第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その6


「なるほど。猟兵向きの仕事が出て来たな」


「ええ……しかも、あそこで寝ている『虎姫』という最高のハンターが一緒」


「……『虎姫』は、こっちじゃ有名なんだね」


「畏怖の象徴の一つよ!……『須弥山』を牛耳る『虎』たちのなかでも、最上位の強さと評されているわ」


「ああ、分かるよ。彼女の強さには、リスペクトをせざるを得ない」


 最強の戦士たちの一人だよ。オレの方が、ちょっとだけ上だけどね?……その差は、本当にわずかなもんだし、相性の差でしかない。剣術の技巧だけでは、勝てないかもな。


 この原初の森で鍛えられたあの肉体は、まさに肉食獣。


 しなやかで、力強く、容赦がない。


「……彼女ほど、どこまでも無慈悲な剣士を、オレは知らない」


「ふーん。伝説通りのお方なのね?あの尻尾ちゃんは?」


「尻尾ちゃん?」


「そんなカンジでしょ?……フーレンでも、あんなによく動く尻尾を持っているヒトは珍しいわよ?」


「そうなのか?」


 なるほど。


 またムダな知識が増えたな。フーレン族の尻尾は、基本的にシアン・ヴァティのそれほどはビュンビュン動かない。


 たしかに……眠っているはずなのに、彼女の尻尾ちゃんはよく動いているな。黒い尻尾が、まるで独自の生命でも宿しているかのように、ゆっくりと風を探るように動いているね。


「……あれ、本当に寝ているのかしら?」


「さあね?彼女の領域に達すれば、寝ていたとしても、敵の気配に反応して殺しにかかることぐらいはするだろう」


「……ウソ?」


「いいや。ホントさ。オレにも出来たんだから。彼女にも、きっと出来る」


「そういう水準が、猟兵の力ってことかしら?」


「オレと彼女は『パンジャール猟兵団』でも、剣術の腕だけなら、トップとそれに次ぐ存在だよ……他のメンバーには、それぞれの『最強』があるがな」


「兵種が違うのね?……それをツールとして、貴方が使いこなしているわけ?」


「ツールではないさ、仲間……いいや、オレたちの絆は『家族』さ」


「まあ。三人は妻で、一人は妹だものね?」


「そういうことを言いたいわけじゃなかったような気もするが、否定は出来ん。四人はガチの家族」


「恐ろしいハーレムね?今も四人連れているとか、エロすぎ」


「みんな美少女だよ?……あと、ミアを含めるな、彼女は妹だぜ」


「義理のでしょ?数年すれば、貴方の毒牙にかかるわよ」


「やめろ。オレのシスコンを変な風に解釈するな?」


「はいはい」


 ああ。出たよ、女が男を躱すための伝統的な言葉が!はいはい!……いいさ。別に分かってもらえなくたっていい。


 オレのシスコンは性欲など帯びていないタイプの、プラトニックで神聖なヤツなんだ。


「まあ、寝てる貴方と、尻尾ちゃんに近づくのはやめておくわ」


「そうだね。オレはともかく、あの尻尾ちゃんは君に想像以上の暴力を振るう可能性はあるよ。彼女は、強い以上に……残忍だ」


「……毛布をかける気が無くなったわ。団長サンがかけてあげてね?それとも、ベッドに運んで四番目の妻にするの?彼女、無愛想だけど、キュートよ」


「美人だからね……っと。ハナシが脱線しすぎだぞ?」


「あらやだ。このアイリス・パナージュさんが、珍しい失態だわ」


「オレたちは、きっと飲み過ぎちゃっているね」


「ええ……まあ。要点はこうよ?この原初の森林を、難民たち自身に突破させるためには幾つかの問題点が浮かびあがる。それを、貴方たち『パンジャール猟兵団』が主導して排除してもらえれば、助かるわ」


「……問題点。まずは、モンスターの多さだな。オレがゼファーから……つまり、竜から降りて、ここに来るまでの二キロで、三度も巨大な肉食性の猛獣に襲われている」


「ええ。この森では、数百メートルに一度は襲われると考えててもいいわね?」


「狂った数の肉食性動物数だな」


「そうね、明らかにおかしい。でも、それは今、関係ない」


「そうだな……武器だな。武器さえ用意すれば、難民たちでも、この森を踏破出来る可能性は出てくる」


「自衛のための武器ね。それは、こちらに任せてもらってもいいわ」


「ほう」


 さすがは女スパイのアイリス・パナージュさんだね。武器の調達先にコネクションがあるのかい?……船に満載した武器とか、見ることが出来たら、ワクワクだな。


「わかった。詳しくは聞かない。そちらの方が、いいだろ?」


「そうねえ。スパイと美女は、秘密が多い方が魅力的だものね?」


 酒場にいすぎたのかね。すっかり軽口系スパイになってるけども?……まあ、旦那のピアノ弾きは今夜一言もしゃべられないから、バランス取れているのかもしれんな。


「あきれないでよ?ジョークなんだからね」


「はいはい」


 さっきの復讐をちょっとだけしてみる。負けっ放しは嫌い、そんな猟兵としての性格の悪さだよ。


「意地悪ね」


「意地悪な男を愛する女も、複数名いるらしいぜ」


「まったく、愛は偉大ね。色々なことを受容させてしまうんだもの……さて。武器については、用意出来るから、こっちに任せてちょうだい。それでいいわよね?」


「ああ。任せるよ。オレにはゼファーで空輸するという行為しか思いつかなかった」


「それもいいけどね。他にもやれるから、安心して。せっかくの竜よ?……子供たちを運ぶことに使ってくれないかしら?」


「……ああ。ゼファーの翼は、そういう無垢な命のためにある」


 ……子供たちか。


 子供では、あの森林を踏破することなど、不可能だろうからな……ゼファーよ。責任重大な使命を、お前はその翼で背負うことになる。誇りに思え。


「今の貴方、いい顔してるわよ?」


「元々、イケメンだろうが」


「はいはい」


 ああ。はいはいカウンターもらっちゃった!!ハハハ、まあ、いいさ。


「……さーて。武器が行き渡れば、あとはルートだなぁ……」


「ええ。並みの獣ならば、腕に自信がある難民たちでなら、どうにかなる」


 カミラが言っていたな。オレたちでさえも苦戦しうる存在が、複数いると……。


「ちょっとでも上位モンスターのいないところを通りたいわね」


「そうだな、出遭えば、全滅は必至だろう。何か、法則性はあるのか?」


「―――あるぞ」


 言葉が聞こえる。ピアノのそばからね。うん、何分か前から、彼女は起きていたようだな。でも、面倒くさがって黙っていたようだ。しかし……自分の『ホームグラウンド』の話題だから、ワクワクしてきちゃったのかもしれない。


「……『虎姫』……いえ、シアンさま、起きていたのですか?」


「さっきからな……さて。地図を出せ、ソルジェ・ストラウス」


「ああ。そこのテーブルでいいか」


「どこでもいい。さっさとしろ、私は眠たいんだ」


 あくびしながらこっちに来てるよ、大丈夫かな?


 分からねえや。でも、情報は大いに限る。しらふの彼女ならば、素直に自分の取って置きの情報を語らないかもしれない。彼女は、なんというか、良くも悪くも孤高でシャイで、粗暴なヒトだから。


 オレは彼女のためにテーブルに地図を広げる。


 このハイランド王国の南半分の地図さ。


 大蛇のようにうねる、『ヴァールナ川』。そして、その大河に栄養されて、川の周囲に延々と広がる『原初の森林』が、どうしても目立つ地図だよな。ていうか、ほぼ、それしかないのがハイランド王国の南半分だ。


「……このルートが、一番早く、安全だろう」


 そう言いながら、うちの『虎姫』は爪の先に極小の『炎』を魔術で召喚する。何をするのかと思ったら、そ米粒よりも小さなその炎で地図を焼いていく。


 焼いただけだぞ?燃やしたわけじゃない。


 他人の発想をスゴいなと思うことが、人生には出くわすけれど、このときもそうだったよ。シアン・ヴァティは、その極小の火球を使って、地図に焦げの『道』を書いた。炎をインクの代わりに使ってな。


 豪快かつ粗暴であると自称する彼女の、ここまで繊細な『炎』を見せつけられると、思わずうなり声を上げた。


「さすがだな。こんな細かなレベルで魔力を操るのかよ?」


「ああ。刀で切り裂く方が好きだが……閃光と熱で焦土を産むのも悪くない」


「君の『炎』は好きだぞ、シアン。切り裂くように、鋭いからな」


「そうだろうな。お前の眼は、あらゆる力に惹かれている。どのような力さえも、喰らおうという暗黒の星だよ」


 なんだか物騒な物言いだな。


 でも、確かにオレは武術や魔術……いいや、たしかに『力』をいう存在に対して、強い欲求を持っているのは確かだと思う。


 真似ようとするし、そこそこ器用なのか、真似することが出来てしまうな。『力』をコレクションしようとする願望があるのかもしれない―――否定しがたいね?


 だって?


 オレは今、指先に極小の熱球を発生させている。


 そうだ。


 『炎』ではない、『熱』。


 『風』に近い質を帯びた魔力……『炎』で燃やすわけでなく、そうだ、エネルギー自体を浴びせることで、『焦がす』力か。


「ほら?私の中まで覗いて、魔術を盗んだな」


「……すまんな。だが、いいものは欲しくなるのさ」


「褒めるのならば、盗んだことを許してやろう。使いこなせ、『焦土の力』をな」


「うむ……『炎』属性の亜種―――閃光の熱線、いつかマスターするよ」


「楽しみにしているぞ、ソルジェ・ストラウス」


 ニヤリとシアン・ヴァティは笑う。


 どういう意味なのかは分からない。だが、楽しみにされているのだから、悪い意味ではないのだろう。


「……ちょ、ちょっと待って!!」


 オレはシアンの技巧に惚れ込んでいたが、アイリス・パナージュはそうではなかった。彼女の諜報員としての目は、ただただシアンが熱で道を記した地図だけに注がれていたのさ。


 頭のなかにため込んだ彼女の情報が、その地図の焦げた道に意味を付与していき……そして彼女はリスクに気がついたようだ。


 とても慌てているような顔をしているな?


 ……何かを怖がっているのか?


 ああ―――そうか、そのルートには、おそらく……。


「こ、ここを通れと!?そんなの、自殺行為ですよ、『虎姫』!?」


 やっぱり危険なルートを刻んだのかい、オレのシアン・ヴァティさんよ?君の戦闘意欲と狂気は知っているつもりだが、この道は、オレたちではなく、難民たちのためのルートなのだぞ?


 ……まあ。


 それぐらいは理解しているよな、シアン?オレは信じているぞ、君が猟兵らしく、作戦を組み立てているはずだってことをね。


 シアンは尻尾を揺らしながら語る。右に左に、何かを確かめるような気配だな。そうかい、君の間合いにアイリスが近づきかけているんだな。


 危険な徴候だ、寝ぼけた彼女は、反射的にアイリスを切り裂くかもしれない。オレは、アイリスを着席させる。尻尾の動きが止まった。


「……落ち着け、アイリス・パナージュ。シアンは意味のない道を描いたりはしない」


「で、でも!?ここは……この『森』は!?」


「―――『イラーヴァの森』だ」


 その言葉にアイリスが緊張を高めて、あの痩せたピアノ弾きが長い髪の下にある瞳をシアン・ヴァティに向ける。


 さて。


 オレだけがその言葉の意味を知らないのは、くやしいぜ?


「そこは、どんなところだ?」


 こちらの質問に、『虎姫』はそのうつくしい唇で、残酷な感情を帯びた曲線を描く。白く残忍な牙と、闘争意欲が情熱的に彼女の身から放たれるのが分かった。


「原初の森林のなかでも、最も危険な場所。我らの『楽園』だぞ、ソルジェ・ストラウス」

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