序章 『剣士たちの聖なる山』 その8


 『フーレン』、武術大国『ハイランド王国』を牛耳る戦闘的な亜人族だ。世界最強の人種とは『何』か?……それは『フーレン』だと答える連中も少なくはない。オレの意見はちょっと違うけどね。


 さて、彼らはどんな『戦士』なのか?


 巨人ほどではないが、それなりに体格が良い。


 ケットシーのような妖精族ほどではないが、スピードが速い。


 魔力は、少ないが、個体差が大きいから一概には評価しにくい。


 ドワーフほどではないが、かなり頑丈だ。


 そして……どの種族よりも、攻撃性が強く自尊心が高い。


 『戦士』として魔力以外は完全無欠の存在だろうね。そして、ほぼ全ての『フーレン』が幼い頃から武術を学ぶという『ハイランド王国』ならではの伝統により、彼らの戦闘能力の高さは完成するわけだ。


 頭は良くないから、戦術や戦略をいまいち理解していない連中が多いものの、その圧倒的な『個々の兵士の強さ』により……ハイランド王国軍は精強なのさ。そして、その武力故に彼らの独立は守られている。


 けっきょく……どんな連中なのか?


 百聞は一見にしかずだ。オレは今、そのフーレン族の女戦士に会いに来ている。彼女もまた、猟兵……オレの部下の一人だよ。


「……ああ、まったく。案の定だなぁ……?」


 シャーロンよ?どうして、この人選だったのだ?


 ルード王国軍の練武場には、悲惨な光景が広がっている。死屍累々……まあ、実際には死んじゃいないのだが?王国軍の兵士たちは、皆、ぐったりとしているね。


 フーレンを教官に選ぶから?ぶちのめされてるのさ。彼らの指導方針はスパルタなんだよ。自分にも厳しいが、他人にはもっと厳しい。そんなヒトを教官に選んだ結果が、この光景だな。


「……おい。大丈夫か?」


 オレは近くに倒れている新兵に話しかける。彼は、ハーフ・エルフのようだな。頬に十字傷がある、ワイルドな男だ。


 エルフよりも体格が良く、エルフよりも魔力が強い。『最強の戦士』の素養を持つ青年だが……。


 白目をむいて泡を吹いているなあ。一体、彼女に、どれほどの暴力を振るわれたのだろうか?頬を叩いてみる。しばらく叩き続けていると、黒目が戻ってきた。


「……サー・ストラウス?」


「ん?どこかで会ったか?」


「い、いいえ。オレは……そ、その、貴方に憧れて、ルード王国軍に志願したんです!」


「そうかね。それは誇らしいよ。ほら、まずは体を起こせ。『最も強い種族』である、ハーフ・エルフの戦士が、いつまでも地面に倒れているなよ」


 オレは彼に手を差し出す。彼は、『すみません』と言いながら、オレの手を握る。それを引っ張り上げた時―――彼は、オレにいきなり抱きついて来やがった。


 思わず、鳥肌が立つ。『憧れている』……っ!?


 クソが、少年が勇者に抱くタイプの憧れではなく、性的趣向を含んだ方の憧れだったのか!?身の危険を感じる……コイツ、オレのことを考えながら、夜な夜な自慰行為とかに励むようなヤツだったのか!?


 い、イヤすぎる!!……鉄拳制裁だ。オレは女性を愛するタイプの、一般的な恋愛観を持った男だということを、拳で貴様に教えてやるぜッ!!


「す、すみませんです!!」


「……っ!?」


 青年はオレに謝罪の言葉を口にしていた。性衝動を止められなかったことに対する謝罪なのか?それは確かに謝るべきことには違いないが……彼は、どこか怯えているような気配だった。


「し、失礼とは承知の上ですが、こ、これも訓練だと、お師匠さまが―――」


「―――いや。いいよ。分かった。君は変態ではなく、マジメなだけの新兵か」


 ならば。手加減はしないぞ。


 オレは両腕で抱きついてくるこの兵士の髪を思いっきり掴むと、そのまま容赦なく引っ張り上げる。


「痛たたたたたたたたたたたッ!?」


 すまないな。『訓練』ならば、手加減はしてやるつもりもない。『戦場』を覚えろ。粗暴で合理的なのだ。どんなことをされても怯むなよ?


 ああ。首を反らすなと『習った』はずだろ?


 残虐な敵を前にして、弱点を晒すことは愚かしい。頸動脈を噛みきることも出来るぞ?そうでなくても、正しい解剖学知識をもつ戦士の指は、君の頸動脈をあまりにも的確につまむように押すぞ?


「……っ」


 失神しているフリは良かったよ。やさしいオレは騙されてしまった。だから、このテクニックでお返しだ。どうだ?ヒトは、的確に頸動脈を圧されると―――二秒で『落ちる』。


 気絶しちまうってことさ。


 落ちたハーフ・エルフの青年は、オレに絡めていた腕から完全に脱力しながら、バタリとその場に倒れていく。頭は打たないようにしてやった。まあ、訓練だからね?ここが戦場で君が帝国兵なら、力任せに首をへし折っているところだぞ。


 学んでくれよ。敵に抱きついたら、何をされても怯むな、離れるな。離れたら、色々な暴力を振るわれる。金的を蹴られたり、兜をつけたままの頭突きを喰らうことだってあるんだからな?防具は、いつでも武器になるんだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 倒れていたはずの新兵たちが、次々に起き上がっていた。


 そうだ。もうバレている。死んだフリをしている戦略的なアドバンテージは無い。さっさと立ち上がり、オレを囲むなり何なりしてみろよ?一対一では、あまりにも無謀が過ぎるぞ?連携を取れ。


 太刀を構えて、その人間族の新兵は駆け込んでくる?彼が切り込み隊長役か。まあ、悪くない選択だ。なかなか鍛えあげられている剣士だ……。


 ふむ、彼は、走りながらでも重心がブレていないな。十分な練度と、思い切りの良さを持っているが……こちらの装備を確認しているかい?そして、走るために両手持ちを捨てたのは、いい判断かね?


「くらええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 振り下ろされてくる太刀に……オレは左の篭手で払うような打撃を入れるよ。ガギイイイインンッ!!という甲高いくせに重たい音で鋼が鳴り、火花を散らすね。


「なあッ!?」


 さあ、強烈な振動が君の手指に襲いかかるぞ。オレのカウンターはね、衝突の瞬間、肘と肩を固めて腰まで捻っている。君の指どもに、体重を浴びせているんだぜ?


 だからね。片腕のパワーでは、絶対に勝てない。指が緩み、火花を散らしながら、太刀が君の手からズレ落ちていくよ。その太刀は、もうオレの制御下にある。君の武器じゃなくなっているのさ。


 速い軌道はな、軽くもある。それを動かすのは簡単なことさ。


 オレは、君の斬撃が予定していたコースに入り込みながら、わずかに回転しているのが分かるかい?……だから、絶対に君の剣は、オレを斬ることは出来なかったんだ。


 つまり、『避けられ』ながらも『崩されてる』。君は、この刹那の時間のあいだに、二つの失態を晒しているんだぞ。反省すべきだな?そして?このまま、オレが右肘をちょっと上げれば?


 ガゴン!!


 鎧の鋼をまとった肘が、重量と速度を帯びて、君の顔面を打撃するぞ。ほら、脳が揺さぶられて、悲鳴も出ない早さで気絶させられてしまう。いいかい、速く動くときは、単調な軌道で走るべきじゃないんだ。読まれ過ぎてしまうぞ。


 まあ、君の通っていた道場では、こんな『危ない技巧』を習わないだろう?剣を裏拳で止めるなんて、リスクが大きすぎると思い込んでいるだろうからな。そうなんだ、道場剣術は思想がかっているところが多くて、そこは残念だ。技術は高いんだが、発想が狭すぎる。


 いつの間にか、想像力は錆び付き、型にハマったパターンでしか攻防を繰り返せなくなっているものが大半だよ。道場剣術は創業者の戯れ言を奉り過ぎているのさ。つまり?『やれることを、やれない』とまで言い出すのが厄介。


 本当に、剣を手で払えないとでも思っているのか?……やり方次第じゃ、こんなにも簡単だ。考えてもみろよ?片腕対全身のスピンだぞ?どっちのパワーが勝つと思うんだよ?


 体術一つに、剣術が負けることだってある。それが何でも有りの『現実』だ。


 それじゃあ、カッコ悪いからね?道場なんかじゃ現実を無視しているのさ。たしかに、こんなリスキーなことを推奨するのもおかしいしね。誰もが出来る技巧じゃないが、出来るヒトは簡単にやっちゃうよ?


 それに。追い詰められた人間はね、どんなことでもして来るんだぞ。


 オレの剣だって、掴まれたことがあるんだからなあ……ああ。いい経験になったんじゃないかな。力量差のある敵に、まっすぐ突撃することは、とてつもなく愚かしいとな。


 オレの左の指が流れるように動く。失神した彼の指から宙へと離れていた太刀を奪い取るのさ。逆手に取った太刀。さて、どんな風に使うかね?


「わあああああああああああああああああああああああああ!!」


 サーベルを使う妖精族の新兵か。ミアと同じケットシー族。


 茶色い髪から出ている猫耳が、女子に受けそうなイケメンくんだよ。ふむ、君は突いてくるのか。ああ、だから同じだ。速さを出そうとするな。単調過ぎる。だから?


 今度は右手の手のひらで、彼のまっすぐな突きを押し込みながら指で掴まえるぞ?君の想像を超える握力だって、この世にはあるんだ。まっすぐな動きは、簡単にコントロールされる。速いほどに、たやすくな。


 ほら、オレの胴体が右に傾きながら捻られているぞ?だから、君の突きは、オレの鎧におおわれた胴体の左をかすめるのさ。


 そしてこの左肘でね、君の剣を持つ手を挟むのさ。鎧と篭手の鋼に、君の繊細な手は噛みつかれているぞ。骨が崩れそうだよな?


「ぐがああッ!?」


 ああ、激痛だね?鋼に締められているんだから。でも、悲鳴を上げるには、まだ早いぞ?


 オレの逆手に握られた太刀の刃が、身動き取れない君の首に迫る。その太刀の峰を右手で押し込むと君の首に触れるだろ?怯える。死にたくないから、全力で後退しようとする。重心を崩してまで逃げようと、もがく。


 だから?


 君の手を解放してやるよ?君には後ろに倒れんばかりの踏み込みだけが残ったね?尻餅をつかなかったことは評価してやる。いい足回りだ。でも?オレはもう跳びながら膝を上げてるよ?


 膝で、彼の顔の骨を打つ。彼が失神し、そのまま沈む。オレの足下にね。オレは太刀を捨てる。背中の竜太刀を抜くんだよ。オレの本当の武器をな。


 三人もやられてビビっている新兵たちに、近づいていく。彼らは残り5人。身を寄せ合うようにして、まとまってしまう。恐怖ゆえの行動だ。だが、間違いだな。


「いいか、新兵。自分たちより圧倒的に強い敵を前にしたなら?……取り囲むべきだ。一カ所に固まるというのは、愚の骨頂だ―――」


 なぜなら?


 こんなことが起こるからだよ?


「―――『炎』よ……我が竜太刀に宿れ」


 オレの竜太刀に、揺らめく炎が宿っていく。『バースト・ザッパー』ではない。そんな大技を撃てば、彼らが肉片になってしまうからなァ!!だから、威力をずっと抑えた、『炎』の魔剣だよ!!


 新兵たちが驚愕する。君らの『師匠』よりは、やさしく虐めるから、安心してくれよ。


「おらあああああッ!!」


 『炎』を帯びた斬撃で、練武場の地面を打ち付ける!!爆炎が生まれ、大地を穿ち、砕かれた土砂が土煙となって、新兵たちに多量に降り注ぐ。


 うむ、新たな竜太刀に慣れていない。やはり威力の加減がイマイチだ。想定よりも火力が強い。危うく殺してしまうところだったが―――より死に近づけるという意味では、得がたい良質な訓練だったかもしれん。


 感謝しろ、新兵。


 爆炎の熱と閃光と激しい音と、土砂……そんなものに気を取られて固まってしまう君らに、鋼の教訓を浴びせてやろう。受け取ってくれ。そして、これを糧に、よりマシな戦士へと成長してくれると嬉しいぞ。


 オレは竜太刀の重心と一つになって、この練武場で踊るのさ。一所に固まっていた兵士たちに、竜太刀が次々に襲いかかる。


 ああ、刃は使っていないよ?そんなことしたら死んじゃうからね?竜太刀の『腹』でぶっ叩いてるだけ。


 胴体とかを、腕の上からドガンと重く打ちつけるだけだよ。殺すつもりはないが、でも、教訓は痛いほど、よく伝わると信じているんだ。だから、あまり容赦はしていない。クソ痛いと思うけど、オレを恨むな。君らの『師匠』を恨んでくれ。


 すぐに終わったよ。


 まあ、怯えた兵士の数人を、達人レベルの剣士が始末するのは、こんなに簡単だってことが分かっただろうよ。


「戦場では、手加減してやらない分、もっと早くに動けるんだぜ?……精進してくれよ。才能はある若手ども」


 こうして―――気絶したフリをしていた君たちの半分が、本当に気絶して、もう半分はとてつもない激痛に悶絶している。骨にヒビが入ったかもな。だが、それが教訓となり、君らは今日よりマシな戦士として、戦場で敵に備えられるだろうさ。


 オレから君らへのプレゼントだよ。


「……アハハハハハハッ!!さすがは、うちの団長だッ!!」


 練武場に転がる巨石の上から、ひとりの女の声が響いていた。オレを奇襲させて、手痛い敗北を喰らう。そういうスパルタなトレーニングを『弟子』たちに強制した、鬼教官さまの声だった。


 巨石の上に潜み、気配を消していたな。魔眼が無ければ気づけなかった。それほどに完璧な気配の隠蔽……彼女は、オレが隙を見せたら、飛びかかって来るつもりだったのだろう。


 鈍っている『長』を、真の『虎』は許せないものだ。自分の群れの『長』ならば、自分よりも強くなければ納得が出来ない。そういう性格をしている戦闘狂体質なんだよ、『フーレン』という種族はね?


 岩の上で、長い黒髪をもつ肢体が、どこか艶やかに反らされる。ああ、色っぽい。27才。オレより一個上の美女の、鍛え上げれた体は官能的なしなやかさと共に、刃のように研ぎ澄まされた気配を放つ。


 その認識は間違いじゃない。彼女が、急に宙に跳んだ。


 背骨を反らして背伸びをするフリをしながら、右脚を密かに曲げていた。そして、右足の底と、曲げていた左足の指で岩を押し込み、その矢のように速い襲撃の運動を組み上げたのさ。


 彼女の長い左右の腕が双刀を操る。オレの首を目掛けて、左右から迫る。だから?オレは何もしない。彼女自身が認めているからだ、自分の敗北をね。こっちは身構えていた。竜太刀で迎撃しようとすれば、出来たわけだ。生殺与奪の権利は、オレが持っている。


 オレの目の前に、殺人動作を中止した彼女は着地する。


 音も無く、静かにね。そして、その黒い『尻尾』がふわりと風に遊ぶ。波打つように動いていたな。どういう意味があるのか、そもそも感情を表現する行為なのかは……魔眼を使っても分からない。


 フーレン族は……いいや、『シアン・ヴァティ』は……気配どころか感情さえも消して、殺しにかかってくる『虎姫』だからだよ。


 風に流れる黒髪の下で、琥珀色の眼が煌めいて、オレを見つめていた。美味しそうな肉を見つけた時の獣と、まったく同じ貌だったよ。


「さすがだ……鈍ってはいないな、ソルジェ・ストラウス……団長さまよ?」


 こういう危険なヒトたちが、フーレン族なのさ。ハイランド王国には、こんな武侠系のアウトローがウジャウジャいるんだってよ。なんとも、面白い旅になりそうだろう?



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