第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その2
その小高い丘のような山をゼファーに飛び越えさせると、すぐに大きな川が見えた。
そして、森からどうにかヒトが勝ち取ったかのように見える、わずかな土地に、小さな町が見える。アレが、きっと港町『ボートウッド』だ。
シアンの記憶は正確だったのさ。さすがは旅慣れた猟兵だな。地理情報もバッチリ?いいや、おそらく、シアンはこの森でも長い修行期間を経たのだろう。
彼女ほどの猛者が、この森を放って置くとは、とても思えない。
大昔から世界中の戦士たちが、修行の場にと求めた場所なんだぜ?……シアン・ヴァティ姐さんも、幼い頃からここのモンスターどもと殺し合うことで、その力を磨いたんじゃないかな?
いつか、その武勇伝を聞きたいものだが……今は、あの港町に用がある。
「シアン。ゼファーを隠せる場所はあるか?」
「……そうだな。昔の『砦』があったな。その廃墟ではどうだ?あの町から二キロはあるぞ?町の者たちにゼファーを隠したいのなら、持って来いではないか?」
「ああ。ちょうど良さそうだ。ん?アレか?」
オレの目が森の緑に融けかけた、白い岩作りの古砦の影を見つけた。大きな砦だが、あまりにも年月が経ちすぎているのだろう、かなり崩れている。
「ゼファー?好みの巣か?」
『うん。くらくて、じめじめしてそうだから、それなりに、すきー』
それなりか。
まあ、あまり多くは望めない。ワイルド過ぎる土地だからなぁ……野ざらしよりはマシだろう?
「じゃあ、あそこに降りてくれ。そこからは町まで歩こう」
「ずいぶん、警戒するんですね?」
「そうだ、カミラよ。いいか、ここはフーレン族の土地だ。『白虎』というならず者が支配している場所だぞ?……ゼファーみたいな珍しい存在を見つけたら?」
「―――狩りたいと思うぞ」
フーレン族の『虎姫』が率直な感想を述べてくれたので、カミラちゃんは理解できたようだ。ドン引きしてる。正しい答えだ。
「そ、そうっすね……ゼファーちゃん、しっかりと隠れておくっすよ?」
『うん!たたかいを、かいひするようにするね!』
「ああ。『白虎』とは交渉することになるかもしれん。この国の実権を握っているというのなら―――難民の西への移動を止めているのも、『白虎』だろう」
「ずいぶんと、性格の悪そうな組織だな!!」
正妻エルフさんが義憤を表現している。リエルちゃんは本当に気高い。そして、やはり猟兵女子の一人だから、とても好戦的だ。
「……ソルジェよ、成敗してやってはどうだ?逃亡奴隷を帝国に追い返すような連中だぞ!!始末してやるべきだ!!」
「ああ、そうだぞ、ソルジェ・ストラウス。それが、最も手っ取り早い」
最も好戦的な猟兵女子のシアン姐さんが、当然のように荒くれた作戦に賛成してくる。
「……気持ちは分かるが、ハイランド王国ともめたいワケではない。それはあくまでも最終手段だ。とにかく、現状を把握するぞ!!」
「……おおよその見当がついているのではないか、ソルジェ・ストラウス?」
「まあな。だが、この目で確かめてからだ」
「……やれやれ。自分を知らぬ男だな」
「どういうことだ?」
「そのうちに分かる。この国が、お前に洗礼を施した瞬間―――お前はすべきことを自覚するであろうよ」
予言みたいな言葉を残されてしまったな。シアン・ヴァティはこの国のフーレンで、しかもその上位戦士である『虎』で、さらに『虎姫』とまで呼ばれる存在らしい。
オレがこの国を見て、どんな感情と答えを出すのか、予想がついているようだな。
……そうだろうな。オレは、きっと、『怒り』と『殺意』を選ぶと、シアン・ヴァティは予想している。つまり、『悪』なのだろう、『白虎』という連中はな……。
難民を……帝国から逃げ出した亜人種たちを、この土地で通行止めにしているのだ。西に抜けようとする彼らを?
……そんなことをすれば、帝国の奴隷ハンターどもが、彼らを捕まえて、帝国に送還することを知っているのに。戻された彼らを待つのは、逃げ出したかった過去より、さらに悲惨な明日だぞ?
ああ……そうだね。シアン。きっと、オレは『白虎』を許さないだろう。でも、まだガマンだ。状況を見てから、判断すればいいんだ。焦ることは無いさ―――連中は『須弥山』の『螺旋寺』にいるんだからな。
居場所が分かっている獲物を殺すことほど、簡単な仕事はないよ。
『……『どーじぇ』、とりでに、おりるよ?』
「ん?ああ、悪いな。考え事していた……降りようぜ?」
『うん!』
ゼファーがその砦の上空を旋回して、偵察している。どこにモンスターが潜んでいるか分からないからな。砦を出来るだけ多くの角度から視覚と聴覚で観察し、嗅覚をも使い脅威を探る。
オレも魔眼で砦を探る……デカい蛇がいるな。七メートルサイズか。
「あれなら、晩飯に丁度良さそうだな」
『うん。へびも、きらいじゃない!』
「あんな蛇が寝床にしている以上、盗賊たちの住み処では無さそうだが、もしも盗賊と接触したら、全員喰ってしまって構わんぞ」
『りょうかい!!』
「……ああ。武装していない場合は、難民とか一般市民だろうから、攻撃は控えてくれ」
『うん!!とうぞくだけ、たべる!!ほかは、たべない!!』
「そんなカンジだ。よし、降りようぜ」
ゼファーが翼を持ち上げて、滑空にブレーキをかける。減速して、ゆっくりと高度を下げていったゼファーがぬかるむ大地にその大きなかぎ爪で着地を果たす。
そのとき、シアンが跳んだ。
待ちきれなかったのだろうか?
故郷の大地だものな……と、考えている内に、彼女は加速して、森へと消えて行った。
「お兄ちゃん。シアン、消えちゃったね」
オレの脚の間で妹が事実を語る。うなずくしかない言葉だった。どういうつもりか、シアンは風のような速さで森林へと突撃していったぞ?……追いかけるべきか?それとも待つべきか?
……オレの『生身』のままである右目が動き、西の山脈地帯をにらんだ。太陽の下が、すでにその切り立った山々の頂きに触れ始めている。もうすぐ、夕焼けがこの原初の森を呑んでしまうぞ?
探しに行くべきか、それとも、どうせ後から合流してくるだろうから、ボートウッドに向かうか?
ああ、フーレン族め。故郷の空気を吸ったせいだろうか?いつにも増して、集団行動が出来ていないじゃないかね、シアン・ヴァティ。
半年前にも、決闘してやって、オレが勝ったじゃん?
だから、君はオレがガルフの後を継ぐことを認めたし―――オレの命令には従うと言ったじゃないか?オレは、協調性を作ってくれと命令したのに、この有り様だよ。
『野生に戻ったシアンは、もう帰って来なかった』……そんなコトにならなければいいんだけど?……と、下らないフレーズを妄想している内に、彼女は戻ってきた!!
おお。その背に、なんだアレ!?
「デカいカニだああああああああああああああああああッ!!」
ミアがジャンプして、野生に戻った。
ケットシーの脚が野蛮なハイランド王国の大地を蹴って、シアンを超えるスピードで走って行く。まっしぐらだぜ、デカいカニに。
「……ソルジェさま。あのカニ、大味そうっす」
カミラちゃんが、オレと同じ印象をあの食材に抱いていた。さすがはオレのヨメ、第三夫人だぜ。さて、それじゃあ正妻エルフさんのリエルはどんな反応を示すのかね?
「……くっ!!さすがは地元民……ッ。私の狩猟の感覚にも、引っかからなかった獲物をアッサリと……ッ」
正解は、狩人としてのプライドに敗北感を覚えている、だね?……さて、大笑いしている『黒猫』&『虎姫』の猫系猟兵女子が、その幅一メートルほどある巨大なカニを解体し始めたぞ?
ああ、さすがは地元民。その言葉に尽きる、経験がみなぎっているよ、その動作の全てにね。初見じゃムリだろ、そんなバケモノみたいなカニをキレイに解体するのはさ。
シアンはそのカニに、ガンガン肉厚の刀を叩き込んで、細かく刻んでいく。
一種の職人芸だと感動さえも覚えるよ。
シアンってば、料理とか……出来そうだな。うん、絶対に出来るヒトの刃物さばきだよ。
ああ、『虎姫』よ?オレたちが料理しているとき、たまには手伝え、この肉食女。それだけ手際よく刀で巨大カニをさばけるのなら、おおよその食材を自在に切れるだろうが……。
魚屋顔負けのテクニックで、カニを細切れにしたシアンは、なんか紐を取り出して、そのカニ肉たちをつなげていく?器用だな、カニの甲羅に、綺麗な穴を開けているぞ。
そうか、刀の柄で叩いて、あの尖った爪みたいな飾りで穴を開けたのか。なかなかの威力だな。カニもバケモノの甲羅に、綺麗な穴を開けちまう―――ほんと、シアンはあのカニをどれだけ捕獲してきたのかね?
「またせたな」
「おまったせー!」
猫系猟兵女子たちが、オレたちのもとへと帰還する。その肩には、棒きれだ。棒きれの戦端からは、紐で結われたカニ肉たちがぶら下がっていた。
「晩飯はそれでいいのか?」
「ああ、故郷の味だ」
そう言われると、牧歌的。でも、これ、きっと、モンスター……つまり、『ゼルアガ』の放った呪いの風を浴びて、狂って壊れている生命体なんだけど?
「美味いぞ」
「晩ご飯は、カニ!」
その魔法の言葉どもが、オレたちの胃袋を刺激する。オレもリエルもカミラも、文句は言えなかった。
「分かった。それを持っていても構わないから、ボートウッドに移動を開始しよう」
「了解だ」
「……それじゃあ、ゼファー。ここで待機だ」
『わかったー。みんなも、きをつけてね?もりには、まものが、いっぱい!』
ゼファーの牙のあいだから、唾液があふれている。ああ、なんてチャーミングな貌をするんだ、オレのゼファーよ……っ。でも、注意しておくこともあるぜ。
「派手な狩りは、ダメだぞ?……『白虎』に、お前の情報をバラしたくない」
「ほう、闇討ちするときに、備えてか?」
「それも含めて、色々な理由がある。こちらの手を知らせたくはないぜ」
「闇社会の情報網を甘く見ないことだな。とくに、お前は、有名なんだぞ、ソルジェ・ストラウスよ?」
「……だったら、なおさらだ」
「ふむ。たしかにな」
「では、移動を開始するぞ」
猟兵女子たちは頷いて、オレの後に続いてくれる―――今、気がついたけど。女子ばっかりだな。秘境を旅するには、ちょっと、不自然なメンバーかもしれないな……まあ、カニ肉ぶら下げて歩いている時点で、悪目立ちするなというのはムリなハナシではある。
オレたちは夕闇が迫る原初の森林のなかを歩いた。
たった二キロの間に、オレたちは捕食動物に3度も遭遇する。
原初の森林の洗礼は、サーベルのような長い牙を持つ、三メートルほどの肉体をもつクマだった。夕闇に染まり、昏さを増した大樹の間から、そいつはいきなり踊り出てきたよ。
もちろん、オレたちはヤツの存在に気づいていた。ヤツの飛び込みながらの爪の大振りを躱す。こういうデカブツをオレは待っていた。
アーレスの竜太刀に魔力を込める!!
『生きた鋼』がオレの魔力と殺意を喰らい、その刀身に漆黒の闇をまとわせた。そうだ、こいつが竜太刀の最強形態さ!!
切れ味を増しているのだ。クマの分厚い皮膚の鎧さえも、十分に深々と切り裂き、骨まで断つのさ。さらに、斬ると同時に刃から放たれた魔力の圧波が、クマを押さえつけるプレッシャーとなっていく。
殺すほどに刻みながらも、圧力で押さえつけて、反撃をも防ぐ。突撃圧倒の太刀さ!!
「いい太刀だ。魔剣に近いが、魔力の消費は少なく、隠密性があるな!!」
オレの黒い剣舞を褒めてくれながら、シアン・ヴァティは躍動していた。大樹の幹を蹴り込んで、そのまま華麗に高さを得た。空中で回転する彼女の肢体は、うつくしくしなやかで……もちろん残酷だった。
シアンの指が握る双刀が、クマの背後から牙のように突き立てられる!!クマが絶命の叫びを上げて、暴れそうになるが……それは不可能だった。カミラが、『闇』を操っている。自分の影を伸ばして、巨大クマの肉体を拘束していた。
『影縫い』さ。アレでは、とても動けない。だからこそ、それを理解していたシアンは仕留めにかかったのだ。狡猾な戦士はムリはしないものだよ。
彼女の刃が貫いたのは、クマの肩甲骨の内側だ。大振りが空振りした姿勢で固定されているからな。肩周りの筋肉の全てが、前方に寄っているせいで、刃を突き立てやすい。
鋼のような筋肉の層が、かーなり薄くなっているからね?ほら、彼女の刃はその部分を容易く貫いている。上手いな、肋骨の間を抜いて、刃たちの尖端を、ヤツの巨大な心臓にまで到達させたようだ。
クマの心臓が致命的に破綻する。口からおびただしいほどの血を吐いた。裂けた心臓の傷口からあふれた血が、肺を埋め尽くしているのさ。そいつが、口からあふれるほどに。大量出血さ。命がこぼれていく。
クマの背に取りついたま、彼女の舌が唇を舐める。琥珀色の目は、死に行く命を冷酷に観察している。あらゆる反撃や想定外を潰すための集中力だ。彼女は、真の戦士。どんな雑魚を仕留めるときでも微塵の油断もしないのさ―――。
完全に命が停止した後で、シアン・ヴァティは獲物をから双刀を抜いた。
二匹目は牙の生えた大猿で、三匹目は狼だった。どれも大物だったが、それらは茂みから飛び出そうとした直前、リエルの矢に額を射抜かれて即死していた。
さすがは、森のエルフだよ。彼女、もうこの原初の森に慣れ始めているのさ―――オレたちの旅を邪魔した敵の命は、リエルの技巧あふれる神速の矢により砕かれた。
夕焼けが終わり、東の空から来る闇に追い込まれるよりは早くに、オレたちは文明のある場所にたどり着いていた。
ボートウッド、その大河のほとりにある小さな港町にね。
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