序章 『剣士たちの聖なる山』 その10


「おかえり、ソルジェ!シアン姉さま!!お久しぶりです!!」


 『家』に戻ったオレとシアンは、リエルの声に出迎えられた。そう、ここはオレがミアにねだられて購入した、ルード王国での『拠点/アジト』……『パンジャール猟兵団』全員の部屋と、ゼファーのための屋根付きの寝床がある建物。そう、平たく言えば、オレたちの『家』さ。


 ザクロアにバロー・ガーウィック、そのあとは南のグラーセス王国と……国外遠征ばかりで、ほとんどオレは住めていないけど。それでも、ここはオレたちの『家』だよ!!


 ああ。ほとんど思い出とかも無いけど、ちょっとだけ落ち着く気がするなー。


 ……しかし。リエルは『パンジャール猟兵団』の年上の女性を、何故か『姉さま』って呼ぶ。ああ、カミラは例外だよな。カミラの方が二つ上だけど、呼び捨てだな。年齢が近いからかね?あるいは……『格上ではない』と考えているからかもしれない。


 吸血鬼であるカミラ・ブリーズは、高い素質を持っている有能な猟兵であるものの、武術そのものは素人と変わらない。その技巧の少なさを、身体能力と魔力の高さで十二分に補ってはいるが―――達人クラスと戦わせることには、ちょっと不安を覚えるね。


 リエルは、カミラ相手になら勝てるだろう。


 だから『姉さま』をつけないのかもしれない。あるいは、姉さまと呼ぶようなキャラじゃないからか?『カミラ姉さま』……しっくりと来ないもんね。


 しかし、シアン・ヴァティは違うのだ。オレの強くて可愛い正妻エルフさんのリエルでも、一対一で戦わされたなら、シアンには手も足も出ないだろうよ。


「ああ。リエル、元気そうで何よりだ」


 オレにはさまさまな局面で厳しさを見せがちなシアン姐さんも、猟兵女子たちにはやさしい……って、シアンは何をしているのだろうか?リエルの腹をさすっているのだが?


「あ、あの、シアン姉さま……?」


「むー……まだ、ガキはおらんではないか?」


「な、何のチェックをしているんですかあ!?」


 リエルがシアンの手から、ピョンと跳び退く。


「おい、ソルジェ・ストラウスの正妻よ?」


「は、はい?」


「さっさと子供を作れ。二番や三番に先を越されては、正妻の名が泣くぞ?」


「そ、それは、分かっています!!……で、でも。独り占めは、出来ないもん……っ」


「やれやれ。他の女どもにまで気を遣うか?……健気だな。この可愛い小娘を泣かすなよ、ソルジェ・ストラウス?」


「ああ。分かっているさ。リエル、今夜は二人だけで寝るか?」


「―――そんな言葉が出る時点で、頭が痛くなるわ。スケベな男だ」


「そ、それは、ともかく!!……ソルジェ!!」


「なんだ?」


「買い出しは終わっているぞ?……さすが、ルード王国だな。薬の材料もすぐに手に入った!!……食糧もゼファーに載せたぞ?どこにでも、出発可能だ!!」


「気合い入っているな?」


「うむ!!何事も、始めが肝心ではないか!!」


「たしかにね」


「それで、どこに行くのだ?」


 行く場所も知らされる前から張り切っているんだから……リエルちゃんってば、可愛い。オレが健気な張り切りエルフさんを観察していると、シアンが口を開いた。


「―――私の故郷、ハイランド王国だ」


「ハイランド……シアン姉さまの母国……?」


「私と同じ、粗野なフーレン族が大勢いて、森には巨大なモンスターがうろつく土地だ」


 ああ、ろくでもない国にしか聞こえないぜ。リエルも、そう思ったのか、反射的に感想をつぶやくことは選ばなかった。


「……も、モンスターか。な、ならば。大物を狩りたいな!!」


 ハイランド王国をリエルちゃんなりに、いい風に解釈してみた結果のコメントだろうな。リエルは猟兵の『姉さま』たちには、極めて従順なんだよね。ロロカにもシアンにも?


「ああ。楽しみにしていろ。たくさん出るぞ、大型で残忍なモンスターが」


「……なるほど。シアン姉さまの故郷らしいです!」


 それはもう失言のレベルだと思うぜ?


「だろう?」


 ドヤ顔でシアン姐さんは返事しちゃっている。


 彼女の価値観では、無礼でも失礼でもない言葉になってしまうらしい。さすがはフーレン。暴力的な行為や環境を、やたらと高く評価しておられるようだ。


「原初の森林には、大いなる魔物たちがウジャウジャと巣くっている。より取り見取り。好きな魔物を狩るがいい」


「……ふむ。油断は出来ぬ土地ということか」


 そうさ。今では、そこそこ発展したあげく、『白虎』なるマフィアが幅を利かせているらしいが、元々は狂暴なモンスターばかりがいるだけの荒れた土地だった。


 だからこその『利点』も存在したのさ。


 ハイランド王国は、武術を極めんとする剣士たちからは、『最高の修行場』として認識されてきたんだよね。


 ゆえに、大昔から大勢の剣士がその土地には集まり、武術の研鑽に励んだという歴史がある。それが現在のハイランド王国軍の強兵ぶりにつながってもいるのだよ―――そして、剣士たちにとっての『聖なる山』の創造も行われていった。


 武術修行を志してハイランドに集った剣士たち。彼らは、やがて『須弥山』と呼ばれる山を拓いていく……。


 その『須弥山』には、武術の道場でもある寺院が三百は連なっているのだ。『須弥山』の螺旋状の登山道に沿うように、武術の達人たちが住まう寺が並ぶという形だよ。近くに強者がいるから、『練習相手』にも困らなかったというわけだ。


 武術家たちは、競うように寺を連ねていったという……。


 そんなことが数百年のあいだ、繰り返し行われることにより、『須弥山』はすっかりと武術寺院にあふれかえってしまったのさ。


 『それら』を合わせて、『螺旋寺』と言うわけだな。


 この『螺旋寺』の道場主たちを突破しつつ、『須弥山』を踏破した剣士には、『剣聖』の称号が与えられると伝わっている。


 それが、果たしてただの言い伝えなのか、それとも真実なのか。正直、剣士としては興味がわくところではあるが……。


「……まずは、仕事を優先しようかね。リエル。ミアとカミラはいるか?」


「ああ!カミラもだいぶ体調が回復したぞ。ミアも買い出しから戻っている!!」


「ならば、昼飯がてらにミーティングだ。そして、食事が終われば出発するとしよう」


「うむ。食事か……シアン姉さまは、何が食べたいのだ?」


「肉」


 シンプルな言葉だ。まったく違和感が無いことかもしれないが、この双刀の剣を腰に帯びた黒髪フーレン美女は……肉好きだ。さすがは『虎姫』さまだよね。


 野菜とか嫌い。このヒト、オレより年上のくせに、ニンジンとかピーマンとか残すんだぜ?シアンの『草は虫のエサだろう?』という言葉を聞いて、ミアがニンジンを食べないための屁理屈を発見した日もあったよな……。


 『虫さんに取っておいてあげるの』……ああ、アレにはお手上げだった。あまりに可愛すぎて、お兄ちゃん、叱るための言葉がノドの奥に引っ込んでしまったよ?『そだね!』としか言えない、ダメなシスコン野郎がいた。


 それ以前のキラーワード、『お兄ちゃんにあーげる』にも苦戦させられたものだがな。


「―――ふむふむ、『肉』。それなら元気も出るし、出発前には丁度いいかもしれないわね」


「ああ。肉率が高いほどいい。そうだ、ステーキだけでも十分だ」


「ステーキ……なるほど、たまには奮発しても良いかもしれん。ソルジェは、どうだ?」


「肉か。うむ、そいつはいいんだが……なあ、シアンよ」


「なんだ、ソルジェ・ストラウス?」


「オレたちと離れてしばらく経つが……肉以外を食べた日が一度でもあるのか?」


「ん?……ないな」


 そうか。やはりか、この肉食女。


「し、シアン姉さま。それでは栄養のバランスが悪いぞ!?」


「『虎』に相応しいのは『肉』のみだろう?」


「そ、そうかもですが?……ソルジェ!」


「ああ。丁度、ドワーフたちから分けてもらったアレがある」


「野菜はイヤだ。草だから」


「植物だが、野菜ってほどは野菜ではないぞ」


「そういう屁理屈で私に草を食べさせるつもりか?」


 フーレン女子の黒い『尻尾』がビュンビュン動いている―――警戒しているのだろうか?


 それはどうでもいい。とにかく!たまには肉以外も食べさせるべきだ。経営者として、この偏食女の食生活を改善してやりたくなる……。


「食べんぞ!草なんて、絶対に食べんぞ!!」


「シアンお姉さまから、頑なな意志を感じる……っ」


「ダメだ。曲げてはならんぞ、リエル。シアン自身のためでもある」


「そ、そうだな!我々には、ドワーフからもらったアレがあるのだから!!」


「シアン!!『米』なら食べれるだろう!?」


 シアンの黒い尻尾の躍動が低下する。ふむ、有効な作戦かもしれんぞ?


「米か……なるほど。たしかに、アレは草っぽくないな」


「そうだ。肉とも合うぞ?肉が、いつもよりも美味しく感じるぞ?」


「ならば、許す」


「あとは―――」


「まだ、肉を冒涜するつもりか?」


 冒涜?


 肉率とやらを下げることを言うのかね?ホント、肉好きなのにも程があるよ。


「……卵は、食えるな?」


「卵?……うむ。アレは、肉だ」


 卵は肉……?


 一瞬、戸惑ってしまったが理解は追いついたぜ。


「……そうだな、しばらく放置していたら、アレって、鶏になるもんな?」


「ああ。卵は肉だ」


 どうやら料理に卵を使うことは許可されたようだ。


 さて。肉、米、卵……?


 まあ、コレならどーだ、肉食女?


「『炒飯』なら食えるな?」


「……おお。セーフだ。卵と、肉を……多く使え、ソルジェ・ストラウス!!」


「ああ。肉食に偏りすぎた君の胃袋を、文明のある世界に社会復帰させるためのリハビリを兼ねてのことだ。肉と卵は、たっぷりと使う」


「ならば許そう」


「おう」


 ……そして、タマネギもたくさん刻んで入れてやろう。タマネギなら、食べられるだろう?確認はしない。タマネギには犬を殺す毒があるからな?『虎』を殺す気かと言い出してしまうと厄介だ。


 フーレン族の全てが、シアン・ヴァティのような偏食家ばかりなのかな?ああ、肉料理の店が死ぬほど多い予感はしているよ。少ないわけがないよね?


「さてと。炒飯を作るぞ!!リエル、具を刻め!!」


「ああ!任せておけ!!」


「早くしろよ、二人とも。私は、食卓について、時を待つ」


 手伝うという発想がないらしい。


 まあ、今に始まったことじゃないからいいんだがね。オレも料理を作るのは大好きだしさ?……偏食家に野菜を食わせる。くくく、楽しいミッションだ!!


 オレと正妻エルフちゃんで『虎姫』のために炒飯つくるぜ?


 豚肉を刻む、タマネギもな!卵は多めに使う……ミアのために、お兄ちゃんは、砂糖を入れるよ。甘い卵は幸せを運ぶもんな!


 ドワーフの米。カミラがオレの血を呑んで酔っ払いながらでも、炊いていてくれたな?炊きたてじゃない方が炒飯には合うから、好都合。そして、ドワーフの米は、縦に長いタイプだ。料理に使いやすい品種だね。


 脂を底の深いフライパンに敷いて……火にかけて熱くする。こだわりはいらない。肉を焼いて、タマネギを焼いて、米を投入するんだ。


 味付けは塩とコショウ、そして……ガルーナに伝わる牛のアキレス腱の乾燥粉末を、ちょっとのオリーブオイルに混ぜて、香りが出るぐらいまでに軽く炒めたヤツさ。これを混ぜるとな、肉の旨味が米に広がるはずだ。


 風味も一段と良くなるぜ……くくく。炒飯全体が肉の香りを帯びているのさ。こいつがコショウと混じった風味を嗅覚で楽しめるんだぜ?……肉好きには、たまらん風味となるはずだ。食べる直前に、美味いと実感させるはずだ!!くくく!!


 おっと。また悪者のような笑みが出てしまったようだな。


 さーて、『炎』属性の魔術の質があるヒトは、こういう料理のとき、便利だね。高級料亭が従業員を募集するときの要項に、『炎属性の魔術資質が有る者』と書かれるのは、このためさ。


 オレは魔術を使い、フライパンを焼く炎を強くする。そうだ、この火力。これで、より米がパラパラに仕上がるぜ……さて、最後に、砂糖を混ぜた卵サンを、大量投入!!焦げ付かないように、手早くかき混ぜていくと……?


 ほうら、黄金色の炒飯が完成だよ!!


 オレが黄金炒飯を完成させたとき、ミアが厨房にたどり着いていた!!


「食べる前から、分かる!!だって、炒飯が、おいしい歌を響かせていたものッ!!」


 猫舌な13才のグルメ評論少女の太鼓判を頂いたぜ?


 だから、オレ、ドヤ顔さ!


「……さて。昼飯の時間だぞ!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る