第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』  その4


 ―――エルフの女スパイの得意料理、カニクリームグラタンは最高さ!


 現地の食材を使って、最高の味を作ることで、クラリスの手先は土地に潜む。


 ピアノの鍵盤を叩いている、細身の巨人族は彼女の相棒。


 もう3年前から、この土地に2人は入り込んでいたのさ。




 ―――ミアがカニクリームグラタンに、川のカニなのに確かに海が聞こえてくる!!


 という評価をつけてあげると、女スパイは喜んでいたよ。


 『パンジャール猟兵団』のアイドル、ミア・マルー・ストラウスは誰からも愛される。


 『虎姫』はクールな顔だったが、ソルジェは尻尾の動きから心を読んで微笑むのさ。




 ―――リエルはグラタンを食べつつも窓の外から、魔性のうごめく森を見る。


 『マージェ』はゼファーが心配だったけれど、ゼファーは大蛇を喰らい満腹だ。


 カミラも森を観察する、自分に似た気配が、たしかに何体かいる……。


 あれらは、きっと接触すべき存在ではないと、吸血鬼の血は感じていた。




 ―――宴は進む、『白虎』の決めた『政策』のせいで、今、この港は動いていない。


 仕事がなくて、飲み明かすだけの金を、現地の労働者たちは持っていないのさ。


 だから、皆が早く帰宅する、港が動かないのなら、早朝から漁に出るしかないのだ。


 乾物を作って、北の台地に輸出して、日銭を稼ぐことだけが生きる手段だよ。




 ―――そうさ、ソルジェの耳は抜け目なく、酒を呑みながらだって機能する。


 『白虎』への愚痴が、あちらこちらから聞こえてくるね。


 南は支配される民で、北が支配する民か……力の関係をソルジェは知るよ。


 『白虎』が港を封鎖した……その理由もソルジェは聞くのさ。




 ―――想像していた通りのことさ、難民たちを通さないためだよ。


 これまではヴァールナ川を伝って、難民たちは西に抜けていた。


 ヴァールナ川は森の生命を育むだけでなく、内海へと抜ける脱出の道。


 これまでは難民たちを西の国境まで運ぶことを、船乗りたちは許していた。




 ―――そもそもが、亜人種の多い国だからね、このハイランド王国も。


 世界中から剣士たちが集まって出来た国でもあるから、人種もたくさんいるわけさ。


 帝国の亜人種への仕打ちを嫌悪するハイランド人は多かった、だから彼らは助けたよ。


 西への脱出はどんどん数が増えていき……ついに『白虎』は損を被り始めた。




 ―――ファリス帝国はね、軍事力だけで世界を支配しているわけじゃない。


 彼らは『経済』という、ヒトの欲望のネットワークを構築して、急成長した国家だよ。


 商売上手な集団だね、彼らは欲望をよく理解しているんだ。


 金のためなら、ヒトは正義も倫理もドブに捨てられるって、知っている。




 ―――ファリス帝国とハイランド王国を牛耳る『白虎』は、じつはそこそこ仲がいい。


 亜人種国家を認めてはいない帝国だけど、自分たちの利益になる存在は黙認する。


 ハイランドの東には、北海へとつながる内海があるんだ。


 時計盤の文字で言えば?8のあたりから2にいたる軌道だね。




 ―――ハイランド王国の、西から北北東をぐるりと囲む内海は海産物の宝庫なのさ。


 そして、海運の要衝でもあるんだよ。


 北海の海産物を、ヴァールナ川をつかって、帝国まで運ぶ。


 そうすれば、『白虎』は大量の資金を手にすることが出来ていた。




 ―――帝国の商人たちもね、そうやって輸入した商品で荒稼ぎ出来たんだ。


 彼らは友好な関係でもあった……だけど、帝国は長く戦をし過ぎてしまっている。


 戦を支えるための『愛国心』は高まり、暴走を始めていた。


 クールにさえ見えた経済政策による侵略よりも、人種の浄化を求め始めている。




 ―――儲けのためには、許していたはずのヴァールナ川からの亜人種の逃亡。


 それを、ファリス帝国は、もう許さなくなった。


 儲けにはならなくても、それを彼らの哲学が、人間第一主義が許せない。


 『罰しなくてはならない劣った存在が、自由を得るのが許せない』。




 ―――だから?ファリス帝国は、『白虎』に圧力をかけていた。


 マフィアの『白虎』が最も嫌がるように、彼らと帝国商人の取引を禁止した。


 これ以上、亜人種の難民たちを、西へと逃せば?


 『白虎』からの商品を購入することはない、マフィアをそう脅したのさ。




 ―――『白虎』はヴァールナ川を牛耳る、物流のビジネスで大成した結社だから。


 金で作った絆しかない、金を失えば、崩壊するのは見えていた。


 だから?『白虎』は帝国との利益を維持するため、船を止めて難民を拒絶した。


 そうなると、『白虎』の末端の船乗りたちが、干上がり始めている……。




 ―――ボートウッドの船乗りたちの『白虎』への失望は、大きいものさ。


 亜人種があつまり作った国だからね、その民たちは、人間第一主義への怒りは強い。


 帝国人は嫌いだが、金のためだから彼らだって帝国と取引してきた。


 だが、今は……帝国からの利益はなく、憎悪と嫌悪ばかりが募っているのさ。




 ―――帝国は、変わってしまっているんだよ、ソルジェ?


 君は船乗りに酒を呑ませながら、驚異的な洞察を宿すその瞳でヒトの心をも覗く。


 軽い口から出る言葉に、究極の質問を混ぜながら、君はこの国家を理解しているね。


 そして、帝国の見せる変化にも、もちろん気がついたんだ―――帝国は、変わった。




 ―――金になるなら亜人種でも良かったはずが、今では金になっても亜人種はダメだ。


 そう変遷してきているのさ、より排他的に、より人間第一主義に囚われている。


 理由は何かって?……侵略戦争の副作用。


 人間族のいつもの法則が発揮されているんだよ、ワルツのように規則正しくね。




 ―――侵略戦争を長く続けていくとね、権力の居場所が移っていくんだ。


 初めは王国貴族という指導者たちから、経済的な恩恵を受ける商人たちに力が移る。


 それでも侵略戦争を続けていくと、商人たちから軍人たちに権力は渡るよ。


 軍人たちが金を生むニワトリになるからね、商人たちは彼らの虜になる。




 ―――軍人に権力が渡ると、おおむね最終段階になってくる。


 ヒトは権力と金を手にするとね、必ず名誉を欲しがるのさ。


 軍人の名誉とは、戦場での勝利だよ、だから、彼らは必ず必要以上に戦線を広げるよ。


 例外なくそうさ、必ず、どの戦争でも、軍人が権力を握ったとき、それは起こる。




 ―――スゴいねって褒められたいからさ!そこで止まれば、まあ、マシな方だよね?


 でも、そこで止まらなければ……権力の座は、軍人からもこぼれて落ちる。


 どこに行くのかって?もちろん、軍人の権力を作ってくれる存在に渡るよ。


 誰かって?軍人の権力の依存先……兵士である民衆さ。




 ―――民衆に戦争動機が渡ってしまうと、とても怖いコトになるんだよ。


 民衆は貴族にはなれない、商人みたいに金持ちにもなれない、軍人のような名誉もない。


 戦をしても民衆には何も手に入らない、片腕の代わりに勲章もらって楽しいかい?


 ……ううん、じつはね、一つだけ手に入るものがある。




 ―――劣等感からの解放さ、自分たちよりみじめな者を創り出し、心を癒やす。


 家畜を見ていれば分かると思うけれど、群れの下位の存在は、より下位の存在を虐める。


 そうして憂さ晴らしをするようになるんだよね、ヒトもそうだよ。


 戦というのは生物さ、虫のように段階によって形が変わる……。




 ―――ファリスの戦はね、変質しているのさ、ユアンダートの権力のための戦から?


 商売人の金のための戦となって、軍人の名誉のための戦をするようになり……。


 今は、その次の段階に至ろうとしている、憎悪のみを糧に動く、民衆のための戦だよ。


 何も手に入らない民衆に、帝国は『生け贄』を用意して慰め始めたのさ。




 ―――それが、亜人種への徹底的な弾圧を企画する意志の正体だよ。


 ファリス帝国の人間の国民たちは、人間第一主義に傾倒していくよ。


 そして、それ証明するために、亜人種を弾圧していくのさ。


 そうでなければ?侵略戦争を継続できない。




 ―――ファリス帝国もまた、侵略戦争に依存し、支配をされてもいるのさ。


 皇帝の権力を維持するためにも、商売人の利益を維持するためにも。


 軍人たちの名誉を維持するためにも、民衆の自尊心を維持するためにも。


 もう侵略戦争を抑制できなくなっている、しなくなれば?それらの全てが崩れるから。




 ―――だから、苦しいはずの民衆は、犠牲を支払っても侵略戦争を維持する。


 民衆の犠牲で作られた軍事力を用いて、軍人は名誉を守ろうと侵略戦争を維持する。


 軍人が保証してくれる利益のために、商売人は侵略戦争を維持する。


 国民総出で侵略戦争を維持するから、皇帝は侵略戦争を止められなくなっている。




 ―――侵略戦争で肥大化しすぎた国家が迎える、崩壊のプロセス。


 実はファリス帝国がそれに陥っていると、歴史学をかじったことのある僕は考えている。


 ガーレドウも、レイブンドーラも、アルメイトロも……同じだった。


 弾圧対象が宗教、魔術能力欠陥者、特定人種、多少の差異はあるけど、仕組みは同じ。




 ―――侵略戦争国家が、最終権力者の『民衆』に『生け贄』を与え始めるとき。


 その帝国は必ず、滅びてきたよ、一つの例外もなくね。


 だから、ソルジェ……僕はね、この大戦に勝てるような気がしてきている。


 未だかつて一つの例外もない、人類の法則が動き始めているのだから。




 ―――僕たちが例え滅びたとしても、ファリスの滅びも止まらないさ。


 だけど、僕たちは猟兵だ、負けることは好きじゃない。


 勝ちたいよね、ソルジェ?


 だから……君はこの人類の法則を洞察して、粘って絡みつく絶望を、切り裂いて。




 ―――そうだ、他の客は全て帰った。


 君は酒代を少し多めに支払ったが、得がたい生の情報も手に入れたね。


 『白虎』の下っ端たちが、難民たちを人身売買しているとかも?


 酔っ払い、『白虎』の『政策』を否定する船乗りたちは、教えてくれた。




 ―――ガルフ・コルテス直伝の、『酔っ払いの自由さ』で、君は情報収集したよ。


 さあ、ソルジェ?


 君は、君の欲しい『未来』を、その指で掴み取るために……。


 どんなことを選び、誰のために、誰をその竜太刀で切り裂くのかい?


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