序章 『剣士たちの聖なる山』 その9


「ほう。シャーロン・ドーチェが準備をしていろとは言っていたが……なるほどな。我が故郷へ帰還するか」


「そうだ。オレたちの使命はふたつ。王家にクラリス陛下の親書を渡すこと。そして、難民たちが、ルード王国やザクロアへ流入するルートの確保だ」


「……わかった。なら、行こう」


「ああ。さすがにハナシが早いな―――でも、彼らに挨拶もナシか?」


「……ん?」


 フーレン族が全員そうなのかは知らないが、シアン・ヴァティはドライだ。


 練武場でうめいている彼女の『弟子』たちのことを、完全にスルーしているね。本当に彼らへ対する興味が薄いのだろうな……。


 彼女の指示で、オレに対して『倒れたフリからの奇襲』を試みて、そのあげく、手痛いダメージを負わされることになったのだが?


「……彼らとは、誰のことだ?」


 本気で言っているのか?それとも、冗談なのか。訊くのが怖いな。オレはあごを動かして、地面に転がる彼女の弟子たちへ、シアンの視線を誘導する。


 琥珀色の瞳が、うめく新兵どもを見ている。あの長くてフワフワの黒い尻尾が、ゆったり風に乗るようにして動くぞ……きっと、シンキング・タイムかな?


「……ああ。こいつらのことか」


「そうだ。短期間だったとはいえ、彼らは君の弟子なんだぞ?……何か一言ぐらい言ってやれ?」


「わかったよ、団長殿。おい、貴様たち、負けるにしても早すぎる。失格だ」


 アメとムチの教育?いいや、たんに容赦なく残酷なだけなんだよね、シアン・ヴァティ姐さんはよ?


「貴様らがフーレンであるのなら、この余りの弱さに絶望し、去勢しているところだぞ。貴様らのような弱者が、間違っても子孫を残さないようにな」


 オレ、分かった。ドワーフよりもフーレンの方が頭おかしいんだよ。弱いと問答無用でタマ切られるのかよ……ドワーフのがよっぽどマシな文化してる。王族限定でタマ刈ったり、利き腕を切断していただけだもんね。


 弱肉強食の発想は同じようなものだが、フーレンはより粗暴。暴力が哲学を帯びているカンジだ。


 ドワーフのは、戦士の生き方を定義するための暴力。


 フーレンのは、暴力原理主義。暴力のために暴力してるカンジ。救いがより少ないよ。


「言いたいことは終わったぞ」


「弱者は去勢しろってことだけ?」


 もっと言わねばならないことがあるのではないか?


 ……フーレンの女戦士には、思いつかないのだろうなあ。


 ああ、オレが代わりに何か言おう。


「えーと。君らの素質はそれなりにある。おそらく、それゆえに選抜されて、シアンに鍛えられた。戦場の強者とは、さっきのオレのように君らの常識を超えてくる……今まで習った技を忘れるなとは言わないが、アレンジするのは必要だ。教訓を活かせ」


「は、はい!サー・ストラウス!!」


「しょ、精進します!!」


「……ああ。努力しろ。発想を狭めるな?道場での『反則』を解禁して、練習を続けていけ。何よりも、痛みや恐怖を感じても、怯むな。その心構えを実践すれば、君らなら、かなり強く有能な戦士にもなれる」


「……そうか?才能が足りないかもしれんがな」


 色々と台無しにするような言葉を、サラリと口にしてしまえるのがシアン・ヴァティ姐さんだよ。ああ、彼ら、落ち込んでいる……?


 ……いや?


 あれ?


 彼らはどこか嬉しそうな顔になっているな。そうか。シアンの暴力に慣らされているのか、肉体的に振るわれる暴力にも、言葉による精神的な暴力にも……慣れて、それを受け入れ始めているのだろうか?


 ふむ。


 抑圧された環境に置かれた後遺症か?シアンに殴られ、蹴られ、打撃を浴びせられ?この乾燥した練武場に軟禁された上でのシゴキにより……新たな性癖を開眼させられたということなのか―――なんて、不憫なんだよ。


「ああ!!シアンさま!!」


「お、オレたち豚に、なにか言葉を!!」


「……まったく。気持ち悪い男どもだ。ソルジェ・ストラウス、さっさと行くぞ」


 オレはシアンに続いて、この悲惨な練武場から脱出する。オレは新兵どもの今後を憂い、ため息を吐いていた。


「……ああ。美人にしごかれ過ぎると、ああなっちまうのかね?」


「私を美人と褒めたのか?」


「……いいトコロだけ聞き取る耳だ」


「悪口を聞く耳など、要らぬだろう」


「人生を省みる時には、いるんじゃないかね?」


「人生を振り返るヒマはないな。一秒でも時間があれば?それは己が強くなるために使うべき時間だろう。そして―――」


「―――そして?」


「私はお前の群れを奪ってみたい」


「オレを殺して?」


「ああ。私の『上』に立ったんだ。鈍れば斬り殺す」


 本気でそう言ってくれているからワクワクするよね?


 ツンデレとかじゃないよ?ツンのみ。フーレンの血が濃い連中は『虎』と呼ばれる。そんな中でも、彼女は王族でも無いのに『虎姫』というあだ名を持つ存在だ。『虎』たちの上位の存在だよ。


「……ホント、オレ、君のそういうトコロ、大好きだ」


「そうか?だろうな。お前は女に依存している。カミラまで抱いたか」


「オレ、依存しているのかね?ガラハドにも言われたよ」


「自分のスケベさも分からんとは、困ったものだ」


「反省した方がいいかい?」


「いいや。強者の子種はそこら中に振りまけ。強敵が増えることは、たまらなく嬉しい」


 そこら中に振りまくつもりはないんだけども?


「リエル、ロロカ、カミラ……フフ。お前の『血』が連中の腹で、どんなバケモノになって行くのか、楽しみだよ」


「キュートなベイビーちゃんが生まれるだけだよ?」


 オレのまだ見ぬ子供たちを、バケモノって呼ぶのはやめて欲しい。いや、彼女の辞書の中では褒め言葉ってことは知っているがね?強さ至上主義者だもの、シアン姐さん。


「見た目はそうかもしれないが、肝心な『力』の方はどうだと思う?」


「……弱いはずがない。親たちの世代をも、超えてくれるかもな」


「最高だな」


「……まあ、楽しみじゃあるよね?子供たちの成長って?」


「そのガキどもの誰かが、きっとお前を殺すのだ」


「はあ!?」


「フーレンならば、そうする。強者からすれば、お前は……最高のエサだからな」


「……褒められているよな?」


「そう聞こえんか?」


「……まあ、何となく、言わんとすることは分からなくもないよ?」


 『自分の子供に殺される』……って、『予言』は、まったく嬉しいモノじゃあ無いけどねえ……。


 でも。『最強』を証明したいというガキが生まれたら?……オレの首、狙うんだろうなあ?


「ほら。喜んでいるではないか?」


「……最近、オレの口元、調子が悪いだけだよ」


 気づかない内に悪者みたいに笑っているらしいぜ、主治医のマリー・マロウズによるとね?


「誰の子に殺されるのか……楽しみだな」


「いや。殺されそうになるのは、ギリギリ楽しめるが……殺されるのはイヤかも」


「老いて衰えた親は、子に殺されるものだろう」


「君たちだけだからね?一般的には、もっとマイルドな親子関係が多い」


「たるんでいるな」


 フーレン族の文化ってスゴい、激しすぎるわ。『虎』たちだけなのかね?……よく分からんわ。みんながこの思想だと、人口とか増えなさそう。あるいは?緊張感に張り詰めていて平和?


 力の序列に支配された、獣じみたスタイルの家族集団を形成しているのかもしれないな。


「『虎』ってさ、もしかして一夫多妻?」


「ああ。そうだ。よく知っているな。まあ、『強い個体』を増やすには、それもまた摂理だろう。私の父は一人だが、異母兄弟は無数にいる」


 『強い個体』を増やす?


 いくらなんでも愛情が疎かになっていないかね、その繁殖活動は?


「……つまり、一匹の力あるボスが、群れの女を独占して、『強い子供』を産ませているのかよ?まったく、とんでもないハナシだな」


「自分のことを言っているのか?それとも、『虎』の悪口か?」


「え?」


 ……あれ?


 そうなのかな。オレも、『虎』の人々と一緒なの?たしかにガルーナの魔王は一夫多妻制だと決めたけど?オレはリエルとロロカとカミラに子供を産ませる予定だけど?


 『虎』の支配者とは、ちょっと違うんじゃないか?


 そうだ……っ!!


「オレたちは愛で結ばれている!!」


「『虎』は愛だけではなく、力でも結ばれているぞ」


「……そっちの方が、いい絆ってこと?」


「いいや。お前たちとよく似ているだろうと言っている」


「そうかね?」


「お前は我が父に似ている。六番目の妻の産んだ、四番目の男に殺されたぞ」


「君のパパは、四男坊に殺されちゃったの?」


「ああ。お前も、四男坊だったな。縁が深いハナシだ」


「ただの偶然だよ」


「運命かも知れない」


「……いや、四男坊なんて、この世の中を探せば、いくらでもいるだけだよ」


「フフ。私はこれでも女だからな、運命という言葉は嫌いではない」


「そりゃあ、君の女らしい一面を知れて、オレも光栄」


 一般的な女子は、あまり縁起でもないレベルの血なまぐさい運命についての占いは、楽しまないと思うけどね?


 金曜日は、四男坊に注意!貴方の命を狙っているよ!!


 ……どんなラッキーアイテムで回避できる不運なのかな?気のやさしい他の兄弟を頼るとか?……家族で殺し合い?……より悲惨の度合いが増した気がする。


「―――オレは、ガルーナを再興して、そこの王になるんだ!……家族には皆、仲良いままでいてくれないと……国が崩壊してしまいそう」


「ほう。ようやく国を盗る気が起きたか、我が『長』は」


「盗るというか、奪還するだけ」


 一応、オレだってガルーナ貴族。血筋を遡れば、ガルーナの竜騎士姫にまでたどり着く。彼女は姫だ、つまり?オレもものすごく薄いものの、ガルーナ王家の血は引いている。そうこじつけることは、可能なんだよね。


「いいことだ。乱世に生まれてしまった雄として、国を奪い、支配欲を満たす夢を見るのも至極当然」


「オレは……侵略者にはならんぞ。皆が『自由』に生きていける国が欲しいのさ」


「ならば、力で作るしかない。お前のその夢は、この乱世で叶えることは難しい」


「……たしかにな」


「暴力で、勝ち取れ。いいぞ、ソルジェ・ストラウス。我が『長』よ。その大義を語ってくれたことを、私はとても嬉しく思う」


「美人に喜ばれて、オレ、ホントに嬉しいよ」


「ああ。殺しまくるぞ、ソルジェ・ストラウス。帝国から、領地を取り戻せ」


「……そうだな。だからこそ、そのための一歩を踏みに行く」


「『螺旋寺』を駆け上るのか?」


「いや。難民を西に抜けられるようにする」


「……どうあれ、『須弥山』には参ることになるだろう」


「ハナシが読めないが?オレは剣聖の名が欲しいワケじゃないんだぞ?」


「お前たちの言葉でいうマフィアだとかいうならず者たち……それは『白虎』どもだ」


「『白虎』……?」


 つまり、その連中が、王家を牛耳り、『ハイランド王国』を事実上、支配しているという武侠どものリーダー格か。


「そいつらが、『須弥山』にいるのか?」


「ああ。いるぞ。貧しい難民を足止めする?……捕らえて奴隷商にでも売るか?……あるいは、結社の儀式の生け贄にされているのか……」


「『結社』に『儀式』に『生け贄』ね」


 物騒な言葉が三つも合体しているなあ、フーレン族って、心底ならず者臭い……っ。


「どうあれ。王の手には余るハナシだ。『白虎』とハナシをつけることになるかもしれないぞ」


「まあ。どんなヤツだろうが問題はない。暴力で解決出来るのなら、楽だな……だが、クズどもに取引を要求されるのはムカつくね。可能なら、王家と話したい」


「……王にそんな実力があるとは思えん。まだ六つだ」


「……ん?資料では、カーレイ王は59才だが……?」


「カーレイは誰かに毒を盛られて、寝たきりだ。公にされていない、我が母国の真実の一つだ。4年前から、三番目の娘の産んだ子が、代役だ」


「二才の時から王の代理だと?……まさか、その子供を傀儡にして、『白虎』とやらが国を動かしている?」


「なかなか鋭い。大当たりだぞ、我が『長』よ」


「……クソ。面倒な仕事になりそうだぜ」


「国境沿いの基地を竜で焼き払えばハナシが早い」


「……ハイランド王国とルード王国を戦争状態には出来ん」


 可能であるなら……いいや、絶対に欲しい戦力なんだよね、ハイランド王国軍。彼らが同盟に加われば?……打倒ファリス帝国に向けて大きく前進できる。


「交渉の余地があるのなら、交渉でハナシをつけたいものだ」


「我が母国の悪党どもを懲らしめるのに、言葉は全くの無力だぞ」


 フーレンである彼女の言葉だ。重みが満載だね!


「……とにかく、まずは現地に行くしかないな。クラリス陛下から親書は預かった。傀儡だろうがなんだろうが、王にそれを届けなくてはならん」


「ああ。行こう。久しぶりに『虎』を斬りたい」


 ―――故郷に戻るヒトの言葉かね?『虎/同胞』を斬りたい?……なんだか、クラリス陛下がオレに依頼してきた理由が分かった。暴力が通用しやすい、野蛮な土地だからさ。

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