第一話 『イラーヴァの森の魔獣たち』 その1



 ―――肉食フーレンにタマネギを食べさせるのも、大仕事。


 ワガママ、自己中、それでも美人。


 美人にはどこまでも弱いのが、男という存在さ。


 もちろん妻が三人いるソルジェだって、その因果からは逃れる術を持たないよ。




 ―――美女と美少女たちに囲まれた、食卓のためならば?


 ソルジェは幾らだってフライパンを踊らせるよ、タマネギの涙もへっちゃらさ。


 その昼食が、彼らと『家』の思い出になるのだ。


 この『家』に猟兵たちがそろうことは、滅多とないのだけれど。




 ―――それでも、その機会にありつけたなら、思い出を刻むべきだよね?


 さあ、胃袋に、美味しい料理は詰め込んだ。


 思い出をちょっとだけ増やしたソルジェたちは、ゼファーの背に乗るよ。


 目指すは、ルードからずっと北東、フーレン・マフィアたちが牛耳る、危険な武闘派国家!!




 ―――鎧を着けて、武装を整え、猟兵たちは空に戻る。


 黒い翼が蒼穹に昇ると、ルードの国民たちは、ソルジェと彼の猟兵たちへ手を振るよ。


 ソルジェ、君は期待に応えてみせたんだ。


 帝国と戦うことに、怯えている大人たちの心に、グラーセスでの勝利は響いたんだ。




 ―――勝てる気がし始めていたんだ、根拠の無い自信を、彼らは持ち始めている。


 そうだよ、ソルジェ、軍隊の強さは結束だ。


 僕たちの持つ軍隊は、とても弱いものだから、より多くの結束がいる。


 名を上げるんだ、そして、君の正義を世界に知らしめるんだ。




 ―――世界は、ちょっとずつだけど、君に力を与えてくれるはずだから。


 君がぶちのめした新兵たちは、元は奴隷だった男たちが大半だけど。


 じつはね……人間の新兵は、意外かも知れないけど元・帝国兵さ。


 彼は亜人たちの指を切り始めた帝国を、信じられなくなったみたい。




 ―――帝国人の多くは、あの『指切り』を許容して支持しているけれど。


 たまには子供の指を切ることを、許せない男だっているんだよ。


 だから、彼は敗走する第五師団から別れて、ルード王国を目指した。


 ザック・クレインシーは、その離脱者たちを黙認しているのさ。




 ―――ルードにたどり着いて、腕前を買われた。


 そんな彼が、切り込み隊長として君に挑んだのは、弟を君にザクロアで殺されたから。


 勝てないことは百も承知の上で、彼は君に挑んだ。


 復讐したかったわけじゃないよ、弟の見た風景を見たかったのかも?




 ―――彼だってヒトだから、全てを納得出来たりするわけじゃない。


 でも、練武場で目を覚ました彼は、『魔王』に立ちはだかったという弟の勇気を知れた。


 弟の勇気と命を捧げた戦いに……彼は、意味を見出したくもある。


 君の正義が掲げた『自由』、死者たちの魂までもが守ろうとしたその『未来』。




 ―――この本名も捨てた、次の戦で死に行く運命を背負った彼はね。


 弟の死や、自分の死の先に……幼なじみの指を切らないで済む世界があると信じるのなら。


 『魔王』にだって挑めるほどの勇気を、ヒトは持てるんだって確認したよ。


 彼は彼の信じた正義と、夢見た『未来』のために……全てを捧げる。




 ―――命さえも捧げる価値があるのだと、彼はこれからの戦いの日々を生き抜くんだよ。


 英雄にもならない、歌にもならない、風に融けて消えていく戦士たちの一人。


 それでもね、君からあふれる風を、彼も信じているんだ。


 ソルジェ……君は、ちょっとずつだけど、世界を確かに変えているのさ。




 ―――さあ、その山脈を越えると、ハイランド王国だよ?


 世界を変えるための戦いを、また始めようじゃないか?


 無数のモンスターと、荒っぽいフーレンどもの支配する土地さ!!


 きっと、君の想像するような荒事は連発するに決まっているよ!!




「おお!この見果てぬ森林こそ、わが故郷だ……久しいな」


 ゼファーの背で、シアンが語る。彼女にも故郷を懐かしむ感性があるんだな。


「ソルジェ・ストラウス。森に降ろしてくれないか?」


「狩りでも楽しみたいのか?」


「ああ。山ほど大きなカニもいる。私の好物だ」


「カニ……お兄ちゃん、美味しそう!!」


 グルメなケットシーが食い付いている。でも、今はビジネス優先。


「難民が西に通過出来ずに、困っているんだぜ?……ハンティングを楽しんでいる場合じゃないよ」


「つまらんな」


「うー。でも、お仕事だから、ミアはガマンする!」


「おお。今度、たっぷりと、この獣だらけの森に遊びに来ようぜ?」


 オレだってそういう遊びは大好きだ。魔眼を使わなくても分かるぜ、この森の禍々しさはよ?……どれだけ大型のモンスターがいるんだね?


 深い緑に覆われた眼下の地獄は、ところどころが生物由来のものと思われる振動で揺れているな。


 まるで、森全体が悪意ある生き物のようだぞ。こんなところに迷い込めば?強さに劣る者ならば、数時間以内にモンスターの胃袋に収まるだろう。


「……深い森だな。生命の密度も、魔力の密度も……ひたすらに『濃い』。『不自然』なほとに、狂暴だ」


 エルフの視点でリエルちゃんが『原初の森林』を評価している。『濃い』か。なるほど、たしかに納得できる言葉ではあるな。


「自分の『闇』とも共鳴しているっすよ。この森、自分らでも苦戦してしまいそうなレベルの、『本当に危ない魔物』が……数匹はいますね」


 『闇』を統べる存在である、吸血鬼のカミラ・ブリーズにそう言わせるとはな?腕が疼くね。正直、巨大なカニさん以上に、その『本当に危ない魔物』とやらを、喰らってみたいものだよ―――。


 ああ、新しく生まれ変わったアーレスの竜太刀、そして『奇剣打ち』からプレゼントされてしまった『竜爪の篭手』。それらの性能を思いっきり駆使して、この深くて緑の邪悪な場所で、性格の悪い肉食の巨大モンスターどもと殺し合ってみたい……ッ!!


「お兄ちゃん、よろこんでるね!」


「ああ。ミアも笑顔になってるぞ?」


 そうだ。兄弟そろって、ストラウス的スマイルを浮かべるのさ。モンスターだらけの森だってよ?ワクワクしちまうよなあ……ほーんと、ありないほどの狂暴さに満ちている。


 そう。


 こんなに面白い森だとさ?……でも、森のエルフであるリエルの指摘が、思い出されちまうな。『不自然』。


 ああ、そうだ。ここは不自然な土地でもある。


 いくらなんでも、モンスターの気配が多すぎるだろう?ヤツらだって、動物の一種だ。生態系に依存している以上、過剰な肉食生物の発生は、その生態系を破壊し、生物種を減少させるはずだよ。


 だが、何故か存続している。ありえないほどの豊かさと、モンスターの異常な数を抱えたままに―――。


 古来より、そのような『不自然』な土地の創造には、大なり小なり『ゼルアガ/侵略神』の影響が及ばされている。この森の異様なまでの邪悪さとやらは……おそらく、かつて『ゼルアガ』に『浸食』された痕跡じゃないのかね?


 おそらく、ここは魔の森。豊かな自然が、異界からの影響を帯びて歪んでしまった生まれた、とっても邪悪な空間なのさ。


 下手すれば、まだ『ゼルアガ』が彷徨っているかもしれんぞ……。


「……じつに、魅力的な森だな」


「だろう?私の故郷の森だからな」


 ああ、見なくても分かるよ。シアン・ヴァティがドヤ顔を浮かべていることぐらいね。


 たしかに、ちょっとうらやましいよ。オレの故郷のガルーナにも、これだけ邪悪な森があったらなあ……?


 小さな頃から、日々、楽しい冒険を満喫出来ただろうによ。


 なんか、負けている気持ちになっちまうぜ……自分でも、どこかが変な感覚だってことは重々承知の上だけどね?『危ない存在』に惹かれる習性というものが、オレたち猟兵には宿っているのさ、確実にね―――。


「それで。ソルジェ?目的地の……『港』はどこにあるのだ?」


「『港』?」


 リエルの言葉に、オレの脚のあいだにいるミアが反応を示した。上を向き、オレの鎧に後頭部を預けてくる。目が合うよ?


 かわいい仕草だ。抱きしめたい。でも、今は止めておこう。シスコンよりもビジネス優先。


「ああ。『港』さ。情報によれば、この森を北東から西に切り裂くような形で、大きな川がある。その川にいくつかある港町、その一つが『ボートウッド』だ」


「森のなかに、『港』があるの?」


「そうらしい。なあ、そうなんだよな、シアン?」


「ん?ああ……『ヴァールナ川』。幅は大きなところでは二キロ近くあるような大河だ。港ぐらい作れる」


「二キロ!大きい!!ワクワクを禁じ得ないサイズだー!!そーだよねー、ゼファー!!」


『うん!おおきいねー!わくわくだねー!』


「……なるほどな。ハイランド北部の広大な高地。そこに集まった雲から雨水が集まり、この流れを作る。そして、この森を栄養しているのか。それとも北の内海から、遡上してくる鮭の死体にでも、栄養されているのかね?」


「くわしくは知らん。『虎』は、そんなことを気にしない」


「くくく!だろうな……だが、その川の流れに沿うように、『原初の森』が存在することで、ハイランド王国を守る『砦』になっている」


「そこは分かるぞ。この森に近づける強者は、少ない」


「ああ。帝国軍であろうとも、この森のモンスターの群れに襲われては、手も足も出ないだろうさ」


「それに北部の『高台』は、あちこち断崖絶壁に守られてもいる。『橋』を落とせば、孤立はするが攻められることも無くなるな」


 まさに天然の城壁が、至る所にあるといったイメージだ。


 ハイランド王国は『原初の森』と『ヴァールナ川』の『薄い』ところを守るだけで、国土を防衛できるというわけか。そして。現在は、そこを封鎖して難民たちの移動を制限している―――。


「……シアンよ。その『港』は、まだ遠いのか?」


「地図の情報は頭に入っているのだろう、竜騎士は?」


「そうだが、地元民の話を聞きたいんだよ。地図より正確だろう、お前の記憶なら?」


「……ふむ。褒められたな。いいだろう、教えてやろう」


「それで……どうなんだ?『港』は、まだ遠いのか?」


「あの山だな。左に見えるヤツだ。アレを越えたら、早いぞ。この高度からなら、すぐに見えて来るだろう」


「……とりあえず、そこで『協力者』と合流することになっている。急ぐぞ」



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