることが出来るのなら、このルートは西へ抜けるリスクが、かなり下がった道になるわ!!行ける!!行けますよ!!」


「ああ、だからこそ、私はこの『道』を描いてやったのだ」


「……そうですね。本当に、貴方を誤解していました、シアンさま」


「構わんよ。『虎』は、なかなか理解されないものだ」


 仕事の出来る女子たちが、お互いを認め合っているようだ。女エルフのスパイは『虎姫』に手を差し出す。シアンの尻尾が、しばらく波打ち。やがて、その手がエルフの右手を握っていた。握手だね。うつくしい友情の誕生かも。


「……ソルジェ・ストラウスよ?」


「どうした、シアン?」


「お前も、私の策に貢献する発想はないのか?……今回は、ガンダラもロロカもいない。我々の知略は、お前の赤毛の中身に頼るほかないのだ」


「考えることは、全部、オレに丸投げか?」


「私は今、考えてやっただろう?」


「そうだったな。ああ、この森林の素人だから、オレの発想が貢献出来るかは分からないんだが……」


「何かあるのなら、教えて、サー・ストラウス。私も、ちょっと、このルートについて考えたいけど、アルコールと、舞い上がっているせいで頭フワフワ!」


 そうだろうね。君は難民を救助できそうだって、大喜びだ。そこまでシアンの考えたルートが有望そうなら、オレも何かアイデアで貢献したいところだな。


「地元のハナシで悪いんだが、昔、ガルーナでは、竜のウロコを旅人たちに売っていた」


 滅びた故郷のハナシを自分で口にすると、なんだか切なくなるね。あの素晴らしい幼い頃の思い出が、オレの胸を締めつけてきやがるよ……。


 そうだ。


 エルフのばあさんの薬屋には、いつも竜のウロコたちが置いてあったんだよね?薬に使うわけじゃない。エルフの薬を買い付けに来た、旅人たちに売るためさ。


「竜の魔力と、あと若干のにおいを帯びたそのウロコは、狼とクマを寄せ付けない『お守り』として重宝されていたんだぜ?」


 山深いガルーナを旅するには、『それ』があると、とても便利だろ?商人たちは、狼やクマに襲われることが無くなるのだから……。


 まあ、百発百中で獣除けの効果があったかはともかく、剥いでから、しばらくの間は確かに効果があったんじゃないかね。


「その狂暴な『ギラア・バトゥ』とやらの皮を剥いで、マントを作る。そして、ヤツの血肉の香りを、そのマントにたっぷりと塗り込むってのはどうだ?」


「……いい発想じゃないかしらね。『ギラア・バトゥ』に近づきたがる存在はいないわ。森の王者たちの一角だもの。雑魚たちは、その気配だけで逃げてしまう」


 女エルフのスパイさんは、オレの発想をそこそこ評価してくれている。


 さて、アイリス・パナージュよりもずっと長く、この湿った森林を歩き回ってきた君は、オレの発想を気に入ってくれるかな、シアン・ヴァティ?この森林の『虎姫』さまよ。


「―――気に入ったぞ、ソルジェ・ストラウス」


「そうか。使えそうなアイデアか」


「ああ。ヤツらの血ならば、おそらく多くの魔物は寄りつかなくなるだろうさ。難民どもにとっては、それ以上無いお守りだ」


「……良かったよ。アイリス・パナージュ?オレの発想は、どうやら、そこそこ使えそうらしいぜ」


「そうみたいね!『虎姫』であるシアンさまが仰られるのなら、きっと確実よ。ああ、あとは貴方たちが『ギラア・バトゥ』を殲滅させられるかどうかの問題になるわ」


 彼女は今もオレたちが『ギラア・バトゥ』を仕留められるかどうかを、かーなり疑っているらしい。


 モンスターとはいえ、生物だ。


 殺せるはずだろ?


 しかし、彼女の心配そうな表情を見ていると、それだけ『ギラア・バトゥ』を殺して、その縄張りである『イラーヴァの森』とやらを奪うという行為は、難しいものらしいな。


 少なくとも、かなり……いいや、大いに非常識だと、分析力に長けた諜報員の頭脳が判断するぐらいには、リスクがあることらしい。


 でも。


 忘れてもらっては困る。


 オレたちは、『パンジャール猟兵団』だぞ?ガラハド・ジュビアンと、ヤツの率いる『ガレオーン猟兵団』の命を喰らい、最強の傭兵集団であることを、つい先日証明したばかりの存在だよ。


「―――アイリス・パナージュ。『ギラア・バトゥ』を仕留めるのは、簡単だ。オレたちがモンスターごときに敗北するワケがない」


「サー・ストラウス?」


「そうだ。我々を舐めるな、女。私は『虎』だ。そして、この男は、私よりも『上』だからこそ、私の『長』でいられるのだぞ」


「……ッ!!そ、そうね……愉快な赤毛のお兄さんだからって、ちょっと忘れかけていたけど。ソルジェ・ストラウス……貴方こそ、『虎』よりも、はるかに怖い存在―――『魔王』だったわね?」


「……そういうことだ。『魔王』が、モンスターごとき動物崩れに、負けるわけがないだろう?」


 舐めてもらっては困るよ、アイリス・パナージュ。


 オレたちは、この大陸で最強の集団だ。


「楽しみにしてくれよ、そいつらを、どれだけの時間で殲滅できるかをな?……何ならかけてやってもいいぞ。君の予測時間よりも早く、オレはそいつらを殺してやるよ」


「ウフフ。まだ、あの動く『岩山』を、その目で見てもいないのに?……自信たっぷりなのね?」


「強くなければ、ここまで生きては来られなかったさ」


「……そうね。貴方は、この半月ちょっとのあいだで、三つの戦場で奇跡を起こして見せたヒトだったわ」


「信じてくれていいぞ。ガルーナの竜騎士は、『岩山』とやらでさえ、竜太刀で砕いてみせるってことをね。オレたち『パンジャール猟兵団』は最強であり、その中の頂点であるオレは、どんなバケモノよりも、バケモノなんだよ」



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